クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

37. ドキドキなおでかけ②

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「お、驚いた…」
「……えーと、騎士君の本当の姿ってことなの?」

 呆けていたジルディースさんとエレナさんは、びっくりした私の叫び声で、飛んでいた意識が戻ってきていました。

「…いや…ただの変身魔法みたいなものだ」

 無表情で、なんでもないように答えるライゼンさん。

 ただのって…変身魔法って、すごく難しい魔法だったような…。
 確か、魔法紋章術の術式と魔力のコントロールがすごく難しくて、レガロお兄ちゃんでもそう簡単には使えないと言っていました。
 そんな高等魔法を思いつきで使っちゃうライゼンさん、すごすぎます。

 まだ混乱する私をライゼンさんがふわりと抱き上げます。
 そして、額を合わせるかのように顔が近づいてきて、ライゼンさんは私にしか聞こえないように言いました。

「この姿なら、クリスを護れるのだろう?」

 囁かれた言葉は、どこか甘い響きがあって、じんわりと頬が熱くなるのを感じました。

 大人の姿になったライゼンさんはやっぱりきれいで、その金色の目は変わらず見惚れるほどでした。
 サラサラの黒い髪は襟足が少し伸びただけで、いつものライゼンさんとあまり変わらない髪型でしたが、大人の姿でも全然違和感がありません。
 着ていた服は体に合わせて大きくなっていたので、その着こなしがまるでどこかの貴族様のように見えました。
 無表情なのは変わらないですが、それはそれで大人なライゼンさんをよりかっこよく見せていると思います。
 うん、年相応って感じです!

「…騎士君、変身魔法が使えるなんて、すごすぎて驚いていいものか、わからないわ…」
「だなー。王宮騎士団の魔術師でも使える奴はいないぞ」

 私達の傍で、ちょっと困り顔で呟き合うエレナさんとジルディースさん。

 えええっ!!?ライゼンさん、王宮騎士団の魔術師様よりすごいの!?

 王宮騎士団というのは、その名の通り、王宮に所属している騎士団です。
 王を護る近衛騎士をはじめ、王宮やそれらに属するところを護る騎士や高度な魔法を使う王宮魔術師など、精鋭の騎士や魔術師達が揃っています。
 王宮魔術師は、魔法を使う職業の中でも特にトップクラスの職業と言われています。

 もしかして、ライゼンさんって私が思っている以上にすごい人なの!?

 心の中でライゼンさんに尊敬を向けていると、エレナさん達は唐突に私達に背を向けて、二人で何かこそこそとお話しし始めました。

「…なあ、大人なのはいいが、これはこれで絵面的に大丈夫か…?」
「別に、かわいい子を抱っこしてても違和感ないでしょう?」
「いや、それ、場合によっては通報されないか?」
「そう?ほら、親子とか兄妹……には見えないわね……」
「今日はいろんな人がいるからなぁ…通報されないことを祈る」
「……」
「……」

 会話の内容はあまり聞き取れませんでしたが、なんだか別の方向に心配しているようで、ライゼンさんと顔を見合わせて首を傾げます。
 ライゼンさんの首を傾げる様は、大人の姿でもかわいく見えてしまいます。
 むむむ。ずるいです、反則です。

 私のちょっとした不機嫌が伝わったのか、ライゼンさんが困った顔をします。

「クリスは、この姿は嫌いか?」
「ううんっ、とってもかっこいいですよ。緊張しちゃうくらいです」

 慌てて照れ笑いをしながら答えると、ライゼンさんもちょっと照れたように微笑んでくれました。
 すると、周りの空気も甘くなったような気がしました。

 えええっ!?なんですか、その顔!
 今日は初めて見るライゼンさんばっかりで、なんだかドキドキします…!

「…あー、とりあえず!クリスの事、頼んだぞ!」
「騎士君、クリスちゃんはかわいいから、しっかり守ってあげてね」
「はい」

 話が終わったエレナさんとジルディースさんは、気を取りなおしたように私達に向き合って言いました。
 ライゼンさんは当然だと言うように頷きます。

 むむむ。二人とも私の心配しかしていないような気がします。
 ライゼンさんは私よりも年上ですが、ライゼンさんだって子どもですよ!今は大人の姿ですけど!
 ちょっと不満顔でエレナさん達を見つめたら、ジルディースさんに頭をぐしゃぐしゃに撫でられました。
 それで髪型がボサボサになりましたが、エレナさんが整えるように撫でてくれました。

「気をつけてね、クリスちゃん、騎士君」
「それじゃあな、二人とも。何かあったら、すぐに近くの騎士団員に知らせるんだぞ?」

 二人はそう言って、休憩室から出て行きました。
 私達はそれに返事をして、二人の背中を見送りました。

 休憩室に残された私達は、互いに顔を見合わせて頷きます。

「…行こうか、クリス」
「はい、ライゼンさん」


 気を取りなおして、おでかけ再開です!






 …と、最初ははりきっていたのですが。

「お兄さん、かっこいいねぇ。うちに寄って行きなよ」
「そこのお兄さーん、こっちの商品も見て見てー」
「お兄ちゃん、私も抱っこして~」

 騎士団の詰所を出て5分もしないうちに、女の人に囲まれてしまいました。
 中には、私と同じくらいの年齢の女の子もいます。
 ライゼンさんのきれいな姿のせいなのか、他にもいろんな人に声をかけられて、なかなか先へ進めません。
 まるで人気アイドルが街に来た時のような騒ぎです。

 えーと…ライゼンさん、すっごくモテてますね?

「……」
「……」

 周りの黄色い声とは反対に、私達の空気はちょっと沈んでいます。
 人込みに流されないようにライゼンさんが大人になってくれたのに、さっきと全然変わらない状況で、こんなはずでは、です。
 ライゼンさんは、なかなか思ったように進めなくて不機嫌顔です。

 結局、あまり進めず、再び詰所に戻ってきてしまいました。
 ライゼンさんは不機嫌顔を一層深めて、近くの人がちょっと怯えたように目を逸らします。
 せっかくライゼンさんと楽しいおでかけになると思っていたのに、こんな顔をさせるなら…。

「ライゼンさん、今日は諦めましょう」
「クリス?」

 突然の私の提案にびっくりした顔をするライゼンさん。
 合わせた目の奥には、どこか暗い色が滲んでいました。
 それに慌てて首を振ります。

「えと、違うんです!今日は、こんなに人が多いし、動けないし…えと、ライゼンさんを無理やり誘ったから…申し訳なくて…」

 言葉にすればするほど、なんだか言い訳みたいになって、うまく言葉にできません。
 何が言いたいのかというと、ライゼンさんは全然悪くないってこと。
 必死に説明すると、ライゼンさんはちょっとだけ困ったような顔をして頭を撫でてきました。

「クリスのせいでもないだろう。…悪かった、最初からこうすればよかった」
「え?」

 「何をですか?」と言おうとした瞬間、ライゼンさんが足元に魔法紋章術を発動させます。
 その模様から光の柱が伸びてきて、私達を包んでしまいました。
 周りにいた騎士さん達や街の人達は突然のことにびっくりして、口々に叫んだり逃げたりしています。
 その声を聴きながら、あまりの眩しさに目を閉じていると、体がふわりと浮かんだ感覚がしました。
 そう感じたのはほんの一瞬で、地に足がついた感触に目を開けてみると、そこは「猫の瞳」のお店の前でした。


 え、えええええっ!!?

 な、なな何が起こったのー!?


 びっくりしすぎて、頭が回りません。
 意味がわからないまま口をパクパクしている私をライゼンさんが急に抱っこしてきました。

「…どうやら今は昼休みのようだ。どこか別の店で時間を潰すか?」
「………」

 「猫の瞳」の扉を見ながら、何事もなかったかのように言うライゼンさんを無言で見つめます。

 一瞬でこの場所に来れたってことは、きっと転移魔法を使ったんだろうなと思います。
 思うんですけど…。

 ライゼンさんは、何も言わない私に首を傾げながら返事を待っています。

 あのですね、こんなことができるなら、それまでの苦労がっていうか、いろいろ無駄だったみたいじゃないですか。

 ぶすっと不満顔で見つめたら、だんだんライゼンさんの無表情に感情が滲んできます。
 何とも言えない苦い顔です。

「…すまない、子ども扱いをした…」

 そう言って私を降ろそうとするので、慌ててライゼンさんの首にしがみつきます。

「違います!急に転移魔法を使われてびっくりしたんです!使えるなら、それまでの苦労は!?って思ったんです!」

 ちょっとだけ怒ったように言うと、ライゼンさんは一瞬びっくりした顔をしましたが、すぐに目を伏せて小さく言いました。

「すまなかった。言葉が足りなかった。…クリスと…街を歩きたかったんだ」
「え?」
「転移魔法で一瞬で行くのではなく、行く道をクリスと一緒に話をしながら歩いてみたかったんだ。おでかけとは、そうやって楽しむものなのだろう?」

 「だから、転移魔法は使いたくなかった」と悔しそうにライゼンさんが言うから、何も言えなくなってしまいました。

 ああ、そこまで考えてくれていたなんて…。
 私が無理に誘ったようなものなのに…おでかけを一緒に楽しもうと考えてくれていたんですね。
 ライゼンさんの心遣いにやっと気がついて、なんだか泣きそうになりました。
 混乱して焦っていたとはいえ、身勝手にライゼンさんを責めるように言ってしまったことを恥ずかしく思います。

「…っ、ごめんなさい、ライゼンさん」

 ライゼンさんは、どうして謝られたのかわからない顔で首を傾げました。
 その仕草に小さく笑って、ちょっとだけライゼンさんに甘えるように抱きつきました。
 ライゼンさんは、されるがまま私のすることに任せてくれています。

「私も、ライゼンさんとおでかけを楽しみたいです。今日はいっぱいライゼンさんと一緒に街を歩いて、お話ししたいです」
「…そうか」

 お互い顔は見えなかったけど、頭を撫でてくれる手がとても優しいものだったから、きっと気持ちは同じだと思いました。
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