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第1章 ◆ はじまりと出会いと
57. お茶会
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「ライゼン、少しよいか?」
「はい、クレスト様」
魔導具研究科の研究室での作業が一段落して、助手である一番弟子に声を掛けた。
ライゼンは、自分の机でレポートをまとめている最中であったが、私の問いかけにすぐに反応を返した。
「実は明後日、お茶会を予定しておる。ライゼンも参加してくれるか。その日は課題を免除しよう」
「……」
お茶会と言う言葉にライゼンは顔をしかめた。
その嫌そうな顔の弟子にため息を吐く。
この弟子はとことん人付き合いが嫌いであるな…。
そう、ライゼンはいつもこういったお茶会には参加しないのだ。
だが、今回はそうはいかない。
お嬢さんからの返事に「お弟子さんもぜひ一緒にお茶会に参加してくれるとうれしいです」と書かれておった。
これは招待した者としては叶えなければならんだろう。
むぅ。当日サンルームに連れて行くまで黙っていた方がよかったかもしれん。
「ライゼン、今回は何が何でも参加してもらうぞ。相手も望んでおるのだからな」
「…その相手とは誰でしょうか?」
さらに不機嫌顔になったライゼンは、本当に嫌そうに訊いてきた。
お嬢さんの前でもその顔をしないでほしいが…。
そう思いながら、ライゼンの質問に答えた。
「おまえが以前、お遣いで魔導具を届けに行った家のお嬢さんだ。七歳と言っていたか。ああ、そうだ。レガロの妹だと言ったらわかるか?」
「……っ!」
む?ものすごく驚いておるな。
お嬢さんのことを知っておるのか?
驚いてしばらく黙っていたライゼンは、いつもの無表情で小さく頷いた。
「…参加させていただきます」
んん!?参加する!?
まさかの一転、参加宣言に驚愕した。
返事を覆すくらい、お嬢さんと仲がいいのか?
それなら、何故私に一言も紹介しないのだ。
……ああ。そういう奴だったか。
そう思いながら、明後日のお茶会に必要なものをライゼンに買いに行くように言えば、いつものように無言で頷いて研究室を出て行った。
そんなこんなで、いよいよお茶会当日となった。
ライゼンが珍しくいろいろと積極的に用意してくれたおかげで、お茶会の準備はスムーズにできた。
いつもこんな風に用意してくれたらうれしいのだがな…。
「ライゼン、そろそろ時間だ。お嬢さんを迎えに行ってくれるか?」
「はい」
魔導具研究科の敷地は学園の最西部にあるため、ここまで来るにはかなりの時間を要する。
そのため、ここまで転移魔法を使うか、もしくは学園の移動用馬車に乗って来なければならない。
昨夜、お嬢さんを転移魔法で連れてくるか馬車で連れてくるか迷っていたら、ライゼンが自分が迎えに行くと言った。
ライゼンに、お嬢さんとでかけた時に転移魔法を使ったことがあると言われた時には、驚きを通り越して悲しかった。
なんだそれは。お嬢さんとでかけただと?ものすごく仲がいいではないか。全く聞いてないぞ、ライゼン。
いや、待て。あの時か。珍しく息を切らして研究塔に帰ってきたかと思えば、唐突に外出の許可が欲しいと言って、制服から滅多に着ない私服に着替えてでかけて行った、あの日か。
コミュニケーション不足もここまで来ると、おまえにとって私は何なのだと訊きたい。
「ライゼン、とにかく愛想よくするのだぞ?相手は女性なのだからな?」
ライゼンの様子からして、お嬢さんのことが嫌いではないとは思うのだが…この弟子だ、信用ならん。
お嬢さんには「無表情の弟子」と紹介したが、ライゼンは女性にも全く配慮をしない。
先日、他の科の少し年上であろう女子達に捕まった時の顔は、不機嫌を通り越して人間を見る目ではなかった。もう、しゃべる人形、物としか見ていなかったような目だった。
頼むから、お嬢さんには無表情でいい。とにかく人間として見てやってくれ。
我ながら、一番弟子に対する評価がひどすぎるが、ライゼンはそんな奴なのだ。
ライゼンは、そんな私の心配など露知らず、不思議そうに首を傾げる。
「? 愛想など必要ありません」
「いや、しかしな。相手はか弱い女の…」
私が言い終える前に、ライゼンはさっさと転移魔法で行ってしまった。
むぅ、人の話は最後まで聞け。
しばらくして、ライゼンがお嬢さんを連れて転移魔法で帰ってきた。
二人とも仲良く抱き合って来た時には、我が目を疑った。
なんなのだ、そんなにくっついて。まるで恋人同士のようではないか。
そう思いながらも、根性でそれを顔にも口にも出さなかった。
「ようこそ、お嬢さん。さあ、こちらに座っておくれ」
「はい。お誘いくださり、ありがとうございます」
お嬢さんは礼をして、花がほころぶように笑うと、ライゼンと手を繋いでテーブルまでやってきた。
ライゼンがエスコートするように椅子を引くと、お嬢さんは目でお礼を言って、かわいらしくそこへ座った。
なんだ、この光景は。なんだかむず痒くなるではないか…。
思わず顔を覆いそうになってしまった。
あまりにも二人が穏やかに視線を交わすものだから、こちらが照れてしまう。
ライゼンが愛想は必要ないと言っておったのは、意識などせずともいいということか。
そう思うほど、二人の空気は柔らかいものであった。
無駄に微笑ましいな、おまえ達。
ここでも表には出さず、改めて挨拶をする。
「お嬢さん、自己紹介が遅れてしまったな。私はクレスト。そこにいるライゼンの師で、魔導具研究科の先生をしておる。今日はゆっくりしていっておくれ」
「ありがとうございます。私の名はクリスです。いつもライゼンさんにはお世話になっています」
かわいらしく笑って、頭を下げるクリスさんは、子どもにしてはとても礼儀正しいと思えた。
ライゼンの方を見ると、お嬢さんをどこか甘い目で見つめておった。
思わず目を逸らしてしまったのは、察してほしい。
「ライゼンと知り合いだったとは知らなかった。弟子が失礼をしていないか?」
「いいえ!そんなことないです!私の方がライゼンさんにたくさんご迷惑をかけて…」
「迷惑だと思っていない」
両手を振って否定するクリスさんの言葉に、ライゼンの言葉が被る。
ぬぅ。ライゼン、そこは言葉を遮ってはいかんぞ。
クリスさんも驚いているではないか。
「え、えと…ありがとうございます、ライゼンさん」
はにかむように笑ってお礼を言うクリスさんはとても愛らしいものだった。
うむ。これはかわいい。ライゼンが愛でるのも頷ける。
それに、なんとも心地よい空気を持っておる。
こんなに純粋で透明な者は、そうおらんだろう。
「クリスさん、今日は思う存分おしゃべりしよう。クリスさんはどのケーキがお好きかな?」
席を立ち、テーブルに並んだお菓子を勧める。
クリスさんは、最初は遠慮がちにお菓子を見つめておったが、次第に目をキラキラさせていく。
とてもうれしそうに選ぶのを見ていると、こちらもうれしくなる。
「これがいいです!とってもおいしそう!」
クリスさんが選んだのは、フルーツたっぷりのタルトであった。
それは、ライゼンが準備の時にこれがいいと勧めたタルトだ。
用意した本人も、クリスさんの喜ぶ顔に少し微笑んだように見えたのは気のせいか?
クリスさんが選んだタルトを切り分けて、私とライゼンも適当に好きなお菓子を取った。
目の前に置かれたタルトを幸せそうに見つめる少女は、かわいい以外の言葉が見つからん。
むぅ、本当にかわいいな。孫とまではいかないが、もしいたら、こんな気持ちになるのだろうか。
微笑ましく思いながら見つめていると、ライゼンがクリスさんに何かを勧めた。
「クリス、はちみつは要るか?」
「はちみつ!」
ぱっと顔を上げたクリスさんに、ライゼンがまた小さく笑う。
はちみつを受け取ってスプーンに掬うと、クリスさんはとてもうれしそうに微笑んだ。
「はちみつ、最近までそこまで好きって訳じゃなかったんですけど、ライゼンさんの目と同じ色だから、好きになりました」
「……そう、か…」
ライゼンは努めて無表情に頷いた。本当に、努めて。
そう、動揺しておるのだ。あのライゼンが。
クリスさん、とんでもない発言をしとることに気づいておるだろうか?
まるで、ライゼンが好きだと言っておるようなものだぞ?
そんなことなど気づいてもいないクリスさんは、タルトにはちみつをかけていく。
いつまで経ってもお菓子に手を付けない私達を見たクリスさんは「食べないんですか?」と首を傾げた。
そう言われて、私達は取り繕うように目の前のお菓子を口に入れた。
うむ。おそらく、クリスさんの「好き」は子ども特有の万人向けのものだろう。他意などない。
私とライゼンは少女の無邪気さに脱帽であった。
そんな風にクリスさんのかわいらしさに癒されながら、私達はおしゃべりを楽しんだ。
普段無口の弟子も、クリスさんの前だとよくしゃべるのを知り、また驚愕した。
「クリスさんは、ライゼンと何がきっかけで仲良くなったのだ?」
「ライゼンさんが魔導具のお話をしてくれたのがきっかけです。それからたまに会うことがあったりして…あと、魔導具についての本も貸してもらってます!」
クリスさんは今日一番の笑顔で、とてもうれしそうに語った。
ライゼンが一緒に遊んでくれたこと、おでかけもしてくれたこと、いろんな話を聴かせてくれて、相談にも乗ってくれていること。
それらすべてに感謝していて、一緒にいるのが楽しいと言う。
魔導具がきっかけとは、なんとも驚いた。
これは興味がないとつまらんし、話を聴いても一般の子どもには難しくてわからないはずだ。
どうやら、クリスさんは見た目よりも随分大人なようだ。
しかもライゼン、人にものを教えることができたのか。
人間関係が壊滅的な弟子に、そんな才能があったことにも驚いたぞ。
二人を見れば、とても楽しそうに話しておる。
よく笑うクリスさんと時折微笑む弟子の会話の内容は、歴史のことや、遺跡、古代語についてなどで、全く子どもらしくはなかったが。
むぅ。まさか、クリスさんもライゼンと同じタイプなのか?
そう思いながらも、二人が話す様子は穏やかで話の内容を訊かなければ、微笑ましい光景だった。
「クリス、次の魔導具の本はどうする?」
「まだ待ってください!あの本、もうちょっと読みたいです!」
クリスさんのアホ毛が感情に合わせて動く。
それをなんとも甘い目で見つめる弟子。
かわいい。かわいいが過ぎるぞ。
これが俗に言う、楽園というものか。
あの無表情のライゼンでさえも、クリスさんの隣にいれば天使に見えてくるという魔法だ。
む。魔法を使っておるわけではないぞ。そう見えてしまうという例えだ。
「構わないが、まだ一冊目だ。クリスは、あの本が好きなのか?」
「はいっ。だって、とっても面白いです!私も…っ!」
クリスさんは、はっとして、言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
ライゼンもそれに気がついたようだ。不思議そうに首を傾げている。
クリスさんは、少し目を泳がせたが、やがてその目に強い意志が灯った。
「ライゼンさん、クレスト様。私にも魔導具が作れますか?」
それは、私たちを驚かすのには十分すぎる言葉だった。
「はい、クレスト様」
魔導具研究科の研究室での作業が一段落して、助手である一番弟子に声を掛けた。
ライゼンは、自分の机でレポートをまとめている最中であったが、私の問いかけにすぐに反応を返した。
「実は明後日、お茶会を予定しておる。ライゼンも参加してくれるか。その日は課題を免除しよう」
「……」
お茶会と言う言葉にライゼンは顔をしかめた。
その嫌そうな顔の弟子にため息を吐く。
この弟子はとことん人付き合いが嫌いであるな…。
そう、ライゼンはいつもこういったお茶会には参加しないのだ。
だが、今回はそうはいかない。
お嬢さんからの返事に「お弟子さんもぜひ一緒にお茶会に参加してくれるとうれしいです」と書かれておった。
これは招待した者としては叶えなければならんだろう。
むぅ。当日サンルームに連れて行くまで黙っていた方がよかったかもしれん。
「ライゼン、今回は何が何でも参加してもらうぞ。相手も望んでおるのだからな」
「…その相手とは誰でしょうか?」
さらに不機嫌顔になったライゼンは、本当に嫌そうに訊いてきた。
お嬢さんの前でもその顔をしないでほしいが…。
そう思いながら、ライゼンの質問に答えた。
「おまえが以前、お遣いで魔導具を届けに行った家のお嬢さんだ。七歳と言っていたか。ああ、そうだ。レガロの妹だと言ったらわかるか?」
「……っ!」
む?ものすごく驚いておるな。
お嬢さんのことを知っておるのか?
驚いてしばらく黙っていたライゼンは、いつもの無表情で小さく頷いた。
「…参加させていただきます」
んん!?参加する!?
まさかの一転、参加宣言に驚愕した。
返事を覆すくらい、お嬢さんと仲がいいのか?
それなら、何故私に一言も紹介しないのだ。
……ああ。そういう奴だったか。
そう思いながら、明後日のお茶会に必要なものをライゼンに買いに行くように言えば、いつものように無言で頷いて研究室を出て行った。
そんなこんなで、いよいよお茶会当日となった。
ライゼンが珍しくいろいろと積極的に用意してくれたおかげで、お茶会の準備はスムーズにできた。
いつもこんな風に用意してくれたらうれしいのだがな…。
「ライゼン、そろそろ時間だ。お嬢さんを迎えに行ってくれるか?」
「はい」
魔導具研究科の敷地は学園の最西部にあるため、ここまで来るにはかなりの時間を要する。
そのため、ここまで転移魔法を使うか、もしくは学園の移動用馬車に乗って来なければならない。
昨夜、お嬢さんを転移魔法で連れてくるか馬車で連れてくるか迷っていたら、ライゼンが自分が迎えに行くと言った。
ライゼンに、お嬢さんとでかけた時に転移魔法を使ったことがあると言われた時には、驚きを通り越して悲しかった。
なんだそれは。お嬢さんとでかけただと?ものすごく仲がいいではないか。全く聞いてないぞ、ライゼン。
いや、待て。あの時か。珍しく息を切らして研究塔に帰ってきたかと思えば、唐突に外出の許可が欲しいと言って、制服から滅多に着ない私服に着替えてでかけて行った、あの日か。
コミュニケーション不足もここまで来ると、おまえにとって私は何なのだと訊きたい。
「ライゼン、とにかく愛想よくするのだぞ?相手は女性なのだからな?」
ライゼンの様子からして、お嬢さんのことが嫌いではないとは思うのだが…この弟子だ、信用ならん。
お嬢さんには「無表情の弟子」と紹介したが、ライゼンは女性にも全く配慮をしない。
先日、他の科の少し年上であろう女子達に捕まった時の顔は、不機嫌を通り越して人間を見る目ではなかった。もう、しゃべる人形、物としか見ていなかったような目だった。
頼むから、お嬢さんには無表情でいい。とにかく人間として見てやってくれ。
我ながら、一番弟子に対する評価がひどすぎるが、ライゼンはそんな奴なのだ。
ライゼンは、そんな私の心配など露知らず、不思議そうに首を傾げる。
「? 愛想など必要ありません」
「いや、しかしな。相手はか弱い女の…」
私が言い終える前に、ライゼンはさっさと転移魔法で行ってしまった。
むぅ、人の話は最後まで聞け。
しばらくして、ライゼンがお嬢さんを連れて転移魔法で帰ってきた。
二人とも仲良く抱き合って来た時には、我が目を疑った。
なんなのだ、そんなにくっついて。まるで恋人同士のようではないか。
そう思いながらも、根性でそれを顔にも口にも出さなかった。
「ようこそ、お嬢さん。さあ、こちらに座っておくれ」
「はい。お誘いくださり、ありがとうございます」
お嬢さんは礼をして、花がほころぶように笑うと、ライゼンと手を繋いでテーブルまでやってきた。
ライゼンがエスコートするように椅子を引くと、お嬢さんは目でお礼を言って、かわいらしくそこへ座った。
なんだ、この光景は。なんだかむず痒くなるではないか…。
思わず顔を覆いそうになってしまった。
あまりにも二人が穏やかに視線を交わすものだから、こちらが照れてしまう。
ライゼンが愛想は必要ないと言っておったのは、意識などせずともいいということか。
そう思うほど、二人の空気は柔らかいものであった。
無駄に微笑ましいな、おまえ達。
ここでも表には出さず、改めて挨拶をする。
「お嬢さん、自己紹介が遅れてしまったな。私はクレスト。そこにいるライゼンの師で、魔導具研究科の先生をしておる。今日はゆっくりしていっておくれ」
「ありがとうございます。私の名はクリスです。いつもライゼンさんにはお世話になっています」
かわいらしく笑って、頭を下げるクリスさんは、子どもにしてはとても礼儀正しいと思えた。
ライゼンの方を見ると、お嬢さんをどこか甘い目で見つめておった。
思わず目を逸らしてしまったのは、察してほしい。
「ライゼンと知り合いだったとは知らなかった。弟子が失礼をしていないか?」
「いいえ!そんなことないです!私の方がライゼンさんにたくさんご迷惑をかけて…」
「迷惑だと思っていない」
両手を振って否定するクリスさんの言葉に、ライゼンの言葉が被る。
ぬぅ。ライゼン、そこは言葉を遮ってはいかんぞ。
クリスさんも驚いているではないか。
「え、えと…ありがとうございます、ライゼンさん」
はにかむように笑ってお礼を言うクリスさんはとても愛らしいものだった。
うむ。これはかわいい。ライゼンが愛でるのも頷ける。
それに、なんとも心地よい空気を持っておる。
こんなに純粋で透明な者は、そうおらんだろう。
「クリスさん、今日は思う存分おしゃべりしよう。クリスさんはどのケーキがお好きかな?」
席を立ち、テーブルに並んだお菓子を勧める。
クリスさんは、最初は遠慮がちにお菓子を見つめておったが、次第に目をキラキラさせていく。
とてもうれしそうに選ぶのを見ていると、こちらもうれしくなる。
「これがいいです!とってもおいしそう!」
クリスさんが選んだのは、フルーツたっぷりのタルトであった。
それは、ライゼンが準備の時にこれがいいと勧めたタルトだ。
用意した本人も、クリスさんの喜ぶ顔に少し微笑んだように見えたのは気のせいか?
クリスさんが選んだタルトを切り分けて、私とライゼンも適当に好きなお菓子を取った。
目の前に置かれたタルトを幸せそうに見つめる少女は、かわいい以外の言葉が見つからん。
むぅ、本当にかわいいな。孫とまではいかないが、もしいたら、こんな気持ちになるのだろうか。
微笑ましく思いながら見つめていると、ライゼンがクリスさんに何かを勧めた。
「クリス、はちみつは要るか?」
「はちみつ!」
ぱっと顔を上げたクリスさんに、ライゼンがまた小さく笑う。
はちみつを受け取ってスプーンに掬うと、クリスさんはとてもうれしそうに微笑んだ。
「はちみつ、最近までそこまで好きって訳じゃなかったんですけど、ライゼンさんの目と同じ色だから、好きになりました」
「……そう、か…」
ライゼンは努めて無表情に頷いた。本当に、努めて。
そう、動揺しておるのだ。あのライゼンが。
クリスさん、とんでもない発言をしとることに気づいておるだろうか?
まるで、ライゼンが好きだと言っておるようなものだぞ?
そんなことなど気づいてもいないクリスさんは、タルトにはちみつをかけていく。
いつまで経ってもお菓子に手を付けない私達を見たクリスさんは「食べないんですか?」と首を傾げた。
そう言われて、私達は取り繕うように目の前のお菓子を口に入れた。
うむ。おそらく、クリスさんの「好き」は子ども特有の万人向けのものだろう。他意などない。
私とライゼンは少女の無邪気さに脱帽であった。
そんな風にクリスさんのかわいらしさに癒されながら、私達はおしゃべりを楽しんだ。
普段無口の弟子も、クリスさんの前だとよくしゃべるのを知り、また驚愕した。
「クリスさんは、ライゼンと何がきっかけで仲良くなったのだ?」
「ライゼンさんが魔導具のお話をしてくれたのがきっかけです。それからたまに会うことがあったりして…あと、魔導具についての本も貸してもらってます!」
クリスさんは今日一番の笑顔で、とてもうれしそうに語った。
ライゼンが一緒に遊んでくれたこと、おでかけもしてくれたこと、いろんな話を聴かせてくれて、相談にも乗ってくれていること。
それらすべてに感謝していて、一緒にいるのが楽しいと言う。
魔導具がきっかけとは、なんとも驚いた。
これは興味がないとつまらんし、話を聴いても一般の子どもには難しくてわからないはずだ。
どうやら、クリスさんは見た目よりも随分大人なようだ。
しかもライゼン、人にものを教えることができたのか。
人間関係が壊滅的な弟子に、そんな才能があったことにも驚いたぞ。
二人を見れば、とても楽しそうに話しておる。
よく笑うクリスさんと時折微笑む弟子の会話の内容は、歴史のことや、遺跡、古代語についてなどで、全く子どもらしくはなかったが。
むぅ。まさか、クリスさんもライゼンと同じタイプなのか?
そう思いながらも、二人が話す様子は穏やかで話の内容を訊かなければ、微笑ましい光景だった。
「クリス、次の魔導具の本はどうする?」
「まだ待ってください!あの本、もうちょっと読みたいです!」
クリスさんのアホ毛が感情に合わせて動く。
それをなんとも甘い目で見つめる弟子。
かわいい。かわいいが過ぎるぞ。
これが俗に言う、楽園というものか。
あの無表情のライゼンでさえも、クリスさんの隣にいれば天使に見えてくるという魔法だ。
む。魔法を使っておるわけではないぞ。そう見えてしまうという例えだ。
「構わないが、まだ一冊目だ。クリスは、あの本が好きなのか?」
「はいっ。だって、とっても面白いです!私も…っ!」
クリスさんは、はっとして、言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
ライゼンもそれに気がついたようだ。不思議そうに首を傾げている。
クリスさんは、少し目を泳がせたが、やがてその目に強い意志が灯った。
「ライゼンさん、クレスト様。私にも魔導具が作れますか?」
それは、私たちを驚かすのには十分すぎる言葉だった。
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