クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

38. ドキドキなおでかけ③

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 ライゼンさんが言ったとおり、「猫の瞳」はお昼休みで開いていませんでした。
 扉には「昼休み中。午後は二時から」と書かれたプレートがかかっていました。
 時間は、まだ十一時過ぎ。お昼休みにしてはちょっと長いような気がしますが、ここは猫のお店、そういうものだと思うことにしました。

 そんなこんなで気持ちを切り替えて、ライゼンさんと猫町通りを歩きます。
 猫町通りは大通りと違って人より猫が多いので、今日もとてもゆったりとしています。
 すれ違う猫達に挨拶をして、ときどき撫でさせてもらいます。この人懐っこさ…本当にかわいい…。
 ライゼンさんは「ここなら大丈夫そうだ」と変身魔法を解いて、いつもの姿に戻ってしまいました。
 大人のライゼンさんも素敵だったから、ちょっとだけ残念に思ったのは秘密です。
 二人でお店を見ながら、これがいい、あれがいいとお互いに興味があるものを見つけて、おでかけを楽しみました。

 そうしているうちに、あっという間にお昼の時間になりました。
 遠くで十二時を知らせる鐘の音が聞こえてきます。
 詰所でパンをいただきましたが、たくさん歩けば、やっぱりおなかがすきます。

「ライゼンさん、そろそろお昼ご飯にしませんか?」
「ああ」

 ライゼンさんは賛成だと、頷いてくれました。
 そうと決まれば、この通りの喫茶店は「妖精のかまど」しかないので、そこに行くことになりました。

 「妖精のかまど」に来るのもこれで三回目。
 もうお昼の時間なのに、お客さんは私達を入れて三組だけでした。そのうちの一組は猫のカップルでした。
 三回目となると店員さんが覚えてくれたようで、席に案内された時に「また来ていただきありがとうございます」と一言くれました。
 案内された席は、二人で座るにはもったいないくらい大きなテーブル席で、このお店自慢の大きな窯が見える特等席でした。
 「いいのかな?」とライゼンさんと顔を見合わせます。
 店員さんはそんな私達に微笑んで、今日のフリーマーケットでお客さんを取られてしまっているから、と言いました。
 そういうことなら、この特等席をありがたく使わせてもらおう。

「どうぞゆっくりしていってくださいね。よろしければ、当店自慢の大窯もご覧ください」
「はい、ありがとうございます」

 笑顔で返せば、店員さんは礼をしてカウンターの向こうへ帰っていきました。
 グラスの水を飲んで、ほっと一息です。

「この店には入ったことがなかった」
「そうなんですか?私もそんなにたくさん来ているわけではありませんが、ここのパイはとってもおいしいですよ!」

 ライゼンさんとメニューを見ながら、今日は何を食べようかとページをめくっていきます。
 メニューを見つめるライゼンさんは無表情でしたが、あるページになると表情が変わりました。

「ライゼンさん、これが食べたいんですか?」
「……」

 じっとメニューの写真を見つめるライゼンさんの目はいつもよりもキラキラしていて、子どもみたいだと思いました。
 あ、子どもだよね。さっきまで大人だったから、なんだか変な感じです。
 でも意外です。ライゼンさん、こういうのが好きなんですね。かわいい。

「ライゼンさん、店員さんを呼びますね。私はその隣のにします」
「ああ」

 メニューの写真を指差しながら言うと、ライゼンさんの意識がこっちに戻ってきます。
 テーブルの呼び鈴を鳴らすと、すぐにさっきの店員さんが来てくれました。

「このねこみみクリームチョコパンケーキと妖精のフルーツ盛りパンケーキをください」
「はい。こちらはこの時間ランチセットになっております。飲み物はいかがされますか?」
「えっ!?あ…」

 まさか飲み物付だったとは思わなかったので、言葉に詰まってしまいました。
 慌ててメニューのドリンク一覧を見ます。
 ライゼンさんはもう決めていたようで、先に店員さんに注文しました。

「アイスコーヒーを。ブラックで」

 えっ!?ブラックコーヒー!?

 ライゼンさんの注文にびっくりしながら、悩みに悩んだ末、お店自慢の特製妖精アイスティーをお願いしました。

 パンケーキを待っている間に、ライゼンさんがショルダー鞄から本を取り出しました。
 取り出したのはいいのですが、明らかに本のサイズが大きいと思うのは、私の目がおかしいのでしょうか?
 鞄からそれ以上の大きさの本が出てきたら、誰だって目を疑います。

 目を丸くしていたら、ライゼンさんが小さく笑いました。

「クリス、驚かせた。この鞄は魔導具だ。この本は、魔法の石のことが載っている」
「あ、え!?わあああ!載っている本があったんですか!?」

 ライゼンさんのその言葉に、鞄も気になりますが、改めて本を見ます。
 本はとても大きくて、開くと学校の机2つ分を並べたくらいの大きさになります。
 今座っているテーブル席だと、三分の一くらいを占める大きさです。うん、すごく大きい。
 表紙には、きれいな装飾と王冠の絵が描かれていました。
 字は古代文字のようで、私には読めません。
 古代文字を使っているくらい古い時代の本のはずなのに、あまり傷んでいないように見えるのは、とても大事にされていたからなのでしょうか?

 ライゼンさんは、本をテーブルに置くと身を乗り出しながらページをめくります。
 この本は、左ページに絵が描いてあって、右ページが文と何かの解説になっている大きな絵本のようでした。

「この本は、ヴェルトミール伝承の中の一つ、『精霊王と三つの石』という話を絵本にしている」
「あ、そのお話知ってます。妖精とエルフと人間がケンカをしていたところに、精霊王さんがそれぞれ石をあげるんですよね」

 確か、妖精には「祝福の石」、エルフには「記憶の石」、人間には…あれ?なんだったっけ?
 そう言って思い出そうとすると、ライゼンさんが私のポケットを指差して言いました。

「魔宝石ユーラティオ」

 その言葉に、どくんっと心臓が大きく鳴った気がしました。
 ライゼンさんは、再び絵本に視線を落として静かに話を続けます。

「この絵本の中では『約束の石』と書かれてある。少し意味合いが違うが、魔宝石もそういう意味の名だ。絵本の話だと、人間は一番弱いから一番強い石をもらったということになっているが、事実はそれだけじゃないと思っている。石3つに何か意味が込められているのだと思う」

 ライゼンさんが見ていたページは、三つの石を空に掲げる精霊王が描かれていて、とても神秘的でした。
 字は読めませんが、右ページの解説の挿絵からして、左の透き通った淡いピンクの石が「祝福の石」、真ん中のエメラルドグリーンをした石が「記憶の石」、そして右の青味がかった半透明の水晶のような石が「約束の石」だということがわかります。
 その挿絵を見ながら、そっとポケットの魔宝石をポーチ越しに触れると、じんわりと温かさを感じました。
 それにびっくりして慌てて取り出せば、石は淡く光っていました。
 ライゼンさんは目を見開いて、座っていた向かいの席から私の隣の席へ移動してきます。

「光っているな…。何かに反応しているのか?」
「わからないです。でも、こんな風に光ってるのは初めて見たかも…」

 いつもは、石の中がチカチカと星空のように光っているだけで、石全体が光っているところは初めて見ました。
 しばらく二人で見つめているとその光も収まり、いつもの石に戻りました。
 むむむ。本当に不思議です。

「謎が増えたな…」
「はい…」

 二人でため息をつきます。
 またわからないことが増えちゃったけど、アンジェさんにまた会えたら、その時に訊けばいいかもしれない。
 ライゼンさんもそれに頷いてくれて、魔宝石の話はここでおしまいにしました。

 それからは、料理が来るまでお互い最近あったことを話すことにしました。
 魔宝石を一度失くしてしまったこと、アンジェさんにまた会えたこと、グループ研究発表のことを話しました。
 魔宝石を失くしたと言った時のライゼンさんの顔は、なんとも言えない苦い顔をしていて、呆れられたかもしれないです。
 アンジェさんには次いつ会えるかわからないけど、その時にアンジェさんのお願いを聞くことになったことを言っておきました。
 ライゼンさんは、ずっと難しい顔をして話を聴いていました。

「お待たせしました。ねこみみクリームチョコパンケーキと妖精のフルーツ盛りパンケーキです」

 ちょうど話の区切りがいい時にパンケーキが来ました。
 かわいい猫の形をしたパンケーキはライゼンさんに。フルーツがたっぷり乗ったパンケーキは私の前に置かれました。
 続けて飲み物も揃ったので、一先ず目の前のパンケーキを食べることにしました。

「ライゼンさん、パンケーキが好きなんですか?」
「……」

 ふわふわのパンケーキに乗ったフルーツを食べながら、ライゼンさんの方を見ます。
 ライゼンさんは無言でパンケーキをもぐもぐ食べ進めていくので、そのままお互い食べ終わるまで何もしゃべりませんでした。

 パンケーキを食べ終えると、ライゼンさんがさっきの質問に答えてくれました。
 なるほど、食事中はしゃべらないのがマナー、ですね。

「パンケーキは、昔よく食べていたものだ。だから、懐かしくなって食べたいと思った」
「そうだったんですか。甘いものが好きなんですね」
「……そういうわけでもないと思うが…」

 ライゼンさんはちょっとだけ拗ねたように言います。
 それがかわいくて、笑みがこぼれちゃいます。

「昔食べたものは、ここまでふわふわではなかった。こんなに甘いクリームも乗っていなかったな」

 あ、なるほど。甘いの好きなのかなって思って訊いたけど、そういうわけでもないんですね。
 だって、ブラックコーヒーを頼んだ時、甘いものとは正反対のものでびっくりしましたから。

 アイスコーヒーを飲みながら何かを思い出すように遠くを見る金色の目は、大人の目をしていました。
 ライゼンさんとお話ししていると、ときどき大人の人なんじゃないかなと思う時があります。
 今日、ライゼンさんが大人の姿になった時は、違和感もなくこれが本当の姿なんだと思いました。
 変身魔法だったから、それは違っていましたが。

 遠くを見つめるような目を見つめれば、それに気がついた瞳が私を捉えます。
 すると、無表情だったのが甘い色に変わって、「どうした?」と訊いてきます。

「えっと……なんでもないです…」
「? そうか」

 見つめ返されて、とっさに視線をそらしてしまいました。
 気を悪くしたしたかもと思って、ちらりとライゼンさんを見ると、その顔は気にしていないようだったので心の中でほっとします。

 ライゼンさんは、顔の表情のほとんどを目で表現しているような気がします。
 びっくりした時や不機嫌な時、困った時、甘く微笑む時も。

 今まで意識しなかったけど、私はライゼンさんのこのきれいな目が好きみたいです。
 なんだかとても温かくて、くすぐったくて…。
 そんなこと、本人の前で言うのは恥ずかしいから、口には出しませんが。

「ライゼンさん。よかったら、ライゼンさんのお話も聞かせてください」
「ああ。そうだな、私の方は魔法の石のことと、この国、ヴェルトミールのことを調べていた」

 ライゼンさんは、魔法樹図書館で調べたことを私にもわかりやすくお話ししてくれました。
 二年生は魔法樹図書館には行けないので、ライゼンさんが話す図書館のことやヴェルトミールのこと、それにまつわる伝承のお話は、とてもわくわくするものでした。
 話が一区切りする度に「何が訊きたい?」と私の好奇心をくすぐってくるので、いっぱいヴェルトミールのお話が聴けました!


 この時間は、あの馬車の中で過ごした時みたいにとっても楽しくて、この時間がずっと続けばいいのにと何度も思いました。

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