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第2章 ◆ 見えるものと見えないものと
2. 信頼できる人
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『で、なんでそいつと一緒に来るんだよ』
不機嫌な顔のフォルトが私についてきたルルーシア先輩を見ます。
ルルーシア先輩はと言うと、ルミナさんとの関係が気になるのか、苛立ちながらも困ったような顔でフォルトを見ています。
とりあえず、フォルトにルミナさんにきれいにしてもらったクッションを渡して、中庭で話をすることにしました。
『ん?このクッション、こんなきれいだったか?この魔法の跡…』
「あ、えっとね。ルルーシア先輩の精霊さんがきれいにしてくれたの」
「私の家と代々契約している精霊のルミナだ」
補足してくれた先輩のその言葉を聞いて、フォルトの耳がぴんと立ちました。
どうやら、ルミナさんのことを知っているみたいです。
「そのルミナさんにね、フォルトに会うのを楽しみにしてるのを伝えてくれって…」
『…あいつ、まだ契約精霊してたのかよ。本当、物好きだな』
呆れたようにため息を吐くフォルト。
でも、その顔はどこか懐かしそうにしています。
その様子から、二人は知り合いというよりももっと親しい仲なんだということがわかります。
『ルミナは…確か、東のイスントの領主の家と代々契約していたな。今の契約者は、おまえだったのか。くっそ気に食わねーな』
「気に食わないのは私も同じだ!…だが、代々契約している精霊と知り合いとなれば、礼儀を返さなければならないが…」
『いまさらか!?』
「わ、わわ――っ!!ケンカしないで!?」
今にもケンカが始まりそうな雰囲気に、慌てて止めに入ります。
犬猿の仲とはこの二人を言うのでしょうか。
とにかく、ケンカが始まる前に本題をフォルトに訊いてみます。
「あのね、フォルトとルミナさんってどういう関係なのか知りたいんだけど……」
「魔獣のおまえと精霊のルミナが知り合いなのが不思議でならん!一体どういう関係なんだ!?」
ルルーシア先輩が私を押しのけて割り込むようにそう言うと、フォルトがものすごく嫌そうな顔をしました。
「なんで俺がルミナとのことを教えなきゃなんねーんだよ。ルミナが言ってないなら、俺も言わねー」
「な、なんだと!!」
フォルトはぷいっと顔を背けると、ルルーシア先輩は怖い顔になります。
普段の厳しい顔でも怖いのに、それよりももっと怖いです。
イライラを募らせるルルーシア先輩は、拳を震わせて今にもフォルトに殴り掛かりそうです。
ど、どうしよう!?ルルーシア先輩にフォルトが本当は精霊獣だって言ったら納得してくれるでしょうか?
精霊獣は、精霊に仕える獣だから繋がりがあるとわかるはず。
そう思いましたが、リスト先生に「信頼できる人にしか話してはいけない」と言われていたのを思い出して、頭を振ります。
そうだ。ルルーシア先輩は私にとって、フォルトにとって、信頼できる人だとは言えない。
ここで言ってはダメだ。
「せ、先輩!ルミナさんに直接訊いた方が早いと思いますよ。訊かれないから話してないだけなのかもしれません!」
「…む。それもそうだな。この魔獣に訊くまでもないか」
ルルーシア先輩は、ちょっとだけ考えるような表情をして、あっさりと手を引いてくれました。
その後、イライラを抑えるためなのか、肩を回したり、軽くその場で跳んだりして、気持ちを落ち着けているようでした。
よ、よかった、ケンカにならなくて…。
フォルトの心配よりも、ルルーシア先輩の身の方が危ないです。
だって、フォルトが本気になれば、きっと大怪我では済まないです。
ルルーシア先輩は一通りの動作を終えると、私の方に向き直ります。
その顔はどこか申し訳なさそうです。
「悪かったクリス。いろいろと乱暴なことをした。何にも無関心だったルミナがあんなふうに他の人に興味を持ったことに驚いたんだ。…魔獣も、悪かったな」
そう言って、礼儀正しく頭を下げられました。
その様子に私とフォルトは、目を丸くしてびっくりしてしまいましたが、すぐに背を正してそれに応えました。
「いえ。気にしないでください。私の方こそ力になれなくてすみません」
『…謝罪を受け取った』
私達の言葉を聞いて、ゆっくりと頭を上げた先輩は、きれいに微笑んでくれました。
そして、自然とお互いの手が伸びて、ゆっくりと握手をします。和解の握手です。
ルルーシア先輩は怖いけど、理不尽に怒ったり罵倒したりしません。
それに、自分の非を素直に認められる人だということを今日知りました。
自分の感情にとても正直な人だと思います。
「もし、ルミナに訊いて教えてもらえなかったら、またおまえの契約獣に訊きに来るとする」
「…えーと、はい…わかりました」
目を嫌そうに背けるフォルトを横目に、できればそうならないことを願いました。
それからというもの、ルルーシア先輩とはよく話をするようになりました。
寮の中ではもちろん、課題の前には声を掛けてくれるし、食堂でのご飯もときどき一緒になります。
フォルトとルミナさんについては、ルミナさんが笑って「教えぬ」と言ったらしく、しばらくルルーシア先輩の質問攻撃が続きました。
相変わらず、フォルトとは仲が悪くて訊けていないようです。
フォルトは私にも教えてくれません。
すごく気になりますが、話してくれる時を待とうと思います。
さて、寮生活になってから二ヶ月が経ちました。
寮生活は、だいぶ疲れるものです。ため息を吐きそうになるほど。
勉強をしながら、身の回りのことも自分でしなければいけません。
ご飯だけは食堂で食べられるようになっていますが、食器類の片付けは自分でします。
それに加えて、寮の掃除当番や見回り当番はもちろん、いろんな規則や暗黙のルールを守りながら、みんなで協力しながら生活するようになっています。
クロードお兄ちゃんは、寮生活はとても充実して楽しいものだったと言っていましたが、そんなの嘘だと進級早々に思い知らされました。
寮に入って一番に疲れることは、私とフォルトに対する悪口・陰口でした。
「あんなこともできないの?」
「本当にクロード様とレガロ様の妹君なのかしら?」
「連れている契約獣も粗暴だし…」
女子寮…リィちゃんからはいろいろ聞いてはいましたが、まさか本当にあるとは。
ミリア先生も心配していたことの一つでした。
何かされることはありませんが、精神的に来るやつですね。
聞き取りにくい囁きもたぶん悪口なだろうなって思うけど、これくらいならまだ大丈夫です。
お兄ちゃんパニックの後に比べれば、まだ。
今日もどこからか聞こえてくる囁きに聞こえないふりをして、掃除道具入れからバケツを手にします。
休日の今日は女子寮の掃除当番に当たっていて、一階の担当になっています。
武器庫と魔導具室、個人の部屋を除いた場所が掃除する場所です。
挙げるなら、トイレと食堂、大浴場、廊下、エントランスが主な掃除場所になります。
二階、三階になれば、個人の部屋が多いので掃除場所が少ないと思われるかもしれませんが、図書室や談話室、階段、バルコニーなど一階よりも掃除するのが大変な場所が多いので、大変さは変わらないと思います。
「よし、頑張るぞ」
バケツを手に、中庭の井戸へと早歩きで向かいます。廊下は走っちゃいけないからね。
水を汲んで、木の下で座っているフォルトに手を振ると、尻尾を振りかえしてくれました。
フォルトは不機嫌そうな顔をしていましたが、仕方ありません。
寮に入れないから、私の手伝いができなくて不満なのです。
一人では魔法が使えないので、掃除はすべて手作業になります。
なので、掃除をするのが人よりも何倍も時間がかかります。
掃除はその日に終えられれば、どんな時間にやってもいいので遅くなっても文句は言われません。
大変ではありますが、すべて手作業で掃除することは体力づくりの一環にもなるので苦ではないです。
朝から夕方まで黙々と一階の掃除を終わらせて、夕食になる前に寮長のルルーシア先輩に報告をします。
ルルーシア先輩は、ちょっとだけ眉をひそめましたが、完了のハンコを当番帳に押してくれました。
「クリスとやら。おまえはなぜ魔法で掃除をせぬ?」
いつの間にか、私の後ろにルミナさんが立っていて、びっくりしました。
いつも急に現れるから心臓に悪いよ…。
「えと、私の魔力は魔法を使えないんです」
「っは?」
「ほう」
困り笑いをしながらそう言うと、驚いた声と冷静な声に挟まれました。
そういえば、海組の学年主任の先生と実技の先生以外には言ったことがなかったなと、いまさら気がつきました。
ルルーシア先輩が驚きすぎて固まっていると、ルミナさんが後ろから私を包むように抱きしめてきます。
いきなりのことでびっくりしましたが、その動揺さえも包むようにルミナさんの腕に力が入ります。
苦しくはないですが、柔らかい銀の髪が頬を撫でてくすぐったいです。
「なるほどな。おまえは○▽◆◎□●なのか。合点がいった」
「え?」
ルミナさんが聞き取れない言葉を言ったので、思わず訊き返してしまいます。
「む?聴き取れなかったか?……まあ、そうだな。そのうちわかる。で、おまえの魔力だが、確かに魔法を発現するのには向かんな」
「…えっと、はい、そう言われました」
なんだか重要なことを言われた気がするのですが、ルミナさんが抱きしめるのをやめて話を切り替えてしまったので、魔力に対する問いに頷くしかありませんでした。
そこで、固まっていたルルーシア先輩の意識が戻ってきます。
「クリス、それはどういうことだ!?課題は順調にこなしてるじゃないか、本当に魔法が使えないのか!?」
「ええと、はい。私自身の魔力を使っての魔法は使えません。私が魔法を使えているのは、フォルトのおかげなんです」
なんだか混乱している先輩を落ち着かせるために、できるだけ冷静に答えました。
その私の答えに、ルミナさんは笑みを深くしました。
美人さんのきれいな笑みというより、とてもうれしそうな、ふわりと柔らかい温かな笑みです。
そんな笑みに私もルルーシア先輩も見惚れてしまいました。
「ほう、フォルトの魔力を使っておるのか。それならば問題はない。フォルトも心底うれしかろう」
さすが精霊、フォルトと私の関係をすぐに見抜いたようです。
ルルーシア先輩は、私とルミナさんを交互に見ながら、どこか戸惑っている顔をしています。
自分の契約精霊が他の人と親しくするのは、やっぱり気になりますよね。
無理もないです。ルミナさんはフォルトとの関係も全然教えてくれませんから。
その様子に苦笑を隠しつつ、自分がこの組に来た理由を話します。
魔導具師になるために魔法経験が必要であること。自分の魔力ととことん向き合い、知るため。その上で魔力のコントロールを覚えたいこと。
ルルーシア先輩は、海組に入った理由にあまり納得していない顔でしたが、私の目標に対する姿勢には評価をしてくれました。
「…クリスは、魔術師や召喚師になるのだと思っていたよ。まさか、海組が魔導具師になるための通過点だとは。海組に在籍する者としては、納得はいかないが…クリスの夢のためだ。それを成そうとするおまえはすごいと思う」
先輩はそう言って眉をひそめながらも、目元は優しく笑ってくれています。
ルルーシア先輩は、やっぱりいい人だなぁと思いました。
普通なら、ここで文句や疑問の一つや二つあってもいいものです。
それなのに、先輩は私の思いに対してまっすぐ答えてくれました。
海組で周りとなかなか馴染めない私にとって、ルルーシア先輩が一番の理解者かもしれないと感じました。
「ふむ、魔導具師になりたいのか。となると、少々厄介な魔力ではあるが…まあ、あの方の祝福があるようだし、大事ないであろう。クリス、その魔力、見誤るでないぞ?」
「は、はい…」
その言葉に戸惑いながら頷くと、ルミナさんは微笑みながらふわりとその場から消えてしまいました。
現れるのも消えるのも唐突というか、気まぐれというか…精霊さんはみんなそうなのかな?
気になったのは、ルミナさんは私の魔力がどんなものなのかわかっているような言い方をしたことです。
やっぱり精霊さんは、魔力を見ることができるんですね。精霊獣であるフォルトだって見えてるって言ってたし…。
それに「あの方」って…もしかして精霊王さんのことなのでしょうか?
「祝福」というのは、契約してるって意味かな?
首を傾げながらそんなことを考えていると、ルルーシア先輩が私の頭を撫でてきました。
「クリスは、思った以上にいろいろと考えていたんだな。年齢に似合わずびっくりした。話が聞けてよかったよ」
ぽふぽふとちょっと乱暴な撫で方だけど、なんだか先輩らしい撫で方だなと思って、されるがままに受け入れます。
頭を撫でられるのは好きです。ジルディースさんみたいに髪をぐしゃぐしゃにされなければ。
「私も…先生以外の人に話したことがなかったので、先輩に話せてよかったです」
「そうか。ならよかった」
ルルーシア先輩は、何も言いませんでした。
私の魔力のことも、どうやってフォルトと契約したのかも。
訊かれてしまえば、答えられないことが多いけど、もしそんな時が来たら、できるだけ答えたい。
それだけ、ルルーシア先輩は私にとって信頼できる人になったから。
ちょっとずつ先輩のことも知って、これからも仲良くしていきたいな。
「先輩、こんな私ですけど、これからもよろしくお願いします」
ルルーシア先輩は私の言葉にきょとんとしましたが、「もちろんだ」と言って頼もしい笑顔で答えてくれました。
不機嫌な顔のフォルトが私についてきたルルーシア先輩を見ます。
ルルーシア先輩はと言うと、ルミナさんとの関係が気になるのか、苛立ちながらも困ったような顔でフォルトを見ています。
とりあえず、フォルトにルミナさんにきれいにしてもらったクッションを渡して、中庭で話をすることにしました。
『ん?このクッション、こんなきれいだったか?この魔法の跡…』
「あ、えっとね。ルルーシア先輩の精霊さんがきれいにしてくれたの」
「私の家と代々契約している精霊のルミナだ」
補足してくれた先輩のその言葉を聞いて、フォルトの耳がぴんと立ちました。
どうやら、ルミナさんのことを知っているみたいです。
「そのルミナさんにね、フォルトに会うのを楽しみにしてるのを伝えてくれって…」
『…あいつ、まだ契約精霊してたのかよ。本当、物好きだな』
呆れたようにため息を吐くフォルト。
でも、その顔はどこか懐かしそうにしています。
その様子から、二人は知り合いというよりももっと親しい仲なんだということがわかります。
『ルミナは…確か、東のイスントの領主の家と代々契約していたな。今の契約者は、おまえだったのか。くっそ気に食わねーな』
「気に食わないのは私も同じだ!…だが、代々契約している精霊と知り合いとなれば、礼儀を返さなければならないが…」
『いまさらか!?』
「わ、わわ――っ!!ケンカしないで!?」
今にもケンカが始まりそうな雰囲気に、慌てて止めに入ります。
犬猿の仲とはこの二人を言うのでしょうか。
とにかく、ケンカが始まる前に本題をフォルトに訊いてみます。
「あのね、フォルトとルミナさんってどういう関係なのか知りたいんだけど……」
「魔獣のおまえと精霊のルミナが知り合いなのが不思議でならん!一体どういう関係なんだ!?」
ルルーシア先輩が私を押しのけて割り込むようにそう言うと、フォルトがものすごく嫌そうな顔をしました。
「なんで俺がルミナとのことを教えなきゃなんねーんだよ。ルミナが言ってないなら、俺も言わねー」
「な、なんだと!!」
フォルトはぷいっと顔を背けると、ルルーシア先輩は怖い顔になります。
普段の厳しい顔でも怖いのに、それよりももっと怖いです。
イライラを募らせるルルーシア先輩は、拳を震わせて今にもフォルトに殴り掛かりそうです。
ど、どうしよう!?ルルーシア先輩にフォルトが本当は精霊獣だって言ったら納得してくれるでしょうか?
精霊獣は、精霊に仕える獣だから繋がりがあるとわかるはず。
そう思いましたが、リスト先生に「信頼できる人にしか話してはいけない」と言われていたのを思い出して、頭を振ります。
そうだ。ルルーシア先輩は私にとって、フォルトにとって、信頼できる人だとは言えない。
ここで言ってはダメだ。
「せ、先輩!ルミナさんに直接訊いた方が早いと思いますよ。訊かれないから話してないだけなのかもしれません!」
「…む。それもそうだな。この魔獣に訊くまでもないか」
ルルーシア先輩は、ちょっとだけ考えるような表情をして、あっさりと手を引いてくれました。
その後、イライラを抑えるためなのか、肩を回したり、軽くその場で跳んだりして、気持ちを落ち着けているようでした。
よ、よかった、ケンカにならなくて…。
フォルトの心配よりも、ルルーシア先輩の身の方が危ないです。
だって、フォルトが本気になれば、きっと大怪我では済まないです。
ルルーシア先輩は一通りの動作を終えると、私の方に向き直ります。
その顔はどこか申し訳なさそうです。
「悪かったクリス。いろいろと乱暴なことをした。何にも無関心だったルミナがあんなふうに他の人に興味を持ったことに驚いたんだ。…魔獣も、悪かったな」
そう言って、礼儀正しく頭を下げられました。
その様子に私とフォルトは、目を丸くしてびっくりしてしまいましたが、すぐに背を正してそれに応えました。
「いえ。気にしないでください。私の方こそ力になれなくてすみません」
『…謝罪を受け取った』
私達の言葉を聞いて、ゆっくりと頭を上げた先輩は、きれいに微笑んでくれました。
そして、自然とお互いの手が伸びて、ゆっくりと握手をします。和解の握手です。
ルルーシア先輩は怖いけど、理不尽に怒ったり罵倒したりしません。
それに、自分の非を素直に認められる人だということを今日知りました。
自分の感情にとても正直な人だと思います。
「もし、ルミナに訊いて教えてもらえなかったら、またおまえの契約獣に訊きに来るとする」
「…えーと、はい…わかりました」
目を嫌そうに背けるフォルトを横目に、できればそうならないことを願いました。
それからというもの、ルルーシア先輩とはよく話をするようになりました。
寮の中ではもちろん、課題の前には声を掛けてくれるし、食堂でのご飯もときどき一緒になります。
フォルトとルミナさんについては、ルミナさんが笑って「教えぬ」と言ったらしく、しばらくルルーシア先輩の質問攻撃が続きました。
相変わらず、フォルトとは仲が悪くて訊けていないようです。
フォルトは私にも教えてくれません。
すごく気になりますが、話してくれる時を待とうと思います。
さて、寮生活になってから二ヶ月が経ちました。
寮生活は、だいぶ疲れるものです。ため息を吐きそうになるほど。
勉強をしながら、身の回りのことも自分でしなければいけません。
ご飯だけは食堂で食べられるようになっていますが、食器類の片付けは自分でします。
それに加えて、寮の掃除当番や見回り当番はもちろん、いろんな規則や暗黙のルールを守りながら、みんなで協力しながら生活するようになっています。
クロードお兄ちゃんは、寮生活はとても充実して楽しいものだったと言っていましたが、そんなの嘘だと進級早々に思い知らされました。
寮に入って一番に疲れることは、私とフォルトに対する悪口・陰口でした。
「あんなこともできないの?」
「本当にクロード様とレガロ様の妹君なのかしら?」
「連れている契約獣も粗暴だし…」
女子寮…リィちゃんからはいろいろ聞いてはいましたが、まさか本当にあるとは。
ミリア先生も心配していたことの一つでした。
何かされることはありませんが、精神的に来るやつですね。
聞き取りにくい囁きもたぶん悪口なだろうなって思うけど、これくらいならまだ大丈夫です。
お兄ちゃんパニックの後に比べれば、まだ。
今日もどこからか聞こえてくる囁きに聞こえないふりをして、掃除道具入れからバケツを手にします。
休日の今日は女子寮の掃除当番に当たっていて、一階の担当になっています。
武器庫と魔導具室、個人の部屋を除いた場所が掃除する場所です。
挙げるなら、トイレと食堂、大浴場、廊下、エントランスが主な掃除場所になります。
二階、三階になれば、個人の部屋が多いので掃除場所が少ないと思われるかもしれませんが、図書室や談話室、階段、バルコニーなど一階よりも掃除するのが大変な場所が多いので、大変さは変わらないと思います。
「よし、頑張るぞ」
バケツを手に、中庭の井戸へと早歩きで向かいます。廊下は走っちゃいけないからね。
水を汲んで、木の下で座っているフォルトに手を振ると、尻尾を振りかえしてくれました。
フォルトは不機嫌そうな顔をしていましたが、仕方ありません。
寮に入れないから、私の手伝いができなくて不満なのです。
一人では魔法が使えないので、掃除はすべて手作業になります。
なので、掃除をするのが人よりも何倍も時間がかかります。
掃除はその日に終えられれば、どんな時間にやってもいいので遅くなっても文句は言われません。
大変ではありますが、すべて手作業で掃除することは体力づくりの一環にもなるので苦ではないです。
朝から夕方まで黙々と一階の掃除を終わらせて、夕食になる前に寮長のルルーシア先輩に報告をします。
ルルーシア先輩は、ちょっとだけ眉をひそめましたが、完了のハンコを当番帳に押してくれました。
「クリスとやら。おまえはなぜ魔法で掃除をせぬ?」
いつの間にか、私の後ろにルミナさんが立っていて、びっくりしました。
いつも急に現れるから心臓に悪いよ…。
「えと、私の魔力は魔法を使えないんです」
「っは?」
「ほう」
困り笑いをしながらそう言うと、驚いた声と冷静な声に挟まれました。
そういえば、海組の学年主任の先生と実技の先生以外には言ったことがなかったなと、いまさら気がつきました。
ルルーシア先輩が驚きすぎて固まっていると、ルミナさんが後ろから私を包むように抱きしめてきます。
いきなりのことでびっくりしましたが、その動揺さえも包むようにルミナさんの腕に力が入ります。
苦しくはないですが、柔らかい銀の髪が頬を撫でてくすぐったいです。
「なるほどな。おまえは○▽◆◎□●なのか。合点がいった」
「え?」
ルミナさんが聞き取れない言葉を言ったので、思わず訊き返してしまいます。
「む?聴き取れなかったか?……まあ、そうだな。そのうちわかる。で、おまえの魔力だが、確かに魔法を発現するのには向かんな」
「…えっと、はい、そう言われました」
なんだか重要なことを言われた気がするのですが、ルミナさんが抱きしめるのをやめて話を切り替えてしまったので、魔力に対する問いに頷くしかありませんでした。
そこで、固まっていたルルーシア先輩の意識が戻ってきます。
「クリス、それはどういうことだ!?課題は順調にこなしてるじゃないか、本当に魔法が使えないのか!?」
「ええと、はい。私自身の魔力を使っての魔法は使えません。私が魔法を使えているのは、フォルトのおかげなんです」
なんだか混乱している先輩を落ち着かせるために、できるだけ冷静に答えました。
その私の答えに、ルミナさんは笑みを深くしました。
美人さんのきれいな笑みというより、とてもうれしそうな、ふわりと柔らかい温かな笑みです。
そんな笑みに私もルルーシア先輩も見惚れてしまいました。
「ほう、フォルトの魔力を使っておるのか。それならば問題はない。フォルトも心底うれしかろう」
さすが精霊、フォルトと私の関係をすぐに見抜いたようです。
ルルーシア先輩は、私とルミナさんを交互に見ながら、どこか戸惑っている顔をしています。
自分の契約精霊が他の人と親しくするのは、やっぱり気になりますよね。
無理もないです。ルミナさんはフォルトとの関係も全然教えてくれませんから。
その様子に苦笑を隠しつつ、自分がこの組に来た理由を話します。
魔導具師になるために魔法経験が必要であること。自分の魔力ととことん向き合い、知るため。その上で魔力のコントロールを覚えたいこと。
ルルーシア先輩は、海組に入った理由にあまり納得していない顔でしたが、私の目標に対する姿勢には評価をしてくれました。
「…クリスは、魔術師や召喚師になるのだと思っていたよ。まさか、海組が魔導具師になるための通過点だとは。海組に在籍する者としては、納得はいかないが…クリスの夢のためだ。それを成そうとするおまえはすごいと思う」
先輩はそう言って眉をひそめながらも、目元は優しく笑ってくれています。
ルルーシア先輩は、やっぱりいい人だなぁと思いました。
普通なら、ここで文句や疑問の一つや二つあってもいいものです。
それなのに、先輩は私の思いに対してまっすぐ答えてくれました。
海組で周りとなかなか馴染めない私にとって、ルルーシア先輩が一番の理解者かもしれないと感じました。
「ふむ、魔導具師になりたいのか。となると、少々厄介な魔力ではあるが…まあ、あの方の祝福があるようだし、大事ないであろう。クリス、その魔力、見誤るでないぞ?」
「は、はい…」
その言葉に戸惑いながら頷くと、ルミナさんは微笑みながらふわりとその場から消えてしまいました。
現れるのも消えるのも唐突というか、気まぐれというか…精霊さんはみんなそうなのかな?
気になったのは、ルミナさんは私の魔力がどんなものなのかわかっているような言い方をしたことです。
やっぱり精霊さんは、魔力を見ることができるんですね。精霊獣であるフォルトだって見えてるって言ってたし…。
それに「あの方」って…もしかして精霊王さんのことなのでしょうか?
「祝福」というのは、契約してるって意味かな?
首を傾げながらそんなことを考えていると、ルルーシア先輩が私の頭を撫でてきました。
「クリスは、思った以上にいろいろと考えていたんだな。年齢に似合わずびっくりした。話が聞けてよかったよ」
ぽふぽふとちょっと乱暴な撫で方だけど、なんだか先輩らしい撫で方だなと思って、されるがままに受け入れます。
頭を撫でられるのは好きです。ジルディースさんみたいに髪をぐしゃぐしゃにされなければ。
「私も…先生以外の人に話したことがなかったので、先輩に話せてよかったです」
「そうか。ならよかった」
ルルーシア先輩は、何も言いませんでした。
私の魔力のことも、どうやってフォルトと契約したのかも。
訊かれてしまえば、答えられないことが多いけど、もしそんな時が来たら、できるだけ答えたい。
それだけ、ルルーシア先輩は私にとって信頼できる人になったから。
ちょっとずつ先輩のことも知って、これからも仲良くしていきたいな。
「先輩、こんな私ですけど、これからもよろしくお願いします」
ルルーシア先輩は私の言葉にきょとんとしましたが、「もちろんだ」と言って頼もしい笑顔で答えてくれました。
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