クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

9. 魔法と魔力

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 こんにちは。グランツ学園教育科光組八番のクリスです。
 魔法が使えませんが、それ以外は普通の女の子、七歳です。


 ……。


 うん、そうじゃないよね。

 たくさんの本が机に積みあがっています。
 どれも魔法に関するものばかりです。

 自分の魔力を認識するって、どういうことなんだろう?

 魔力を集めるイメージはできます。できているはずです。
 問題は、どうして魔法として発動しないのかです。
 魔力が体の中を巡る感覚はあるので、魔力の数値が0ということは無いです。
 そもそも魔力が0の人はいないし、いたとしたら、それは生きていないと本には書かれていました。
 生きているものすべては、必ず魔力を持って生まれるそうです。
 ちなみに動物とかは、魔力を認識しているかどうかで、動物と魔獣に分けられます。
 虫もそれと同じように分けられています。

 魔法が使えない私は、動物や虫ってこと?
 いやいや、そんなわけないよね。魔力を持っていることは認識してるんだから。
 ということは、私の魔力の性質が難しいものだったりするのかな?

 魔法についての本を読めば読むほど、新しい疑問が生まれて、一歩も進んでいないような気がします。
 一つわかれば、また新たな可能性や疑問が浮かんで、解決しようともがくけど、何度も同じ答えに帰ったり、難しすぎてわからなくもなります。

 結局、調べれば調べるほど、よくわからなくなって、いつも本の上で突っ伏してしまいます。



「また突っ伏して悩んでんのか、クリスは」
「カイト、邪魔しちゃだめよ」

 今、リィちゃんとカイト君と一緒に図書室にいます。
 最近は放課後、こうして三人で図書室で勉強するようになりました。
 私は魔法についての勉強。カイト君は私の魔力について調べてくれていて、リィちゃんはそのお手伝いをしています。

 カイト君とは、魔法実技の授業から仲良くなれたような気がします。
 話しかけてくれることも増えたし、何か聞いても面倒そうな顔もしなくなりました。
 ちょっとだけ意地悪なところもあるけど、うまくできれば「よくできたな」と頭をぐしゃぐしゃになでてほめてくれます。
 お兄ちゃん達とは違う優しさがあって、もう友達です!

「考えたんだけどな。クリスの魔力って、もしかしたら限定魔法しか使えねーんじゃないかって」

 隣に座ったカイト君が一冊の大きな本を開いて見せてくれます。
 その開いたページを見てみると、見慣れない文字がいっぱい並んでいます。
 それは、リィちゃんとレガロお兄ちゃんとおでかけした日に見た、猫町通りのダンテさんのお店の看板の文字と似ているなと思いました。

 リィちゃんも私の隣に座ります。
 二人に挟まれながら、カイト君の説明を聞きました。

「先に説明しておくな。限定魔法っていうのは、ある一定の条件でしか使えない魔法のことだ。それは、時だったり、温度だったり、魔力の量や性質、遺伝にもよる」
「それがどうして私の魔力に関係するの?」

 カイト君が本の挿絵を見るように目を移します。
 それに素直に従って挿絵を見ると、一人の人間と魔力を表す記号、魔法文字や紋章が描かれていました。

「この、人間の中に描かれている記号、これが魔力だ。で、この人間の周りを囲んでいる魔法文字と紋章は、魔法を表している。ここまではいいか?」

 こくりと頷く私を見て、カイト君は次の説明をします。

「魔法を使うとき、この体内の魔力が意志を持って外へ放出される。魔力が大きければ大きいほど魔法のランクが上がるし、できることが増えるが、それでもできないこともある」
「どうしてだかわかる?クリスちゃん」

 隣で静かに聞いていたリィちゃんが質問してきました。

 は!これは試されている!?

 私は勉強したことを思い出しながら答えます。

「えと、魔力には性質があるから、それに反する魔法はできないのと、魔力の量が多くても自己防衛反応で一気に大きな力を出せないようになっている、から?」
「そのとおりだ。で、そこから考えると、魔力にもある一定の制限があるっていうことになるだろ」
「あ!」

 カイト君はまた本の挿絵に目を移します。
 説明される前と後では、違った見方になります。

「この挿絵のように、魔力は人間の中にある。だが、それを使って起こせる魔法は限定されている。人によって、それぞれな」

 それを聞いて、お父さんの魔法を思い出します。
 お父さんは、いろんな魔法が使えます。
 でも、レガロお兄ちゃんみたいに魔法の応用や強いランクの魔法は使えないそうです。
 基本的な魔法だけであんなに強いのは、お父さんがそれだけ大きな魔力を持っていて、それを扱うことができるからです。
 もし、お父さんが強い魔法もできちゃったら、たぶん村の自警団団長とかじゃなくて、国を護るぐらいの騎士団長になっていると思います。
 そうならないのは、魔力の性質で「基本的な魔法しか使えない」という制限を受けているからなのです。

 魔法は確かにたくさんある。
 小さいものから大きなものまで、本当に様々。
 だけど、それらすべてを一人の人間が使えるわけじゃない。
 ううん、使えないんだ。
 もし使える人がいるなら、それは、もう人間じゃない。
 神か、魔王か、それほどのレベル。人の常識を超えた話だ。

「日常の生活魔法は小さな魔力で使える。性質に関係なくな。それは生きるための手段の一つだからだ」
「それで、クリスちゃんは、その基本的な魔法が使えない代わりに、別の魔法…限定的な魔法が使えるんじゃないかってカイトと調べて思ったの」

 カイト君がまた本に目を移します。
 釣られて見るけど、やっぱり字は読めません。

「この本には、ごく稀にそういう人間が生まれると書いてあった。前例があるんだ。その人間も限定魔法しか使えなかったんだってよ」
「そうなんだ?ちなみに、その人はどんな魔法を使ってたの?」

 カイト君は、少し間を置いて目を泳がせましたが、答えてくれました。

「…召喚魔法だ」

 しょうかん?

 首をかしげると、クリスちゃんが説明してくれました。

「召喚っていうのは、別のところから使い魔や精霊を呼び出す魔法よ。光組では習わない魔法ね。これは海組や空組で習うの」
「この召喚魔法は『契約』とかができる人間じゃねーと使えないし、ある程度の高い魔力も必要だぞ」
「ということは、私には使えないね。魔力があまりないし、『契約』なんてできないから」

 淡々と自己評価をすると、リィちゃんとカイト君の目が見開きました。

 むむむ?違ったのかな?

 不思議そうに二人を見れば、「そうね」「そうだな」と返事が返ってきました。
 二人はまだ何か思うところがあるようで気になりましたが、二人が何も言わないのなら、聞かないことにしました。

 あれ?お父さんみたいに魔力の性質によって使える魔法に制限があるってことは…。

 ここまで説明を受けて、ふと気がついたことがありました。

「じゃあ、カイト君の魔力も性質のせいで限られた魔法しか使えないってこと?」

 その言葉に、辺りの空気がピシッと凍った気がしました。
 なんでだろう。カイト君の周りの空気がとても冷たいです。
 その空気に寒気を感じで、言葉が出ませんでした。

 そんなカイト君の様子に、リィちゃんが慌てます。

「えっとね、クリスちゃん。それは禁句というか、えーと、うわああああ」

 リィちゃんは、どう言っていいかわからず、頭を抱えています。
 こ、これは、本当に言ってはいけないことを言ってしまったんですね。
 隣のカイト君がものすごく怖いです。絶対怒ってます。

「カ、カイト君、ごめ…」

 カイト君は最後まで言葉を聞かないで、無言で図書室を出て行ってしまいました。

 ど、どうしよう!とても怒らせてしまいました!
 オロオロして隣を見れば、リィちゃんも困り顔で私を見つめていました。

「リ、リィちゃん、どうしよう…カイト君をすごく怒らせちゃった…」
「クリスちゃん、大丈夫よ。たぶん、すぐに機嫌は直ると思うわ。クリスちゃんはカイトのこと知らないから、仕方ないもの」
「……」

 カイト君のことを知らない…。
 確かに、私は学校でのカイト君しか知らないです。
 魔法が使えるはずなのに、魔法実技には参加しない。
 でも、魔法のことをよく知っている。
 ちょっと意地悪だけど、仲良くなれば優しい。
 今さっきだって、私のためにいろいろ教えてくれました。

 それなのに、怒らせちゃった…。
 ううん。もしかしたら傷つけてしまったのかもしれない。
 魔法実技の時、あんなに嫌だと言っていたのに。
 カイト君は自由に魔法を使うみんなをとてもさみしそうに見てたのに。
 私も、魔法が使えない気持ちをわかってたはずなのに。

「…カイト君は、魔力に何か制限があるの?」
「……それは、私からは言えないわ。本人からでないと」

 リィちゃんはその理由を知っているけど、教えてくれませんでした。
 これはカイト君にとって、とても大事なことで、簡単なことではないのだそうです。
 どうしてリィちゃんがそれを知っているのかは訊けませんでした。



 次の日、隣の席のカイト君は険悪な空気でした。
 こっちを見ようともしません。
 後ろの席のリィちゃんも気まずそうにしています。
 何度か謝る言葉を言いましたが、聞いているのか聞いていないのか、まったく反応してくれません。
 これは学校初日よりもひどいかもしれないです。

 そんな空気が一週間も続き、さすがに担任の先生や組のみんなも気にしはじめます。

 このままではだめです。
 もう一度ちゃんと謝ろう。
 カイト君の事情はわからないけど、私の言葉で傷つけてしまったことは確かだと思うから。

「カイト君」
「………」
「カイト君」
「………」

 カイト君は呼んでも反応してくれません。完全無視を決め込んだみたいです。
 それでもめげずに呼び続けると、不機嫌な目をこっちに向けました。

「カイト君、この前は本当にごめんなさい。私、きっと無神経なことをカイト君に言っちゃんたんだと思う。本当にごめんなさい!」

 私の謝罪に、組のみんなもはらはらしながら、カイト君を見つめます。

「………」

 カイト君は、またそっぽを向いてしまいました。
 それにちょっとだけ胸が痛くなりましたが、これは私のせいです。
 リィちゃんは、そんな私達の様子を静かに見ていました。



 今日もカイト君は険悪な空気のままで、学校が終わりました。
 放課後は、いつものようにリィちゃんと図書室へ向かいます。
 一週間前までは隣にカイト君もいてくれたのに、今はいません。

 仲良くなったと思っていた友達がいないのは、とてもとてもさみしいです。
 涙が出そうでしたが、必死に我慢しました。

「クリスちゃん、ちょっと先に行っててくれる?」
「え?うん」

 出そうになった涙を引っ込めて、リィちゃんを見ます。
 その顔は大人びたお姉さんのようで、真剣な目をしていました。

「すぐに戻るわね」

 そう言って、どこかへ行ってしまいました。
 その後ろ姿を見送れば、心の中が急に重たくなってきました。
 一人になると、さみしくなってきます。
 お母さんのこともあったから、最近は一人になると沈むことが多くなった気がします。

 こんな時は「魔法の石」です。
 「魔法の石」は、さみしいときもうれしいときも一緒にいてくれたものです。
 直に触れば、しょんぼりした気持ちが少しずつ軽くなります。
 うれしいときは、祝福してくれるように光が増すような気がします。

 ポケットには、あのおでかけの日に買ってもらった、アンジェさん色のポーチ。
 その中から「魔法の石」を丁寧に取り出して光にかざしてみれば、いつものようにキラキラと七色の光が降り注いで、心が落ち着きます。

「私には、私にできることを」

 小さく頷いて、「魔法の石」を元に戻して図書室へと向かいました。
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