桜の木の下でイケメンとモブは何をするか。

黒猫と招き猫

文字の大きさ
18 / 23
本編

18.

しおりを挟む
 そして、段々と先輩の笑い声も乾いたものになっていき、途切れていった。
 深い深い、青い海の底の知れなさが、私を縛る。息がひゅっとなって、心臓が激しく波打つ。
 落ち着け、落ち着け、まだ何もばれていないのだから。私の平穏な日常は誰にも侵すことなどできはしないのだと、私が思い描く未来へ馳せる。

 右手を伸ばし、つかもうとしたが、何も触れることができずひどく苛まれた。

 「ねえ、なんで?」

 先輩の声が聞こえた。
 
 私にも、解らない。私の立場も、周りの思惑も、自分自身さえも何一つ本当の意味では知らないのだから。

 昨日のように、ちゃらちゃらしたものなんかより平坦で感情のこもらない声になぜだか心地よさを感じた。先輩の瞳は何もかも飲み込みそうで、ひどく落ち着かなくさせるけど、何者でもない私をただじっと見ていることには狼狽ではなく安堵した。冷たい水の中を泳ぐわけでもなく出来るだけ深いところでじっと身をひそめ、水を感じることは、離れがたい。

 「そういえば、君の名前は?」
 
 先輩は何も言わない私に焦れたようにそう言った。

 「私は、蓮水 凪紗」

 私の名前だ。再会した旧友の名を呼ぶように口に馴染む。

 「蓮水、聞いたことがないね。どこかの分家かな?」

 「いいえ、私は特待生です。ただの庶民です」

 「ふーん、でもそれだと皐月家の娘が敬語を使うはずがないのよね」

 「それは、私がそこの門下生だからでしょう。あの子より先に習いはじめましたので、その名残です」

 これも、嘘ではない。
 ここで重要なのは、先輩に納得してもらうことではなく、どうここから立ち去れるかだ。
 そもそも、私が何を言ったとしても信じてもらえる可能性は低い。

 「…確かに、皐月家の娘は諸事情があって習うのが遅かったというのは聞いたことがあるよ。でも、」

 考えあぐねいている素ぶりを見せる先輩にこの時間はやはり不毛だと、この場を終わすために先手をうつ。

 「それは、今話さなければならないほどそんなに重要ですか?」

 「いや?」

 さっきまで緊迫とした雰囲気は薄れ、
またあのふざけた態度をとる先輩に、やはり、と呆れた。

 「どうせ今話したところで信じないでしょうに、エセ尋問はやめて下さい」

 「エセって、心外な。これでも真面目に聞いていたつもりだよ」

 ケラケラと笑っていくる先輩の意図は全て読めたわけではないが、長いは無用だ。

 「それでは、これで私は失礼させていただきます。どうせ後から、ご自分で調べるのでしょうし」

 今度こそは、教室に戻ろうと先輩から視線を外す。


 歩き出した私に先輩は昨日のように問いかける。

 「君は、何者なんだろうね~」

 私は、蓮水 凪紗だ。それ以外の何者でもない。

 首から重さを感じなくて、教室へ向かう足を早めた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

処理中です...