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―― 第一章 ――
【007】避難
しおりを挟む陥没したアスファルトには、巨大な足形がついており、歩くのが危ない。
走っている車の姿はなく、皆路肩に停車して逃げたか、あるいは車のままで市外への脱出を図った様子だ。アスファルトの下に土が見えた時、人工物も一皮剥がせば、そこには大自然があるのだなと、漠然と美緒は思った。
晴れ渡る空の下を歩き、家の赤い屋根が視界に入った時、壊れていないことに安心して、美緒は大きく胸を撫で下ろした。慌てて玄関へと向かい、鍵を開ける。するとテレビの音が響いてきた。聞き取る余裕はなく、念のため土足のままで、美緒は家の中へと入る。
するとおたまを片手に持った秋香が、テレビを見て立ち尽くしていた。
「お母さん!」
声をかけると振り返った秋香は、それからおたまでテレビのモニターを示す。
「ねぇ、これ、見て? テナガアシナガ災害だって」
「テナガアシナガ災害……」
その言葉に美緒はテレビを見る。すると確かに『テナガアシナガ災害』と大きく記載されたテロップと、会津若松市を踏みつけ、腕で蹂躙している手長足長の巨体が映し出されていた。
「これ、本当だと思う? 放送事故かな?」
「本当だよ! 外にいる!」
「さっき地震かなと思ったけど、もしかしてこれの足音だったわけ?」
「そうだよ! 早く逃げないと!」
「逃げるって、何処に?」
「えっ……と、学校とか病院とか」
秋香の素朴な疑問に対し、沙綾の受け売りを、美緒は答えた。
「ここからだと、会津栄高校・会津白虎小学校・あおば幼稚園・県立会津竹田医療センターあたり?」
「う、うん……でも高校は、その方向に手長足長が歩いていったから、止めた方がいいと思う」
「そうなの!? 美緒ちゃんが無事で本当によかった!」
驚いたように声を上げてから、おたまを持ったままで秋香が美緒を抱きしめた。
その力強い感触に、少しだけ落ち着いた。
背が高く細身の秋香の体はどちらかといえば硬いのだが、確かな温もりがある。
「昭吾は大丈夫かな……」
秋香が美緒の肩に空いている方の手をのせた。
「お母さん、行ってみようか? 避難所にもなってるかもしれないし」
「そうね。お財布とスマホがあればいいかな? 一応災害用のセットも持ってく?」
「うん。持っていくのがいいと思うよ」
「だね。あとはSNSのアイコンを『無事です』って変えておかないと」
「な、なるほど」
準備を始めてしまえば、秋香の方が手慣れていた。スマホを操作した彼女はポケットにしまうと、それから玄関の前の階段下から災害備蓄セットのリュックを取り出すと、それを背負う。最後にお財布を入れた横かけの鞄を身につけた。
「行こう、美緒ちゃん」
「うん」
こうして秋香も靴を履き、二人で並んで外へと出る。本日はいつもより暑いようで、長袖の黒いブレザーが熱を吸収している。
「ああ、本当だ。壊れてる」
秋香が右手を目の上に翳しながら、遠くを見た。
「それにあそこに、テレビで見たのとおんなじ怪物がいるね」
「……うん」
「美緒ちゃん、急ごう!」
二人で横断歩道を渡り、道なりに進む。それから二十分ほど歩いたところに、会津白虎小学校は建っていた。見れば校庭に児童達が避難している。幸いこちらも倒壊しなかった様子で、近隣の住人も校庭に座っている。
その光景に美緒は安堵し、校門へと向かう。先に秋香が中へと入り、美緒もそれに続いた。そして視線で昭吾の姿を探す。するとすぐに見つかった。
「昭吾!」
秋香が駆け寄る。
「お、お母さん! 今はみんなで避難してるんだから、大声で名前を呼ぶのはやめてくれよ!」
昭吾が恥ずかしそうに叫び返した。
美緒は、『避難』という言葉に、手長足長が気まぐれに手を伸ばせばこの校舎は簡単に壊れるし、こちらへ来て踏み潰せばみんなぺちゃんこであるから、校庭が安全な避難場所には思えず、鬱屈とした心地になった。
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