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第1章 ◆ はじまりと出会いと
番外編1. オルデンの騎士団はクリスちゃんを見守り隊
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ここはたくさんの人や物が昼夜問わずに行き交う交易都市オルデン。
もともとは職人が集まる小さな村だったが、その職人達が作り出す品々がどれも天下一品で、それを求める者や技術を学びたいと思う者が集まるようになった。
それがここまで大きくなり、いくつもの大商会と未来の国を担う若者を育てる学園ができるほど立派な街になった。
物が集まれば人も集まるわけで、人が集まれば厄介な事件や犯罪も起きるのは当然だ。
さまざまな人が集まる故に喧嘩も多いし、盗みや誘拐も多発する。ときどき他国の密偵や工作員がいたりもするから、毎日の見回りが重要な仕事になる。
そんなわけで、国立騎士団ではあるが国の命令は受けないオルデン専属の騎士団ができた。
その名の通り、オルデンを護るためにある騎士団だな。
他の騎士団とは違うのは、権限もそれなりに持っていて逮捕権と緊急戦闘の許可を得ていることだ。
事件の度に令状やら許可を得るなんてしていたら、すぐに人に紛れて犯人を取り逃がしてしまうだろ?
「ヴォルフさーん!」
オルデンの中央街を見回っていた俺を後ろから息を切らせながら呼ぶ声。
その声に振り返ると俺を呼んでいたのは、まだまだひよっこ騎士のジルディースだった。
こいつは魔法の腕はいいんだが、いかんせん、すぐに熱くなる奴だ。
訓練でもときどき熱くなりすぎて魔力コントロールが狂うし、暴漢やスリなど悪人に対しては情け容赦ねえとこがある。容赦しなくていいが、やりすぎるところがあるんだよ。
この前のエレナがいなくなった時なんか、自分の大怪我さえ構わずに飛び出していこうとした。殴って止めたけどな。
いつもそうやって熱くなってるのを俺がぶん殴って止めるものだから、ジルディースは俺に頭が上がらない。
「そんなに慌ててどうした、ジルディース?」
交代にはまだ時間があるはずだ。
何か緊急案件が発生したか?
そう思いながら、息を整えるジルディースを見つめる。
ジルディースは息が整うと、がばっと顔を上げた。
「三日後、クリスが騎士団に遊びに来るって!」
「何!?それは一大事じゃねえか!!」
ジルディースが嬉々とした顔でそれに頷く。
クリスが遊びに来る。これは全力でおもてなしだ!
横を通り過ぎていく人達の中にジルディースの言葉に反応した人がいるが気にはしない。
彼ら、彼女らは同志だ。
クリスちゃんに気づかれないように陰ながら見守り、有事の時は助けるというエキスパートだ。
そう、彼らは「クリスちゃんを見守り隊」の一員なのだからな!
「クリスちゃんを見守り隊」というのは、ファンクラブみてえなもんだ。
発足したのは、クリスちゃんがオルデンで盗られてしまった宝物を探したお礼に来てくれた日だ。
発足理由を話し出すと長えから簡潔に言う。
クリスちゃんは俺達にとって天使だからだ!以上!!
もちろん会員は騎士団員の他にもオルデンの街にだっている。
クリスちゃんの兄達がオルデンではかなりの有名人だったこともあって、クリスちゃんのことを知らない奴はいない。
まあ、クリスちゃんが学園に通い始めた頃からだから、最近の話になるけどな。
それでも知らない奴がいるとしたら、そいつはオルデンの人間じゃねえ。
それほどクリスちゃんはオルデンの人達に有名ってことだ。
おっと、話が飛んだな。こうしちゃいられねえ。
俺からの指示を待っているのか、ジルディースがこっちをじっと見つめてくる。
「見守り隊隊員として、最優先の案件だな。よし、今日の仕事が終業したら館の掃除だ!」
「っはい!ヴォルフさん!」
元気よく返事をしたジルディースは、そのまま走り去っていく。
おそらく他の団員…いや、見守り隊員に知らせに行くのだろう。
ここで魔法の伝令鳥を使わないところがジルディースのかわいいところだと思う。
そんなこんなで、今日の仕事を終業した俺と団員らで館の掃除に勤しむ。
ただでさえ男所帯で散らかりまくっている館だ。片付けるのも一苦労だ。
「ヴォルフ、何をしている。おまえはもう終業しているはずだろう」
廊下の床のごみと埃を集めていると、誰かが声を掛けてきた。
顔を上げれば、ここにいるのが珍しい人物が立っていた。
「団長、珍しいな。屋敷に帰ってくるなんて」
「帰ってきて悪いか?そもそも、この屋敷は私の家だ」
眉を寄せながら、そう言う我らが上司オルデンの騎士団長スティール。
彼の言うとおり、この屋敷は騎士団の屋敷である前にスティールの家だ。
とは言ってもスティールは団長として何かと忙しいから、滅多にこの屋敷に帰ってこねえけどな。
他に管理しやすい小さな家があるからそこへ帰ってるんだと。
最初はこの屋敷にも週一で管理のために帰って来ていたそうだが、今では一年に二度あるかないかだ。
で。十数年前、管理できなくなったこの屋敷をどうするかってなった時に思いついたのが、騎士団の本部だってよ。
スティールはこのだだっ広い屋敷を騎士団の屋敷にしてしまおうと言ったのだ。
それまでオルデン専属騎士団には本部といえる場所がなくてな、街の各大通りにある広くもない詰所に缶詰だったんだ。
街の人には詰所に常に人がいるというのは助かるが、それだと騎士達は全く休まらねえ。ほんと、この屋敷があってよかったぜ。
オルデンの役所からも通達や書類を本部へと集約できるから有難がられてる。
それまで誰に渡せばいいかわからないまま各詰所を走り回っていた役人には申し訳なかったとしか言えない。
「それにしても、団員たちが浮ついているように見えるが…パーティでもするのか?掃除までしているみたいだが…」
「あはははっ!パーティ!!まあ、みたいなもんだな。パーティよりもいいことだが」
「?」
より一層顔をしかめるスティール。
昔は眉間に皺を寄せるような奴じゃなかったんだけどなぁ。
今では上司と部下の関係だが、俺とスティールは同期だった。
俺達の同期時代は、まあ、おもしろくも何ともねぇから、さくっと説明は省く。
いまだに眉間に皺を寄せるスティールに笑いながら三日後のことを説明した。
スティールは、俺の説明に小さく何度も頷いた。
あの校外学習の事後処理でクリスちゃんに何度か会ってたから、知らない奴じゃないと納得したんだろう。
「なるほど。そういうことなら、この屋敷の掃除をしなければいけないな。私も手伝おう」
「はあ!?手伝ってくれるのかよ!?」
珍しい!屋敷の管理に無頓着な男が。
スティールは屋敷に関してだけ基本的に自分がやらなくてもいいことはしないのだ。つまり、俺達に管理を任せっきり。
これが驚かないでいられるかってんだ。
「その日は私もこの屋敷にいるし…クリスちゃんとはお互いにあの事件の事後処理でバタバタしていたからな。改めて挨拶をしたい」
「…っぶふっ!!スティールの口から、クリスちゃん…っ!」
スティールは至極真面目に答えたのだが、その強面から「クリスちゃん」という可愛らしい名前が出ると違和感が半端ない。
おもしろすぎて大笑いするところを吹き出すだけに留まった俺を褒めてほしい。
笑いを堪える俺を眉間に深いしわを寄せて見つめてくるスティールは冷ややかに言う。
「ヴォルフ。おまえはその日は見回りだろう?会えないのではないか?」
「ああ。いいんだよ。クリスちゃんがまた来てくれるなら、その時に会えばいいしな」
「クリスちゃんを見守り隊」一員としては残念だが、クリスちゃんが来る屋敷をきれいにすることはできるからな、それで十分だ。
ここでちらりとスティールを見る。
こいつは、クリスちゃんをどう思っているんだろうか?
「団長はクリスちゃんのことどう思ってんだ?」
「ん?そうだな…礼儀正しいところもあって好ましい少女だな」
「だろだろー?俺達の天使だ!」
「言い過ぎではないか?……まあ、わからんでもないが」
スティールは顔をしかめたが、言葉の最後の方で柔らかく口角を上げた。その顔は滅多にお目にかかれない穏やかな笑顔だった。
おおっ!強面団長が笑っていらっしゃる!
眼帯で左目が隠れているせいで周囲に怖がられることが多いが元々イケメンな奴だ。左目が隠れていても、その笑みは男の俺でも照れるほどのかっこよさだ。そこらへんのご令嬢が見たら卒倒だろう。
なのに、なんでこいつはこれで独身なんだろうな?謎すぎる。
久しぶりに団長としてではないスティールとクリスちゃんのことを話しながら、俺達は屋敷の掃除に勤しんだ。
当日、クリスちゃんが思ったより早く来たから俺も少しだけ会うことができた。
「こんにちは。騎士団の皆さん。この間は、いろいろとお世話になりました」
エントランスでぺこりと可愛らしくお辞儀をした天使は、我らが愛でてやまないクリスちゃんだ。
今日は友達のリリーちゃんと、大きな契約獣が一緒に来ていた。
「いつの間に契約獣が!?」と団員全員が思ったが、クリスちゃんを護ってくれる一番の味方だ。素直に喜ぼうじゃねえか。
丁寧なクリスちゃんの挨拶に、騎士団長のスティールが答えた。
「ようこそ。あまり構うこともできないが、ゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます。団長さん」
にこっと笑うクリスちゃんの周りには、まるで花が飛んでいるみたいだ。いや、飛んでるな、これは!
クリスちゃんの纏う空気に、この場の団員達はふわふわと癒されている。日々の疲れが吹っ飛ぶようだ。
クリスちゃんは、前の時のようにお礼のクッキーを団員達に配ってくれた。
喜べ!見回りに行っている奴らや非番の奴らの分もあるぞ!!
クリスちゃんはスティールに前もって騎士団員の人数を確認していたそうだ。
オルデンの団員の数は二百人を越えている。その人数分を頑張って作ったのと言うのだ。
優しすぎるだろう、クリスちゃん!
一生懸命生地をこねて型抜きをする姿を想像して、おじさん、涙が出そうだぜ。
「思ったよりも人数が多くて、ちょっとずつしかクッキーがお渡しできなくてすみません」
「気にしなくてもいい。オルデンの魔導具を十三個も取り戻してくれたのだから、むしろこちらがお礼をするべきなんだが…」
「えええと!それは大丈夫です!」
団長がお礼をと言うと、慌てて両手を振って辞退するクリスちゃん。
その慌てるところもかわいい。
隣のリリーちゃんと契約獣も微笑ましいという顔でクリスちゃんを見ている。
「えと、クッキーだけじゃ足りないなって思ったので、私から祈らせてください。この騎士団のために」
「…祈る?」
騎士団全員がきょとんとしたのを見たクリスちゃんは、少し困り笑いで答えてくれた。
「そんな大したことではないです。ただ、こうなりますようにって精霊にお願いをするだけです」
「…どういうものかはわからないが、お願いしよう」
スティールが穏やかに頷く。
周りの団員も微笑んでいたからクリスちゃんもうれしそうに笑った。
その笑顔だけで、俺達にはお礼になるんだがな。
クリスちゃんは契約獣に視線を投げた。
契約獣は頷いて、クリスちゃんの横にぴったりと寄り添う。その反対側にはリリーちゃんも。
クリスちゃんは手を組んでゆっくり目を閉じた。
「オルデンを護る騎士さん達がいろんな危険から守られますように」
クリスちゃんの言葉で、ふわりと何かに包まれたような感覚がした。
その薄いベールのような柔らかな空気がその場にいた者達だけではなく屋敷中を巡っていく。
あとから聞いた話だが、見回りをしていた騎士も同時刻に同じ感覚を味わったと言う。
「いつもオルデンのためにありがとうございます。お仕事、頑張ってください」
ぽかんとしている俺達にクリスちゃんがにこっと笑ってそう言った。
よくわからねえが、とっても気分がいいから、もう何でもいいと思った。
スティールも団員のみんなも笑っている。
これがいつもギスギスして疲れた顔をしているとは思えねえな。
こんな穏やかな時間は貴重で、とても心地いい。
クリスちゃんのおかげってところが大きいな。ほんと、不思議な子だ。
俺はそろそろ見回りの時間になるから、クリスちゃんに挨拶をしてから行くことにした。
俺と入れ替わりにジルディースとエレナが帰ってくることを伝えると、とてもうれしそうに笑ってくれた。
くそう、騎士団ではあの二人が一番クリスちゃんと仲がいいんだよな。
いやいや、そのおかげでクリスちゃんが騎士団の屋敷まで遊びに来てくれるんだ。むしろ感謝しねえとな。
俺が見回りに出て行ったあと、クリスちゃんはしばらく騎士団の屋敷にいて、帰ってきたジルディース達と一緒にオルデンの街を散策したそうだ。
エレナからの話によると、エレナの怪我を心配して人にぶつからないように手を引いてくれたクリスちゃんが超絶かわいすぎて抱きしめたかったけどジルディースに全力で止められたとかなんとか。
ジルディースは、そんなエレナと周囲への危険察知に必死すぎて怖い顔になってしまい、クリスちゃんに心配されて頭を撫でてもらったとか…くっそ、羨ましい限りだな!お前ら!!
他にも街の見守り隊員からの情報がたくさんあるが、ありすぎて全部話せねえのが残念だ。
まあ、一言でいえばクリスちゃんはオルデンの天使ってことだ。
ん?意味わかんねえとか言ったら殴り飛ばすぞ?
クリスちゃんを屋敷から見送ったあと、スティールが「『クリスちゃんを見守り隊』に入るにはどうすればいい?」と訊いてきたのには驚いた。
いや、クリスちゃんに落ちねえ奴はいないだろう。うんうん。
こうしてスティールも隊員に加わって、今日もクリスちゃんのオルデンでの日々は陰ながら守られている。
騎士団と隊員達がいれば、オルデンでは怖いものなしだ!
あ、仕事もちゃんとやってるからな?
余談だが、団員全員が一週間大きな怪我をせずに過ごせたのは、クリスちゃんのおかげだったんだろうか?
もともとは職人が集まる小さな村だったが、その職人達が作り出す品々がどれも天下一品で、それを求める者や技術を学びたいと思う者が集まるようになった。
それがここまで大きくなり、いくつもの大商会と未来の国を担う若者を育てる学園ができるほど立派な街になった。
物が集まれば人も集まるわけで、人が集まれば厄介な事件や犯罪も起きるのは当然だ。
さまざまな人が集まる故に喧嘩も多いし、盗みや誘拐も多発する。ときどき他国の密偵や工作員がいたりもするから、毎日の見回りが重要な仕事になる。
そんなわけで、国立騎士団ではあるが国の命令は受けないオルデン専属の騎士団ができた。
その名の通り、オルデンを護るためにある騎士団だな。
他の騎士団とは違うのは、権限もそれなりに持っていて逮捕権と緊急戦闘の許可を得ていることだ。
事件の度に令状やら許可を得るなんてしていたら、すぐに人に紛れて犯人を取り逃がしてしまうだろ?
「ヴォルフさーん!」
オルデンの中央街を見回っていた俺を後ろから息を切らせながら呼ぶ声。
その声に振り返ると俺を呼んでいたのは、まだまだひよっこ騎士のジルディースだった。
こいつは魔法の腕はいいんだが、いかんせん、すぐに熱くなる奴だ。
訓練でもときどき熱くなりすぎて魔力コントロールが狂うし、暴漢やスリなど悪人に対しては情け容赦ねえとこがある。容赦しなくていいが、やりすぎるところがあるんだよ。
この前のエレナがいなくなった時なんか、自分の大怪我さえ構わずに飛び出していこうとした。殴って止めたけどな。
いつもそうやって熱くなってるのを俺がぶん殴って止めるものだから、ジルディースは俺に頭が上がらない。
「そんなに慌ててどうした、ジルディース?」
交代にはまだ時間があるはずだ。
何か緊急案件が発生したか?
そう思いながら、息を整えるジルディースを見つめる。
ジルディースは息が整うと、がばっと顔を上げた。
「三日後、クリスが騎士団に遊びに来るって!」
「何!?それは一大事じゃねえか!!」
ジルディースが嬉々とした顔でそれに頷く。
クリスが遊びに来る。これは全力でおもてなしだ!
横を通り過ぎていく人達の中にジルディースの言葉に反応した人がいるが気にはしない。
彼ら、彼女らは同志だ。
クリスちゃんに気づかれないように陰ながら見守り、有事の時は助けるというエキスパートだ。
そう、彼らは「クリスちゃんを見守り隊」の一員なのだからな!
「クリスちゃんを見守り隊」というのは、ファンクラブみてえなもんだ。
発足したのは、クリスちゃんがオルデンで盗られてしまった宝物を探したお礼に来てくれた日だ。
発足理由を話し出すと長えから簡潔に言う。
クリスちゃんは俺達にとって天使だからだ!以上!!
もちろん会員は騎士団員の他にもオルデンの街にだっている。
クリスちゃんの兄達がオルデンではかなりの有名人だったこともあって、クリスちゃんのことを知らない奴はいない。
まあ、クリスちゃんが学園に通い始めた頃からだから、最近の話になるけどな。
それでも知らない奴がいるとしたら、そいつはオルデンの人間じゃねえ。
それほどクリスちゃんはオルデンの人達に有名ってことだ。
おっと、話が飛んだな。こうしちゃいられねえ。
俺からの指示を待っているのか、ジルディースがこっちをじっと見つめてくる。
「見守り隊隊員として、最優先の案件だな。よし、今日の仕事が終業したら館の掃除だ!」
「っはい!ヴォルフさん!」
元気よく返事をしたジルディースは、そのまま走り去っていく。
おそらく他の団員…いや、見守り隊員に知らせに行くのだろう。
ここで魔法の伝令鳥を使わないところがジルディースのかわいいところだと思う。
そんなこんなで、今日の仕事を終業した俺と団員らで館の掃除に勤しむ。
ただでさえ男所帯で散らかりまくっている館だ。片付けるのも一苦労だ。
「ヴォルフ、何をしている。おまえはもう終業しているはずだろう」
廊下の床のごみと埃を集めていると、誰かが声を掛けてきた。
顔を上げれば、ここにいるのが珍しい人物が立っていた。
「団長、珍しいな。屋敷に帰ってくるなんて」
「帰ってきて悪いか?そもそも、この屋敷は私の家だ」
眉を寄せながら、そう言う我らが上司オルデンの騎士団長スティール。
彼の言うとおり、この屋敷は騎士団の屋敷である前にスティールの家だ。
とは言ってもスティールは団長として何かと忙しいから、滅多にこの屋敷に帰ってこねえけどな。
他に管理しやすい小さな家があるからそこへ帰ってるんだと。
最初はこの屋敷にも週一で管理のために帰って来ていたそうだが、今では一年に二度あるかないかだ。
で。十数年前、管理できなくなったこの屋敷をどうするかってなった時に思いついたのが、騎士団の本部だってよ。
スティールはこのだだっ広い屋敷を騎士団の屋敷にしてしまおうと言ったのだ。
それまでオルデン専属騎士団には本部といえる場所がなくてな、街の各大通りにある広くもない詰所に缶詰だったんだ。
街の人には詰所に常に人がいるというのは助かるが、それだと騎士達は全く休まらねえ。ほんと、この屋敷があってよかったぜ。
オルデンの役所からも通達や書類を本部へと集約できるから有難がられてる。
それまで誰に渡せばいいかわからないまま各詰所を走り回っていた役人には申し訳なかったとしか言えない。
「それにしても、団員たちが浮ついているように見えるが…パーティでもするのか?掃除までしているみたいだが…」
「あはははっ!パーティ!!まあ、みたいなもんだな。パーティよりもいいことだが」
「?」
より一層顔をしかめるスティール。
昔は眉間に皺を寄せるような奴じゃなかったんだけどなぁ。
今では上司と部下の関係だが、俺とスティールは同期だった。
俺達の同期時代は、まあ、おもしろくも何ともねぇから、さくっと説明は省く。
いまだに眉間に皺を寄せるスティールに笑いながら三日後のことを説明した。
スティールは、俺の説明に小さく何度も頷いた。
あの校外学習の事後処理でクリスちゃんに何度か会ってたから、知らない奴じゃないと納得したんだろう。
「なるほど。そういうことなら、この屋敷の掃除をしなければいけないな。私も手伝おう」
「はあ!?手伝ってくれるのかよ!?」
珍しい!屋敷の管理に無頓着な男が。
スティールは屋敷に関してだけ基本的に自分がやらなくてもいいことはしないのだ。つまり、俺達に管理を任せっきり。
これが驚かないでいられるかってんだ。
「その日は私もこの屋敷にいるし…クリスちゃんとはお互いにあの事件の事後処理でバタバタしていたからな。改めて挨拶をしたい」
「…っぶふっ!!スティールの口から、クリスちゃん…っ!」
スティールは至極真面目に答えたのだが、その強面から「クリスちゃん」という可愛らしい名前が出ると違和感が半端ない。
おもしろすぎて大笑いするところを吹き出すだけに留まった俺を褒めてほしい。
笑いを堪える俺を眉間に深いしわを寄せて見つめてくるスティールは冷ややかに言う。
「ヴォルフ。おまえはその日は見回りだろう?会えないのではないか?」
「ああ。いいんだよ。クリスちゃんがまた来てくれるなら、その時に会えばいいしな」
「クリスちゃんを見守り隊」一員としては残念だが、クリスちゃんが来る屋敷をきれいにすることはできるからな、それで十分だ。
ここでちらりとスティールを見る。
こいつは、クリスちゃんをどう思っているんだろうか?
「団長はクリスちゃんのことどう思ってんだ?」
「ん?そうだな…礼儀正しいところもあって好ましい少女だな」
「だろだろー?俺達の天使だ!」
「言い過ぎではないか?……まあ、わからんでもないが」
スティールは顔をしかめたが、言葉の最後の方で柔らかく口角を上げた。その顔は滅多にお目にかかれない穏やかな笑顔だった。
おおっ!強面団長が笑っていらっしゃる!
眼帯で左目が隠れているせいで周囲に怖がられることが多いが元々イケメンな奴だ。左目が隠れていても、その笑みは男の俺でも照れるほどのかっこよさだ。そこらへんのご令嬢が見たら卒倒だろう。
なのに、なんでこいつはこれで独身なんだろうな?謎すぎる。
久しぶりに団長としてではないスティールとクリスちゃんのことを話しながら、俺達は屋敷の掃除に勤しんだ。
当日、クリスちゃんが思ったより早く来たから俺も少しだけ会うことができた。
「こんにちは。騎士団の皆さん。この間は、いろいろとお世話になりました」
エントランスでぺこりと可愛らしくお辞儀をした天使は、我らが愛でてやまないクリスちゃんだ。
今日は友達のリリーちゃんと、大きな契約獣が一緒に来ていた。
「いつの間に契約獣が!?」と団員全員が思ったが、クリスちゃんを護ってくれる一番の味方だ。素直に喜ぼうじゃねえか。
丁寧なクリスちゃんの挨拶に、騎士団長のスティールが答えた。
「ようこそ。あまり構うこともできないが、ゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます。団長さん」
にこっと笑うクリスちゃんの周りには、まるで花が飛んでいるみたいだ。いや、飛んでるな、これは!
クリスちゃんの纏う空気に、この場の団員達はふわふわと癒されている。日々の疲れが吹っ飛ぶようだ。
クリスちゃんは、前の時のようにお礼のクッキーを団員達に配ってくれた。
喜べ!見回りに行っている奴らや非番の奴らの分もあるぞ!!
クリスちゃんはスティールに前もって騎士団員の人数を確認していたそうだ。
オルデンの団員の数は二百人を越えている。その人数分を頑張って作ったのと言うのだ。
優しすぎるだろう、クリスちゃん!
一生懸命生地をこねて型抜きをする姿を想像して、おじさん、涙が出そうだぜ。
「思ったよりも人数が多くて、ちょっとずつしかクッキーがお渡しできなくてすみません」
「気にしなくてもいい。オルデンの魔導具を十三個も取り戻してくれたのだから、むしろこちらがお礼をするべきなんだが…」
「えええと!それは大丈夫です!」
団長がお礼をと言うと、慌てて両手を振って辞退するクリスちゃん。
その慌てるところもかわいい。
隣のリリーちゃんと契約獣も微笑ましいという顔でクリスちゃんを見ている。
「えと、クッキーだけじゃ足りないなって思ったので、私から祈らせてください。この騎士団のために」
「…祈る?」
騎士団全員がきょとんとしたのを見たクリスちゃんは、少し困り笑いで答えてくれた。
「そんな大したことではないです。ただ、こうなりますようにって精霊にお願いをするだけです」
「…どういうものかはわからないが、お願いしよう」
スティールが穏やかに頷く。
周りの団員も微笑んでいたからクリスちゃんもうれしそうに笑った。
その笑顔だけで、俺達にはお礼になるんだがな。
クリスちゃんは契約獣に視線を投げた。
契約獣は頷いて、クリスちゃんの横にぴったりと寄り添う。その反対側にはリリーちゃんも。
クリスちゃんは手を組んでゆっくり目を閉じた。
「オルデンを護る騎士さん達がいろんな危険から守られますように」
クリスちゃんの言葉で、ふわりと何かに包まれたような感覚がした。
その薄いベールのような柔らかな空気がその場にいた者達だけではなく屋敷中を巡っていく。
あとから聞いた話だが、見回りをしていた騎士も同時刻に同じ感覚を味わったと言う。
「いつもオルデンのためにありがとうございます。お仕事、頑張ってください」
ぽかんとしている俺達にクリスちゃんがにこっと笑ってそう言った。
よくわからねえが、とっても気分がいいから、もう何でもいいと思った。
スティールも団員のみんなも笑っている。
これがいつもギスギスして疲れた顔をしているとは思えねえな。
こんな穏やかな時間は貴重で、とても心地いい。
クリスちゃんのおかげってところが大きいな。ほんと、不思議な子だ。
俺はそろそろ見回りの時間になるから、クリスちゃんに挨拶をしてから行くことにした。
俺と入れ替わりにジルディースとエレナが帰ってくることを伝えると、とてもうれしそうに笑ってくれた。
くそう、騎士団ではあの二人が一番クリスちゃんと仲がいいんだよな。
いやいや、そのおかげでクリスちゃんが騎士団の屋敷まで遊びに来てくれるんだ。むしろ感謝しねえとな。
俺が見回りに出て行ったあと、クリスちゃんはしばらく騎士団の屋敷にいて、帰ってきたジルディース達と一緒にオルデンの街を散策したそうだ。
エレナからの話によると、エレナの怪我を心配して人にぶつからないように手を引いてくれたクリスちゃんが超絶かわいすぎて抱きしめたかったけどジルディースに全力で止められたとかなんとか。
ジルディースは、そんなエレナと周囲への危険察知に必死すぎて怖い顔になってしまい、クリスちゃんに心配されて頭を撫でてもらったとか…くっそ、羨ましい限りだな!お前ら!!
他にも街の見守り隊員からの情報がたくさんあるが、ありすぎて全部話せねえのが残念だ。
まあ、一言でいえばクリスちゃんはオルデンの天使ってことだ。
ん?意味わかんねえとか言ったら殴り飛ばすぞ?
クリスちゃんを屋敷から見送ったあと、スティールが「『クリスちゃんを見守り隊』に入るにはどうすればいい?」と訊いてきたのには驚いた。
いや、クリスちゃんに落ちねえ奴はいないだろう。うんうん。
こうしてスティールも隊員に加わって、今日もクリスちゃんのオルデンでの日々は陰ながら守られている。
騎士団と隊員達がいれば、オルデンでは怖いものなしだ!
あ、仕事もちゃんとやってるからな?
余談だが、団員全員が一週間大きな怪我をせずに過ごせたのは、クリスちゃんのおかげだったんだろうか?
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その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
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