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―― Chapter:Ⅱ ――
【016】カフェ・アセンダント
しおりを挟む公園から出て暫く歩いた。
ベンチには、もう灰色の猫はいなかった。
ぽつりぽつりと、佳音が話しかけて嶺色が答える形で雑談をしながら進み、路地裏へと曲がる。するとそこには、いつも通学時に視界に入る、カフェ・アセンダントの看板があり、嶺色はその隣のドアから中へと入った。
店内は薄暗く、色々なところにランプと――空席だというのにカップが置かれている。
それを視線で追いかけていき、奥に一人客を見つけた瞬間、佳音は息を呑んだ。
「!」
そこには、交通事故に遭う直前に見た、灰色のローブのようなものを身に纏っている男が座っていたからである。透明なカップを前にしていて、横のポットにもカップにも、濃いピンク色のフレーバーティーが入っているようだった。本当に、死神のような見た目だ。
「おかえりなさい嶺色。あら、そちらは?」
すると椅子に座っていた女性が立ち上がった。
茶色に染めた長い髪をしていて、ジェルで伸ばした爪には星が描かれている。
「クラスメイト。七花だ」
嶺色は簡潔に答える。それから佳音を見た。
「俺の保護者。叔母の綾だ」
「はじめまして、七花ちゃん」
綾は赤が強いリップを塗った唇の両端を持ち上げる。嶺色に似ていて、端整な顔立ちをしていた。
「座って座って」
綾が自分の前の席を、佳音に示す。それからカウンターの奥にいた、白いシャツに黒いエプロンをしている青年を見た。
「高塔くん、カフェラテ出してあげて」
そう言ってから、綾が佳音に向き直る。
「カフェラテ、嫌いじゃないよね?」
「は、はい! 好きです」
「よかったぁ」
ホッとしたように綾が、嬉しそうな声を放つ。
「着替えてくる」
そう言うと嶺色は、カウンターの奥に消えた。それを眺めてから、またつい、灰色のローブのようなものを着た男性を見てしまう。するとその視線を綾が追いかけた。
「ああ、あれね」
綾の声には笑みが含まれている。
「ここは特別な場所だから、霊も人もそれ以外もお茶が飲めるのよ。そうじゃない時は、霊は基本的にはよっぽど怒ってるとかじゃないかぎり、単体の時じゃないと物質に影響を与えられないから、カップに触ったりはできないんだけれど、このカフェは特別なの。霊の場合は、普段は触った気になっているだけ。そういうモノもここではきちんと味わえるのよ」
当然のように語った綾を見て、佳音は瞠目する。
「幽霊……? あの灰色の服の人も?」
「まぁそんなようなものね」
「……いっぱいあるカップって、まさか幽霊のための?」
「そうよ。四六時中置いてあるの。霊は時間感覚も曖昧だから、カフェにいる時、昼なのか夜なのか分かってないけど、自分は今お茶を飲んでるとだけ理解している霊も多いのよ。
霊っていうのは、色々した気になっていて本人の中では整合性がとれてる。だもんだから、自分が死んでることとかに気がつかないんだよね」
呆然としながら佳音はそれを聞いていた。そこへ、嶺色が戻ってきた。シャツにクロエプロンの姿になっている。そちらを見たら、佳音の気分が切り替わった。いつもの制服姿とは異なる嶺色が、とても新鮮で格好良く見える。
嶺色は高塔からトレーを受け取ると、佳音の方へ運んできた。
そしてカップの水面にハートが描かれたカフェラテを、静かに差し出す。
「飲めよ」
「あ、ありがとう」
カップを受け取って、佳音は笑顔を浮かべた。
その後、嶺色は他の空席へと別のカップを運んで、佳音から見ると、宙に向かって独り言を発していたが、格好良いので佳音は気にしないことにした。いつにも増して真摯な嶺色の横顔に、ドキリとしていた。綾はその前で、あれやこれやと霊について語っていたが、佳音は聞き流しつつ、チラチラと嶺色を見てしまった。
「ご馳走様でした」
帰る頃には、佳音の気分が浮上していた。無視されていた事など気にならなくなってしまった。それくらい、カフェでの一時が、佳音にとっては楽しかった。
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