クリスの魔法の石

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

16. その目に映るもの

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 こんにちは、グランツ学園光組八番、クリスです。
 ええと、どこにでもいる普通の女の子、七歳です。



 ……。



 ………。



 ごめんなさい。
 もう普通じゃないです。
 いつの間にか、精霊王さんと契約をしてしまった女の子です。
 なんでそうなったのかは、私にもよくわからないので、精霊王さんに会えた時にまた聞いてみます。

 ライゼンさんから、私のお守り「魔法の石」が実は精霊王にしか造れない「魔宝石ユーラティオ」という、ものすごい石だということを聞きました。
 とにかくこの石は、魔力がすごすぎて世界がひっくり返っちゃうくらいなんだそうです。
 精霊王さんに返したいけど、私が精霊王さんとの契約を忘れちゃっていて、まずはもう一度精霊王さんに会わなければどうにもならないみたいです。
 ライゼンさんもすごく困った顔をしていましたが、私の力になってくれると言ってくれました。
 そして、「この魔法の石の正体は誰にも言わないこと。肌身離さず持っていること」と、約束しました。

 いつもポケットに入れてたけど、そんなすごいものってわかったら、なんだか怖くなってくるよ…。

 そんなこんなで、あれから二週間が経ちました。
 魔宝石は、いつものように私のポケットに入っています。
 ときどき輝いているようなのですが、どうしてでしょうか?
 前までそんなことはなかったのに、また不思議が増えました。
 今度ライゼンさんに会ったら、訊いてみよう。




 今日は、グループ研究のために図書室にいます。
 グループ研究は、二週間の期限内にレポートを提出できれば、どんな課題でもいいそうです。
 私はこのグループ研究が大好きです。
 独りよりも、複数の人と協力し合えばできることが広がるから。

「クリスちゃん、私はあっちの本棚から資料を借りてくるわね」
「俺は向こうの本棚に行ってる」
「うん。私はこっちの本棚に行くね」

 私のグループは、リィちゃんとカイト君の三人です。
 課題は「魔力と魔法の関係性」です。
 私の魔法が使えないことから始まった三人の勉強会の延長みたいなものです。

 グループ研究の時間は、基本的に自習のようなもので、グループそれぞれがレポートのために時間を使います。
 私達のようなグループは図書室で資料を探したり、実技の課題のグループは先生に許可を取って野外に出たりしています。

 グループ研究の発表会まであと五日。
 それぞれのグループは、まとめに入っているようでした。
 私達ももうすぐまとめに入るので、手分けして必要な本を探します。
 「魔法心理学」「魔法原理」「魔力の上げ方」「魔力の性質」などなど。
 私達の課題は専門用語が多くなりそうなので、なるべく難しい言葉を使わずに、わかりやすくまとめたいと考えています。
 それにはリィちゃんもカイト君も賛成してくれて、レポートのための資料と辞書を何度も読み返しています。

 あれ?そういえば、魔導具の本は無い……?
 科が違うから置いてないだけなのかな?

 図書室には毎日のように来ているので、どんな本がどこにあるのか大体覚えています。
 いまさらながら、魔導具に関しての本がないことに気がつきました。

 ライゼンさんから聞いた魔導具のお話は、とてもおもしろくて、魔法とは違った興味がむくむくと湧いてきます。
 もっと知りたいけど、ここに資料がないなら仕方ないです。
 魔法技術に関係するものだから、魔法基礎しか習わない光組の図書室には置かないのかもしれません。
 あ、レガロお兄ちゃんなら何冊か持ってるかもしれない。
 レガロお兄ちゃんの部屋には、壁一面の本棚があって、いろんな本が収まっています。
 うん、今度レガロお兄ちゃんがお休みの日に訊いてみよう!


 必要な本と辞書を両腕で抱えて、席に戻ると、誰かが座っています。
 しかも、私の課題用のノートを開いて読んでいるようです。

 誰だろう?
 組の子達じゃないし…違う組の子かな?

 ノートには、図書室で勉強した魔法のことをメモのように書き留めています。
 なので、まとまりもなく、あっちこっちに答えが飛んでいたりするので、私以外の人にはとても読みづらいものだと思います。
 内容は見られて恥ずかしいものではないけど、そのまま読まれるのもちょっと嫌だなと思ったので、声をかけてみました。

「あの…」

 声をかけられたその人は、びっくりした顔で私を見ました。
 その人は、男の子か女の子か見ただけでは区別がつきませんでした。

「……ごめんなさい。これは、君の?」
「う、うん。えと…あなたは?私はクリス」

 その人は少し困った顔をしました。
 それに首を傾げると、その人は席を立ってノートを返してくれました。
 私よりもちょっとだけ背が高くて、男子用半ズボンをはいているから、男の子…でしょうか。

「ごめんね。僕は、ちょっと理由があって名前は言えないんだ」
「そうなの?」
「うん」

 悲しそうに笑うから、それ以上訊くことができませんでした。
 男の子は、周りをきょろきょろして、また私を見ます。
 その目は何かを見定めるような目でした。

「君は魔法のことをよく勉強しているんだね」
「あ…えと…。わからないことばかりで、まだまだだよ」

 困り笑いをすれば、男の子はちょっとだけ目を細めました。
 すると、手を伸ばしてきて、額をちょんっと突かれます。
 急なことにびっくりして後ずさると、男の子は小さく笑いました。

 今、私の中から魔力が男の子へ流れたように感じました。
 それは、意識もせず、ただ一方的に男の子から奪われたような感覚でした。

「君の魔力は不思議な性質を持っているね?これはおもしろそうだ」
「え…」

 男の子の言葉にびっくりしながら、怖いと感じました。
 自分にしかわからないはずの魔力を「知っている」と言う人が急に現れたら、誰だってそう感じると思います。
 男の子はにこにこしたまま、私を見つめています。

「…私の魔力がわかるの?」
「そうだよ。僕の魔力の性質はちょっと特殊でね。他人の魔力を知ることができるんだ」

 そんな性質を持つ魔力があるなんて驚きです。
 さっき魔力が男の子に流れたのは、その性質のせいということでしょうか?

 魔力についてたくさん本を読んだつもりだったけど、知らないことはまだまだあるんだなと思わされました。
 きっと、この男の子が言うように、それは特殊であまり例のない性質なのだと思います。
 私も特殊な性質の一つかもしれないとカイト君に言われましたが、それがまだどんなものなのかわかりません。

 ……聞いてみても、いいのかな?

 わからないことは、調べる、聞く、考える。
 レガロお兄ちゃんの教えです。
 聞ける人がいるのなら、聞いてみることも一歩だと教えてくれました。
 でも、私の中の何かが男の子から距離を取るようにと警戒をします。

 探るようにじっと見つめれば、男の子はただにこにこしています。

 名前を言えない、どこの誰なのかわからない男の子。
 にこにこ笑ってはいるけど、それは心からの笑顔ではない気がしました。
 真っ白な髪と相反するような黒色に見える目が男の子を不思議な雰囲気にしているように思います。
 なんだかそのまま男の子の空気に飲み込まれそうな感覚になっていきます。

 怖さを感じながらも勇気を出して魔力について聞こうとしたその時、後ろから声をかけられました。

「クリスちゃん、どうしたの?」

 気がつけば、リィちゃんが不思議そうに私の顔を見ています。
 隣にはカイト君がいて、首を傾げています。
 二人のその視線から、男の子について聞かれてるんだと思いました。

「お友達が来ちゃったね。僕は帰るよ」
「えっ、待って」

 男の子の方に振り返ると、そこには誰もいませんでした。

 あれ?耳元で聞こえた気がするのに。
 もう帰っちゃったの?

 呆然と男の子がいたところを見つめていると、リィちゃんがまた不思議そうな顔をします。

「クリスちゃん、誰かと一緒にいたの?独り言?」
「え?うん?さっきまで男の子が隣にいたよ。でもリィちゃん達が来たから、帰るって…」
「? 私が呼んだ時、一人だったわよね?カイト、誰かいた?」
「クリスしかいなかったと思うけど」

 その言葉に、固まってしまいました。
 リィちゃんとカイト君にはさっきまで私の隣にいた男の子が見えていなかったから。
 信じられなくて、戸惑いながら確認するように二人に説明します。

「えっと…いたよ?名前は聞けなかったけど、私よりもちょっとだけ背が高くて、真っ白な髪の男の子…」
「…真っ白な髪?」

 カイト君の目はびっくりを通り越して、どこか焦りがありました。
 その様子にびっくりしながら、リィちゃんと目を合わせます。

「そいつの目の色は?」
「え?えと、黒色…かな?」

 間近で見てないから黒じゃないかもしれないけど、見つめられたときは、その色に吸い込まれそうでちょっとだけ怖かったです。

「……やっぱり」

 カイト君は、苦しげに顔を歪ませて何かを考えていました。
 リィちゃんと私は、そんなカイト君の様子をただ見ていることしかできませんでした。



 その後カイト君が途中で「悪い、ちょっと行ってくる」と言って出て行ってしまい、リィちゃんと二人でレポートをまとめることになってしまいました。
 古代文字と魔法文字は読めるカイト君に任せることが多かったので、辞書を開きながらのレポート作成はとても時間がかかってしまい、完成できませんでした。

 むむむ。カイト君に頼りすぎていました。
 私も古代文字と魔法文字が読めるように勉強しよう。
 あと三日くらいで仕上げないと発表会に間に合わないから、明日は頑張らなくちゃ!

 「カイト君、本当にどうしたのかなぁ…」

 今日の授業も終わり、リィちゃんと教室で別れて、とぼとぼと学園の門まで歩きます。
 リィちゃんは寮のお掃除当番があるみたいで、急いで帰ってしまいました。
 カイト君は授業が終わっても帰ってきませんでした。
 リィちゃんも、お昼休みに寮や行きそうなところを探しましたが、見つけることはできなかったそうです。
 ケンカの時とは違う、カイト君の不在にまた少しさみしくなりました。

 カイト君の様子が変わったのは、図書室で会った男の子のせいなのかな。

 あの子は一体誰だったんだろう?
 リィちゃんにもカイト君にも見えていなかったということは、普通の人間ではないってことだよね?
 でも、どうして私には見えていたのか、わからない。

『君の魔力は不思議な性質を持っているね?』

 不意に男の子の言葉を思い出して、身震いしました。

 どうしてだろう?
 なんだか怖いと思ってしまいました。




 真っ白な髪の、黒い目をして笑っていた男の子を。




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