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第1章 ◆ はじまりと出会いと
33. ハラハラな料理実習⑤
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ハンバーグを食べ終えた頃、エヴァン先生が帰ってきました。
「みんな、上手にハンバーグはできましたか?」
『は~い!』
みんなはエヴァン先生に元気よく返事をします。
口々に「おいしかったぁ」とか「でっかいの作った!」とか、思い思いに自分達が作ったハンバーグを褒めます。
うん、うん。本当においしかったよね。
自分達で作ったっていうのもあって、とてもおいしく感じました。
私もこっそり心の中で作ったハンバーグを褒めます。
にこにことしていると、エヴァン先生と目が合いました。
先生は何かに気がついたようで、ちょっと苦笑いをしましたが、すぐに何事もなかったかのような顔でギル先生のもとに行ってしまいました。
先生のその表情に首を傾げていると、フェルーテちゃんがため息をついて言います。
『まあ、そうよね。クリスったら、自分のために使わなかったんだもの』
「? え?何のこと?」
いつの間にか肩に乗っていたフェルーテちゃんを見ると、呆れたような顔を向けられました。
『もうクリス、忘れたの?わたし、妖精のキスをあげたわよね?』
「え、うん。そうだね?」
フェルーテちゃんが頬にキスをくれた、それは妖精の小さな祝福魔法。
そんな幸せな魔法、忘れるわけないよ。
普通に返したつもりだったのですが、フェルーテちゃんは信じられないという顔で見つめてきます。
それは、「怒っている」「驚いている」、いろんな感情が混ざった顔です。
『えっ、ちょっと!まさか無意識なの!?』
そう叫ぶように言われて、ちょっと引いてしまいました。一体何の事だかわかりません。
どうしてフェルーテちゃんがそんなに怒っているのか、わからなくて訊こうとするとギル先生とエヴァン先生が手を叩きました。
「はい、みんなの評価を返します。グループの代表者は取りに来てくださいね」
エヴァン先生がそう言って、グループの代表者にてきぱきと評価を渡します。
受け取ったグループは、点数を見て「うわー厳しー!」と叫んだり、落ち込んでいたりしていました。
「五十七点!?えーっ、先生の評価辛口すぎだろぉ~」
ハーツ君が嘆きながら、評価の紙を見ています。
ハーツ君のグループのハンバーグはとてもおいしくて見た目もよかったのに、その点数!?
こ、これは私達のグループも覚悟をしておかなければいけません…。
私達のグループは、私が取りに行くことになりました。
「クリスさん。時間ギリギリだったそうですね」
「…はい…」
ちょっとだけ俯けば、エヴァン先生がくすりと笑います。
その笑みにまた首を傾げそうになります。
黙って評価の紙を受け取って、グループのみんなで点数を見れば、みんな同時に目を丸くしました。
「……八十一点…」
それは、私達のグループにとって思った以上に高い点数でした。
高すぎて見間違いかと思ったくらいです。
「えーと…点の付け間違いではないですわよね?」
アイリーナちゃんがそう言うのも無理ないです。
ハーツ君たちのグループが五十七点で、私達のグループが八十一点だなんて、「逆なのでは?」と疑ってしまいます。
だって、三十点とか、二十点とか…とにかく、単位を落とすくらい低い点数かもしれないと思っていたんです!
あれだけ食材集めに時間がかかり、調理時間もギリギリでした。
しかも、食材を持ってこれたのはお肉だけで、サラダやスープの食材は他のグループのものです。
それなのに、この高評価。
びっくり以外にどう反応したらいいのでしょう。
点数の下の欄には細かい評価項目が並んでいて、見た目や味、魔法や調理法など十六項目あります。
評価は先生と他のグループがそれぞれ五点満点で付けて、その評価の得点に応じて点数に換算されます。
私達は、その他のグループからの評価と先生たちの評価を見て、またびっくりしました。
他のグループからの評価は、普通、もしくは中の下くらいの評価で、満点の項目は一つもありませんでした。
まあ、みんなの食材を使ったので当然と言えば当然です。
でも先生からの評価は十六項目中十項目が満点で、その他の項目も四点という高得点でした。
「これって…逆に怖いんだけど…」
グループの子が呟きます。
その隣の子も小さく頷いていて、この評価に疑問を感じているようでした。
私も首を傾げながらエヴァン先生を見ると、にっこり笑っていました。
その隣では、ギル先生が「うん、うん」と頷いています。意味がわかりません。
「みんな、料理実習はどうでしたか?点数が厳しいと思う人もいるかもしれません。その点数は、みんながどう料理に向き合ったかを示しています」
エヴァン先生が優しくそう言うと、ハーツ君が席を立ちます。
その目は納得していないようで、先生を睨みつけています。
「先生、俺達のグループは見た目も味も調理法だって自信があったぞ!なのに、なんでこんなに評価が低いんだ!?」
「私達のグループだって、おいしく作りました。なのに先生の評価は低くて…納得できる説明をください」
「そうだよ!エヴァン先生は僕達が作ってるところ、全然見てないじゃん!」
ハーツ君が納得できないと言うと、ハーツ君のグループ以外のグループの子達もエヴァン先生に噛みつきます。
その様子にギル先生が困った顔をします。すると、ぎくりと肩を震わせました。
隣のエヴァン先生がにっこりと笑ったかと思うと、「ちょっと黙ってくれますか」と低い声で言ったからです。
気のせいでしょうか…エヴァン先生の後ろに黒いもやが見える気がする。
そう錯覚するほど、その雰囲気は怖いものでした。
『…あーあ。怒らせちゃったわね』
私の肩の上のフェルーテちゃんがため息をつきながら言いました。
うん、エヴァン先生、ものすごく怒ってます。
これは準備室の時よりも怖い…。
「…言わせてもらいますが、みんなはこのハンバーグ、ただレシピを見ながら作っただけですよね?材料だって食堂からもらってきただけ。私が見ていないと思っていましたか?残念でしたね、学園には私の『目』がたくさんあるので、みんなの行動は全部知っていますよ」
エヴァン先生の言葉に冷や汗をかきます。
確かにみんなの言うとおり、エヴァン先生はみんながどうやって調理をしていたか、食材を集めてきたか、ほとんど見ていません。見ていないはず、です。
でも、先生はみんなの行動を全て知っている。
これがどんなにすごいことなのか、そのことに気がついた子は何人いるのでしょうか…。
エヴァン先生の「目」って…もしかして、妖精さん達の事なのかな…?
そうだとしたら、あの準備室の樹は妖精さん達と繋がっているのかもしれないです。
それとも、あの樹自体が妖精さん?
エヴァン先生は、自分が放つ空気で体を固くしているみんなにさらに言います。
「料理は、ただ食材を集めて調理するだけではありません。そこには『意志』が必要です。みんなは何を思いながらハンバーグを作りましたか?点数のためだけに作ったのなら、それは私の言う料理ではありません。何の実りもないただの作業にしか過ぎない」
先生の突き刺すような言葉に、みんな言葉が出ません。納得できるような、できないような、複雑な顔をしています。
私は、エヴァン先生が言いたいことがちょっとだけわかったような気がしました。
そうだった。調理で忘れていたけど、これは魔法実技の授業でした。
エヴァン先生が言った「意志」、それは魔法を使う時にも必要なものです。
何を想って、何を望んで魔法を使うか。
それはほとんど自分のためかもしれない。だけど、それだけじゃダメなんだ。
そこにある「意志」も大切にしなきゃいけないんだ。
その時私の中に、すとんっと何かの答えがはまったような気がして、心が満たされた気がしました。
でもそれはほんの一瞬のことで、その感覚はすぐに消えてなくなってしまいましたが。
こうして、料理実習はハラハラしながらも、どうにか無事に終えることができました。
最後の最後でエヴァン先生の本気の怒りを見たときは、みんな何も言えず、受け取った評価にそれぞれ思うところがあったようですが、納得せざるを得ませんでした。
私も、もらった高評価と小さな戸惑いに疑問を持ちましたが、無理矢理納得をしました。
その日の放課後、エヴァン先生が私達のグループを呼び出しました。
こ、これはお叱りを受けるに違いないと、びくびくしながらアイリーナちゃん達と調理室へ行くと、先生は笑顔で迎えてくれました。
想像していたのとは違った先生の雰囲気に、私達は拍子抜けしてしまいました。
「アイリーナさん達の料理はとてもよかったです。食材集めは目に余るところはありましたが、きちんとその手に最大限の物を得てきました。そして、調理に『意志』が溢れていて、とてもよかったです」
エヴァン先生は、八十一点の高得点と先生の高評価は、先生の言う「料理」ができていたからと言ってくれました。
みんなで協力して、それぞれ自分にできることを見極め果たす。
それは、自分のためだけじゃない。
みんなで一緒に一つの物を作り上げたいという「意志」がありました。
あの高評価はそういうことだったなんて…。
高評価だった理由はわかりましたが、まだ納得できないことがあります。
だって、他のグループの子達の点数があんなに低いのはなんだかおかしいです。
あんなにも見た目も味もよかったのに…キラキラして、とてもおいしかったのに…。
そこに「意志」がないとは思えませんでした。
あの時先生がみんなに言った言葉は厳しくて、ハンバーグの出来とちぐはぐな評価にやっぱり疑問に思うしかありませんでした。
そう思ったのですが、アイリーナちゃん達が戸惑いつつも、うれしそうに笑っていたので、それを口にはしませんでした。
「では、ここからは少しお説教です。アイリーナさん達はどうして学園の外にまで食材を探しに行ったのですか?」
エヴァン先生は、お説教と言うには優しい声でアイリーナちゃん達に訊きます。
アイリーナちゃんは、一瞬顔を歪めましたが、小さく深呼吸をしてぽつりと答えました。
「もちろん学園でも食材は集まりますわ。…でも、もっといいものが欲しかったのです」
申し訳なさそうに話すアイリーナちゃんの目にはジワリと涙が見えます。
他の子達も、申し訳なさそうに頷いています。
その様子に、エヴァン先生は小さくため息をつきました。
「もっといいものをと言うのはわかります。しかし、もう少し考えてほしかったです。もし、食材が手に入らなかったら?時間に間に合わなかったら?」
「……はい…」
「ですが、私も学園の外に出てはいけないと言いませんでした。それは私の非です…ごめんね。みんなが無事に帰ってこれてよかったです」
エヴァン先生は苦しそうに笑い、アイリーナちゃんの頭を撫でました。
されるがままのアイリーナちゃんは、ぽろぽろと目から涙があふれて、とうとう声をあげて泣いてしまいました。
それに釣られて他の子達も泣いてしまいます。
突然のことにびっくりしてオロオロしていたら、アイリーナちゃんが泣きながら言いました。
「ご、ごめん、なさ…っい。はん、ばー…っぐ、きらい、だ、ったの…っ」
え?
ええええええっ!!?
アイリーナちゃんの衝撃の告白に、エヴァン先生と一緒に目を丸くしました。
まさか、ハンバーグが嫌いだったなんて、思ってもみませんでした。
いえ、誰でも好き嫌いはあるよね…。
それでも、ハンバーグが嫌いな子に今まで会ったことはなかったです…!
先生もびっくりしながら、「そうか」とか「失敗した」とか呟いています。その顔は、なんだか落ち込んでいるように見えます。
そうして、みんながあまりにも泣くので、落ち着くまで私と先生は紅茶とお菓子を用意しました。
しばらくすると、紅茶とお菓子の香りでみんなが落ち着いてきて、学園の外に行った理由を詳しく話してくれました。
「みっともないところをお見せしましたわ。実は私…ハンバーグを見たことはありますが食べたことはありませんでしたの。あの黒い塊が、なんだか泥団子に見えてしまって…」
アイリーナちゃんによると、嫌いなものだけど作らないと点数にならない…なら、ハンバーグにしても我慢できる最高のお肉を調達しようということで、街に出たそうです。
他の子達も、最高のお肉でハンバーグが作れるのならと、アイリーナちゃんの案に乗ってしまったそうです。
ええと、要するに、アイリーナちゃんの食わず嫌いが発端だったということなのですね…。
「身勝手だったということは承知しています。本当にごめんなさい…」
「先生も悪かったです。まさか、ハンバーグが苦手な子がいたなんて…もっと考えてメニューを決めればよかったですね」
お互いに謝れば、自然と笑みがこぼれます。
アイリーナちゃん達は私にも改めて謝ってくれました。
それからエヴァン先生は「これでもうお説教は終わり」と言って、用意した紅茶をカップに注いでくれました。
その紅茶は、はちみつ色でとても甘い香りのする、気持ちをほっとさせてくれる優しいものでした。
クッキーをつまみながら紅茶を飲む、そんな穏やかなひと時は、アイリーナちゃん達と打ち解けるのにそう時間はかかりませんでした。
「クリスさん、同じグループで料理ができてよかったですわ。よろしければ、友達になってくださらない?」
「うんっ、もちろんだよ、アイリーナちゃん!よかったら、気軽にお話ししよう?もちろん、呼び捨てで呼んでね」
「ええ、クリス。ありがとう」
アイリーナちゃんとぎゅっと握手をすれば、きれいな笑顔が返ってきて、うれしくなります。
エヴァン先生もそんな私達を優しく見つめていました。
後日、アイリーナちゃんからハンバーグが大好物になったと聞かされてびっくりすることになります。
嫌いなものが好きになるなんて、何がきっかけで起きるかわからないなと思いました。
「みんな、上手にハンバーグはできましたか?」
『は~い!』
みんなはエヴァン先生に元気よく返事をします。
口々に「おいしかったぁ」とか「でっかいの作った!」とか、思い思いに自分達が作ったハンバーグを褒めます。
うん、うん。本当においしかったよね。
自分達で作ったっていうのもあって、とてもおいしく感じました。
私もこっそり心の中で作ったハンバーグを褒めます。
にこにことしていると、エヴァン先生と目が合いました。
先生は何かに気がついたようで、ちょっと苦笑いをしましたが、すぐに何事もなかったかのような顔でギル先生のもとに行ってしまいました。
先生のその表情に首を傾げていると、フェルーテちゃんがため息をついて言います。
『まあ、そうよね。クリスったら、自分のために使わなかったんだもの』
「? え?何のこと?」
いつの間にか肩に乗っていたフェルーテちゃんを見ると、呆れたような顔を向けられました。
『もうクリス、忘れたの?わたし、妖精のキスをあげたわよね?』
「え、うん。そうだね?」
フェルーテちゃんが頬にキスをくれた、それは妖精の小さな祝福魔法。
そんな幸せな魔法、忘れるわけないよ。
普通に返したつもりだったのですが、フェルーテちゃんは信じられないという顔で見つめてきます。
それは、「怒っている」「驚いている」、いろんな感情が混ざった顔です。
『えっ、ちょっと!まさか無意識なの!?』
そう叫ぶように言われて、ちょっと引いてしまいました。一体何の事だかわかりません。
どうしてフェルーテちゃんがそんなに怒っているのか、わからなくて訊こうとするとギル先生とエヴァン先生が手を叩きました。
「はい、みんなの評価を返します。グループの代表者は取りに来てくださいね」
エヴァン先生がそう言って、グループの代表者にてきぱきと評価を渡します。
受け取ったグループは、点数を見て「うわー厳しー!」と叫んだり、落ち込んでいたりしていました。
「五十七点!?えーっ、先生の評価辛口すぎだろぉ~」
ハーツ君が嘆きながら、評価の紙を見ています。
ハーツ君のグループのハンバーグはとてもおいしくて見た目もよかったのに、その点数!?
こ、これは私達のグループも覚悟をしておかなければいけません…。
私達のグループは、私が取りに行くことになりました。
「クリスさん。時間ギリギリだったそうですね」
「…はい…」
ちょっとだけ俯けば、エヴァン先生がくすりと笑います。
その笑みにまた首を傾げそうになります。
黙って評価の紙を受け取って、グループのみんなで点数を見れば、みんな同時に目を丸くしました。
「……八十一点…」
それは、私達のグループにとって思った以上に高い点数でした。
高すぎて見間違いかと思ったくらいです。
「えーと…点の付け間違いではないですわよね?」
アイリーナちゃんがそう言うのも無理ないです。
ハーツ君たちのグループが五十七点で、私達のグループが八十一点だなんて、「逆なのでは?」と疑ってしまいます。
だって、三十点とか、二十点とか…とにかく、単位を落とすくらい低い点数かもしれないと思っていたんです!
あれだけ食材集めに時間がかかり、調理時間もギリギリでした。
しかも、食材を持ってこれたのはお肉だけで、サラダやスープの食材は他のグループのものです。
それなのに、この高評価。
びっくり以外にどう反応したらいいのでしょう。
点数の下の欄には細かい評価項目が並んでいて、見た目や味、魔法や調理法など十六項目あります。
評価は先生と他のグループがそれぞれ五点満点で付けて、その評価の得点に応じて点数に換算されます。
私達は、その他のグループからの評価と先生たちの評価を見て、またびっくりしました。
他のグループからの評価は、普通、もしくは中の下くらいの評価で、満点の項目は一つもありませんでした。
まあ、みんなの食材を使ったので当然と言えば当然です。
でも先生からの評価は十六項目中十項目が満点で、その他の項目も四点という高得点でした。
「これって…逆に怖いんだけど…」
グループの子が呟きます。
その隣の子も小さく頷いていて、この評価に疑問を感じているようでした。
私も首を傾げながらエヴァン先生を見ると、にっこり笑っていました。
その隣では、ギル先生が「うん、うん」と頷いています。意味がわかりません。
「みんな、料理実習はどうでしたか?点数が厳しいと思う人もいるかもしれません。その点数は、みんながどう料理に向き合ったかを示しています」
エヴァン先生が優しくそう言うと、ハーツ君が席を立ちます。
その目は納得していないようで、先生を睨みつけています。
「先生、俺達のグループは見た目も味も調理法だって自信があったぞ!なのに、なんでこんなに評価が低いんだ!?」
「私達のグループだって、おいしく作りました。なのに先生の評価は低くて…納得できる説明をください」
「そうだよ!エヴァン先生は僕達が作ってるところ、全然見てないじゃん!」
ハーツ君が納得できないと言うと、ハーツ君のグループ以外のグループの子達もエヴァン先生に噛みつきます。
その様子にギル先生が困った顔をします。すると、ぎくりと肩を震わせました。
隣のエヴァン先生がにっこりと笑ったかと思うと、「ちょっと黙ってくれますか」と低い声で言ったからです。
気のせいでしょうか…エヴァン先生の後ろに黒いもやが見える気がする。
そう錯覚するほど、その雰囲気は怖いものでした。
『…あーあ。怒らせちゃったわね』
私の肩の上のフェルーテちゃんがため息をつきながら言いました。
うん、エヴァン先生、ものすごく怒ってます。
これは準備室の時よりも怖い…。
「…言わせてもらいますが、みんなはこのハンバーグ、ただレシピを見ながら作っただけですよね?材料だって食堂からもらってきただけ。私が見ていないと思っていましたか?残念でしたね、学園には私の『目』がたくさんあるので、みんなの行動は全部知っていますよ」
エヴァン先生の言葉に冷や汗をかきます。
確かにみんなの言うとおり、エヴァン先生はみんながどうやって調理をしていたか、食材を集めてきたか、ほとんど見ていません。見ていないはず、です。
でも、先生はみんなの行動を全て知っている。
これがどんなにすごいことなのか、そのことに気がついた子は何人いるのでしょうか…。
エヴァン先生の「目」って…もしかして、妖精さん達の事なのかな…?
そうだとしたら、あの準備室の樹は妖精さん達と繋がっているのかもしれないです。
それとも、あの樹自体が妖精さん?
エヴァン先生は、自分が放つ空気で体を固くしているみんなにさらに言います。
「料理は、ただ食材を集めて調理するだけではありません。そこには『意志』が必要です。みんなは何を思いながらハンバーグを作りましたか?点数のためだけに作ったのなら、それは私の言う料理ではありません。何の実りもないただの作業にしか過ぎない」
先生の突き刺すような言葉に、みんな言葉が出ません。納得できるような、できないような、複雑な顔をしています。
私は、エヴァン先生が言いたいことがちょっとだけわかったような気がしました。
そうだった。調理で忘れていたけど、これは魔法実技の授業でした。
エヴァン先生が言った「意志」、それは魔法を使う時にも必要なものです。
何を想って、何を望んで魔法を使うか。
それはほとんど自分のためかもしれない。だけど、それだけじゃダメなんだ。
そこにある「意志」も大切にしなきゃいけないんだ。
その時私の中に、すとんっと何かの答えがはまったような気がして、心が満たされた気がしました。
でもそれはほんの一瞬のことで、その感覚はすぐに消えてなくなってしまいましたが。
こうして、料理実習はハラハラしながらも、どうにか無事に終えることができました。
最後の最後でエヴァン先生の本気の怒りを見たときは、みんな何も言えず、受け取った評価にそれぞれ思うところがあったようですが、納得せざるを得ませんでした。
私も、もらった高評価と小さな戸惑いに疑問を持ちましたが、無理矢理納得をしました。
その日の放課後、エヴァン先生が私達のグループを呼び出しました。
こ、これはお叱りを受けるに違いないと、びくびくしながらアイリーナちゃん達と調理室へ行くと、先生は笑顔で迎えてくれました。
想像していたのとは違った先生の雰囲気に、私達は拍子抜けしてしまいました。
「アイリーナさん達の料理はとてもよかったです。食材集めは目に余るところはありましたが、きちんとその手に最大限の物を得てきました。そして、調理に『意志』が溢れていて、とてもよかったです」
エヴァン先生は、八十一点の高得点と先生の高評価は、先生の言う「料理」ができていたからと言ってくれました。
みんなで協力して、それぞれ自分にできることを見極め果たす。
それは、自分のためだけじゃない。
みんなで一緒に一つの物を作り上げたいという「意志」がありました。
あの高評価はそういうことだったなんて…。
高評価だった理由はわかりましたが、まだ納得できないことがあります。
だって、他のグループの子達の点数があんなに低いのはなんだかおかしいです。
あんなにも見た目も味もよかったのに…キラキラして、とてもおいしかったのに…。
そこに「意志」がないとは思えませんでした。
あの時先生がみんなに言った言葉は厳しくて、ハンバーグの出来とちぐはぐな評価にやっぱり疑問に思うしかありませんでした。
そう思ったのですが、アイリーナちゃん達が戸惑いつつも、うれしそうに笑っていたので、それを口にはしませんでした。
「では、ここからは少しお説教です。アイリーナさん達はどうして学園の外にまで食材を探しに行ったのですか?」
エヴァン先生は、お説教と言うには優しい声でアイリーナちゃん達に訊きます。
アイリーナちゃんは、一瞬顔を歪めましたが、小さく深呼吸をしてぽつりと答えました。
「もちろん学園でも食材は集まりますわ。…でも、もっといいものが欲しかったのです」
申し訳なさそうに話すアイリーナちゃんの目にはジワリと涙が見えます。
他の子達も、申し訳なさそうに頷いています。
その様子に、エヴァン先生は小さくため息をつきました。
「もっといいものをと言うのはわかります。しかし、もう少し考えてほしかったです。もし、食材が手に入らなかったら?時間に間に合わなかったら?」
「……はい…」
「ですが、私も学園の外に出てはいけないと言いませんでした。それは私の非です…ごめんね。みんなが無事に帰ってこれてよかったです」
エヴァン先生は苦しそうに笑い、アイリーナちゃんの頭を撫でました。
されるがままのアイリーナちゃんは、ぽろぽろと目から涙があふれて、とうとう声をあげて泣いてしまいました。
それに釣られて他の子達も泣いてしまいます。
突然のことにびっくりしてオロオロしていたら、アイリーナちゃんが泣きながら言いました。
「ご、ごめん、なさ…っい。はん、ばー…っぐ、きらい、だ、ったの…っ」
え?
ええええええっ!!?
アイリーナちゃんの衝撃の告白に、エヴァン先生と一緒に目を丸くしました。
まさか、ハンバーグが嫌いだったなんて、思ってもみませんでした。
いえ、誰でも好き嫌いはあるよね…。
それでも、ハンバーグが嫌いな子に今まで会ったことはなかったです…!
先生もびっくりしながら、「そうか」とか「失敗した」とか呟いています。その顔は、なんだか落ち込んでいるように見えます。
そうして、みんながあまりにも泣くので、落ち着くまで私と先生は紅茶とお菓子を用意しました。
しばらくすると、紅茶とお菓子の香りでみんなが落ち着いてきて、学園の外に行った理由を詳しく話してくれました。
「みっともないところをお見せしましたわ。実は私…ハンバーグを見たことはありますが食べたことはありませんでしたの。あの黒い塊が、なんだか泥団子に見えてしまって…」
アイリーナちゃんによると、嫌いなものだけど作らないと点数にならない…なら、ハンバーグにしても我慢できる最高のお肉を調達しようということで、街に出たそうです。
他の子達も、最高のお肉でハンバーグが作れるのならと、アイリーナちゃんの案に乗ってしまったそうです。
ええと、要するに、アイリーナちゃんの食わず嫌いが発端だったということなのですね…。
「身勝手だったということは承知しています。本当にごめんなさい…」
「先生も悪かったです。まさか、ハンバーグが苦手な子がいたなんて…もっと考えてメニューを決めればよかったですね」
お互いに謝れば、自然と笑みがこぼれます。
アイリーナちゃん達は私にも改めて謝ってくれました。
それからエヴァン先生は「これでもうお説教は終わり」と言って、用意した紅茶をカップに注いでくれました。
その紅茶は、はちみつ色でとても甘い香りのする、気持ちをほっとさせてくれる優しいものでした。
クッキーをつまみながら紅茶を飲む、そんな穏やかなひと時は、アイリーナちゃん達と打ち解けるのにそう時間はかかりませんでした。
「クリスさん、同じグループで料理ができてよかったですわ。よろしければ、友達になってくださらない?」
「うんっ、もちろんだよ、アイリーナちゃん!よかったら、気軽にお話ししよう?もちろん、呼び捨てで呼んでね」
「ええ、クリス。ありがとう」
アイリーナちゃんとぎゅっと握手をすれば、きれいな笑顔が返ってきて、うれしくなります。
エヴァン先生もそんな私達を優しく見つめていました。
後日、アイリーナちゃんからハンバーグが大好物になったと聞かされてびっくりすることになります。
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