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第1章 ◆ はじまりと出会いと
58. フォルトとリリー
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「クリスちゃん、大丈夫かしら?」
ぽつりと呟いたのは、リリー。
それに『大丈夫だろ』と返事をすると、リリーは無意識で言ったのか、はっと口を押える仕草をした。
今、俺達はセントラルガーデンのベンチでのんびり寛いでいる。
リリーが持ってきたバスケットには、サンドイッチとフルーツが詰められている。
それを時折つまみながら、久しぶりのゆっくりとした時間を満喫していた。
ゆっくりまったりしすぎて、肝心のプレゼントは渡せないままでいるんだけどな…。
「フォルト、クリスちゃんのこと心配じゃないの?…あの人、ちょっと怖いわ」
俺のそっけない返事に不満を感じたのか、リリーは不機嫌な顔で言う。
『心配じゃないって言えば嘘になるな。でも、クリスがうれしそうにしてたんだから、何にも言えねーだろ』
俺達が一体何の話をしているのかというと、事の発端は時間を少し遡る。
「リィちゃん、今日はフォルトをよろしくね」
「ええ。クリスちゃんもお茶会楽しんでね」
俺とクリスは、このセントラルガーデンでリリーと待ち合わせをしていた。
クリスの迎えもここに来る、とレガロから伝言をもらったからだ。
俺達は迎えの時間よりも少し早く待ち合わせて、その迎えを待った。
他愛もない話をして待っていると、突然地面が光り出して紋章が現れた。
俺達はそれに驚いてクリスを庇った。
だが、クリスはその紋章術の何かに気がついたのか、目を輝かせた。
「クリス、迎えに来た」
「ライゼンさん!」
光が収まると、そこには黒髪の無表情の少年が立っていた。
いや、少年…なのか?
子どもにしては、あまりにも纏う空気がおかしい。いや、大人でもいねーよ、こんな奴。
クリスにライゼンと呼ばれた少年の姿をしたそいつは、全てを飲み込むような圧倒的な空気を持っていた。
これは、ゼロとは違う方向でヤバい奴だ。
俺の本能が頭の中でそう告げた。
隣で目を見開いているリリーも言葉を発せないでいる。
そんな俺達とは裏腹に、クリスはその少年にとても懐いているようだった。
「ライゼンさんがお迎えに来てくれたってことは…一緒にお茶会に参加してくれるんですか?」
「ああ。もちろんだ」
微笑みを含んだ返事に、クリスはとても喜んだ。勢い余って少年に抱きつくほど。
その光景に俺とリリーは言わずもがな驚いた。
ちょっと待て。クリス、そんな得体の知れない奴にホイホイ抱きつくな。
ゼロみたいな奴だったらどうするんだ!?
威嚇するように睨みつけていたら、急にそいつの纏う空気が変わった。
変わったと言うより、変えられたという方が正しいかもしれない。
クリスが抱き着いた途端、その空気が緩和されたんだ。
クリスが笑う度にその空気は花びらが舞うような温かいものに変わっていく。
そんな光景を目の当たりにした俺とリリーは、「どういうことだ?」とお互いに顔を見合わせた。
クリスに抱きつかれているそいつは、こっちに気がつくと小さく礼をした。
釣られて俺達も礼を返してしまった。ちくしょう。
「それじゃあ、リィちゃん、フォルト、行ってくるね!」
『あ、ああ…行って来い』
「いってらっしゃい、クリスちゃん」
あまりにもうれしそうにクリスが言うから、俺達はもう見送るしかなかった。
あの得体の知れない少年と抱き合いながら行ったのは、ムカつくけどな。
という顛末があっての、さっきの俺達の会話だ。
「それにしたって、あの人は何なの?ライゼンさんって、確かクリスちゃんに魔導具のことを教えてくれた人だったわよね?」
よく覚えてんな、リリー。
そんな話すっかり忘れてたぞ。
リリーの記憶力に感謝しつつ、小さく頷く。
『クリスがあんなに懐いてんだから、大丈夫だろ。リリーはあの空気が怖いんだろ?』
「……」
リリーは俺の言葉に一瞬強張ったように体を竦めた。
じっと見つめれば、リリーは観念したようにため息を吐く。
「…あの空気が怖いのは…そうね、否定しないわ」
『あれは、まあ…稀に見るヤバい空気だよな』
あいつが纏う空気は、そうだな…人間の言葉で言うなら支配者、王の気だ。
その気に呑まれれば、絶対服従させられるようなそんな絶対的な力だ。
精霊獣の俺でさえも一瞬怯んだくらいだからな。魔力量も相当ヤバいだろう。
俺が知りうる中では、精霊王に最も近い奴なんじゃないのか?
「…あの服従させられるような空気…嫌いよ」
『…リリー…』
リリーが不快な顔でそう呟いた。
それに肯定も否定もしない。ただ、リリーの横顔を見つめた。
リリーは…いや、フラワーエルフは、実はエルフの中では希少種だ。
その理由はフラワーエルフの起源が関係している。
フラワーエルフは、花から生まれる。それも、魔力を込めた花から。
魔力を込められた花は、何度も咲かせられ、枯れては魔力を込め直してまた咲くを繰り返しながら、途方もない年月をかけてその球根に魔力を少しずつ溜めていく。
けど、そうやって花が十分な魔力を持ったとしても、必ずエルフが生まれるとは限らない。
ここまで来たら、大体察しはつくだろう。
フラワーエルフは人に作られた存在だということだ。
愛玩用、時には戦闘用、従属用…その存在は、よく言えば身近な者、悪く言えば使い捨ての道具。
今はそんなことはないが、やはり非合法的な奴はいつの時代にだっている。
フラワーエルフは他のエルフとは違い、従属契約ができるから高く売れるのだ。
エルフとしての寿命、魔力もあり、しかも見た目が子どものままで大人の姿になることはない。
子どもの護衛としてなら、まだマシな待遇だ。
変な奴の趣向のためにとか、敵国のスパイとしての道具となると最悪だ。
そうしたこともあり、フラワーエルフ達はあまり進んで自分たちの素性を明かそうとしない。
「従属させられたことはないけど…あの空気は生理的に無理」
おそらく、フラワーエルフの本能なんだろうなと思う。
そうでなくても、理不尽に他人に従属させられるのは誰だって嫌だろ。
自分が「この人になら」って思うのと思わないのとでは、気持ちの持ちようが全く違うからな。
ちなみに、エヴァンから聞いたことだが、フラワーエルフは結婚すると、お互いの魔力を一つの球根に込めて我が子を育む。
不思議なことにフラワーエルフの番だと必ずエルフが生まれるそうだ。
もう、それは答えがわかりきってることじゃねーか。
フラワーエルフ達の境遇を思いながらため息を吐く。
そして、隣に座るリリーに近づいて鼻を寄せて囁く。
周りに聞こえないように、リリーにだけ聞こえるように。
『…リリー、嘘つくな。じゃあ何でクリスと従属契約を結んだんだ?』
「……っ!」
リリーが目を見開いて、俺を見る。
その顔は驚きもあったが、「どうして知ってるの?」という疑問も含んだものだった。
この様子だと、どうやらクリスに何も言わずに従属契約をしたみてーだな。
『俺を誰だと思ってんだ。魔力が変われば気付くぞ。クリスの魔力にリリーの魔力が加わってたからな』
「そう…フォルトにはわかるのね。……クリスちゃんには内緒にしてね?」
少し困り笑いでそう言ったリリーは、遠くを見るような目で空を見上げた。
今日は薄曇りで、太陽の日差しはいつもより弱い。
フラワーエルフの本能なのか、リリーはよく光の方へ目を向けることが多い。
それは、太陽だけに限らないけどな。
「言ったら、きっとクリスちゃんには断られると思うの。クリスちゃんは優しいから…」
『…そうだな』
絶対泣いて、リリーを抱きしめて、嫌だと首を振るかもな。
リリーもそんな姿を思い浮かべていたのか、少し沈んだ顔になっている。
でも、すぐにその表情は消えて、唐突に笑いだした。
「ふふ。フォルトとの契約、失敗してよかった」
そう言ったリリーの顔はとても穏やかで、眩しいものだった。
リリーとの契約に至った経緯は、まあ、簡単に言うと俺の正体がばれて、お互いの秘密を共有したから。
リリーは、見た目のふわふわな容姿とは裏腹に意外と活発な奴だ。
でも、組の中ではおとなしめのおっとりとした女の子というキャラだった。
俺と関わるようになってからは、素の自分が出せるようになって何でもズバズバ言い合える仲になった。
そんなリリーとの信頼関係がとても心地よかった。
今ならよくわかる、俺はずっとそれに甘えていた。俺とリリーなら大丈夫だと根拠のない自信が駄目だった。
契約は失敗だった。根本的なもののせいだった。
契約のためにリリーの精神世界に入ろうとすると、リリーが苦しんだ。
その精神が壊れる寸前までになった時、俺達の契約は不可能だと知った。
どんなに信頼関係があっても、そこには越えられない壁があった。
『…あの時は、苦しませて悪かったな』
「気にしないでよ。もう終わったことだし。それに、そのおかげで諦めとか踏ん切りがついたから、全然気にならないわ」
そう答えたリリーは、少し目を伏せた。
そして、間を置いて呟くように言った。
「…たぶん、フラワーエルフは従属させられるけど、それ以外の契約ができないんだわ」
理不尽に従属させられるのに、自分が優位の立場になることはない。
対等な契約もできない。
それは、元が作られた存在だからなのかもしれない。
リリーもいろんなものを諦めてるよな。
俺の心配してくれるのはいいけどよ、人のこと言えねーぞ。
「それでも、いいの。私はクリスちゃんに出会えたから。クリスちゃんがピンチの時は、従属契約のおかげですぐに駆けつけられるもの」
リリーの顔はとても晴れやかで、うれしそうで、こっちが泣きたくなった。
リリーは、どうにもならない自分の境遇を一番の武器にしたんだ。
大好きな親友のために、自分が一番嫌うことを差し出した。
親友を生涯護るために従属契約を結ぶ…それは自分のすべてを差し出すことと同じだ。
それは並大抵の覚悟じゃねえ。
『リリーが幸せなら、それでいい』
「ええ。とても幸せよ」
リリーのふわふわな髪が風に揺れてその頬を撫でた。
その横顔を見ながら、俺達はどこまで行っても平行線なんだなと思った。
この、想いさえも。
この親友がクリスと共にあるのなら、俺達は同じ思いを持つ者同士だ。
だから、リリーにとって一番頼りになる仲間になってやろう。
そう、心に決めた。
結局、プレゼントは渡すタイミングを完全に逃してしまった。
慣れないことはするもんじゃねーな…。
ぽつりと呟いたのは、リリー。
それに『大丈夫だろ』と返事をすると、リリーは無意識で言ったのか、はっと口を押える仕草をした。
今、俺達はセントラルガーデンのベンチでのんびり寛いでいる。
リリーが持ってきたバスケットには、サンドイッチとフルーツが詰められている。
それを時折つまみながら、久しぶりのゆっくりとした時間を満喫していた。
ゆっくりまったりしすぎて、肝心のプレゼントは渡せないままでいるんだけどな…。
「フォルト、クリスちゃんのこと心配じゃないの?…あの人、ちょっと怖いわ」
俺のそっけない返事に不満を感じたのか、リリーは不機嫌な顔で言う。
『心配じゃないって言えば嘘になるな。でも、クリスがうれしそうにしてたんだから、何にも言えねーだろ』
俺達が一体何の話をしているのかというと、事の発端は時間を少し遡る。
「リィちゃん、今日はフォルトをよろしくね」
「ええ。クリスちゃんもお茶会楽しんでね」
俺とクリスは、このセントラルガーデンでリリーと待ち合わせをしていた。
クリスの迎えもここに来る、とレガロから伝言をもらったからだ。
俺達は迎えの時間よりも少し早く待ち合わせて、その迎えを待った。
他愛もない話をして待っていると、突然地面が光り出して紋章が現れた。
俺達はそれに驚いてクリスを庇った。
だが、クリスはその紋章術の何かに気がついたのか、目を輝かせた。
「クリス、迎えに来た」
「ライゼンさん!」
光が収まると、そこには黒髪の無表情の少年が立っていた。
いや、少年…なのか?
子どもにしては、あまりにも纏う空気がおかしい。いや、大人でもいねーよ、こんな奴。
クリスにライゼンと呼ばれた少年の姿をしたそいつは、全てを飲み込むような圧倒的な空気を持っていた。
これは、ゼロとは違う方向でヤバい奴だ。
俺の本能が頭の中でそう告げた。
隣で目を見開いているリリーも言葉を発せないでいる。
そんな俺達とは裏腹に、クリスはその少年にとても懐いているようだった。
「ライゼンさんがお迎えに来てくれたってことは…一緒にお茶会に参加してくれるんですか?」
「ああ。もちろんだ」
微笑みを含んだ返事に、クリスはとても喜んだ。勢い余って少年に抱きつくほど。
その光景に俺とリリーは言わずもがな驚いた。
ちょっと待て。クリス、そんな得体の知れない奴にホイホイ抱きつくな。
ゼロみたいな奴だったらどうするんだ!?
威嚇するように睨みつけていたら、急にそいつの纏う空気が変わった。
変わったと言うより、変えられたという方が正しいかもしれない。
クリスが抱き着いた途端、その空気が緩和されたんだ。
クリスが笑う度にその空気は花びらが舞うような温かいものに変わっていく。
そんな光景を目の当たりにした俺とリリーは、「どういうことだ?」とお互いに顔を見合わせた。
クリスに抱きつかれているそいつは、こっちに気がつくと小さく礼をした。
釣られて俺達も礼を返してしまった。ちくしょう。
「それじゃあ、リィちゃん、フォルト、行ってくるね!」
『あ、ああ…行って来い』
「いってらっしゃい、クリスちゃん」
あまりにもうれしそうにクリスが言うから、俺達はもう見送るしかなかった。
あの得体の知れない少年と抱き合いながら行ったのは、ムカつくけどな。
という顛末があっての、さっきの俺達の会話だ。
「それにしたって、あの人は何なの?ライゼンさんって、確かクリスちゃんに魔導具のことを教えてくれた人だったわよね?」
よく覚えてんな、リリー。
そんな話すっかり忘れてたぞ。
リリーの記憶力に感謝しつつ、小さく頷く。
『クリスがあんなに懐いてんだから、大丈夫だろ。リリーはあの空気が怖いんだろ?』
「……」
リリーは俺の言葉に一瞬強張ったように体を竦めた。
じっと見つめれば、リリーは観念したようにため息を吐く。
「…あの空気が怖いのは…そうね、否定しないわ」
『あれは、まあ…稀に見るヤバい空気だよな』
あいつが纏う空気は、そうだな…人間の言葉で言うなら支配者、王の気だ。
その気に呑まれれば、絶対服従させられるようなそんな絶対的な力だ。
精霊獣の俺でさえも一瞬怯んだくらいだからな。魔力量も相当ヤバいだろう。
俺が知りうる中では、精霊王に最も近い奴なんじゃないのか?
「…あの服従させられるような空気…嫌いよ」
『…リリー…』
リリーが不快な顔でそう呟いた。
それに肯定も否定もしない。ただ、リリーの横顔を見つめた。
リリーは…いや、フラワーエルフは、実はエルフの中では希少種だ。
その理由はフラワーエルフの起源が関係している。
フラワーエルフは、花から生まれる。それも、魔力を込めた花から。
魔力を込められた花は、何度も咲かせられ、枯れては魔力を込め直してまた咲くを繰り返しながら、途方もない年月をかけてその球根に魔力を少しずつ溜めていく。
けど、そうやって花が十分な魔力を持ったとしても、必ずエルフが生まれるとは限らない。
ここまで来たら、大体察しはつくだろう。
フラワーエルフは人に作られた存在だということだ。
愛玩用、時には戦闘用、従属用…その存在は、よく言えば身近な者、悪く言えば使い捨ての道具。
今はそんなことはないが、やはり非合法的な奴はいつの時代にだっている。
フラワーエルフは他のエルフとは違い、従属契約ができるから高く売れるのだ。
エルフとしての寿命、魔力もあり、しかも見た目が子どものままで大人の姿になることはない。
子どもの護衛としてなら、まだマシな待遇だ。
変な奴の趣向のためにとか、敵国のスパイとしての道具となると最悪だ。
そうしたこともあり、フラワーエルフ達はあまり進んで自分たちの素性を明かそうとしない。
「従属させられたことはないけど…あの空気は生理的に無理」
おそらく、フラワーエルフの本能なんだろうなと思う。
そうでなくても、理不尽に他人に従属させられるのは誰だって嫌だろ。
自分が「この人になら」って思うのと思わないのとでは、気持ちの持ちようが全く違うからな。
ちなみに、エヴァンから聞いたことだが、フラワーエルフは結婚すると、お互いの魔力を一つの球根に込めて我が子を育む。
不思議なことにフラワーエルフの番だと必ずエルフが生まれるそうだ。
もう、それは答えがわかりきってることじゃねーか。
フラワーエルフ達の境遇を思いながらため息を吐く。
そして、隣に座るリリーに近づいて鼻を寄せて囁く。
周りに聞こえないように、リリーにだけ聞こえるように。
『…リリー、嘘つくな。じゃあ何でクリスと従属契約を結んだんだ?』
「……っ!」
リリーが目を見開いて、俺を見る。
その顔は驚きもあったが、「どうして知ってるの?」という疑問も含んだものだった。
この様子だと、どうやらクリスに何も言わずに従属契約をしたみてーだな。
『俺を誰だと思ってんだ。魔力が変われば気付くぞ。クリスの魔力にリリーの魔力が加わってたからな』
「そう…フォルトにはわかるのね。……クリスちゃんには内緒にしてね?」
少し困り笑いでそう言ったリリーは、遠くを見るような目で空を見上げた。
今日は薄曇りで、太陽の日差しはいつもより弱い。
フラワーエルフの本能なのか、リリーはよく光の方へ目を向けることが多い。
それは、太陽だけに限らないけどな。
「言ったら、きっとクリスちゃんには断られると思うの。クリスちゃんは優しいから…」
『…そうだな』
絶対泣いて、リリーを抱きしめて、嫌だと首を振るかもな。
リリーもそんな姿を思い浮かべていたのか、少し沈んだ顔になっている。
でも、すぐにその表情は消えて、唐突に笑いだした。
「ふふ。フォルトとの契約、失敗してよかった」
そう言ったリリーの顔はとても穏やかで、眩しいものだった。
リリーとの契約に至った経緯は、まあ、簡単に言うと俺の正体がばれて、お互いの秘密を共有したから。
リリーは、見た目のふわふわな容姿とは裏腹に意外と活発な奴だ。
でも、組の中ではおとなしめのおっとりとした女の子というキャラだった。
俺と関わるようになってからは、素の自分が出せるようになって何でもズバズバ言い合える仲になった。
そんなリリーとの信頼関係がとても心地よかった。
今ならよくわかる、俺はずっとそれに甘えていた。俺とリリーなら大丈夫だと根拠のない自信が駄目だった。
契約は失敗だった。根本的なもののせいだった。
契約のためにリリーの精神世界に入ろうとすると、リリーが苦しんだ。
その精神が壊れる寸前までになった時、俺達の契約は不可能だと知った。
どんなに信頼関係があっても、そこには越えられない壁があった。
『…あの時は、苦しませて悪かったな』
「気にしないでよ。もう終わったことだし。それに、そのおかげで諦めとか踏ん切りがついたから、全然気にならないわ」
そう答えたリリーは、少し目を伏せた。
そして、間を置いて呟くように言った。
「…たぶん、フラワーエルフは従属させられるけど、それ以外の契約ができないんだわ」
理不尽に従属させられるのに、自分が優位の立場になることはない。
対等な契約もできない。
それは、元が作られた存在だからなのかもしれない。
リリーもいろんなものを諦めてるよな。
俺の心配してくれるのはいいけどよ、人のこと言えねーぞ。
「それでも、いいの。私はクリスちゃんに出会えたから。クリスちゃんがピンチの時は、従属契約のおかげですぐに駆けつけられるもの」
リリーの顔はとても晴れやかで、うれしそうで、こっちが泣きたくなった。
リリーは、どうにもならない自分の境遇を一番の武器にしたんだ。
大好きな親友のために、自分が一番嫌うことを差し出した。
親友を生涯護るために従属契約を結ぶ…それは自分のすべてを差し出すことと同じだ。
それは並大抵の覚悟じゃねえ。
『リリーが幸せなら、それでいい』
「ええ。とても幸せよ」
リリーのふわふわな髪が風に揺れてその頬を撫でた。
その横顔を見ながら、俺達はどこまで行っても平行線なんだなと思った。
この、想いさえも。
この親友がクリスと共にあるのなら、俺達は同じ思いを持つ者同士だ。
だから、リリーにとって一番頼りになる仲間になってやろう。
そう、心に決めた。
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