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第2章 ◆ 見えるものと見えないものと
19. 審問②
しおりを挟む一通りあの不思議な部屋であったことを説明し終ると、担任の先生はとてもびっくりした顔を向けていて、無精髭の先生は頭を抱えていました。
あれ?思ってた反応と違う…。
すごく怒られるか、規則違反で停学とか退学とか…最悪のことを考えていたのですが。
「大体、わかりました。まさか、武器庫の先にそんな部屋が存在するなど知りませんでした。しかも妖精がその部屋を護っていたことも、魔剣のことも…」
「うーむ、俄かに信じられんな。学園長はこのことを知っていたのか?」
仮面の先生がため息をつきながらどこか困った雰囲気で言いました。
無精髭の先生も怖い顔をしながらも、困った声で呟きます。
まさか、海組の先生達が知らなかったとは思いませんでした。
いや、でもロジーちゃん達は魔剣は封印されてたって言っていたし、あの部屋も魔法空間だったのなら、知られなかったのも納得できる…かもしれない?
「エヴァン先生から聞いてはいたが、本当に妖精が見えていたのか…とすると、益々…」
担任の先生がそう呟いたのを聞いて思わず隣に顔を向けると、先生のどこか怒っているような眼とぶつかります。
もしかして私、不信感を持たれてたのでしょうか?
確かに、妖精が見えるって言ったら否定されるとは思ったけど…。
先生が私に刺々しい態度だったのは、そのせいだったのかな?
「フェルーテちゃんのことも見えてますよ。友達です」
「フェルーテ様をちゃん付け!!?友達!!?」
先生がものすごくびっくりした顔で叫びます。
これ以上ないくらい目を見開いて私を見つめてくるので、ちょっと怖いです。
「フェルーテ様とのことは、エヴァン先生とリスト先生から聞いています。あの二人が言うのですから、間違いはないでしょう」
仮面の先生の口元がふわりと微笑んだように見えました。
その言葉に担任の先生は目を逸らしながら、小さく頷きました。
フェルーテちゃんが上位の妖精さんなのは知っていたつもりでしたが、先生達の会話からして想像以上にすごい妖精さんなのでしょうか?
「話が脱線したが、その部屋、今もあるのか?話によると空間が壊れて元の場所に引き戻されたようだが?」
無精髭の先生が何かを窺うように質問してきました。
その目には疑いの色があります。
「えと、武器庫に帰ってきた時には、その部屋へ続く扉がなくなっていました」
「ほーう。その部屋があったとは証明できないな?おまえはそれを証明できるか?」
むむ。これは完全に疑われてる?
「勘違いするな。客観的に、あることもないことも証明できないものをどうやっておまえが証明するか知りたいだけだ」
無精髭の先生はそう言うと、仮面の先生に目を向けました。
それに釣られて左側に目を向けます。
「従属契約をしているエルフの証言は証拠とするのは難しいので、あの部屋が存在していたという証言する者が他に必要です。それが妖精となると、エヴァン先生を呼ぶことになるでしょう。その妖精達には会えますか?」
「わからないです。途中で逸れてしまったので…」
これは…証明が難しいのではないのでしょうか?
扉は無い、妖精もいない…他に証明できること…。
ロジーちゃん達に出会ってから武器庫に帰ってくるまでを思い出してみたら、一つ思い出しました。
「あ!毛布!」
私のその言葉でみんなの視線が刺さります。
担任の先生から「意味の分からないことを言っている」という顔をされたので、慌てて説明します。
「えと!妖精さん達に連れて来られた時、毛布にくるまれてたんです。妖精さん達が掛けてくれたんだと思います」
その言葉に、仮面の先生と無精髭の先生は顔を見合わせて話し始めました。
「毛布…確かに、畳んで置かれていましたね」
「毛布程度で証拠にはならないだろう」
「しかし、毛布についた残滓からそこに妖精がいたという証拠になります」
「それでも部屋があったという証明にはならないだろう」
「ですが…」
「だから…」
仮面の先生と無精髭の先生がいろいろ話していると、担任の先生がフォルトの方を見つめているのに気がつきました。
フォルトは、そんな視線を無視しているのか、言い合っている先生達の方を見つめています。
「おまえの契約獣は…魔獣…ではないのか?」
「え?」
小さく呟いたその言葉を聞き逃してしまい、担任の先生の方を見つめます。
「この魔力の輝きは、契約しているにはおかしな色だ。これではまるで…」
どこか震えるようにそう言った先生を見て、これはもう明かさなければいけない時だなと思いました。
フォルトは私の心を読んだかのように顔を上げて、頷いてくれました。
「先生、隠していてごめんなさい。実は、フォルトは精霊獣なんです」
だからそもそも契約してないんです、と説明したら動かなくなってしまいました。
言い合っていた先生達も私の言葉を聴いたのか、ぽかんとして微動だにしません。
あれ?これ、言うタイミング間違っちゃったかな?
「…っは!?え!?聞いていない!!」
「ど、どどどういうことだ!!?」
「…っ、そ、そんな尊い存在をっ、従えているのですか!?」
最初に飛んでいた意識を取り戻して叫んだのは、担任の先生でした。
その声で、他の二人の意識も帰ってきました。
先生達のその反応に、言ってよかったのか戸惑います。
「えと…言ってはないですね…?」
言う機会も無かったし、そもそも信頼できる人にしか言えないと思っていたから。
そういえば、担任の先生と私は教室で顔を合わせますが、先生がフォルトと会うのは今日が初めてです。
契約している精霊や魔獣は基本的に主人と自分の興味以外には関心がないそうなので、契約主以外と接することはあまりありません。契約主も種類や名前程度しか話題にすることがないそうです。
なので、今まで先生がフォルトに会うこともなかったし、尋ねられたこともありませんでした。
「精霊獣様を従えている理由を訊いても?」
「あ、えと、はい。話します」
仮面の先生がそう訊いてきたので、それに答えることにしました。
フォルトの背中を撫でながら、フォルトとのことをゆっくり話します。
その中で、私の魔力についてと校外学習で起きたゼロとの一件も簡単に説明しました。
先生達は私の話にびっくりしながらも、真剣に聴いてくれました。
ときどき質問にも答えて、必要な情報をお互いに確かめ合って共有しました。フォルトとリィちゃんは特に発言することなく、私の言葉に頷く程度でしたが。
話し終ると、疲れたせいなのか大きなため息をついてしまいました。
昨日から説明とかお話とかばかりで、たくさん頭を使った気がします。はあ…。
シーニーは…どんな気持ちでこの場にいるんだろう?
フォルトの頭にいるであろう存在に意識を向けると、頬にもふっとしたものが当たった気がしました。
何だろうと一瞬思ったけど、たぶん、いや、確実にシーニーが肩に乗ってきたのだと思いました。どうして今?
「いろいろ驚くことばかりでしたが、話を戻しましょうか。……クリスさん?どうかしましたか?」
仮面の先生が不思議そうな雰囲気で私の方を見ました。
それに軽く「なんでもありません」と首を振って、最初の話に戻りました。
「武器庫については立ち入り禁止にし、『見る』ことができる先生達に頼んで調査してもらいましょう。妖精達については、こればかりは見えないので、エヴァン先生に来ていただくほかないですね」
「そうだな。…そういうわけだ。おまえのこの事に関する処遇は、諸々の調査が終わってからにする」
仮面の先生と無精髭の先生がそう言うと、担任の先生もそれに同意するように頷きました。
私も続けて「はい」と返事をしました。
こうして長かった報告が終わってフォルトとリィちゃんと一緒に職員室を出たら、後ろから気まずそうな声で呼び止められました。
「クリス。悪かったな…今までおまえに対して悪い態度だった」
そう言ってきたのは担任の先生でした。
怒っているような顔でしたが、声からしてそうではないとわかります。
…もしかして、いつも怒ってるように見えて、実はそうじゃないかもしれない…?
「いえ。私みたいな子どもは、やっぱり気味が悪いと思われるような人間だと思いますから」
そう返したら、先生はびっくりしたように目を見開きます。
「…本当に、おまえは7歳なのか?」
それには苦笑いで肯定するしかありません。
だって、私は本当に7歳ですから。
「…おまえが海組に進学して初めて会った時、人間ではないと思った」
「え?」
人間では、ない?
その言葉にどうしてかわからないけど不安を感じました。
先生は私の隣にいたフォルトを見て、また視線を戻しました。
「うまくは言えないが…人間にしてはおまえは空虚すぎる。本当に生きているのだろうかと恐ろしく思うほどに」
先生が言った言葉の意味がわかりませんでした。
くうきょ?
生きているのだろうか?
私は―ーーーー?
「私の主人は生きています。その魔力は小さいですが、温かくとても澄んだものです」
私を庇うように前に出たリィちゃんが先生を睨みつけました。
その強い声にはっとして、親友の腕を取ります。
「大丈夫だよ、リィちゃん。ありがとう。先生、私が人間だと思わなかったから、あんなに嫌っていたんですか?」
「…ああ。そうだ。いや、違うな。嫌っていたというよりも警戒していた。魔導具破壊事件もあったせいだな。海組には魔導具が多く置かれているから」
魔導具破壊事件…あれは子どもだっていう目撃情報以外確かなものがなくて、オルデンの騎士団の人達も私を一度疑っていました。
結局はゼロのせいだったけど、それは一部の人と騎士団の人達しか知らないこと。
あれ?そういえば、学園の魔導具もゼロが壊していたのでしょうか?図書室で一度会ったけど…。
なんだか何か大事なことを忘れているような気がします。
「エヴァン先生にもリスト先生にもおまえのことを訊いていたが、どこか信じきれなかったのは事実だ。しかし、それを態度に出すのは良くなかった。おまえは海組の生徒であり、実力を評価されるべき者だ。すまなかったな」
「い、いえ…本当に…気にしないでください…」
まさか先生にこんなに謝られるとは思っていなかったので、戸惑います。
嫌われていると思っていたところに、実は警戒されてたと知って、先生のことを責めるなんてできません。
「フェルーテ様の友達というのもそうだが、リスト先生に特に気に入られていることにも驚いた」
「え?リスト先生はみんなにもとても優しい先生ですよ?」
リスト先生は分け隔てなく光組八番の一人一人を見てくれていて、勉強はもちろん、悩みや疑問にも親身になって一緒に考えてくれる、みんなに慕われている先生です。
だから、私だけ特別という事はないと思うのですが…。
そう思って首を傾げていると、先生も釣られたのか首を傾げました。
「は?まさか知らないのか?リスト先生は精霊だぞ?」
当たり前のように言ったその言葉にびっくりしすぎて、何も返すことができませんでした。
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