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第1章 ◆ はじまりと出会いと
12. 師と弟子
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私の名はクレスト。
グランツ学園魔導具研究科最高顧問をしておる。
大人からは「先生」や「師」、子どもからは「おひげのおじーちゃん」と呼ばれておる。
むぅ、おじーちゃんと呼ばれる年齢ではないとは思うのだが。この髭のせいだ、仕方がない。
魔導具作りは私の得意分野だ。
教えるのはうまくないのだが、さすがグランツ学園の生徒だ。授業がわかりづらくても、真剣についてきてくれる。
魔導具の作り方は、そのほとんどが確立されておるが、魔力の性質故に作れない生徒も少なくはない。
それでも彼らは諦めることを知らん。
わからないことは貪欲に求め、調べ、実践し、何度も記録をする。
そうして、自分だけの魔導具の作り方を習得するのだ。
この国の将来をこんな生徒たちが担っていくと思うと楽しみだな。
技術は秘匿するものではない。次代に伝えてこそのものだ。
確かに秘密にすることで世界の平和を守れる時もあるかもしれんが、もし、そのような平和を壊すようなものを作ったとなると、精霊が黙ってはおらんだろう。
魔導具は魔法の力もそうだが、精霊との関わりも少なからずあるものだからな。
「ふむ、なんとか直せた。あとは、魔力の安定テストだ」
小さな球体型の結界に入った首飾りを見て、小さくため息を漏らす。
今、大規模修復の最終段階にきておる。
これの素材調達も大変であったが、手の込んだ紋章や魔法文字を使った魔法を込めるのにも相当時間がかかった。
その段階がようやく終わったのだ。
これは、ある家の奥方が持っていたもので、一ヵ月前にひどい壊れ方をした魔導具だ。
これを見たときは心底驚いた。
この魔導具は、私が今まで作ってきた中でも傑作のひとつと言えるものだったからだ。
並の精霊が多く集まったとしても、この魔導具は壊れることはないと自負している。
それが壊れた。込められた魔法文字や紋章まで壊されるほど。
そんなことができるのは、限られた存在しか思いつかん…。
「クレスト様。いいですか?」
「む?ライゼンか。少し待て。結界を張り直す」
ノックされた扉の向こうの一番弟子に返事をして、修復中の魔導具に結界を張る。
こうしなければ、彼の魔力が魔導具に干渉するからだ。
結界を数段階強いものに張り直し終えると、外に声をかけた。
「もう大丈夫だ。入っておいで」
「はい」
黒髪の少年は、軽く礼をして静かに入ってくる。
この少年は私の一番弟子のライゼン。
私がグランツ学園から魔導具研究科の最高顧問として呼ばれた時に、私の助手として一緒に連れてきた。
それまでライゼンは、部屋にこもって研究ばかりして人と関わるのを嫌っておったため、いい機会だと思ったのだ。
相変わらず、何を考えているのかわからん顔をしておるが、必要最低限の会話はしてくれるから意思疎通にはあまり問題はない。
が、重要なことほど言葉が足らん。
そのせいで周りからはよく誤解されておる。
何度も注意しているのだが…直らん……。
それでも私との会話は以前よりも大分よくなった方だ。他の人とは、まだ難しいようだがな。
その子どもらしくない無表情と寡黙さのせいで、年齢よりも大きく見られがちだが、十一歳らしい。
本人がそう主張しているだけで、本当にそうなのかは定かではないが。
「どうした、ライゼン?授業でわからないことでもあったか?」
「…いえ。そうではなく……少し、ざわついて…」
ライゼンは戸口で足を止めたままだ。
魔導具の傍に近寄るのを躊躇っている。
その顔をよく見ると、顔色が悪いようだ。
ふむ、魔導具がまた壊れそうになっておるのだな。
ライゼンに近づき、そのサラサラの黒髪の装飾具に触れてみる。
ほとんど魔力が尽きており、使い物にならなかった。
「むぅ、これもだめか。ライゼン、新しいものを持ってくるから、少し待ってておくれ」
「はい」
ライゼンに結界を張り、すぐに隣の部屋へと向かう。
目当ての物を手に取ると、結界を解き、装飾具を付け替える。
そして、魔法を発動させれば、光を放ちながらライゼンの髪に絡み付いていく。
「ライゼン、苦しければ言っておくれ。この魔導具は加減が難しい」
「大丈夫です、クレスト様」
光がライゼン全体を覆い、再び装飾具に収束する。
装飾具が安定したのを見て、魔法の詠唱を止めた。
ライゼンの顔色もよくなってきたので、一先ずこれでしばらくは大丈夫であろう。
「今回は壊れるのが早い。何かあったか?」
「いえ…無い…と思いますが」
珍しくライゼンもわからないという顔をしていたから、本当にわからないのだろう。
ライゼンには、魔力と装飾具の管理・報告を徹底するようにきつく言い聞かせてある。
先ほどのように、装飾具が壊れそうな時以外は淡々と毎日報告に来る。
ライゼンは、自分を管理することだけは徹底的である。周りが引くほどに。
そのライゼンが、わからないと言うのだ。
ふむ、これはいろいろと調べる必要がありそうだ。
ライゼンは無表情で見つめてくる。
それに笑みを返して、首を振る。
今はまだ、この弟子に伝えるべきではないだろう。
「そうだ、ライゼン。悪いが、お遣いを頼まれてくれるか?」
「はい」
書斎机の引き出しから結界魔法を込めた小箱を取り出し、先ほど結界を張り直した魔導具を見る。
ライゼンは小箱と、その魔導具を見て、大体の察しがついたようだ。
「この新しい魔導具とそこにある魔導具を届けておくれ。これはとても大事なものだから、人の目に付かないように持って行くんだよ」
ライゼンは無表情に頷いた。
この魔導具の重要性を知っておるから心配ないだろう。
「大人に預ければいいのでは?」と思われるかもしれんが、その大人が信用ならないのだ。
過去何度、持ち逃げされそうになったことか。
子どもでさえもそうだった。そうでなくても、力のない子どもに持たせれば、奪われてしまうのは必至だ。
魔導具は、生活品から国を守る守護まで、様々な場面で使われておる。
魔導具にもランクがあり、その質や、込められた魔法によって値段が大きく変わってくる。
特に守護魔法が込められた魔導具は、作れる者が少ないため希少で、どれも高価なことが多い。
一般の人が買おうと思っても、そう簡単には手が届かないほどの値段だ。
だから、盗賊などは宝石やお金には目もくれん。守護魔法の魔導具の方がいくらでも高く売れるのだからな。
「そこにある魔導具は魔力のテストがまだ終わっておらんから、お遣いは明後日だ。頼んだぞライゼン。」
「はい、クレスト様。では、失礼します」
そう言うと、ライゼンは礼をして部屋を出て行った。
それを見送り、一人思案する。
「最近、魔導具が壊れる現象が相次いでおる…」
修復中の魔導具は、ここ数ヵ月で二倍に増えた。
そのほとんどは、グランツ学園で使われているもの。
グランツ学園で魔導具の不調がこんなに増えるのは、不可解だ。
ライゼンの装飾具も特殊な魔導具なのだが、通常であれば一年持つもののはず。
それが急に魔力を失ってしまった。一体どういうことなのか。
何か大きな力が働いているような気がしてならん。
「……何事もなければいいがな」
その原因が一番弟子でないことを祈りながら、魔力テストの準備に取り掛かった。
グランツ学園魔導具研究科最高顧問をしておる。
大人からは「先生」や「師」、子どもからは「おひげのおじーちゃん」と呼ばれておる。
むぅ、おじーちゃんと呼ばれる年齢ではないとは思うのだが。この髭のせいだ、仕方がない。
魔導具作りは私の得意分野だ。
教えるのはうまくないのだが、さすがグランツ学園の生徒だ。授業がわかりづらくても、真剣についてきてくれる。
魔導具の作り方は、そのほとんどが確立されておるが、魔力の性質故に作れない生徒も少なくはない。
それでも彼らは諦めることを知らん。
わからないことは貪欲に求め、調べ、実践し、何度も記録をする。
そうして、自分だけの魔導具の作り方を習得するのだ。
この国の将来をこんな生徒たちが担っていくと思うと楽しみだな。
技術は秘匿するものではない。次代に伝えてこそのものだ。
確かに秘密にすることで世界の平和を守れる時もあるかもしれんが、もし、そのような平和を壊すようなものを作ったとなると、精霊が黙ってはおらんだろう。
魔導具は魔法の力もそうだが、精霊との関わりも少なからずあるものだからな。
「ふむ、なんとか直せた。あとは、魔力の安定テストだ」
小さな球体型の結界に入った首飾りを見て、小さくため息を漏らす。
今、大規模修復の最終段階にきておる。
これの素材調達も大変であったが、手の込んだ紋章や魔法文字を使った魔法を込めるのにも相当時間がかかった。
その段階がようやく終わったのだ。
これは、ある家の奥方が持っていたもので、一ヵ月前にひどい壊れ方をした魔導具だ。
これを見たときは心底驚いた。
この魔導具は、私が今まで作ってきた中でも傑作のひとつと言えるものだったからだ。
並の精霊が多く集まったとしても、この魔導具は壊れることはないと自負している。
それが壊れた。込められた魔法文字や紋章まで壊されるほど。
そんなことができるのは、限られた存在しか思いつかん…。
「クレスト様。いいですか?」
「む?ライゼンか。少し待て。結界を張り直す」
ノックされた扉の向こうの一番弟子に返事をして、修復中の魔導具に結界を張る。
こうしなければ、彼の魔力が魔導具に干渉するからだ。
結界を数段階強いものに張り直し終えると、外に声をかけた。
「もう大丈夫だ。入っておいで」
「はい」
黒髪の少年は、軽く礼をして静かに入ってくる。
この少年は私の一番弟子のライゼン。
私がグランツ学園から魔導具研究科の最高顧問として呼ばれた時に、私の助手として一緒に連れてきた。
それまでライゼンは、部屋にこもって研究ばかりして人と関わるのを嫌っておったため、いい機会だと思ったのだ。
相変わらず、何を考えているのかわからん顔をしておるが、必要最低限の会話はしてくれるから意思疎通にはあまり問題はない。
が、重要なことほど言葉が足らん。
そのせいで周りからはよく誤解されておる。
何度も注意しているのだが…直らん……。
それでも私との会話は以前よりも大分よくなった方だ。他の人とは、まだ難しいようだがな。
その子どもらしくない無表情と寡黙さのせいで、年齢よりも大きく見られがちだが、十一歳らしい。
本人がそう主張しているだけで、本当にそうなのかは定かではないが。
「どうした、ライゼン?授業でわからないことでもあったか?」
「…いえ。そうではなく……少し、ざわついて…」
ライゼンは戸口で足を止めたままだ。
魔導具の傍に近寄るのを躊躇っている。
その顔をよく見ると、顔色が悪いようだ。
ふむ、魔導具がまた壊れそうになっておるのだな。
ライゼンに近づき、そのサラサラの黒髪の装飾具に触れてみる。
ほとんど魔力が尽きており、使い物にならなかった。
「むぅ、これもだめか。ライゼン、新しいものを持ってくるから、少し待ってておくれ」
「はい」
ライゼンに結界を張り、すぐに隣の部屋へと向かう。
目当ての物を手に取ると、結界を解き、装飾具を付け替える。
そして、魔法を発動させれば、光を放ちながらライゼンの髪に絡み付いていく。
「ライゼン、苦しければ言っておくれ。この魔導具は加減が難しい」
「大丈夫です、クレスト様」
光がライゼン全体を覆い、再び装飾具に収束する。
装飾具が安定したのを見て、魔法の詠唱を止めた。
ライゼンの顔色もよくなってきたので、一先ずこれでしばらくは大丈夫であろう。
「今回は壊れるのが早い。何かあったか?」
「いえ…無い…と思いますが」
珍しくライゼンもわからないという顔をしていたから、本当にわからないのだろう。
ライゼンには、魔力と装飾具の管理・報告を徹底するようにきつく言い聞かせてある。
先ほどのように、装飾具が壊れそうな時以外は淡々と毎日報告に来る。
ライゼンは、自分を管理することだけは徹底的である。周りが引くほどに。
そのライゼンが、わからないと言うのだ。
ふむ、これはいろいろと調べる必要がありそうだ。
ライゼンは無表情で見つめてくる。
それに笑みを返して、首を振る。
今はまだ、この弟子に伝えるべきではないだろう。
「そうだ、ライゼン。悪いが、お遣いを頼まれてくれるか?」
「はい」
書斎机の引き出しから結界魔法を込めた小箱を取り出し、先ほど結界を張り直した魔導具を見る。
ライゼンは小箱と、その魔導具を見て、大体の察しがついたようだ。
「この新しい魔導具とそこにある魔導具を届けておくれ。これはとても大事なものだから、人の目に付かないように持って行くんだよ」
ライゼンは無表情に頷いた。
この魔導具の重要性を知っておるから心配ないだろう。
「大人に預ければいいのでは?」と思われるかもしれんが、その大人が信用ならないのだ。
過去何度、持ち逃げされそうになったことか。
子どもでさえもそうだった。そうでなくても、力のない子どもに持たせれば、奪われてしまうのは必至だ。
魔導具は、生活品から国を守る守護まで、様々な場面で使われておる。
魔導具にもランクがあり、その質や、込められた魔法によって値段が大きく変わってくる。
特に守護魔法が込められた魔導具は、作れる者が少ないため希少で、どれも高価なことが多い。
一般の人が買おうと思っても、そう簡単には手が届かないほどの値段だ。
だから、盗賊などは宝石やお金には目もくれん。守護魔法の魔導具の方がいくらでも高く売れるのだからな。
「そこにある魔導具は魔力のテストがまだ終わっておらんから、お遣いは明後日だ。頼んだぞライゼン。」
「はい、クレスト様。では、失礼します」
そう言うと、ライゼンは礼をして部屋を出て行った。
それを見送り、一人思案する。
「最近、魔導具が壊れる現象が相次いでおる…」
修復中の魔導具は、ここ数ヵ月で二倍に増えた。
そのほとんどは、グランツ学園で使われているもの。
グランツ学園で魔導具の不調がこんなに増えるのは、不可解だ。
ライゼンの装飾具も特殊な魔導具なのだが、通常であれば一年持つもののはず。
それが急に魔力を失ってしまった。一体どういうことなのか。
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