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第2章 ◆ 見えるものと見えないものと
4. 魔宝石の器①
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今日から、なんと三連休です!
海組は普段なら休みが週一日だけなので、この連休はとっても貴重です。
三連休もあれば、いっぱい好きなことができるし家に帰ることもできます!
「う~ん、どうしようかな。家に帰るのもいいけど、やっぱり魔法のことも勉強したいよね」
今日は寮の中庭でフォルトと朝食を食べながらおしゃべり。
今日のおすすめメニューは大きなサンドイッチだったので、私の好きなベリー系のジャムのと野菜たっぷりシャキシャキのを貰ってきました。
はちみつたっぷりのホットケーキも食べたかったけど、人気メニューのせいなのかいつも売り切れで、まだ食べたことがありません。むむむ。
『クリスはほんと勉強好きだよなー。休みの日ぐらいゆっくりしろよ』
三連休も勉強しようとすると、フォルトは眉を寄せて見つめてきます。
そんな視線を苦笑いで流して、とりあえずフォルトと三日間の予定を立てることにしました。
三日間もあるから、どこかで街へおでかけするのもいいかも。
リィちゃんにも会いたいし…家にも一度帰りたいな。
そうだ!この前ルルーシア先輩に教えてもらった、セントラルガーデンでこの時期にしか咲かないお花も見に行きたいよね。噴水には珍しいお魚がいるって言うし、セントラルガーデンだけでも一日が過ぎちゃいそうだよ。
うーん、でもやっぱり魔法の勉強と…あと、なかなかできない魔導具の勉強もしたい!素材とか自分で探してみたいし!
「…っどうしよう!?やりたいことがいっぱいだよ!?」
手帳と海組の予定表を見ながらやりたいことを考えていたら、あれもこれもと浮かんできます。
「全部できるかな!?」とアワアワしていると、フォルトがため息を吐きました。
『クリス、欲張りすぎるな。優先しなきゃなんねーことを一番にしろ』
「…どれも大事だけど…」
欲張りだったかな?どれも私にとっては大事なことだよ?
手帳を閉じてしゅんとすると、フォルトはまたため息を吐きます。
今度はどこか「しょうがないな」っていう、優しいものでした。
『時間は有限だ。クリスが絶対これがしたいって思うんならそれでいいぞ』
フォルトはそう言うと、黙って私の傍で丸まります。そのまま私の予定が決まるまで待っていてくれました。
「というわけで、ルルーシア先輩、一緒に魔法樹図書館に行きませんか?」
「何が『というわけ』なんだ、クリス…」
期待を込めた私の言葉に、ルルーシア先輩は眉間にしわが寄るくらい目を細めてため息を吐きました。
三連休の予定を決めて、いつもよりちょっと早めの昼ご飯を食べに食堂へ行くとルルーシア先輩がいたので今日の予定をお互いに話しました。
今日のルルーシア先輩の予定は特になくて、一人で剣の鍛練をするそうです。ルミナさんはと言えば、いつもどこかに行っていて一緒に過ごすことは滅多にないのだとか。
そこで、私がずっと行ってみたかった図書館の話をしたのです。
そう、今日はライゼンさんから聴いて憧れていた魔法樹図書館に行くことにしたのです!
「魔法樹図書館へは一人でも行けるじゃないか。一人が寂しいのなら、契約獣を同伴できるのだからそうすればいい」
「ルルーシア先輩と行きたいんです・・・」
一人が寂しくないと言えば嘘になりますが、純粋にルルーシア先輩と一緒に行ってみたいって思ったんです。
この海組で最初に私を心配して、叱ってくれて、優しくしてくれた先輩。今では信頼できる人だから。
そう思ったから、光組で毎日のようにリィちゃんとカイト君と一緒に図書室へ行って他愛のないおしゃべりをしていたように、先輩ともそんな時間を過ごしてみたいと思ったんです。
肩を落として小さく答えると、ルルーシア先輩は一瞬顔が険しくなりましたが、すぐに大きく深呼吸をして私の頭をそっと撫でてきました。
「…クリス、私は本があまり得意じゃない。必要最低限の知識があればそれでいいんだ」
その言葉を言ったルルーシア先輩の顔は、薄く笑みを浮かべながらも何かに耐えているような表情でした。
「ルルーシア先輩?」
どうして、そんな顔をするんだろう?
先輩は食べていた昼ご飯をさっさと片付けて、「またな」と一言残して行ってしまいました。
「行っちゃった…。うーん、先輩の言うとおりフォルトと行こうかな」
フォルトはあまり乗り気ではなかったけど、私が絶対にしたいものならいいって言ってたからいいよね?
フォルトと過ごすのも、私にとってはとても大事だから。
すぐに魔法樹図書館のことで頭がいっぱいになって、ルルーシア先輩とのやりとりは頭の隅に追いやられました。
あのルルーシア先輩の表情の意味をこの時の私は深く受け止めていませんでした。
昼ご飯を済ませて中庭で待つフォルトと合流したら、魔法樹図書館への道順を学園地図で確認します。
学園はオルデンの街の三分の一を占めるほどの広さを持つので、どこに何の施設があるのかがわかるように、いたるところに案内地図が設置されています。
「ええと、魔法樹図書館は…っと、あった!」
『ほんとに図書館に行くんだな…』
私よりも一回りも二回りも高い位置にある、大きな地図看板で道順を確認していると、フォルトが深くため息を吐きます。
何の表情もなく地図を眺めているので、あまり魔法樹図書館には興味がないようです。
フォルトには悪いけど、レガロお兄ちゃんに「二年生になれば魔法樹図書館が使えるようになりますよ」って言われた時から、ずっと行くのを楽しみにしていました。
海組に入ってからは忙しくて行けなかったから、これだけは譲れません!行かないという選択肢はないのです!
セントラルガーデンを通る道が一番わかりやすかったので、その道順を覚えて行くことにしました。この時期にしか咲かないお花も見られるし、一石二鳥です。
もっと最短で行ける道がありますが、その道は入り組んでいて学園の敷地に慣れていない私にはとても難しいものでした。迷子にはなりたくないからね!
魔法樹図書館はセントラルガーデンよりも北にあり、昔大火山だったイグニスの麓近くにあります。
レガロお兄ちゃんから聞いた話によると、ずっとずっと昔からあった魔法樹を囲むように建物を建てたのが図書館の始まりだそうです。
その頃のオルデンは今のように大きな街じゃなくて、住む人が二十人程度の名もない小さな集落だったようです。
あれ?じゃあ、誰が魔法樹を囲むほどの建物を建てたんだろう?
小さな集落の人達が建てるには大きすぎるような気がします。
『クリス、ぼーっとしてると転ぶぞ?』
考え事をしながら歩いていると、背中をちょんっと押されます。
それにびっくりして本当に転びそうになりました。危ない。
振り返れば、いたずらが成功した顔で笑うフォルトが。
「もう~!ほんとに転ぶところだったよ!」
ぷくっと頬を膨らませると、フォルトは『悪い、悪い』と笑いを堪えながら謝ってきました。
ほんとにそう思ってる!?
そんな風に一人と一匹(?)でおしゃべりしながら、魔法樹図書館へ向かいました。
教育科からはとても遠いけど、できるだけ自分の足で歩いて行くことにしました。
もし疲れてしまっても学園内には移動用馬車の停留所がいくつもあるので、途中でそれを使えばいい。最後まで使いたくないですが。
「魔法樹図書館…どんなところかな…」
ドキドキとワクワクを胸に、スキップせずにはいられませんでした。
そうしてセントラルガーデンでこの時期に見られるという空を飛ぶお花にびっくりした後、一時間くらいかけて魔法樹図書館の門にたどり着きました。
ですが、門の前にはたくさんの人が立ち往生していて中へ進むことができません。
ぴょんぴょんと飛びながら人の壁の向こうを見ようとしましたが、私よりも大きな人達ばかりでそれは叶いませんでした。
ときどき人の頭の間から遠くに見えるのは、図書館らしき大きな建物でした。赤煉瓦の石造りで屋根や柱には白い石で細かい植物の彫刻がいくつも彫られているのが見えます。
「どうしてこんなに人がいっぱいなんだろう?」
『さあな?門の前でなんか言ってるのが聞こえるぞ』
フォルトはそう言いながら、耳をぴくぴくと動かしています。
その誰かの言葉を聞きとっているのでしょうか?
ここからだと様子がわからないので、ちょっとした魔法を使ってみることにしました。
「フォルト、フォルトの耳貸してくれる?」
『おう、いいぜ。俺に触って魔力を同調させてみろ』
「うん」
ゆっくりとつやつやのフォルトの毛を撫でながら、魔力を貰います。
私の中でそれが自分の魔力と合わさって、フォルトの聴力を借ります。
契約獣とできる魔法の一つで、同調魔法です。
魔力を使って契約獣の身体能力を借りることができるのです。
目の前の人の壁を通り抜けて門の前まで意識を集中させると、一人の男の人の声が大きく頭に響いてきました。
「大変申し訳ありませんが、ただいま入館ができません。魔法樹の異変により魔法空間が正常に維持できない状態です。安定するまで魔法樹図書館は閉鎖します」
んん!?図書館に入れない!?
聞こえた言葉にびっくりして、内容をよく聴こうとその人に意識を集中します。
話している人は図書館の司書さんのようで、何度も同じことを説明していました。
その周りからは不満の声やがっかりした声が聞こえてきます。
「またかよ~。次はいつ開館するんだ?」
「なんでこんなときにー!?俺の課題があぁ!」
「最近多いわね?また魔導具の不具合?」
「どうしよう!?今日返さないと延滞懲罰されちゃうよ!!」
「魔法樹、大丈夫なのか?」
周りの人の口から聞こえてくるのは、困っていることを除くと魔法樹と魔導具に関してのことばかりでした。
魔法樹の異変というのがどういうものかわかりませんが、どうやら来るタイミングが悪かったみたいです。
閉鎖するって言ってるし、この連休で図書館に行くのは無理かもしれないと思いました。
飛ばしていた意識を戻して、フォルトに視線だけ投げます。
「フォルト、魔法樹図書館が使えないみたいだから今日は帰ろうか」
『…そうだな。でも魔法樹の異変ってなんだろうな?』
ちょっとだけ険しい表情でそう言ったフォルトに、なんだか胸騒ぎを覚えました。
「はあ~…。入ってみたかったかったなぁ、魔法樹図書館…」
独り、数分前に来た道を戻っていきます。行きと違って進む歩はずるずると引きずるように重いです。
フォルトはと言うと、用が出来たとか言ってどこかへ行ってしまいました。
今日の予定は魔法樹図書館で過ごすことにしていたので、することが無くなってしまいました。
はあ、今日はどうしようかな…このまま帰るのも嫌だし…。
一度寮に帰って勉強するのもいいけど、そんな気にもなれません。だって、魔法樹図書館に行くのを本当に楽しみにしてたから、悔しくて仕方がないです。
「こんな時は魔法の石だよね」
気を取りなおそう。今日は仕方がなかった。
そう自分に言い聞かせてポケットのポーチに入っている魔宝石を取り出します。
いつものように陽の光に透かそうとした時、違和感に気がつきました。
「…形が変わってる…?」
海組は普段なら休みが週一日だけなので、この連休はとっても貴重です。
三連休もあれば、いっぱい好きなことができるし家に帰ることもできます!
「う~ん、どうしようかな。家に帰るのもいいけど、やっぱり魔法のことも勉強したいよね」
今日は寮の中庭でフォルトと朝食を食べながらおしゃべり。
今日のおすすめメニューは大きなサンドイッチだったので、私の好きなベリー系のジャムのと野菜たっぷりシャキシャキのを貰ってきました。
はちみつたっぷりのホットケーキも食べたかったけど、人気メニューのせいなのかいつも売り切れで、まだ食べたことがありません。むむむ。
『クリスはほんと勉強好きだよなー。休みの日ぐらいゆっくりしろよ』
三連休も勉強しようとすると、フォルトは眉を寄せて見つめてきます。
そんな視線を苦笑いで流して、とりあえずフォルトと三日間の予定を立てることにしました。
三日間もあるから、どこかで街へおでかけするのもいいかも。
リィちゃんにも会いたいし…家にも一度帰りたいな。
そうだ!この前ルルーシア先輩に教えてもらった、セントラルガーデンでこの時期にしか咲かないお花も見に行きたいよね。噴水には珍しいお魚がいるって言うし、セントラルガーデンだけでも一日が過ぎちゃいそうだよ。
うーん、でもやっぱり魔法の勉強と…あと、なかなかできない魔導具の勉強もしたい!素材とか自分で探してみたいし!
「…っどうしよう!?やりたいことがいっぱいだよ!?」
手帳と海組の予定表を見ながらやりたいことを考えていたら、あれもこれもと浮かんできます。
「全部できるかな!?」とアワアワしていると、フォルトがため息を吐きました。
『クリス、欲張りすぎるな。優先しなきゃなんねーことを一番にしろ』
「…どれも大事だけど…」
欲張りだったかな?どれも私にとっては大事なことだよ?
手帳を閉じてしゅんとすると、フォルトはまたため息を吐きます。
今度はどこか「しょうがないな」っていう、優しいものでした。
『時間は有限だ。クリスが絶対これがしたいって思うんならそれでいいぞ』
フォルトはそう言うと、黙って私の傍で丸まります。そのまま私の予定が決まるまで待っていてくれました。
「というわけで、ルルーシア先輩、一緒に魔法樹図書館に行きませんか?」
「何が『というわけ』なんだ、クリス…」
期待を込めた私の言葉に、ルルーシア先輩は眉間にしわが寄るくらい目を細めてため息を吐きました。
三連休の予定を決めて、いつもよりちょっと早めの昼ご飯を食べに食堂へ行くとルルーシア先輩がいたので今日の予定をお互いに話しました。
今日のルルーシア先輩の予定は特になくて、一人で剣の鍛練をするそうです。ルミナさんはと言えば、いつもどこかに行っていて一緒に過ごすことは滅多にないのだとか。
そこで、私がずっと行ってみたかった図書館の話をしたのです。
そう、今日はライゼンさんから聴いて憧れていた魔法樹図書館に行くことにしたのです!
「魔法樹図書館へは一人でも行けるじゃないか。一人が寂しいのなら、契約獣を同伴できるのだからそうすればいい」
「ルルーシア先輩と行きたいんです・・・」
一人が寂しくないと言えば嘘になりますが、純粋にルルーシア先輩と一緒に行ってみたいって思ったんです。
この海組で最初に私を心配して、叱ってくれて、優しくしてくれた先輩。今では信頼できる人だから。
そう思ったから、光組で毎日のようにリィちゃんとカイト君と一緒に図書室へ行って他愛のないおしゃべりをしていたように、先輩ともそんな時間を過ごしてみたいと思ったんです。
肩を落として小さく答えると、ルルーシア先輩は一瞬顔が険しくなりましたが、すぐに大きく深呼吸をして私の頭をそっと撫でてきました。
「…クリス、私は本があまり得意じゃない。必要最低限の知識があればそれでいいんだ」
その言葉を言ったルルーシア先輩の顔は、薄く笑みを浮かべながらも何かに耐えているような表情でした。
「ルルーシア先輩?」
どうして、そんな顔をするんだろう?
先輩は食べていた昼ご飯をさっさと片付けて、「またな」と一言残して行ってしまいました。
「行っちゃった…。うーん、先輩の言うとおりフォルトと行こうかな」
フォルトはあまり乗り気ではなかったけど、私が絶対にしたいものならいいって言ってたからいいよね?
フォルトと過ごすのも、私にとってはとても大事だから。
すぐに魔法樹図書館のことで頭がいっぱいになって、ルルーシア先輩とのやりとりは頭の隅に追いやられました。
あのルルーシア先輩の表情の意味をこの時の私は深く受け止めていませんでした。
昼ご飯を済ませて中庭で待つフォルトと合流したら、魔法樹図書館への道順を学園地図で確認します。
学園はオルデンの街の三分の一を占めるほどの広さを持つので、どこに何の施設があるのかがわかるように、いたるところに案内地図が設置されています。
「ええと、魔法樹図書館は…っと、あった!」
『ほんとに図書館に行くんだな…』
私よりも一回りも二回りも高い位置にある、大きな地図看板で道順を確認していると、フォルトが深くため息を吐きます。
何の表情もなく地図を眺めているので、あまり魔法樹図書館には興味がないようです。
フォルトには悪いけど、レガロお兄ちゃんに「二年生になれば魔法樹図書館が使えるようになりますよ」って言われた時から、ずっと行くのを楽しみにしていました。
海組に入ってからは忙しくて行けなかったから、これだけは譲れません!行かないという選択肢はないのです!
セントラルガーデンを通る道が一番わかりやすかったので、その道順を覚えて行くことにしました。この時期にしか咲かないお花も見られるし、一石二鳥です。
もっと最短で行ける道がありますが、その道は入り組んでいて学園の敷地に慣れていない私にはとても難しいものでした。迷子にはなりたくないからね!
魔法樹図書館はセントラルガーデンよりも北にあり、昔大火山だったイグニスの麓近くにあります。
レガロお兄ちゃんから聞いた話によると、ずっとずっと昔からあった魔法樹を囲むように建物を建てたのが図書館の始まりだそうです。
その頃のオルデンは今のように大きな街じゃなくて、住む人が二十人程度の名もない小さな集落だったようです。
あれ?じゃあ、誰が魔法樹を囲むほどの建物を建てたんだろう?
小さな集落の人達が建てるには大きすぎるような気がします。
『クリス、ぼーっとしてると転ぶぞ?』
考え事をしながら歩いていると、背中をちょんっと押されます。
それにびっくりして本当に転びそうになりました。危ない。
振り返れば、いたずらが成功した顔で笑うフォルトが。
「もう~!ほんとに転ぶところだったよ!」
ぷくっと頬を膨らませると、フォルトは『悪い、悪い』と笑いを堪えながら謝ってきました。
ほんとにそう思ってる!?
そんな風に一人と一匹(?)でおしゃべりしながら、魔法樹図書館へ向かいました。
教育科からはとても遠いけど、できるだけ自分の足で歩いて行くことにしました。
もし疲れてしまっても学園内には移動用馬車の停留所がいくつもあるので、途中でそれを使えばいい。最後まで使いたくないですが。
「魔法樹図書館…どんなところかな…」
ドキドキとワクワクを胸に、スキップせずにはいられませんでした。
そうしてセントラルガーデンでこの時期に見られるという空を飛ぶお花にびっくりした後、一時間くらいかけて魔法樹図書館の門にたどり着きました。
ですが、門の前にはたくさんの人が立ち往生していて中へ進むことができません。
ぴょんぴょんと飛びながら人の壁の向こうを見ようとしましたが、私よりも大きな人達ばかりでそれは叶いませんでした。
ときどき人の頭の間から遠くに見えるのは、図書館らしき大きな建物でした。赤煉瓦の石造りで屋根や柱には白い石で細かい植物の彫刻がいくつも彫られているのが見えます。
「どうしてこんなに人がいっぱいなんだろう?」
『さあな?門の前でなんか言ってるのが聞こえるぞ』
フォルトはそう言いながら、耳をぴくぴくと動かしています。
その誰かの言葉を聞きとっているのでしょうか?
ここからだと様子がわからないので、ちょっとした魔法を使ってみることにしました。
「フォルト、フォルトの耳貸してくれる?」
『おう、いいぜ。俺に触って魔力を同調させてみろ』
「うん」
ゆっくりとつやつやのフォルトの毛を撫でながら、魔力を貰います。
私の中でそれが自分の魔力と合わさって、フォルトの聴力を借ります。
契約獣とできる魔法の一つで、同調魔法です。
魔力を使って契約獣の身体能力を借りることができるのです。
目の前の人の壁を通り抜けて門の前まで意識を集中させると、一人の男の人の声が大きく頭に響いてきました。
「大変申し訳ありませんが、ただいま入館ができません。魔法樹の異変により魔法空間が正常に維持できない状態です。安定するまで魔法樹図書館は閉鎖します」
んん!?図書館に入れない!?
聞こえた言葉にびっくりして、内容をよく聴こうとその人に意識を集中します。
話している人は図書館の司書さんのようで、何度も同じことを説明していました。
その周りからは不満の声やがっかりした声が聞こえてきます。
「またかよ~。次はいつ開館するんだ?」
「なんでこんなときにー!?俺の課題があぁ!」
「最近多いわね?また魔導具の不具合?」
「どうしよう!?今日返さないと延滞懲罰されちゃうよ!!」
「魔法樹、大丈夫なのか?」
周りの人の口から聞こえてくるのは、困っていることを除くと魔法樹と魔導具に関してのことばかりでした。
魔法樹の異変というのがどういうものかわかりませんが、どうやら来るタイミングが悪かったみたいです。
閉鎖するって言ってるし、この連休で図書館に行くのは無理かもしれないと思いました。
飛ばしていた意識を戻して、フォルトに視線だけ投げます。
「フォルト、魔法樹図書館が使えないみたいだから今日は帰ろうか」
『…そうだな。でも魔法樹の異変ってなんだろうな?』
ちょっとだけ険しい表情でそう言ったフォルトに、なんだか胸騒ぎを覚えました。
「はあ~…。入ってみたかったかったなぁ、魔法樹図書館…」
独り、数分前に来た道を戻っていきます。行きと違って進む歩はずるずると引きずるように重いです。
フォルトはと言うと、用が出来たとか言ってどこかへ行ってしまいました。
今日の予定は魔法樹図書館で過ごすことにしていたので、することが無くなってしまいました。
はあ、今日はどうしようかな…このまま帰るのも嫌だし…。
一度寮に帰って勉強するのもいいけど、そんな気にもなれません。だって、魔法樹図書館に行くのを本当に楽しみにしてたから、悔しくて仕方がないです。
「こんな時は魔法の石だよね」
気を取りなおそう。今日は仕方がなかった。
そう自分に言い聞かせてポケットのポーチに入っている魔宝石を取り出します。
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