クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第2章 ◆ 見えるものと見えないものと

6. 魔宝石の器③

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「どうしたのだ、クリス?」
『クリス、何ぼーっとしてんだ?』

 ルミナさんとフォルトに呼ばれて、ぼんやりとしていた意識がはっきりします。
 あれ?…私、何考えてた?
 首を傾げながら2人を見たら、不思議そうな顔を返されました。

「えと、ごめん、ごめん。なんでもないよ」

 軽く首を振って心配ないことを伝えます。
 いけない、いけない。最近ぼんやりすることが多いな。
 気をつけないと。

 2人は私の言葉にまだ疑問がありそうでしたが、何も訊かないでいてくれました。
 手の中の魔宝石をポーチにしまって、ルミナさんに向き直ります。

「魔宝石の事を教えてくれてありがとうございました。精霊王様に会えたら、私のやるべきことを訊いてみます」
「うむ、そうか。わらわも何かできることがあれば応じよう」
「ありがとうございます、ルミナさん」

 ルミナさんは目を細めて私の頭を撫でてきました。ふわふわとまるでお母さんみたいに。
 ルミナさんが微笑むと、釣られて笑顔になっちゃいます。
 そのままされるがままになっていると、フォルトがピクリと耳を立てました。
 ルミナさんも撫でるのをやめて、空を見上げます。

『? 何か来る?』
「ほう。珍しい者が来たな」

 フォルトには何が来るのかわからなかったようですが、ルミナさんにはわかったようです。
 私も2人が見ている方向を見ましたが、青い空と薄絹のような流れる雲しかありません。
 首を傾げて見上げていると、どこからともなく声が聞こえました。

「お届け物でーす!ハンコくださーい!」

 その声がどこから聞こえてくるんだろうと振り向いて確認しましたがやっぱり誰もいなくて、次に再び空を見た時には大きな羊が空に浮いていました。

「…っえ!!?」

 この羊さん、一体どこから!?
 今そこにいなかったよね!?いつのまに!?

 びっくりしすぎてぽかんと見つめていると、羊さんからひょこっと誰かが顔を出しました。
 顔を覗かせたのは赤色のキャスケットのような帽子を被った女の子でした。その肩から提げているのは大きなメッセンジャー鞄。私よりも年上…ライゼンさんくらいでしょうか?
 その女の子を乗せてもへっちゃらな顔をしている大きな羊さんは、首に赤いチェックのリボンを結んでいました。
 魔獣か精霊獣かはわかりませんが、普通の羊ではないことは確かです。
 だって見た目がすっごいモフモフで普通の羊よりも丸くてぬいぐるみみたいです。触ってみたい…。

「久しいな、郵便屋」
「あっ、ルミナさん!久しぶり!ええと、そこにいるのは…カイトさんだったフォルトさんだね?」
『お、おう…。なんで知ってんだ?』

 ルミナさんが懐かしそうな目で郵便屋と呼んだ女の子に声を掛けます。
 フォルトはその女の子に会ったことが無いようで戸惑っているようです。

 2人のことを知ってるっていうことは、この女の子…郵便屋さんは精霊さん?
 えっ、でも「郵便屋」ってお手紙配達する人だよね?
 精霊さんって人のお仕事に就けるの?
 ん?精霊さんもお手紙書くの??

 なんだか混乱してきてぐるぐるしてると、大きな羊さんが音もなく傍へ降りてきます。
 羊さんから降りた郵便屋さんは、鞄の中から両手に乗るくらいの小包を取り出しました。

「大変お待たせしました!クリス様ですね?アメジスト様からのお届け物です!」
「…えっ?…あ!!」
 
 郵便屋さんと差し出された小包を交互に見て、それがずっと待っていたアクセサリーだと知ります。
 慌ててそれを受け取って改めて差出人を見れば、きれいな字で「猫の瞳 アメジスト」と書かれていました。

 アクセサリー完成したんだ…!
 考えてみれば、注文してからすでに5か月以上経っていたことに気づきました。
 小包を手にして、じわじわとうれしさが込み上げてきます。

 あれ?でもアメジストさんはスカイメッセンジャーで送るって言ってなかったっけ?

 スカイメッセンジャーというのは、配達の人が来てくれる郵便とは違って、魔法で宛先に届ける魔法郵便です。
 専用の配達ラベルを使えば、相手がどこにいても魔法で手元に届くようになっているのです。
 それがどんな仕組みになっているのかはよく知らないので、とても不思議に思います。

 首を傾げて小包を見つめていたら、郵便屋さんは私の疑問に気がついたのか、ちょっと申し訳なさそうな顔で答えてくれました。

「アメジスト様、実は何度かスカイメッセンジャーでクリス様宛に送ったそうなんだけど、届かずに帰ってきちゃうって相談があったので直接お届けに来たんです。あ、ここにハンコください」
「そうだったんですか。ありがとうございます。えと、ハンコは持ってないんですけど…」

 差し出された配達証に戸惑っていると、頷いた郵便屋さんは鞄からペンを取り出しました。
 それは硝子で作られているのか透き通っていて、中のインクは光を溶かし込んだようにキラキラしていました。なんだか神秘的です。

「このペンでサインしてくれたら大丈夫だよ!」

 郵便屋さんは、私の戸惑いを消すように明るく笑ってペンを渡してくれました。
 それにほっとしてペンを受け取り、配達証に自分の名前を書き込みます。
 書き終ると、配達証が淡く光りだしてしばらくすると収まりました。
 もう一度配達証を見ると、白かった紙の色が淡いピンクに変わっていました。

「はい。ありがとうございました!アメジスト様にも無事に届けたことを伝えておくね」

 郵便屋さんはそう言うと、再び羊さんにまたがって私達に手を振り、空の彼方へと飛んでいきました。
 私達は郵便屋さんが見えなくなるまで空を見上げていました。

「…ふむ。スカイメッセンジャーで届かない、か…。なるほどな」
「どういうことですか?」

 ぽつりと呟かれた言葉でルミナさんの方に視線を向けます。
 ルミナさんは、ちょっとだけ苦笑いをして首を振りました。
 それは、言わない、言えないということ。

『…俺はなんで郵便屋が俺のこと知ってたのか気になるけどな…』

 隣に座るフォルトは眉間に皺を寄せながら言います。
 不機嫌なのか、困っているのか、微妙な表情です。両方かもしれない。

「彼女はよ。そういう方だ。だから荷物を直接クリスに届けてくれたのであろう」
『全然答えになってねーけど、ルミナがそう言うなら納得する』
「…私はよくわからないけど…」

 困ったように言えば、ルミナさんが優しく頭を撫でてくれます。
 さっきのように優しく、でもそれだけじゃない。
 言わないけれど傍にいる。
 そんな風に言われているような気がしました。
 それは普通なら信用がないって思われるかもしれないけど、私にとってはそれだけで十分でした。

「時が来たら、話すことができるであろう。その時を待ってくれるか?」
「はい。それが精霊の導きなら」
「うむ。よい返事だの」

 よくできましたと言うように頭を撫でられ、そして抱きしめられました。
 ルミナさんは体温とは別にとても温かくて、陽だまりの中でお昼寝しているみたいな気持ちになります。
 あまり抱きつきさせてはくれないけど、フォルトもとても温かいです。
 それは今感じている温かさと同じものだと思いました。

『クリス。その小包開けようぜ。どんなのか見てえ』

 フォルトが私の手元に鼻を寄せます。
 そうだった、アクセサリーが完成したんだよね!
 手元をもぞもぞすると、ルミナさんは「すまんな。離れよう」と言って解放してくれました。

 改めて小包を見てると、淡いピンクとイエローのグラデーション色の包装紙で包まれていて、深紅の細リボンが結ばれていました。
 なんだか開けるのがもったいないです…!

「この魔力…アメジストもずいぶんと気合を入れて造ったようだの。まあ、クリスのためであれば仕方がないかの」
『さっきから、そのアメジストって誰だ?』
「む?フォルトは知らなかったか?ああ、そうだった…。おまえが人間になる前に主のともになっていた者だ。今は主の遣いでいろいろとやっておる」
『ふーん。会ってみてえな』

 小包を開けている傍で2人が気になる話をしていて、全く集中できません。
 そのせいで力加減を失敗して、ビリリとやってしまいました。
 きれいな包装紙だったので、もったいないことをしてしまいました。ううぅ。
 しょぼんとしていると、フォルトが気がついて鼻を寄せてきます。

『クリスまだ開けれねーのか?』
「うぅ、包装紙やぶっちゃった…」
「クリスは慎重だな。どれ、わらわが開けてやろう」

 ルミナさんはそう言って、ひょいっと私の手から小包を取って手のひらに乗せると、ふぅっと息を吹きかけました。すると、まるで魔法のように包装紙が開きました。
 す、すごい…!お花が咲いたみたいに開いた…!

「ありがとうございます、ルミナさん!」
「どういたしまして」

 開けてもらった箱の中からアクセサリーを取り出して、そっと手のひらに乗せます。
 アメジストさんに見せてもらったデザイン通り、羽を広げた蝶のモチーフです。
 その羽根の部分がミラージュガラスになっていて、陽にかざすと向こう側がぼんやりと見えます。
 お店で見本を見せてもらった時は透明でしたが、このガラスはちょっとだけ色がついているように思いました。

『へーえ、結構きれいだな。それにこの色、クリスの目の色に似てる』

 フォルトが目を細めながら言います。
 確かに、私の目の色に似てるかも。なんだかもう一人の私みたい。

 蝶に通された鎖は、デザイン画の物よりも少し太めの物でした。
 鎖をよく見ると普通のとは違う形をしていて、まるで1本の線になるようにお互いが噛み合って連なっていました。
 これなら千切れる心配はないかも。
 その鎖の先端の小さな花は赤と紫色で、かわいいと言うよりも上品なものでした。

「すっごく素敵!着けるのがもったいないくらいだよ!」

 アクセサリーは私の想像以上でした。
 きれいとかかわいいとか、一言では言い表せないくらい素敵なものでした!
 ここにアメジストさんがいたら、いっぱいいっぱいありがとうと大好きを言いたい!

 早速着けてみると、重さを全然感じませんでした。着けてるの忘れそう。
 アクセサリーを着けた私をルミナさんとフォルトは似合ってると言って褒めてくれました。

「そうだ。フォルト、媒体はこれがいいのではないか?」
『は?このアクセサリーをか?』

 唐突にルミナさんが提案してきました。
 言われたフォルトはびっくりした顔でルミナさんを見つめています。

 媒体って…フォルトが入るためのものだよね?
 確かに、私の魔力に合うものを媒体に考えてるけど…。

 ポケットの魔宝石と胸元の蝶を握りしめます。

「ルミナさん、このアクセサリーは魔宝石を守るために作ってもらったんです。だから、フォルトの媒体にはできません」

 アメジストさんには一つしか入れられないと言われなかったけど、これは魔宝石専用にしたい。
 このアクセサリーは私が望んで魔宝石のために作ってもらったものだから。

「ふむ、そうか。クリスがそう言うのならそれでよい。ならば、魔宝石を媒体にするのはどうだ?」
『は?』
「えっ?」


 さらりとルミナさんが笑顔で提案したのは思ってもみなかったことでした。

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