クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第2章 ◆ 見えるものと見えないものと

1. 海組

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 はじめまして。
 そうである方もそうでない方もこんにちは。クリスです。
 光組八番から海組へ進級し、二年生になりました。
 海組には、剣術・武術専門の「騎士部」、魔法・紋章術専門の「魔法部」、契約精霊・契約獣専門の「契約魔法部」があります。
 部の中でもまた細かくコースが分かれているのですが、今は説明を省きます。

 海組は基本的に実技の日が多く、時間内であれば自由に練習・実践ができます。
 一日一つ課題が出されて、それがクリアできれば次の課題へと進むことができます。
 一日で最高進められる課題は三つまでで、達成できたらその後の時間がどんなに余っていても自由時間になります。
 そして、週に一日だけ座学の日があり、その日は魔法や紋章術の知識を学びます。
 勉強は光組の時よりも専門的ですが、基本的に「魔法は自主的に勉強しろ」と言うのが海組の方針です。
 なので、課題をこなしつつ、自分で勉強するのです。
 先生達はというと、本当に困った時に何かしら助けてくれる存在です。

 うん。海組って、本当に自分で何とかしなくちゃ前に進めない厳しい組です。
 でも、それは私とフォルトにとって、ありがたいことでした。私達の魔法は教科書通りにはいかないから。

 最初は戸惑うこともありましたが、海組に進級してから一ヶ月、私達はちょとずつ海組に慣れてきつつありました。



「クリス!!何度言ったらわかるんだ!!寮では契約獣はしまえ!」
「す、すみません。ルルーシア先輩」

 寮の玄関前で大きな声で怒っている目の前の先輩は、女子寮の寮長さんです。
 東の街イスントの領主家の生まれで、自分にも他人にもとても厳しくて怖いです。
 海組女子の中では最年長の十七歳で五年生です。

 はい。実は海組に進級してから、寮生活になりました。
 海組は全寮制と決まっていて、たとえ貴族であろうが子どもであろうが、関係なく寮生活をしなければいけません。
 
 それで今、何故怒られているのかと言うと、寮では動物禁止なのだそうです。
 ええと、契約獣もそれに含まれるのかって言われると微妙なのですが、今までの先輩達もそれを守ってきたらしいので、その決まりごとが続いているのだそうです。
 契約獣は必要な時にだけ呼ぶ、召喚するがこの寮のルールです。
 ちなみに、精霊だと問題ないそうです。
 それならフォルトは精霊獣なので連れて行ってもいいと思われそうですが、混乱を防ぐために精霊獣だということは一部の先生以外には秘密なので、みんなフォルトを大きな魔獣の狼だと思っているのです。

「ごめんね。フォルトのお気に入りのクッション持っていくから、いつもの中庭で待ってて」

 フォルトの毛並みを撫でながら言います。
 寮に入れないフォルトには、課題以外の時はいつも寮の中庭で過ごしてもらっているのです。

『……』
「なんだ、何か文句があるか?」

 フォルトがルルーシア先輩を睨みつけています。
 先輩もフォルトの視線に気がついて、睨むように顔をしかめます。
 これはいつもの光景で、フォルトとルルーシア先輩はとても仲が悪いです。
 二人はひとしきり睨み合うと、お互いに背を向けて、ルルーシア先輩は寮の中に入っていきました。
 フォルトは、私の横で不機嫌そうに座っています。もちろん、ルルーシア先輩とは違う方向に顔を向けて。

「ごめんね、フォルト。早くフォルトに合った物を探すから」
『気にすんな。簡単に決められるもんじゃねーことはわかってる』

 最初にこの問題にぶつかった時、本当に困りました。
 今までフォルトを自分の中に出し入れしたことがなかったし、思いもつかなかったから。
 精霊獣となると、契約獣であっても存在が人の器に収まりません。簡単に出し入れできるような存在ではないのです。
 契約獣を出し入れできない私は、周りからすれば、契約獣をうまく扱えない弱い契約者です。弱いのは間違ってないけど…。
 そこでフォルトが提案したのは、私の魔力に合う媒体です。
 それに私の魔力を繋げれば、フォルトが入ることができるそうです。
 どうして媒体なら入れるのかと言うと、難しいことを言っていたので、よく理解できませんでした。まだまだ勉強不足です。
 媒体は私の好きなものでいいって言ってくれたけど、フォルトが休む場所になるから、フォルトが気に入る物がいい。
 そういう訳で、それを用意するのは簡単ではないので、用意できるまでは私の部屋近くの中庭で過ごしてもらっています。

 ちなみに、先輩が言っていた「契約獣をしまえ」というのは、自分の中にしまうという意味です。
 魔獣と契約すると自分の影や精神世界にしまうことができます。それが一般的です。
 精霊はと言うと、もちろん人の器には収まりません。ですが、姿を消したり変えることができるそうです。それもあって、寮に入ってもいいのだと思います。
 フォルトもできるのかなと思ったけど、フォルトが言うには「俺は精霊に仕える精霊獣だ。精霊じゃねえ」だそうで、そんなことはできないみたいです。
 むむむ。これもいろいろ難しいことを言っていたので、精霊についてもまた勉強しよう!

『んじゃ。中庭で待ってるぞ』
「うん」

 フォルトを見送ってクッションを取りに寮へ入ります。
 寮に足を踏み入れる時の感覚は、いつも気持ち悪いと感じます。
 この寮には結界魔法がかけられていて、許可した者しか入れません。先生も生徒もです。
 寮は武器庫や魔導具の倉庫も兼用しているので、守りが固いのです。

「…うーん…精霊さん達はこれ、気持ち悪くないのかな?」

 ぽつりとつぶやいた問いに答える者はいません。
 この結界魔法、なんだかおかしな魔力が混じっている気がします。
 私の気のせいかもしれませんが…。

 自分の部屋まで早歩きで行って、家から持ってきたフォルトお気に入りのクッションを手にします。
 フォルトが私の家に来た日にフォルトのために買った、楕円型のとても大きなものです。大きすぎて、腕で抱きこめば私が隠れてしまうほどです。
 前が見えなくなるので、紐で背負うことにしました。
 このクッションは柔らかくてもちもちしているので、ずり落ちないように念入りに体に巻きつけます。

「よし、これで大丈夫だよね」

 部屋を出て、再び玄関へ行こうとすると、後ろから何かに押されました。
 突然のことだったので、そのまま前へ転んでしまいます。

「あら、ごめんなさいね。人間だとは思わなかったわ」
「クッションが歩いてたから、誰かが魔法で動かしているのだと思いましたわ」
「そんな汚いクッション、どこに持っていくのかしら?」

 くすくすと笑う声がクッション越しに聞こえてきます。

 ああ~、この声は…。

 痛みに顔が引きつりそうになりましたが、そのまま立ち上がって振り向けば、そこには三年生のイリア先輩とその取り巻き達が。
 思った通りの人達に、ため息を吐きそうになりましたが我慢します。

「すみません。フォルトのお気に入りなので、中庭に持っていくんです」
「あの魔獣の?蹴って正解でしたわね」

 イリア先輩はくすくすと笑います。

 むむむー!?蹴られてたの!?
 例え、私が見えなくてただのクッションだと思っても、物を蹴っちゃいけないです!
 蹴りたいなら、ボール遊びしてください!

「あなた、あの魔獣と契約しているのに、どうしてしまえないんですの?あんな獣臭い物、早くしまえるようになりなさいよ」
「そうですわよ。あんな大きいだけの魔獣、邪魔で仕方ありませんわ」

 イリア先輩の取り巻き達が汚いものを見るような目で言います。

 しまえないのは仕方がない。私が早く媒体を見つけてあげればフォルトだって私から離れなくて済む。これは私が負うものだ。
 でもフォルトを悪く言うのは許せない。
 そもそも、フォルトは魔獣じゃない。
 匂いだって、おひさまの香りで、とっても安心するんだから。

 ぎゅっとクッションと体を結ぶ紐を握りしめます。

 私のせいで、フォルトが悪く言われる。
 それは、とても悔しい。


「何をしておる」


 突然響いたその凛とした声の主に一斉に目が向きます。
 そこにいたのは、光を溶かし込んだような銀の髪を緩く一つ結びにしたきれいな女性でした。
 「えっ誰だろう」と思っていると、さらに後ろからもう一人の声が。

「おまえ達、そんなに暇なら鍛錬して来い。安心しろ、先生には私から伝えておこう」
『ルルーシア先輩!!』

 イリア先輩達が悲鳴のように叫びました。
 きれいな女性の後ろからものすごく怒った顔の先輩が現れたら、叫んでしまうのもしょうがないです。
 イリア先輩たちもルルーシア先輩が怖いんですね。わかります。

 ルルーシア先輩は、私と固まってしまっているイリア先輩達を交互に見て、ため息を吐きました。

「さっさと行け。聞こえなかったのか?」
『は、はいぃ~~っ!!』

 パタパタと走り去っていくイリア先輩たちに「廊下を走るな!」とルルーシア先輩は怒鳴ります。
 その横では、銀髪のお姉さんが冷めた目でその様子を見ています。
 ええと…もしかして、ルルーシア先輩の契約精霊さんかな?
 じっと見つめていると、ルルーシア先輩が気がつきます。

「クリス、おまえもだ。早く行け」
「あっ、はい!これをフォルトに届けてからでもいいですか?」

 背中のクッションを見せるようにルルーシア先輩に向けると、顔をしかめられてしまいました。
 あ、これはダメ…かな。

「契約獣にこんな汚れたクッションを使わせているのか?クリス、鍛錬はもういいから、そのクッションを洗え」
「ええ!?そんなに汚れてました!?」

 蹴られたと言うのはわかっているのですが、ルルーシア先輩が顔をしかめるほど汚れてしまったのでしょうか?
 背負っているので、クッションがどんな風に汚れているのか確認できません。
 仕方がないので紐を解こうとすると、凛とした声に止められました。

「そのままでよい。わらわが綺麗にしよう」
「え?」
「はっ?ルミナ!?」

 私とびっくりしたルルーシア先輩の声が重なりました。
 ルミナと呼ばれたお姉さんがふわりと撫でるようにクッションに触れると、キラキラとクッションが輝きだしました。
 その輝きがクッションを覆うと、そのまま弾けるように収まりました。

「ほら。綺麗になった。おまえはあのカイト…いや、フォルトの契約者だそうだな。フォルトに会うのを楽しみにしていると伝えてくれ」
「は、はい。ありがとうございます…。フォルトに伝えます」

 ルミナさんは私の返事を受け取ると、そのままスーッと消えてしまいました。
 ぽかんとそれを見つめていたら、ルルーシア先輩が怒った顔で詰め寄ってきました。

「クリス、どういうことだ!おまえの契約獣は、ルミナと知り合いなのか!?それに、あのルミナが私以外の者に手を貸すのを見たのは初めてだぞ!?」

 もう怒っているのか、動揺しているのかわからないくらい早口でそう言われて、そのあまりの勢いに後ずさります。
 後ずさらないと、そのまま尻餅をつきそうなくらいでした。

「え、ええと…なんなんでしょうね…?」

 答えになってない言葉しか返すことができませんでした。
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