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第1章 ◆ はじまりと出会いと
36. ドキドキなおでかけ①
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ライゼンさんがお師匠様のところに外出の許可をもらいに行っている間、学園の正門で待つことにしました。
正門の格子には、形が違う星のモチーフがちりばめられていて、それぞれ学修科を示しています。
その一番天辺には大きな星が掲げられていて、グランツ学園を示す紋章にもなっています。
散りばめられた星一つ一つを眺めていたら、誰かに声をかけられました。
『クリス~。何してるの?制服じゃないなんて、おでかけ?』
「フェルーテちゃん!うん、そうなんだ」
声をかけてきたのは、フェルーテちゃんでした。
相変わらず半透明の羽はキラキラとしていて、とてもきれいです。
今日は髪にピンクのお花を挿していて、フェルーテちゃんのかわいらしさが一層引き立てられていました。
そんなフェルーテちゃんは、今仲間の妖精さん達とかくれんぼをしている最中だそうです。
「他の妖精さんにはまだ会ったことないんだけど…やっぱりフェルーテちゃんしか見えないのかな」
『んー、今のところそうね。学園にはたくさん妖精がいるし、わたし以外に会ったことがないのはおかしいわ。結構近くにいたりするのよ、見えないだけで』
「そうなんだ…」
フェルーテちゃんの言う通りなら、私は他の妖精に何度も会っていることになります。
それは学園内だけじゃなくて、街の中や、もしかしたら自分の村でも。
でも、フェルーテちゃん以外の妖精を見たことがないということは、妖精が見える目を持っているわけではないようです。
本当、どうしてフェルーテちゃんだけは見えるのかな?
『ま、わからないことを考えてもしょうがないわ。他の妖精に見つかっちゃうから、もう行くわね』
「うん。またね」
フェルーテちゃんは、キラキラと光をこぼしながら学園の森の奥へと消えていきました。
それを見送った後、ふと思い出しました。
……あ…そうだった。
一人だけ、私にしか見えなかった子がいた。
白髪の黒い目をした男の子。
その子に会ったのは図書室でのあの一回だけで、カイト君とあまり仲が良くなさそうだったから、もう気にしないことにしたんでした。
あれ以来会っていなかったから、本当に忘れていました。
あの子は…もしかして、妖精さん?
「すまない。待たせたか?」
ぼんやりと考えていたら、ライゼンさんが来ました。
ライゼンさんの私服は、初めて会った時の服装に似ていて思わず笑みがこぼれてしまいました。
黒とネイビーのカジュアル寄りのジャケットには差し色で上品なゴールドがところどころに刺繍されています。
おでかけ用の服にしては上品すぎる気がしますが、ライゼンさんにとてもよく似合っているので、全然気になりませんでした。
「いいえ、全然待ってないです。私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。今日はよろしくお願いします!」
「ああ。こちらこそ、よろしく」
お互い微笑んで、自然と手を繋ぎます。
ライゼンさんの手はあったかくて、とても安心できました。
さっき考えたことは、また後で考えよう。
困ったら、フェルーテちゃんやエヴァン先生に訊いてみればいいよね。
今はライゼンさんとのおでかけを楽しまなくちゃ!
グランツ学園から数分歩いて大通りに出れば、一気に人が増えます。
今日は月に一度のフリーマーケットも開かれていて、いつもより多い人の数に目が回りそうでした。
人が多すぎて、視界も人との距離もぎゅうぎゅうです。
人の流れにうまく乗れば進むことができますが、立ち止まったり反対の流れに捕まってしまうと、子どもの私達では逆らうことができません。
ライゼンさんとはぐれないようにしっかりと手を繋いでいますが、人込みで手が離れそうになることが度々ありました。
見かねたライゼンさんが私の肩を抱いて、道の端まで誘導します。
「この人込みではなかなか進めないな」
「うぅ~、せめて猫町通りに繋がる裏路地まで行けたらいいのですが…」
リィちゃんが教えてくれた猫町通りに続く裏路地へ行くには、あと数百メートルこの大通りを進まなければいけません。
困ったようにため息を吐くと、数メートル先に騎士団の詰所が見えました。
そうだ、騎士団の人に頼んで、猫町通りに繋がる路地まで連れていってもらえないかな?
騎士さんの後ろか前にいたら、うまく進めるかもしれないです。
そうライゼンさんに提案すると頷いてくれたので、私達はその詰所に向かいました。
途中、人の波に流されながらも、時間をかけてやっと詰所に着きました。
扉を開ければ、案内地図を持って困った顔をしている人や、泣いている子ども、疲れて椅子に座っているおばあさんなど、とにかくいろんな人がいました。
騎士さん達がそれぞれ対応していて、とても忙しそうに動き回っています。
こ、これは、簡単に頼めそうにないですね…。
ライゼンさんを見ると、同じことを考えていたようで、小さく肩を竦めました。
仕方がないので諦めて外に出ようとしたら、突然体が宙に浮きました。
「えっ!?」
「こんにちは、クリスちゃん」
そう言って私を抱き上げたのは、オルデンの騎士団員のエレナさんでした。
エレナさんは、「驚いた顔もかわいいわね~」とぎゅうぎゅう抱きしめてきて、ちょっと苦しいです。
されるがままになっていると、エレナさんの後ろからもう一人。
「クリス、まーた捕まったのか?おでかけする時は独りで来るなと言っただろ?」
ちょっと呆れた顔でそう言ったのは、エレナさんと同じ騎士団のジルディースさん。
二人がここにいるということは、今日は大通りの見回り当番だということです。
二人の顔にほっとしつつも、はっと気を取りなおして首を振ります。
「独りじゃないよ!今日は二人で来てるよ!」
エレナさんの肩越しにそう反論すると、二人はやっと気がついたのかライゼンさんの方に目を向けます。
「え?嘘、クリスちゃん、デートなの?」
「へえー、やるなぁクリス」
違いますー!!
ライゼンさんは私のおでかけについてきてくれただけです!
保護者なんですー!
なんだかすっごく気まずくなって、ライゼンさんを見れば、その顔はちょっと怒っていました。
わあああん、待って!ライゼンさん、そんな顔しないでくださいー!!
内心慌てていると、ライゼンさんはエレナさんの言葉を否定しました。
「クリスの友人です。今日はクリスの用事に保護者としてついてきました」
「そうだったの。気を悪くしたならごめんなさい。ただ、かわいいなって思っただけなの」
ライゼンさんの不機嫌そうな顔も気にせず、エレナさんはあっさり謝ります。
にっこりと笑って、大人な対応です。
エレナさんの腕の中で、もがくように抵抗すると、思い出したように私を降ろしてくれました。
やっと地面に足がついて、すかさずライゼンさんの傍に行きます。
「う~ん…複雑な気持ちだな」
「ふふふ、いいじゃない。この騎士君はとても強そうよ」
ジルディースさんは、今朝のクロードお兄ちゃんみたいに困った顔で言いました。
エレナさんは、それに対して余裕の言葉です。
今、からかわれていると私でもわかります。
でもそれは、心配してくれているからこそだともわかっているので、何も反論しませんでした。
「にしても、タイミングが悪かったな。この人込みだとすぐに流されただろ。今日は有名店舗もフリーマーケットに参加してるから、いつもより人が多いんだ」
「そうだったんだ…」
オルデンはいつも人が多いけど、今日はいつもと全然雰囲気が違っていました。
あまり見たことのない服装をした人、聞き慣れない言葉を話す人、大型の鳥や狼を連れ歩いている人…とにかく、すれ違う人たちがみんな多種多様でした。
フリーマーケットは、どんな人でもお店を出すことができるから、お客さんは掘り出し物を見つけようと集まってくるのです。
だから、いろんなところからオルデンに集まってくるのは当然と言えば当然かもしれません。
「ちょっと上で休憩するか?俺達も今から休憩するところなんだ」
ジルディースさんは、手に持っていた紙袋を見せながら言いました。
中には、焼きたてでまだあったかいパンが入っていて、その芳ばしい香りに目を輝かせてしまいました。
その様子を見ていた隣のライゼンさんは小さく笑うと、「休憩、するか?」と目で確認してきます。
それに頷けば、エレナさんとジルディースさんは快く私達を休憩室に連れて行ってくれました。
休憩室は、テーブルと椅子が並べられていて、窓際には枯れた植物の鉢がいくつも並べられていました。なんで全部枯れてるの?
扉近くには簡易キッチンがあって、その隣のカウンターテーブルに食器やインスタントコーヒー、紅茶の葉などが乱雑に並べられていました。
「少し散らかってるけど、入って。今、紅茶を入れるわね」
エレナさんが簡易キッチンに行くと、私達は窓際のテーブルに座りました。
ジルディースさんは袋の中のパンを数えて、カウンターからお皿を二枚取って来ると、私とライゼンさんの分を分けてくれました。
「ここのパン、すごくうまいんだ。焼きたてももちろんだが、冷めてもうまいぞ」
お皿に乗せられたパンは、クロワッサンとシュガードーナツ。
甘い香りがとても食欲をそそります!
エレナさんが淹れてくれた紅茶ももらって、私達は休憩というおしゃべりを楽しみました。
「さてと、そろそろ戻らないとな」
「そうね。クリスちゃん、騎士君、ありがとう。楽しかったわ」
気がつけば、エレナさん達の休憩時間が終わる時間でした。
それを名残惜しく思っていると、ジルディースさんが頭を撫でてきました。
「ごめんな。俺達がついて行ってやれればいいんだけど…」
困ったように笑うジルディースさんに、私も困り笑いで首を振ります。
わかっています。ジルディースさん達にも仕事があります。
私よりも小さな子が迷子になっていたり、どこかでケンカが起こったりしたら、助けに行かなければいけません。
「クリスちゃんの騎士君を信用してないわけではないけど…やっぱり、大人の人についてもらった方が安心だわ」
エレナさんが困り笑いで言いました。
「……大人…」
ライゼンさんはそう小さく呟くと、何かを思いついたような顔をしました。
どうしたんだろうと思って首を傾げれば、ライゼンさんが空中に人差し指を構えます。
すると、その指先に光が集まってきて光の模様を空中に書き出しました。
軽やかに書き出された模様は、ライゼンさんの周りを浮遊しながら、まるで毛糸のようにどんどん編み込まれていきます。
あっという間にそれが繭のようにライゼンさんを包むと、今度は一瞬にして膨らんで、その強烈な光に目を開けていられなくなりました。
光が収まり、恐る恐る目を開けると、そこにはジルディースさんと同じくらいの背をした、きれいな男の人が立っていました。
私とエレナさん、ジルディースさんも呆然とその人を見つめます。
え?ちょっと待って。この人、誰でしょうか?
今、ここにいたのって、ライゼンさんだよね?
目の前の男の人は、閉じていた眼を開けると、小さく息をつきます。
その目は、ライゼンさんと同じ金色の目。
まさか、このきれいな男の人…。
「…ライゼン、さん…です、か?」
「ああ」
混乱しながら訊いた質問に、その人はいつもより低い大人の声ではっきりと答えてくれました。
「え、えええっ!?ライゼンさんは、大人だったんですか!?」
あまりのことに、大きな声で叫んでしまいました。
ライゼンさんは、なんと大人の姿になっていたのです!
正門の格子には、形が違う星のモチーフがちりばめられていて、それぞれ学修科を示しています。
その一番天辺には大きな星が掲げられていて、グランツ学園を示す紋章にもなっています。
散りばめられた星一つ一つを眺めていたら、誰かに声をかけられました。
『クリス~。何してるの?制服じゃないなんて、おでかけ?』
「フェルーテちゃん!うん、そうなんだ」
声をかけてきたのは、フェルーテちゃんでした。
相変わらず半透明の羽はキラキラとしていて、とてもきれいです。
今日は髪にピンクのお花を挿していて、フェルーテちゃんのかわいらしさが一層引き立てられていました。
そんなフェルーテちゃんは、今仲間の妖精さん達とかくれんぼをしている最中だそうです。
「他の妖精さんにはまだ会ったことないんだけど…やっぱりフェルーテちゃんしか見えないのかな」
『んー、今のところそうね。学園にはたくさん妖精がいるし、わたし以外に会ったことがないのはおかしいわ。結構近くにいたりするのよ、見えないだけで』
「そうなんだ…」
フェルーテちゃんの言う通りなら、私は他の妖精に何度も会っていることになります。
それは学園内だけじゃなくて、街の中や、もしかしたら自分の村でも。
でも、フェルーテちゃん以外の妖精を見たことがないということは、妖精が見える目を持っているわけではないようです。
本当、どうしてフェルーテちゃんだけは見えるのかな?
『ま、わからないことを考えてもしょうがないわ。他の妖精に見つかっちゃうから、もう行くわね』
「うん。またね」
フェルーテちゃんは、キラキラと光をこぼしながら学園の森の奥へと消えていきました。
それを見送った後、ふと思い出しました。
……あ…そうだった。
一人だけ、私にしか見えなかった子がいた。
白髪の黒い目をした男の子。
その子に会ったのは図書室でのあの一回だけで、カイト君とあまり仲が良くなさそうだったから、もう気にしないことにしたんでした。
あれ以来会っていなかったから、本当に忘れていました。
あの子は…もしかして、妖精さん?
「すまない。待たせたか?」
ぼんやりと考えていたら、ライゼンさんが来ました。
ライゼンさんの私服は、初めて会った時の服装に似ていて思わず笑みがこぼれてしまいました。
黒とネイビーのカジュアル寄りのジャケットには差し色で上品なゴールドがところどころに刺繍されています。
おでかけ用の服にしては上品すぎる気がしますが、ライゼンさんにとてもよく似合っているので、全然気になりませんでした。
「いいえ、全然待ってないです。私のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。今日はよろしくお願いします!」
「ああ。こちらこそ、よろしく」
お互い微笑んで、自然と手を繋ぎます。
ライゼンさんの手はあったかくて、とても安心できました。
さっき考えたことは、また後で考えよう。
困ったら、フェルーテちゃんやエヴァン先生に訊いてみればいいよね。
今はライゼンさんとのおでかけを楽しまなくちゃ!
グランツ学園から数分歩いて大通りに出れば、一気に人が増えます。
今日は月に一度のフリーマーケットも開かれていて、いつもより多い人の数に目が回りそうでした。
人が多すぎて、視界も人との距離もぎゅうぎゅうです。
人の流れにうまく乗れば進むことができますが、立ち止まったり反対の流れに捕まってしまうと、子どもの私達では逆らうことができません。
ライゼンさんとはぐれないようにしっかりと手を繋いでいますが、人込みで手が離れそうになることが度々ありました。
見かねたライゼンさんが私の肩を抱いて、道の端まで誘導します。
「この人込みではなかなか進めないな」
「うぅ~、せめて猫町通りに繋がる裏路地まで行けたらいいのですが…」
リィちゃんが教えてくれた猫町通りに続く裏路地へ行くには、あと数百メートルこの大通りを進まなければいけません。
困ったようにため息を吐くと、数メートル先に騎士団の詰所が見えました。
そうだ、騎士団の人に頼んで、猫町通りに繋がる路地まで連れていってもらえないかな?
騎士さんの後ろか前にいたら、うまく進めるかもしれないです。
そうライゼンさんに提案すると頷いてくれたので、私達はその詰所に向かいました。
途中、人の波に流されながらも、時間をかけてやっと詰所に着きました。
扉を開ければ、案内地図を持って困った顔をしている人や、泣いている子ども、疲れて椅子に座っているおばあさんなど、とにかくいろんな人がいました。
騎士さん達がそれぞれ対応していて、とても忙しそうに動き回っています。
こ、これは、簡単に頼めそうにないですね…。
ライゼンさんを見ると、同じことを考えていたようで、小さく肩を竦めました。
仕方がないので諦めて外に出ようとしたら、突然体が宙に浮きました。
「えっ!?」
「こんにちは、クリスちゃん」
そう言って私を抱き上げたのは、オルデンの騎士団員のエレナさんでした。
エレナさんは、「驚いた顔もかわいいわね~」とぎゅうぎゅう抱きしめてきて、ちょっと苦しいです。
されるがままになっていると、エレナさんの後ろからもう一人。
「クリス、まーた捕まったのか?おでかけする時は独りで来るなと言っただろ?」
ちょっと呆れた顔でそう言ったのは、エレナさんと同じ騎士団のジルディースさん。
二人がここにいるということは、今日は大通りの見回り当番だということです。
二人の顔にほっとしつつも、はっと気を取りなおして首を振ります。
「独りじゃないよ!今日は二人で来てるよ!」
エレナさんの肩越しにそう反論すると、二人はやっと気がついたのかライゼンさんの方に目を向けます。
「え?嘘、クリスちゃん、デートなの?」
「へえー、やるなぁクリス」
違いますー!!
ライゼンさんは私のおでかけについてきてくれただけです!
保護者なんですー!
なんだかすっごく気まずくなって、ライゼンさんを見れば、その顔はちょっと怒っていました。
わあああん、待って!ライゼンさん、そんな顔しないでくださいー!!
内心慌てていると、ライゼンさんはエレナさんの言葉を否定しました。
「クリスの友人です。今日はクリスの用事に保護者としてついてきました」
「そうだったの。気を悪くしたならごめんなさい。ただ、かわいいなって思っただけなの」
ライゼンさんの不機嫌そうな顔も気にせず、エレナさんはあっさり謝ります。
にっこりと笑って、大人な対応です。
エレナさんの腕の中で、もがくように抵抗すると、思い出したように私を降ろしてくれました。
やっと地面に足がついて、すかさずライゼンさんの傍に行きます。
「う~ん…複雑な気持ちだな」
「ふふふ、いいじゃない。この騎士君はとても強そうよ」
ジルディースさんは、今朝のクロードお兄ちゃんみたいに困った顔で言いました。
エレナさんは、それに対して余裕の言葉です。
今、からかわれていると私でもわかります。
でもそれは、心配してくれているからこそだともわかっているので、何も反論しませんでした。
「にしても、タイミングが悪かったな。この人込みだとすぐに流されただろ。今日は有名店舗もフリーマーケットに参加してるから、いつもより人が多いんだ」
「そうだったんだ…」
オルデンはいつも人が多いけど、今日はいつもと全然雰囲気が違っていました。
あまり見たことのない服装をした人、聞き慣れない言葉を話す人、大型の鳥や狼を連れ歩いている人…とにかく、すれ違う人たちがみんな多種多様でした。
フリーマーケットは、どんな人でもお店を出すことができるから、お客さんは掘り出し物を見つけようと集まってくるのです。
だから、いろんなところからオルデンに集まってくるのは当然と言えば当然かもしれません。
「ちょっと上で休憩するか?俺達も今から休憩するところなんだ」
ジルディースさんは、手に持っていた紙袋を見せながら言いました。
中には、焼きたてでまだあったかいパンが入っていて、その芳ばしい香りに目を輝かせてしまいました。
その様子を見ていた隣のライゼンさんは小さく笑うと、「休憩、するか?」と目で確認してきます。
それに頷けば、エレナさんとジルディースさんは快く私達を休憩室に連れて行ってくれました。
休憩室は、テーブルと椅子が並べられていて、窓際には枯れた植物の鉢がいくつも並べられていました。なんで全部枯れてるの?
扉近くには簡易キッチンがあって、その隣のカウンターテーブルに食器やインスタントコーヒー、紅茶の葉などが乱雑に並べられていました。
「少し散らかってるけど、入って。今、紅茶を入れるわね」
エレナさんが簡易キッチンに行くと、私達は窓際のテーブルに座りました。
ジルディースさんは袋の中のパンを数えて、カウンターからお皿を二枚取って来ると、私とライゼンさんの分を分けてくれました。
「ここのパン、すごくうまいんだ。焼きたてももちろんだが、冷めてもうまいぞ」
お皿に乗せられたパンは、クロワッサンとシュガードーナツ。
甘い香りがとても食欲をそそります!
エレナさんが淹れてくれた紅茶ももらって、私達は休憩というおしゃべりを楽しみました。
「さてと、そろそろ戻らないとな」
「そうね。クリスちゃん、騎士君、ありがとう。楽しかったわ」
気がつけば、エレナさん達の休憩時間が終わる時間でした。
それを名残惜しく思っていると、ジルディースさんが頭を撫でてきました。
「ごめんな。俺達がついて行ってやれればいいんだけど…」
困ったように笑うジルディースさんに、私も困り笑いで首を振ります。
わかっています。ジルディースさん達にも仕事があります。
私よりも小さな子が迷子になっていたり、どこかでケンカが起こったりしたら、助けに行かなければいけません。
「クリスちゃんの騎士君を信用してないわけではないけど…やっぱり、大人の人についてもらった方が安心だわ」
エレナさんが困り笑いで言いました。
「……大人…」
ライゼンさんはそう小さく呟くと、何かを思いついたような顔をしました。
どうしたんだろうと思って首を傾げれば、ライゼンさんが空中に人差し指を構えます。
すると、その指先に光が集まってきて光の模様を空中に書き出しました。
軽やかに書き出された模様は、ライゼンさんの周りを浮遊しながら、まるで毛糸のようにどんどん編み込まれていきます。
あっという間にそれが繭のようにライゼンさんを包むと、今度は一瞬にして膨らんで、その強烈な光に目を開けていられなくなりました。
光が収まり、恐る恐る目を開けると、そこにはジルディースさんと同じくらいの背をした、きれいな男の人が立っていました。
私とエレナさん、ジルディースさんも呆然とその人を見つめます。
え?ちょっと待って。この人、誰でしょうか?
今、ここにいたのって、ライゼンさんだよね?
目の前の男の人は、閉じていた眼を開けると、小さく息をつきます。
その目は、ライゼンさんと同じ金色の目。
まさか、このきれいな男の人…。
「…ライゼン、さん…です、か?」
「ああ」
混乱しながら訊いた質問に、その人はいつもより低い大人の声ではっきりと答えてくれました。
「え、えええっ!?ライゼンさんは、大人だったんですか!?」
あまりのことに、大きな声で叫んでしまいました。
ライゼンさんは、なんと大人の姿になっていたのです!
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