クリスの魔法の石

Nao.

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

28. 尊敬する友人

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 僕はグランツ学園教育科空組九年生のレガロです。
 主に魔法紋章術と魔法史学の勉強をしています。
 他にもいろいろと勉強していますが、ほぼ自己満足と趣味のようなものなので説明は割愛します。

 僕には、尊敬する父と母、兄、かわいい妹がいます。
 自警団団長の父は、とても強い人です。魔法はもちろん、剣も扱えるオールマイティな実力者です。
 母は、元々「深霧の森」の聴き手で、父と結婚した今でも、森の精霊の聴き手として、その力を用いています。
 兄は、剣術が素晴らしく、父と互角か、その上を行くのではないかと言われるほどの実力者です。僕と同じく妹を溺愛しています。
 かわいい妹は、語りだすと止まらなくなるので、簡潔に言えば、本当にかわいいです。天使です。あの笑顔は何物にも代えられません。





 今日は休講日。趣味の研究も休みにして、久しぶりに部屋で本を読んでゆっくりしていると、かわいい妹クリスが訪ねてきた。

「お兄ちゃん、いいかな?魔導具の本ってある?」

 ノックした後に、ぴょこっと扉の隙間から遠慮がちに顔をのぞかせる妹は、本当にかわいい。
 読書中だったけど、迷わずクリスを部屋に迎えた。

「あるにはありますが…魔導具に興味があるのですか?」

 魔導具と聞くと、無表情の友人の顔が浮かんでくる。
 彼は、魔導具研究科の神童だ。

「うん。前にライゼンさんがいろいろ教えてくれたの。だから、もっと知りたいと思って」
「ライゼンがですか?」

 今まさに思い浮かべていた友人の名を妹の口から聞くとは思わなかった。

 ライゼンは、年下の無愛想な友人で、僕の尊敬する人だ。
 魔導具研究に対する熱心さとそれに伴う知識は、飛び級している僕でも敵わない。
 それ以外にも様々な分野に渡る知識を持っていて、一体どうやってそれらを培ったのか謎だ。
 彼が知らないことは図書館に行ってもわからないと言われるほど、膨大な知識を保有しているのだ。
 年齢に合わない大人びた雰囲気も彼の謎を一層深めている要因の一つになっていると思う。

 そんな僕の友人ライゼンとクリスが出会っていたなんて。

「お兄ちゃんはライゼンさんと友達なんだよね?」
「ええ、そうですよ。科が違うので、なかなか会えませんが」
「なんかたくさん私の話をしてるって聞いたけど…」
「はい。ときどきクリスのことをライゼンに自慢しています」

 クリスはとても困った顔をして見つめてくるので、ライゼンに何か言われたのでしょうか?
 クリスを困らせているなら、ライゼンであっても許しませんよ?
 それにしても、あのライゼンが人にものを教えるなんて珍しい。

「クリスはライゼンといつ知り合ったのですか?」
「最初に会ったのは、学校にはじめて行った日だよ」

 ええっ!?そんな前に!?
 僕は聞いてないですよ!?ライゼン!

 いや、そうだ。
 彼はこちらから何か言わないと何も話さない人だ。
 それに、僕も妹の話はするけど、クリスの名前は出していなかった。これは仕方ない。

「それで、魔導具の本はある?」

 話が逸れてしまったので、首を傾げたクリスに再び問われた。

「あ、すみませんクリス。そうでしたね。僕は専門外なので詳しい本は持っていません。ですが、ライゼンに訊いてクリスに合う本を貸してもらいましょうか?」
「本当!?」

 ぱあっとクリスの顔が明るくなる。
 部屋の空気も一緒に明るくなったような気がするから不思議だ。
 クリスの周りにふわふわと花が飛んでいるような錯覚を見ながら、明日ライゼンを絶対捕まえようと心に決めた。

「約束します。待っていてくださいね」
「うんっ!ライゼンさんによろしくね!」

 クリスはそう言って、ぎゅーっと僕を抱きしめると部屋を後にした。
 今日も妹はかわいいと思うのだった。



 次の日、他の友人からライゼンの居場所を突き止めて捕まえることに成功した。
 ライゼンはなかなか捕まらない事が多いけど、今日は相当粘った。
 午前中のライゼンは忙しそうだったので、「昼飯の時間なら」と、その時に魔導具研究科の食堂で話すことになった。

「えっ!?クリスと遊んだことがあるのですか!?」

 本題に入る前にクリスの話をしていたら、「クリスと遊んだことがある」という聞き捨てならない言葉を言われた。
 どうやら、それ以降も会ったことがあるらしく、僕が話したことをクリスにしたら嫌がられたとも言った。

 ライゼンがクリスを抱っこした…!?

 ライゼン、意外と力がある…いや、クリスが天使のように軽いんですよね。
 いやいや、問題はそこじゃない。どうしてクリスと遊んだことがあるのか、だ。

 半分混乱しながらフォークを取り落しそうになったのをなんとか持ち直して、どうしてそうなったのか訊く。
 僕が質問をしないと、この友人は何も話してくれないから。

「いつ遊んだのですか?クリスは何も言っていませんでしたが」
「…魔導具を届けに行った日の翌日だ。大雨で馬車が出なかったから」

 ええっ、そんな前に!?
 聞いてないですよ!?クリス!?

 昨日のクリスの話では全くそんなことを言っていなかったので、驚いてしまった。
 ん?なんかライゼンに対しても同じような反応をしたような気がする。

 ライゼンとクリスが遊んだと言うあの日は、みんな用事でクリスは留守番だった。
 クリスも学校へ連れて行きたかったけど、転移魔法だと魔力の弱いクリスが魔力の波につぶされてしまう。
 だから、あの日は申し訳なく思いながら僕だけ学校に行ったのだ。
 確かに、父からライゼンが来ていたとは聞いていたけど、まさかクリスと遊んでいただなんて、夢にも思わなかった。
 話してくれなかったのは、傍にいてあげられなかった僕達へのクリスなりの気遣いでしょう。

「お礼が遅くなりましたが、クリスと遊んでくれてありがとうございます」
「……」

 ライゼンは黙って頷く。
 その顔がどこか微笑んで見えて、とても驚いた。
 いつも無表情で無口の彼が、そのような顔を見せるのは異常と思うほど珍しかった。
 というか、嫌な顔をするのは何度か見たことがあったけど、笑うところなんて今まで一度も見たことはない。
 それほど、クリスと遊んだ時間は楽しかったのでしょうか?

「ライゼンもクリスのかわいさにメロメロになりましたか?」
「? メロメロ?」

 首を傾げるライゼンに、口元が緩んでしまう。
 その仕草がクリスに似ていたから。

 クリスはわからないことや不思議に思うことがあると、首を傾げる癖がある。
 その仕草がとてもかわいくて、ついつい、いろいろ教えてしまうのだ。
 それを無表情のライゼンがすると、また違ったかわいさがあるなと思ってしまったのは秘密にしておきましょう。

「言い方を変えますね。クリスのこと、好きになりましたか?」
「……ああ」

 えっ、冗談で言ったつもりだったのに。

 少し間があったけど、素直に頷くライゼンにまた驚く。

 本当にどうしたのでしょう?
 隣にいる彼はライゼンなのでしょうか?

 ライゼンは基本的に人と関わらない。遠目で見ても人間嫌いが滲み出ている。全く目を合わせないのだ。
 僕だって、ここまで話せるようになるまで数ヵ月かかった。
 師のクレスト様ともあまり言葉を交わさないようだから心配していた。
 もっと積極的になってくれればいいのにと思っていたけど、このライゼンの変わり様。
 さっきの首を傾げる仕草も、以前の彼なら絶対しなかった。
 感情表現の幅が広がっているような気がする。
 これもクリスのおかげなのでしょうか?

「クリスは、素直で純粋だな。だが…ときどき、大人のような発言をする」
「おや。なかなかわかっているじゃないですか。ええ。クリスの魅力の一つです。かわいいだけでなく、頭もいいでしょう?この前グループ発表があったみたいで、本人は満足していませんでしたが、その内容はもう本当に素晴らしくて、それから…」
「妹話は遠慮する」

 すっぱりと断られて、肩を竦める。

「レガロ、妹話のために私を呼んだのなら、もう行く」
「ああ、すみません。ライゼン、違うんです。お願いしたいことがあるんです」

 不機嫌になって席を立つライゼンを慌てて引き止める。
 引き留める姿が余程必死に見られたのか、ライゼンは静かに席に座った。

「ライゼン。クリスに魔導具の話をしたそうですね。クリスがとても興味を持っているので何か魔導具に関する本を貸してくれませんか?」
「……」
「クリスに合ったものがあれば一番いいのですが……やはりクリスには難しいですか?」

 そう言うのも、魔導具というのは、ただ素材に魔法を込めれば魔導具になるという簡単なものではないのだ。
 僕も挑戦したことはあるけど、まったく駄目だった。
 これは、ある種のセンスと多くの経験が必要だと思う。

 それに魔導具は、魔法のように無限の可能性がある。
 作り手や込める魔法、素材によっても、一つ何かが違えば、まったく別のものができる。
 どんな魔法を掛け合わせて、どんな素材を使えば、どんな魔導具ができるのか。その知識と技術も要求されるのだ。
 それは、並みの努力では作れないということを示している。

 それもあって、魔導具を作る者は自分の魔力に合った魔導具を作ることが多い。訊けば、何かに特化した魔導具が多いらしい。
 それらを網羅している本はなかなか無いし、もしそんな本があれば国宝ものだ。

 クリスでもわかりやすい本は無いかもしれませんね…。

 思わずため息を吐くと、ライゼンは一点を見つめて、何かを考えているようだった。

「……」
「……」

 その様子を見ていたら、黙って頷いたかと思うと、すぐにポケットからメモを取り出し、迷うことなくいろんな本のタイトルをメモ用紙に書き連ねていく。
 その一連の動きを見て、驚くばかりだ。
 一体何冊分書くつもりなのでしょう。メモを見る限り、十冊は余裕で超えている。

 ライゼンは一通り書き終えると、そのメモを渡してきた。

「難しい本もあるが、順を追って読めばクリスにも難しくはない。このメモにある本は学園の魔法樹図書館にあるから借りてくるといい。その他の本は私が用意する」

 本当に目の前の彼はライゼンなのでしょうか。
 そう疑ってしまうほど、ここまで人に世話を焼く彼を見たことがなかった。
 しかも、いつもより、ものすごく饒舌だ。これでも。

「ライゼン、ありがとうございます。ですが、一年生は魔法樹図書館の利用ができません。それに、このタイトル、見たところ制限付の本や禁帯出の本などもありませんか?」

 メモには、見たことのある本があった。
 その中に図書館から持ち出し禁止の本が数冊あるのだ。
 これは許可を取って図書館で読むしかない。
 しかも、この最後の本の「魔導具素材大全・初版」は魔導具研究科の先生しか読めない本ではないでしょうか?

 これは困った。
 せっかくライゼンがここまでしてくれたのに。
 クリスにも読ませてあげたいのに。

「…わかった。では、私の本を貸す」
「も、持っているんですか!?」

 このメモの本を全部!?

 思わず叫んでしまった私の問いに、ライゼンは当然のように頷く。
 もう驚きを通り越して言葉が出ない。
 こんな専門的で難しい本は、なかなか手に入らないものだ。
 しかも絶版になっていたり、原稿がほとんど焼失・紛失したものもあり再版不可能な本もある。
 だから学園の図書館では禁帯出なのに。
 そんな本をすべて持っている彼は、つくづく謎多き人だと改めて思う。

「大きな本ばかりだから、クリスには重いかもしれないな…。転移魔法で家に届けるか…いや、それだと本の封が解ける可能性もある…」

 ライゼンは僕の驚きなど気にもせずに、どうやってクリスに本を貸すか考えているようだった。

 もう、気にしないことにしよう。
 ライゼンが僕の想像を遥かに超えていることはわかっていたことじゃないか。
 それらすべてを含めて、彼を尊敬しているのだ。

「レガロ、クリスに伝えてくれ。楽しみにしておいてくれと」
「はい、ライゼン…」

 今まで見たこともない微笑みを向けられて、それしか言えなかった。

 果たしてクリスは魔導具にここまで興味を持っているのでしょうか?
 軽い興味程度なら、この本諸々はいろんな意味で重すぎる。

 メモのタイトルを見ながら、大きなため息をつくしかなかった。



 その日、帰ってきた僕に抱きつくように出迎えてくれたクリスにライゼンが本を貸してくれることを伝えたら、とても喜んでいた。



 ……本の内容は伏せてしまったけど。


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