クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第2章 ◆ 見えるものと見えないものと

8. 束の間の里帰り

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 連休2日目の今日は、家に帰ることにしました。
 家族のみんなに海組でのことを話したいし、フォルトの媒体のことも話しておかなければいけないです。魔宝石だってことは隠しておくけど。
 あと、アメジストさんが作ってくれたアクセサリーもちょっと自慢したい!

「久しぶりの我が家だね」
『そうだな。やっぱり静かで落ち着いたこの村は好きだな』
「うんっ。私もこの村が大好きだよ!」

 今、私達はオルデンから朝一番の馬車に乗って、ユグ村がある森の中を走っています。
 フォルトは馬車に乗ると他のお客さんが乗れなくなってしまうので、今は魔宝石の中です。
 乗る前に馬車の傍を走ったらどうかなと言ってみたけど、フォルトは首を振りました。森の精霊達が怖がるのだそうです。

 さわさわと騒ぐ葉から光がキラキラと零れるように降り注ぐ様はいつ見ても神秘的で、そのいつもと変わらない森の様子に自分の村に帰ってきたと実感します。
 そんな光のシャワーをしばらく浴びて、馬車はユグ村の停留所に着きました。
 そこには何人かの人が荷物を持って馬車を待っていました。
 きっと、オルデンとは逆の方向の街に行く人達だろうと思います。

「まあ!クリスちゃん、久しぶりだねぇ!元気だったかい?今日は休講日なの?」
「道具屋のおばさん!はい!この通り元気です!今日はちょっとだけ家に帰ってきました」
「あはははっ、そうかい、そうかい!思いっきり甘えて帰りな!」

 豪快に笑う恰幅のいいこの人は、道具屋の店主さんです。
 旦那さんはちょっとした鍛冶職人さんで、道具屋さんの隣で鍛治屋さんをしています。

 道具屋は、この村では一つしかありません。
 日常品から服やアクセサリーまでいろんな物が置いてあって、村の人達にとって欠かせないお店です。
 旦那さんがやっている鍛治屋さんも一つしかありません。

「おばさんはおでかけ?」

 おばさんの背中には大きなリュックが背負われていて、肩越しに地図や杖などがはみ出しているのが見えます。

「ああ。隣街へね。商品の仕入れと新しいものがあれば、それの交渉もさ」
「そうなんですね、お疲れ様です。またお店見に行きますね」
「ありがとねぇ、クリスちゃん。よい休日をね」

 「またね」とおばさんに手を振って、家の方向へ足を向けます。
 すれ違う人達と挨拶を交わして、家が見えてくるところまで行くと、お母さんが家の前に立っているのが見えました。
 いつもの優しい笑顔が見えて、思わず走り出します。

「クリス、おかえり」
「お母さん!ただいま!」

 走った勢いのままお母さんの腕へ飛び込むと、力いっぱい抱きとめられました。
 お母さんのお花のような匂いと柔らかな腕に包まれて、とても安心します。
 甘えるようにお母さんのお腹に頭をぐりぐりしていると、笑い声が降ってきます。

「ふふふ。クリスはまだまだ甘えん坊さんね」
「そんなことないよ。だって、家に帰ってきたんだもん!」

 寮生活は楽しくて大変で、まだまだ慣れないことが多いです。
 フォルトが傍にいるから心強いけど、やっぱり家族にずっと会えないのは寂しいのです。

 お母さんを力いっぱいぎゅーっとしていると、後ろからひょいっと体を持ち上げられました。

「クリス、お父さんも抱きしめてくれないか」

 次の瞬間には目線が高くなって、頬ずりをされていました。
 お父さんのお髭、痛いよ!
 ぐいぐいとお父さんの頬を押すと、すぐにやめてくれました。

「お父さん、おかえりなさい。今日は会えないって聞いてたけど…」

 昨日の夜にレガロお兄ちゃんに連絡を取った時は、お父さんとクロードお兄ちゃんは騎士団の人達と合同訓練があって会えないと聞きました。
 まだ時間じゃないのかな?

「そのつもりだったんだが…騎士団の人達にクリスに会いたいと言われたんだ」
「え?」

 困ったように笑うお父さんに首を傾げていると、またまたひょいっと後ろへ体を持って行かれました。
 それにびっくりして振り返れば、見知った顔が。

「クリスちゃん!久しぶりね、元気にしてた?」
「エレナさん!」

 私を高く上げながら満面の笑顔でそう言ったのは、オルデン騎士団のエレナさんでした。
 最後に会ったのはお礼に行った日だから、ずいぶん間が空いてしまいました。
 エレナさんの頭と腕の包帯が取れていたので、怪我が治ったんだとうれしくなります。

「元気そうで何よりだ」

 エレナさん越しに、オルデン騎士団の団長スティールさんが歩いてくるのが見えました。
 地面に降ろしてもらって礼をしたら、歓迎の挨拶をします。

「スティール騎士団長さん、こんにちは。ようこそユグ村へお越しくださいました」
「そんなに畏まらなくていい。今日はここの自警団の方々と訓練させてもらうことになった。精霊の森での訓練は、我が団にとっては初めてのことばかりだ。自警団の方々から学ばせてもらおうと思っている」

 スティールさんはそう言うと、お父さんにきれいな礼をします。
 お父さんもそれに応えるように礼を執りました。
 穏やかに笑い合うその様子から、お互いを尊敬しているのがわかります。
 私の大好きな人達がそんな風に笑っていると、うれしい気持ちになっちゃいます。

「そうだったんですね。こちらこそ、オルデンの騎士団の皆さんにはお世話になっています。訓練頑張ってください」

 もう一度礼をすると、困ったように笑う声が降ってきました。
 顔を上げれば、スティールさんが眉を寄せて笑っています。
 私の礼、そんなにおかしかったかな?

「すまない、笑ったわけではないのだ。相変わらず礼儀正しい娘だ。…海組でのことも聞いている」

 最後の言葉にびっくりしました。
 スティールさんには海組に進級したことを言っていなかったから。

「実は海組に実技講師として私の弟が在籍しているのだ。ときどき話を聴かせてもらっていた」
「そ、そうだったんですか。それは、びっくりしました……」

 海組には実技の先生がたくさんいます。教育科の中で約8割の実技の先生が海組に所属しているのです。
 その中で私が関わったことのある先生と言えばほんの少しで、4,5人くらいしかいません。
 寮の先生は女の先生だし、担任の先生はエルフだから違うよね。
 ってなると、講堂前でいつも笑顔で朝のご挨拶してくれる先生か、たまにすごく怖い顔で実技を見てくれる先生…かな?

 自分と関わっている先生を指を折りながら思い出していると、スティールさんがまた笑って言いました。

「私の弟にはおそらく会ったことはないだろう。あれはひどい人見知りで、いつも奥まった部屋で精霊の目を使って海組の実技を見ているのだ」

 スティールさんが私の考えていることにすぐ答えたので、思わず自分の頬をむにむにと触ります。
 むむむ。私、そんなに顔に出てたかな?

 そうしていると、エレナさんが「かわいいわね~」と頭を撫でてきたので、気を取りなおしてスティールさんに訊いてみます。

「スティールさんの弟さん、お名前はなんていうんですか?」
「…イヴェルだ。しかし弟を探さないでくれ。イヴェルはクリスさんのことを気に入っているから、気づかれたらますます引きこもってしまう」
「は、はい…」

 ますます引きこもるって…イヴェル先生はとても恥ずかしがり屋さんなんですね。
 どうして気に入られているのかはわかりませんが、実技ではいつも見ていてくれていたのでしょうか?
 きっと私が知らない他の先生も何かしらの形で見ているのだと思いますが、スティールさんにイヴェル先生のことを聞いて、先生がとても身近に感じられました。
 いつもフォルトと2人だけで練習してたから、名前の知らない先生より、一人じゃないって思えます。

「イヴェル先生には会えませんけど、実技を見ていてくださってありがとうございますって気持ちだけでも受け取ってくれますか?」
「ああ。イヴェルの代わりに受け取ろう。そして、私がクリスさんの代わりに弟を褒めよう」

 スティールさんは柔らかく笑って、私の頭を撫でてくれました。
 撫で慣れていないのか、ちょっとだけ手荒ですが、優しさが伝わってくるので全然気にならないです。
 後ろで「団長殿もあんな顔をするんだね」「団長、ずるいわ」って聞こえたけど。

 そろそろ合同訓練の時間が近づいてきたようで、オルデンの騎士団の人と自警団の人がお父さん達を呼びに来ました。
 合同訓練見てみたいけど、「深霧の森」には今の私では入ることはできません。
 森の精霊は気まぐれだけど、一つだけ確かなことがあります。子どもが大嫌いなのです。
 お母さんがそう言っていたので、間違いないと思います。
 なので、私は馬車で通る以外のことで森に入ったことがありません。
 入り口近くまで行ったことはありますが、なんだか気持ち悪い空気がまとわりついてきて、怖かったのを覚えています。

 あれ…?そう言えば、寮に入った時のあの気持ち悪い感じに似てる…?

「それじゃあ、クリスちゃん、またね。夕食は一緒に食べられるかしら?」
「…え?っあ、はい!」

 気がつけば、エレナさんが屈んで私の顔を覗き込んでいました。
 考え事をしていたので、反応が遅れてしまいました。いけない、いけない。
 頭を振って目を上げたら、どこか心配そうに見つめるエレナさんに答えます。

「お母さんと一緒においしいご飯を作って待ってますね!」

 エレナさんは今日一番の笑顔をして、お父さん達と合同訓練に行きました。
 その背中を見送って、「おいしいご飯を作りましょうね」と言ったお母さんの言葉に大きく頷きました。
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