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第1章 ◆ はじまりと出会いと
8. 家族
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俺はグランツ学園戦闘技能科剣術組外部顧問のクロード。
グランツ学園で剣を教え始めて、もうすぐ一年になる。
二年前に海組を首席で卒業して名を知られているせいか、俺の周りには常に人が寄ってくる。
いろんな思惑を持つ人達が寄ってくるから、正直疲れる。
俺はただ、大切な家族を守るために強くなっただけなんだけどな…。
うーん、もうここで剣教えるのやめたい。
あ、だめだ。やっぱり学園にはまだ通っていたい。
俺には優秀な弟レガロと、歳の離れたかわいい妹クリスがいる。
弟のレガロは、頭が良くて魔法が得意だ。研究熱心でもある。
飛び級して、十三歳にしてすでに九年生だ。
教育科空組は基本的に飛び級は難しいと言われているから、本当に優秀だ。
別の学修科から「教育科を卒業したら、うちの科に来ないか」と推薦がたくさん来ているほどだから。
それもあって、俺と同じように学園で名が知られている。
あの小さかったかわいい妹クリスは、もう学園に通える歳になった。
七歳にしては小さめの身長だが、小さいなりに一生懸命で、素直で、本当にかわいい。
学修科が違うから学園内で会うことは難しいが、困ったことが起きればすぐに助けてやりたい。
なのに、クリスの学校初日は失敗した。
まさかあんなに人が寄ってくるとは思わなかった。
俺もレガロも目立つから、なるべく一緒にならないようにしたんだが…。
兄弟思っていることは同じで、クリスが気になって、あの日は一緒に迎えに行ってしまったんだよな。
クリスは学園での俺達のことは知らないから、ずいぶん驚かせてしまった。反省。
これからは気をつけよう。
「兄上、また見ているのですか?」
「あ、レガロ」
今日の授業も終わって、午後はフリー。
誰も使ってない教室に人除けの結界を張って、鞘の装飾具を見ながら昼ご飯を食べていると、弟のレガロがやってきた。
レガロにとって、結界を見破って通ることは容易いこと。
俺よりも魔法の才能があるからな。当然だ。
「クリスからのお土産だぞ。ずっと眺めてられる」
「兄上…」
呆れたようにジト目で返してくるレガロ。
だが、レガロも俺に負けず劣らず、クリスが大好きだ。
「クリスからもらった物なら当然です。ですが、ここは学園ですよ。それだと授業中も見てるでしょう。自重してください」
「なんだよ、レガロ、羨ましいのか?」
からかうように言うと、レガロは得意げに返す。
「いいえ。僕はクリスの欲しいものを買ってあげられたので、それで満足です」
それを言われると、少し悔しいな。
なんせ、あのおでかけの日のクリスには悪いことをしてしまったから。
本来なら俺がクリス達とでかけるはずだったのに、自警団の抜き打ち訓練が入ってドタキャンすることになってしまった。
あの時の悲しそうな顔には、本当に堪えた。
団長の父さんを本気で殴りたかったのは秘密だ。
「俺も何か買ってやりたかったな。クリスは遠慮ばかりするから。もっと甘やかしてやりたい」
「今度一緒におでかけするといいですよ。クリスは兄上のことも大好きなのですから、喜びます」
その言葉を聞いて、次の休暇はいつだったかと思い巡らす。
もしクリスと休みが合わなければ、団員の誰かと休暇日を替わってもらうのもありだ。
「次の休みは絶対クリスとでかける!」
「ええ。その時は、護り石でも買ってあげてください。アクセサリーに興味を持つようになったようですから」
「……そうか」
護り石で、ふと思い出す。
昨年の母さんの誕生日の日。
クリスは不思議な石を誰かからもらった。
あの石は、うまく言えないが、普通のものではないような気がした。
ただの石ころではない、何かの力が込められた何か。
レガロも見せてもらった時、何か感じたようだったが何も言わなかった。だから俺もそれに倣った。
あれから一年近く、あの石をクリスはとても大切にしているようだ。
それはもう、嫉妬するくらいに。
「それで、レガロ、何か用か?昼ご飯を食べに来たわけじゃないだろう?」
「…ええ。クリスの魔法についてです」
レガロは頷くと、近くの椅子に座った。
真剣なその顔に俺もレガロに向き直る。
「クリスは学園に通い始めて、魔法に強く興味を持つようになりました。ですが、クリスの魔力では魔法が使えません…」
「ああ。そうだな。だから父さんや俺が体力づくりを手伝ったり、おまえが魔法を教えているんだろう?」
クリスは魔法が使えないことにコンプレックスを感じているようだ。
あの小さな妹は、父さんや俺達の魔力をよく知っているから。
「クリスは、とてもよく頑張っています。それなのに、何故か魔法が使えない…兄上は気になりませんか?」
「……そうだな」
それはずっと考えていたことで、レガロの言うように魔法が使えないのはおかしいことだ。
あんなに体力づくりや魔法の勉強を頑張っているクリスを思うと、悔しくてならない。
レガロは、真剣な顔のまま話を続ける。
「クリスの魔力が弱いことは、妹ができた日からわかってはいました。ですが、いくらなんでも何の魔法も使えないというのはあり得ないことです」
優秀な弟のことだ、いろいろ調べているんだろう。クリスのためにいろいろ手を尽くしているようだ。
それでもわからない、できないこともある。
「まだクリスの中で魔力をわかっていないかもしれない。これは俺達が教えることはできないからな」
「……それだけなら、よいのですが…」
レガロは、他に何か思い当たることがあるのか、とても苦しげな顔をする。
それでも口にしないから追及はしない。
レガロの中では、きっといろんな可能性や選択肢がある。
それを共有することは難しい。俺がついていけないから。
「レガロはレガロにできることをすればいい。俺も、俺にできることをする。いつも父さん、母さんも言ってるだろう?クリスもそれをわかってるからクリスなりに頑張ってる」
俺達はそれぞれの方法で、クリスを護る、助けることを決めたのだ。
あの小さな存在がこれからどんな道を進むのか、わからない。
だけど、その道を歩むクリスを見守りたいと思うのだ。
いつかクリスが俺達から離れて行ってしまっても。
「兄上、僕はクリスが心配です。魔法を使えないことが、クリスの道に影を落とさなければいいのですが」
結局、俺もレガロもクリスがかわいくて、心配でならないのだ。
弟はいろいろな知識がある分、とても慎重で心配性だ。
レガロの頭をなでてやると、抗議の目が返ってきた。
子ども扱いされていると思ったのだろう。
「俺達に将来なんてわからない。クリスがどんな道に進んでも、どんなものを選んでも、それはクリスのものだ。間違いなら、俺達が全力で止めればいい。俺達だけでできなかったら、父さん、母さんもいる」
「……はい」
レガロは、まだ不安げな顔だったが自分に言い聞かせるように頷いた。
ちょうどその時、休み時間の終わりを告げる鐘が鳴った。
「では、失礼しますね。ああ、そうでした。父上に伝言をお願いします。新しい魔導具の用意ができたと友人経由で言付かりました」
「ああ。わかった、伝えておく」
魔導具、もうできたのか。さすが、グランツ学園が抱える魔導具師だ。
レガロは礼を執ると、教室を後にした。
それを見送って、残りの昼ご飯も平らげた。
街で買い物を済ませてから家に帰ると、母さんが迎えてくれた。
珍しい。この時間なら、瞑想中のはずだ。
それなのに、母さんの様子はひどく疲れているようで、ふらついていた。
「母さん?疲れてるのか?顔色が悪いぞ、休んだ方がいい」
「…ええ、そうね。でも、その前にお父さんに会いたいのだけど…」
これは、何か問題があったみたいだな。
父さんは今日、村の森の見回り当番の日で、夜まで家には帰ってこない。
母さんは滅多なことで、仕事中の父さんを呼び寄せたりしない。
だから、よほど重大なことが起きたと予想できた。
「わかった。父さんを呼んでくる。心配しないで、休んでてくれ」
「でも、今日はお父さん、見回りを…」
母さんは父さんに申し訳ないとわかっていた。
だけど、こんな様子の母さんをそのままにはしておけない。
「俺が父さんと仕事を代わる。父さんを呼びに行って、そのまま森の見回りをするから」
「クロード…」
母さんは、申し訳なさそうな顔をして、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、お願いするわ。ごめんね、ありがとう、クロード」
「ああ、じゃあ、行ってくる。母さん、休んでろよ?」
「ええ」
買い物したものをリビングのソファに置いて、愛用の剣を帯剣する。
クリスがくれた装飾具も忘れずに着けて、足早に自警団の屋敷に向かった。
屋敷に着くと、幼馴染で同僚の団員がいたから、父さんの見回りルートを聞いた。
ゆっくり話をする時間がないから手短に済ませ、森へと急ぐ。
少し走ると、運よく父さんにすぐ会えた。
「どうした、クロード。学校の授業の後は非番だろう?」
「父さん、話はあとだ。母さんが父さんを呼んでる。とても疲れてるみたいなんだ。ここは俺が代わるから、早く帰ってくれ」
父さんは驚いた顔をして、頷く。
父さんも母さんに何かがあったと思ったようだ。
すぐに俺が来た道を行って、家へ帰った。
この時、父さんを早く帰して本当によかった。
母さんは魔導具が壊れたせいで精霊酔いをしていた。
あともう少し遅かったら、精神が壊れているところだった。
父さんが魔法で一時的に結界を張って、事を凌いだのだ。
今は落ち着いて眠っている。
母さんは、その魔力の性質で精霊感受性が人よりも高い。
だから、精霊を寄せ付けやすい体質でもあるのだ。
だけど、それでは人間の精神は精霊の大きすぎる力によって壊されてしまう。
それを防ぐために、父さんが特製の魔導具に魔力を込めることによって母さんを護ってきた。
「お母さん、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。少し疲れているだけのようです」
涙目で心配そうに母さんを見つめるクリスに、レガロが優しく言う。
本当はそんな易しいものではないのだが、クリスに心配をかけさせまいとするレガロの気遣いだ。
父さんは、母さんの傍で詠唱を続けている。
魔法を構築し続けなければ、五分も経たずに結界が壊れてしまうからだ。
しばらくすると、いったん詠唱を打ち切って、懐から一通の手紙を取り出した。
そして、それを一番近くにいたレガロに手渡す。
「レガロ、魔導具師クレスト様にこの手紙を渡してくれ。できれば私が行きたいのだが、母さんの傍を離れられん」
「わかりました。すぐにお渡しします」
レガロはそう言うと、すぐに学園へ行く用意をして、村から出る最後の馬車に乗って行った。
母さんの魔導具は、グランツ学園の魔導具研究科最高顧問のクレスト様が作ったのか。
国で最高の魔導具師であるクレスト様は、その強力な道具を作る故に他国にも名が知られている。
クレスト様の得意とする魔導具は守護魔法だ。
さまざまな害悪、魔法、病でさえも防ぐと言われている。
そのクレスト様が作った魔導具が壊れるなんて、相当な数の精霊が母さんに寄って来たのか、魔導具が耐え切れないほど大きな力を持った精霊が現れたのか…。
どちらにしても、魔導具が壊されるほどのことが母さんの身に起きてしまった。
父さんは、額に汗をにじませながら母さんのために詠唱を続けた。
その日の深夜、レガロがクレスト様を連れて帰ってきた。
クレスト様は魔導具の壊れ方を見て、とても驚いていた。
そして、壊れた魔導具の修復ができるまでの間、代替具を貸してくれることになった。
これで父さんも付きっきりでなくて済む。
「ここまで壊れていると、修復に時間がかかりそうだ。この代替具はこの魔導具より劣っているが、無いよりましであろう」
代替具の使い方を父さんが聞いている間に、俺は父さんの代わりに途切れ途切れだけど、結界の詠唱を続けていた。
何回目かの詠唱で、母さんが目を覚ました。
まだ疲れた顔をしていたけど、あのふらついた状態の時よりも幾分ましだった。
「母さん、大丈夫?」
「…ええ。大丈夫よ。みんなには心配かけさせてしまったわね、ごめんなさい」
「そんなの気にするなよ。そんなことより、魔導具が壊れるなんて、何があったんだ?」
母さんは、途端に口を噤んでしまった。
その様子は、原因を知っているけど話したくない感じだった。
「言いたくないなら、いいよ。でも、父さんには言って。ずっと母さんのために詠唱してくれてたんだから」
「……」
母さんは苦しげな顔を見せたけど、ゆっくり頷いた。そして、意識を手放すようにまた眠りについた。
それを見て、結界の詠唱を再開する。
母さんの周りに薄い膜が構築され、ゆらゆらと揺らめく。
形が定まらないのは、結界が安定していないからだ。
ああ、くそ、やっぱりこういう魔法は苦手だな、俺。
結界などの防御や守護の魔法は、父さんやレガロが得意とする魔法の一つだ。俺はどちらかというと攻撃型。
父さんはオールマイティな術者で、基本的な魔法なら大体できてしまう。
大きな魔力を持っているから、基本的な魔法でも強力なものになるのだ。
レガロは攻撃魔法もできるが、守護魔法の方が強力だ。
レガロの守護魔法は攻撃魔法を打ち消すというより、ことごとく反射するものだから周りに被害が出る。
いつかの兄弟喧嘩した時の魔法の攻防は、自警団の屋敷を半壊にしたほどだ。
レガロを呼べばいいんだろうけど…反射するとなると、家が壊れそうだよな。
そう思っていると、いつの間にか隣にクレスト様が来ていて、母さんの様子を見ていた。
じっと見つめる瞳には、きらめくような輝きが宿っていて不思議な色だなと思った。
「クレスト様、急なことに対応していただいて、本当にありがとうございます」
「いやいや、無事でよかった。また何かあれば遠慮なく言っておくれ」
父さんとクレスト様は固く握手を交わす。
クレスト様はまだ学園でやらなければならないことがあるようで、早急に帰ることになった。
そういうわけで、学園まで俺が馬でクレスト様を送ることにした。
その道の途中、クレスト様が質問をしてきた。
「妹君が学園に入ったそうだね?」
「はい。教育科の光組です」
「母君が心配しておった。その妹君は何か困ったことでもあるのかね」
クレスト様はどうしてそんなことがわかるのだろうか。
不思議に思いながらも、その質問に答える。
「妹は魔法が使えません。そのことでひどく悩んでいるようです。力になってあげたいとは思いますが、魔力については妹自身の問題なので…」
「……そうか」
クレスト様は、それきり学園に着くまで何も話すことはなかった。
学園の門の前に着くと、クレスト様は振り返って言った。
「妹君を大事にしてやっておくれ。あれは、おそらくとても壊れやすいだろう」
とても真剣な顔で言われたので、戸惑った。
だけど、クリスが大事なのは変わらないから、俺も真剣な目で返す。
「護ります。何があっても」
クレスト様は、その答えに満足したのか顔をしわくちゃにするくらいの笑みを見せて、学園に帰って行った。
次の日の朝、元気になった母さんの姿を見たクリスは大泣きした。
心配で心配で堪らなかったんだろう。
この日は母さんにべったりくっついて、離れようとしなかった。
本当は学校があるはずなのだが、「こうなってしまうと仕方がない」と父さんはため息をついて学園に休みの連絡を入れた。
母さんも俺達兄弟もそれを許してしまうから、俺達は相当クリスに甘いと思う。
「お母さん、私もお母さんのために頑張るね!」
そう言って、前よりも一層、料理や掃除に励む妹は本当にかわいい。
それを見守る母さんもとてもうれしそうだ。
こんな穏やかな毎日が続けばいい。
クリスを護ることは、俺達家族の一番の願い。
クリスの笑う顔を見るのが俺達の幸せなのだ。
グランツ学園で剣を教え始めて、もうすぐ一年になる。
二年前に海組を首席で卒業して名を知られているせいか、俺の周りには常に人が寄ってくる。
いろんな思惑を持つ人達が寄ってくるから、正直疲れる。
俺はただ、大切な家族を守るために強くなっただけなんだけどな…。
うーん、もうここで剣教えるのやめたい。
あ、だめだ。やっぱり学園にはまだ通っていたい。
俺には優秀な弟レガロと、歳の離れたかわいい妹クリスがいる。
弟のレガロは、頭が良くて魔法が得意だ。研究熱心でもある。
飛び級して、十三歳にしてすでに九年生だ。
教育科空組は基本的に飛び級は難しいと言われているから、本当に優秀だ。
別の学修科から「教育科を卒業したら、うちの科に来ないか」と推薦がたくさん来ているほどだから。
それもあって、俺と同じように学園で名が知られている。
あの小さかったかわいい妹クリスは、もう学園に通える歳になった。
七歳にしては小さめの身長だが、小さいなりに一生懸命で、素直で、本当にかわいい。
学修科が違うから学園内で会うことは難しいが、困ったことが起きればすぐに助けてやりたい。
なのに、クリスの学校初日は失敗した。
まさかあんなに人が寄ってくるとは思わなかった。
俺もレガロも目立つから、なるべく一緒にならないようにしたんだが…。
兄弟思っていることは同じで、クリスが気になって、あの日は一緒に迎えに行ってしまったんだよな。
クリスは学園での俺達のことは知らないから、ずいぶん驚かせてしまった。反省。
これからは気をつけよう。
「兄上、また見ているのですか?」
「あ、レガロ」
今日の授業も終わって、午後はフリー。
誰も使ってない教室に人除けの結界を張って、鞘の装飾具を見ながら昼ご飯を食べていると、弟のレガロがやってきた。
レガロにとって、結界を見破って通ることは容易いこと。
俺よりも魔法の才能があるからな。当然だ。
「クリスからのお土産だぞ。ずっと眺めてられる」
「兄上…」
呆れたようにジト目で返してくるレガロ。
だが、レガロも俺に負けず劣らず、クリスが大好きだ。
「クリスからもらった物なら当然です。ですが、ここは学園ですよ。それだと授業中も見てるでしょう。自重してください」
「なんだよ、レガロ、羨ましいのか?」
からかうように言うと、レガロは得意げに返す。
「いいえ。僕はクリスの欲しいものを買ってあげられたので、それで満足です」
それを言われると、少し悔しいな。
なんせ、あのおでかけの日のクリスには悪いことをしてしまったから。
本来なら俺がクリス達とでかけるはずだったのに、自警団の抜き打ち訓練が入ってドタキャンすることになってしまった。
あの時の悲しそうな顔には、本当に堪えた。
団長の父さんを本気で殴りたかったのは秘密だ。
「俺も何か買ってやりたかったな。クリスは遠慮ばかりするから。もっと甘やかしてやりたい」
「今度一緒におでかけするといいですよ。クリスは兄上のことも大好きなのですから、喜びます」
その言葉を聞いて、次の休暇はいつだったかと思い巡らす。
もしクリスと休みが合わなければ、団員の誰かと休暇日を替わってもらうのもありだ。
「次の休みは絶対クリスとでかける!」
「ええ。その時は、護り石でも買ってあげてください。アクセサリーに興味を持つようになったようですから」
「……そうか」
護り石で、ふと思い出す。
昨年の母さんの誕生日の日。
クリスは不思議な石を誰かからもらった。
あの石は、うまく言えないが、普通のものではないような気がした。
ただの石ころではない、何かの力が込められた何か。
レガロも見せてもらった時、何か感じたようだったが何も言わなかった。だから俺もそれに倣った。
あれから一年近く、あの石をクリスはとても大切にしているようだ。
それはもう、嫉妬するくらいに。
「それで、レガロ、何か用か?昼ご飯を食べに来たわけじゃないだろう?」
「…ええ。クリスの魔法についてです」
レガロは頷くと、近くの椅子に座った。
真剣なその顔に俺もレガロに向き直る。
「クリスは学園に通い始めて、魔法に強く興味を持つようになりました。ですが、クリスの魔力では魔法が使えません…」
「ああ。そうだな。だから父さんや俺が体力づくりを手伝ったり、おまえが魔法を教えているんだろう?」
クリスは魔法が使えないことにコンプレックスを感じているようだ。
あの小さな妹は、父さんや俺達の魔力をよく知っているから。
「クリスは、とてもよく頑張っています。それなのに、何故か魔法が使えない…兄上は気になりませんか?」
「……そうだな」
それはずっと考えていたことで、レガロの言うように魔法が使えないのはおかしいことだ。
あんなに体力づくりや魔法の勉強を頑張っているクリスを思うと、悔しくてならない。
レガロは、真剣な顔のまま話を続ける。
「クリスの魔力が弱いことは、妹ができた日からわかってはいました。ですが、いくらなんでも何の魔法も使えないというのはあり得ないことです」
優秀な弟のことだ、いろいろ調べているんだろう。クリスのためにいろいろ手を尽くしているようだ。
それでもわからない、できないこともある。
「まだクリスの中で魔力をわかっていないかもしれない。これは俺達が教えることはできないからな」
「……それだけなら、よいのですが…」
レガロは、他に何か思い当たることがあるのか、とても苦しげな顔をする。
それでも口にしないから追及はしない。
レガロの中では、きっといろんな可能性や選択肢がある。
それを共有することは難しい。俺がついていけないから。
「レガロはレガロにできることをすればいい。俺も、俺にできることをする。いつも父さん、母さんも言ってるだろう?クリスもそれをわかってるからクリスなりに頑張ってる」
俺達はそれぞれの方法で、クリスを護る、助けることを決めたのだ。
あの小さな存在がこれからどんな道を進むのか、わからない。
だけど、その道を歩むクリスを見守りたいと思うのだ。
いつかクリスが俺達から離れて行ってしまっても。
「兄上、僕はクリスが心配です。魔法を使えないことが、クリスの道に影を落とさなければいいのですが」
結局、俺もレガロもクリスがかわいくて、心配でならないのだ。
弟はいろいろな知識がある分、とても慎重で心配性だ。
レガロの頭をなでてやると、抗議の目が返ってきた。
子ども扱いされていると思ったのだろう。
「俺達に将来なんてわからない。クリスがどんな道に進んでも、どんなものを選んでも、それはクリスのものだ。間違いなら、俺達が全力で止めればいい。俺達だけでできなかったら、父さん、母さんもいる」
「……はい」
レガロは、まだ不安げな顔だったが自分に言い聞かせるように頷いた。
ちょうどその時、休み時間の終わりを告げる鐘が鳴った。
「では、失礼しますね。ああ、そうでした。父上に伝言をお願いします。新しい魔導具の用意ができたと友人経由で言付かりました」
「ああ。わかった、伝えておく」
魔導具、もうできたのか。さすが、グランツ学園が抱える魔導具師だ。
レガロは礼を執ると、教室を後にした。
それを見送って、残りの昼ご飯も平らげた。
街で買い物を済ませてから家に帰ると、母さんが迎えてくれた。
珍しい。この時間なら、瞑想中のはずだ。
それなのに、母さんの様子はひどく疲れているようで、ふらついていた。
「母さん?疲れてるのか?顔色が悪いぞ、休んだ方がいい」
「…ええ、そうね。でも、その前にお父さんに会いたいのだけど…」
これは、何か問題があったみたいだな。
父さんは今日、村の森の見回り当番の日で、夜まで家には帰ってこない。
母さんは滅多なことで、仕事中の父さんを呼び寄せたりしない。
だから、よほど重大なことが起きたと予想できた。
「わかった。父さんを呼んでくる。心配しないで、休んでてくれ」
「でも、今日はお父さん、見回りを…」
母さんは父さんに申し訳ないとわかっていた。
だけど、こんな様子の母さんをそのままにはしておけない。
「俺が父さんと仕事を代わる。父さんを呼びに行って、そのまま森の見回りをするから」
「クロード…」
母さんは、申し訳なさそうな顔をして、ゆっくり頷いた。
「じゃあ、お願いするわ。ごめんね、ありがとう、クロード」
「ああ、じゃあ、行ってくる。母さん、休んでろよ?」
「ええ」
買い物したものをリビングのソファに置いて、愛用の剣を帯剣する。
クリスがくれた装飾具も忘れずに着けて、足早に自警団の屋敷に向かった。
屋敷に着くと、幼馴染で同僚の団員がいたから、父さんの見回りルートを聞いた。
ゆっくり話をする時間がないから手短に済ませ、森へと急ぐ。
少し走ると、運よく父さんにすぐ会えた。
「どうした、クロード。学校の授業の後は非番だろう?」
「父さん、話はあとだ。母さんが父さんを呼んでる。とても疲れてるみたいなんだ。ここは俺が代わるから、早く帰ってくれ」
父さんは驚いた顔をして、頷く。
父さんも母さんに何かがあったと思ったようだ。
すぐに俺が来た道を行って、家へ帰った。
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母さんは魔導具が壊れたせいで精霊酔いをしていた。
あともう少し遅かったら、精神が壊れているところだった。
父さんが魔法で一時的に結界を張って、事を凌いだのだ。
今は落ち着いて眠っている。
母さんは、その魔力の性質で精霊感受性が人よりも高い。
だから、精霊を寄せ付けやすい体質でもあるのだ。
だけど、それでは人間の精神は精霊の大きすぎる力によって壊されてしまう。
それを防ぐために、父さんが特製の魔導具に魔力を込めることによって母さんを護ってきた。
「お母さん、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。少し疲れているだけのようです」
涙目で心配そうに母さんを見つめるクリスに、レガロが優しく言う。
本当はそんな易しいものではないのだが、クリスに心配をかけさせまいとするレガロの気遣いだ。
父さんは、母さんの傍で詠唱を続けている。
魔法を構築し続けなければ、五分も経たずに結界が壊れてしまうからだ。
しばらくすると、いったん詠唱を打ち切って、懐から一通の手紙を取り出した。
そして、それを一番近くにいたレガロに手渡す。
「レガロ、魔導具師クレスト様にこの手紙を渡してくれ。できれば私が行きたいのだが、母さんの傍を離れられん」
「わかりました。すぐにお渡しします」
レガロはそう言うと、すぐに学園へ行く用意をして、村から出る最後の馬車に乗って行った。
母さんの魔導具は、グランツ学園の魔導具研究科最高顧問のクレスト様が作ったのか。
国で最高の魔導具師であるクレスト様は、その強力な道具を作る故に他国にも名が知られている。
クレスト様の得意とする魔導具は守護魔法だ。
さまざまな害悪、魔法、病でさえも防ぐと言われている。
そのクレスト様が作った魔導具が壊れるなんて、相当な数の精霊が母さんに寄って来たのか、魔導具が耐え切れないほど大きな力を持った精霊が現れたのか…。
どちらにしても、魔導具が壊されるほどのことが母さんの身に起きてしまった。
父さんは、額に汗をにじませながら母さんのために詠唱を続けた。
その日の深夜、レガロがクレスト様を連れて帰ってきた。
クレスト様は魔導具の壊れ方を見て、とても驚いていた。
そして、壊れた魔導具の修復ができるまでの間、代替具を貸してくれることになった。
これで父さんも付きっきりでなくて済む。
「ここまで壊れていると、修復に時間がかかりそうだ。この代替具はこの魔導具より劣っているが、無いよりましであろう」
代替具の使い方を父さんが聞いている間に、俺は父さんの代わりに途切れ途切れだけど、結界の詠唱を続けていた。
何回目かの詠唱で、母さんが目を覚ました。
まだ疲れた顔をしていたけど、あのふらついた状態の時よりも幾分ましだった。
「母さん、大丈夫?」
「…ええ。大丈夫よ。みんなには心配かけさせてしまったわね、ごめんなさい」
「そんなの気にするなよ。そんなことより、魔導具が壊れるなんて、何があったんだ?」
母さんは、途端に口を噤んでしまった。
その様子は、原因を知っているけど話したくない感じだった。
「言いたくないなら、いいよ。でも、父さんには言って。ずっと母さんのために詠唱してくれてたんだから」
「……」
母さんは苦しげな顔を見せたけど、ゆっくり頷いた。そして、意識を手放すようにまた眠りについた。
それを見て、結界の詠唱を再開する。
母さんの周りに薄い膜が構築され、ゆらゆらと揺らめく。
形が定まらないのは、結界が安定していないからだ。
ああ、くそ、やっぱりこういう魔法は苦手だな、俺。
結界などの防御や守護の魔法は、父さんやレガロが得意とする魔法の一つだ。俺はどちらかというと攻撃型。
父さんはオールマイティな術者で、基本的な魔法なら大体できてしまう。
大きな魔力を持っているから、基本的な魔法でも強力なものになるのだ。
レガロは攻撃魔法もできるが、守護魔法の方が強力だ。
レガロの守護魔法は攻撃魔法を打ち消すというより、ことごとく反射するものだから周りに被害が出る。
いつかの兄弟喧嘩した時の魔法の攻防は、自警団の屋敷を半壊にしたほどだ。
レガロを呼べばいいんだろうけど…反射するとなると、家が壊れそうだよな。
そう思っていると、いつの間にか隣にクレスト様が来ていて、母さんの様子を見ていた。
じっと見つめる瞳には、きらめくような輝きが宿っていて不思議な色だなと思った。
「クレスト様、急なことに対応していただいて、本当にありがとうございます」
「いやいや、無事でよかった。また何かあれば遠慮なく言っておくれ」
父さんとクレスト様は固く握手を交わす。
クレスト様はまだ学園でやらなければならないことがあるようで、早急に帰ることになった。
そういうわけで、学園まで俺が馬でクレスト様を送ることにした。
その道の途中、クレスト様が質問をしてきた。
「妹君が学園に入ったそうだね?」
「はい。教育科の光組です」
「母君が心配しておった。その妹君は何か困ったことでもあるのかね」
クレスト様はどうしてそんなことがわかるのだろうか。
不思議に思いながらも、その質問に答える。
「妹は魔法が使えません。そのことでひどく悩んでいるようです。力になってあげたいとは思いますが、魔力については妹自身の問題なので…」
「……そうか」
クレスト様は、それきり学園に着くまで何も話すことはなかった。
学園の門の前に着くと、クレスト様は振り返って言った。
「妹君を大事にしてやっておくれ。あれは、おそらくとても壊れやすいだろう」
とても真剣な顔で言われたので、戸惑った。
だけど、クリスが大事なのは変わらないから、俺も真剣な目で返す。
「護ります。何があっても」
クレスト様は、その答えに満足したのか顔をしわくちゃにするくらいの笑みを見せて、学園に帰って行った。
次の日の朝、元気になった母さんの姿を見たクリスは大泣きした。
心配で心配で堪らなかったんだろう。
この日は母さんにべったりくっついて、離れようとしなかった。
本当は学校があるはずなのだが、「こうなってしまうと仕方がない」と父さんはため息をついて学園に休みの連絡を入れた。
母さんも俺達兄弟もそれを許してしまうから、俺達は相当クリスに甘いと思う。
「お母さん、私もお母さんのために頑張るね!」
そう言って、前よりも一層、料理や掃除に励む妹は本当にかわいい。
それを見守る母さんもとてもうれしそうだ。
こんな穏やかな毎日が続けばいい。
クリスを護ることは、俺達家族の一番の願い。
クリスの笑う顔を見るのが俺達の幸せなのだ。
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