空気より透明な私の比重

水鳴諒

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―― Chapter:Ⅱ ――

【018】おにぎりの話

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 おにぎりの話を、誰かにしたくてたまらなくなる。夢では無いのだと、刻みつけたかった。佳音は、だから学校へと行くことにした。とはいえ、クラスメイト達は自分を無視するのだから、話を聞いてくれそうな心当たりは一人しかいない。

 水曜日、自由登校の本日も、別に授業に出る必要は無い。
 駆け上るように階段を進み、鍵が壊れている屋上へと出た。するとフェンスに背を預けて、上を向いて煙草を吸っている榛名の姿が今日もあった。

「榛名先輩!」

 明るい声を上げて、佳音は走り寄る。そして榛名の隣に立って、両腕をフェンスの上に載せた。

「聞いて。あのね、お母さんに実は最近無視されてたんだけど……仲直りできたみたいなの!」

 榛名は煙草を吸い込みながら、神妙な顔をしている。

「昨日さ、私やけになっちゃって、部屋を無茶苦茶にして、家出してたの。だけどそんなの無駄だと思って家に帰ったらね? おにぎりを作ってくれてて……手紙もあって……私、嬉しかった……」

 思い出すと、再び涙腺が緩みそうになる。
 その時、榛名が言った。

「七花」
「なに?」
「あんたはさ、いつも無理してた。でしょ?」
「え……」
「私には分かってたんだ」

 榛名はそう言うと、煙草を深々と吸い込む。それを見ながら、佳音は目を丸くした。

「先輩……」
「愚痴でもなんでも聞いてやるから……だから……」
「だから?」
「……」

 何かを言いかけた榛名は、煙草を吸い込むと、煙を長い間吐いていて、そのまま沈黙した。その瞳が、寂しげに見えた。

「先輩?」
「七花。私いつでもここで待ってるからね」
「うん。今日も先輩が聞いてくれたおかげで、すごく嬉しくなれた」

 大きく頷いた佳音は振り返ると、ドアを見る。

「私、またこれから頑張れそう。だから、今日はもう行くね。ありがとう、聞いてくれて」

 佳音はそう告げて、屋上を後にした。

 しかし――教室の風景は、残酷だった。誰もが佳音をいないように扱う。声をかけても、挨拶をしても、目を合わせてすらくれない。これならよほど、暴力を揮われた方がマシなのかもしれない。それならばまだ、自分を見てもらえていると分かる。

 先輩の優しさに振れた後だから、教室の、自分には無味な温度は落差がありすぎて、本当に……きつい。無意識に佳音は、嶺色の姿を探した。だが、彼の姿は無い。

「今日も公園にいるかな?」

 無意識に呟いてから、きっとそうだとハッとした。
 だから佳音は、さと瀬公園に行くことに決めた。

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