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―― Chapter:Ⅱ ――
【014】予選会
しおりを挟む梓音の予選会当日の早朝が訪れた。
母がレモンの砂糖漬けと凍らせたスポーツドリンクをしまうのを、佳音は見た。
相変わらず無視されているが、運転席に座る母と助手席に座る弟の後ろ、後部座席になんとか陣取り、佳音は大人しくしていた。大会の朝はいつも集中していて沈黙する弟は、母とも佳音とも何も話さない。母はそれを分かっているから、今までであれば佳音に話しかけていたのだが、今回はそれもない。
会場に着き応援席へと向かい、母は顔なじみの別の保護者と並んで座って話を始めたので、少し離れた場所に佳音は陣取る。
刻一刻と開始時間が訪れる。
照りつけるような日光が、空をいつもより透明に見せている。
予選会がはじまり、梓音の順番が来た。
佳音は両手の指を組む。
――頑張って。
口の中で、音には出さずにそう反芻する。きっと、梓音ならやれる。そう念じながら、黒い瞳を真っ直ぐに弟へと向ける。スタートの合図が聞こえた。
――頑張って!
再度念じる。力強く走り出した弟の雄姿を視界に捉えながら、佳音はゴールを目指して進んでいく弟を見る。一位との差は僅差。
「あ」
弟が一位の生徒を抜き去った。そして、ぶっちぎりの一位に躍り出る。
そのまま一着でゴールした弟は、走り終わるとタオルで体を包んだ。佳音は満面の笑みに変わった。
「やったぁ!」
弟の才能が分かる。努力が報われたのが嬉しい。黒い短髪を揺らしている弟も、汗を流しながら嬉しそうにしている。母親も歓声を上げている。
こうしてこの日は、最高の予選会となった。
――無視されている事を除いたならば。
帰りの車内でも、弟は黙っていた。母も何も言わない。佳音は二人に話しかけてみたが、イヤホンをして音楽を聴いている弟には届かず、母は佳音を無視したままだった。
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