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番外編①
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優斗の部屋の前。
璃空が一旦、足を止める。
ドクン、ドクン。
心臓が、徐々に鼓動を早めていく。
よし。
覚悟を決めたところで、玄関のドアが内側から開いた。
「やっぱり、璃空だ。お帰り」
いつもと変わらない笑顔の優斗が、そこにはいた。
璃空はそれまで考えていた科白やら何やらが全てぶっ飛び「……ただいま」と俯き、フラフラしながら部屋に入り、キッチンに向かった。
明らかに様子のおかしい璃空に首を傾げながら、優斗がドアを閉める。
見守る視線の先で、璃空が手に取ったのは。
優斗の顔から血の気が引いていく。
「璃空?! 何して──っ」
璃空は、手にした包丁を自身に向けた。
──嫌だ。自業自得だろうが、何だろうが。
「優斗に嫌われるぐらいなら、死ぬ」
突然過ぎる行動。
優斗は訳が分からない。
「え? 何? どういうこと?」と困惑しながらも必死に問いかける。
璃空の目は、本気だ。
答えがないまま、包丁の刃が璃空の首筋に近付いていく。
そこで。
優斗の顔から、すっと表情が消えた。
「──璃空。自分を傷付けたら、怒るよ」
おそらくは、はじめて感じる本気の怒気。
びくり。
怯えたように、璃空の手が止まった。
「ほら。危ないから、それを渡して」
優斗が表情を緩め、手を伸ばす。璃空はしばらくその手を見つめていたが、やがてボロボロと泣き出した。
包丁を握った手が、下がる。優斗はそれを静かに奪うと、流し台に置いた。
ふう。
安堵の息を吐く。
「昨日は前原くんの家にいたんじゃないの?」
璃空は俯いたまま、答えない。
否定、ということだろうか。
優斗は眉を寄せた。
(おかしいな……何度か位置情報を確認したけど、前原くんの家にいたはず)
優斗はズボンのポケットに突っ込んであるスマホを手に取り、璃空のスマホが今どこにあるのか確認した。
「…………」
位置情報によると、璃空はまだ前原の家にいることになっていた。
優斗は「ちょっとごめんね」と言いながら、璃空が背負ったままのリュックからスマホを取り出した。それは、見覚えのないものだった。
「……それ、前原のだ」
鼻をすすりつつ、璃空が呟く。
優斗は思わず項垂れた。
まさかこんなことになるとは。
前原とずっと一緒にいるものだと思い、邪魔をしては何だからと一度も連絡せずにいたのに。完全に油断した。
──いや、まさか。
「……前原くんと、何かあったの?」
この問いに、無言のまま強くかぶりを振る璃空。
ほっとしたが、ますます訳が分からない。
うーん。
優斗が唸る。
「前原くんと二人で飲んでいたんだよね?」
これに璃空は、迷いながらも小さく首を左右にふった。否定、ということは。
「他に誰かいたの?」
しん。
璃空の動きが止まる。
──いたらしい。
「その誰かと、何かあったの?」
「…………っう」
一旦は止まっていた璃空の涙が、またとめどなく溢れ始めた。
嫌な考えが脳裏に浮かぶ。だが、断言はできない。やはり話しを聞かなければ。
優斗はタオルで璃空の涙を拭いながら、優しく語りかけた。
「あのね、俺が璃空を嫌うことはあり得ないよ。それに、何があったかは分からないけど、それは璃空が望んだことじゃないんでしょ?」
こくん。
璃空が頷く。
「なら尚更、大丈夫だから。ほら、話てみて?」
優しく頭を撫でる。
「す、捨て、ない……?」
震える手で、優斗の服を掴む璃空。
「そんなことしないよ。むしろ俺から離れるなんて、絶対に許さないからね」
人によってはぞっとする言葉ではあったが、璃空はようやく少し安心できたようで。
ぽつりぽつりと。
起こった出来事を話しはじめた。
全てを聞き終えた優斗の心中は、穏やかではなかった。嫌な予感ほど、どうして当たってしまうのか。
璃空にも迂闊なところはあったかもしれない。お酒が弱いと事前に知りながら、誘惑に勝てず、キャパ以上に飲んでしまった。
でも。
「……例えばその男の言うことが真実だとしても。会って間もない、しかも明らかに酔っている相手の言うことを真に受けるなんて、そいつがどうかしているよ」
相手への怒りを何とか抑え、璃空を宥めることに神経を注ぐ。
璃空は悪くない。璃空は被害者だよ。
何度も繰り返す。
けれど璃空は、優斗の服をぎゅっと握りしめたままそれを否定した。
「……違う……酔って覚えてないは、言い訳にならない……」
璃空は真面目だった。
そんなことないよ。
必死に言葉を重ねるが、届かない。
「やっぱ、おれが悪いんだ。全部、おれのせいなんだ。──優斗に、捨てられる」
一旦は浮上したと思われた璃空が、またボロボロと泣き出した。
優斗はどうしていいか分からない。
こうなってしまった璃空は、話を聞いてくれないことを知っているから。
結局。
泣いては止み、泣いては止みを二時間ほど繰り返した璃空は、突然電池が切れたように眠った。
璃空が一旦、足を止める。
ドクン、ドクン。
心臓が、徐々に鼓動を早めていく。
よし。
覚悟を決めたところで、玄関のドアが内側から開いた。
「やっぱり、璃空だ。お帰り」
いつもと変わらない笑顔の優斗が、そこにはいた。
璃空はそれまで考えていた科白やら何やらが全てぶっ飛び「……ただいま」と俯き、フラフラしながら部屋に入り、キッチンに向かった。
明らかに様子のおかしい璃空に首を傾げながら、優斗がドアを閉める。
見守る視線の先で、璃空が手に取ったのは。
優斗の顔から血の気が引いていく。
「璃空?! 何して──っ」
璃空は、手にした包丁を自身に向けた。
──嫌だ。自業自得だろうが、何だろうが。
「優斗に嫌われるぐらいなら、死ぬ」
突然過ぎる行動。
優斗は訳が分からない。
「え? 何? どういうこと?」と困惑しながらも必死に問いかける。
璃空の目は、本気だ。
答えがないまま、包丁の刃が璃空の首筋に近付いていく。
そこで。
優斗の顔から、すっと表情が消えた。
「──璃空。自分を傷付けたら、怒るよ」
おそらくは、はじめて感じる本気の怒気。
びくり。
怯えたように、璃空の手が止まった。
「ほら。危ないから、それを渡して」
優斗が表情を緩め、手を伸ばす。璃空はしばらくその手を見つめていたが、やがてボロボロと泣き出した。
包丁を握った手が、下がる。優斗はそれを静かに奪うと、流し台に置いた。
ふう。
安堵の息を吐く。
「昨日は前原くんの家にいたんじゃないの?」
璃空は俯いたまま、答えない。
否定、ということだろうか。
優斗は眉を寄せた。
(おかしいな……何度か位置情報を確認したけど、前原くんの家にいたはず)
優斗はズボンのポケットに突っ込んであるスマホを手に取り、璃空のスマホが今どこにあるのか確認した。
「…………」
位置情報によると、璃空はまだ前原の家にいることになっていた。
優斗は「ちょっとごめんね」と言いながら、璃空が背負ったままのリュックからスマホを取り出した。それは、見覚えのないものだった。
「……それ、前原のだ」
鼻をすすりつつ、璃空が呟く。
優斗は思わず項垂れた。
まさかこんなことになるとは。
前原とずっと一緒にいるものだと思い、邪魔をしては何だからと一度も連絡せずにいたのに。完全に油断した。
──いや、まさか。
「……前原くんと、何かあったの?」
この問いに、無言のまま強くかぶりを振る璃空。
ほっとしたが、ますます訳が分からない。
うーん。
優斗が唸る。
「前原くんと二人で飲んでいたんだよね?」
これに璃空は、迷いながらも小さく首を左右にふった。否定、ということは。
「他に誰かいたの?」
しん。
璃空の動きが止まる。
──いたらしい。
「その誰かと、何かあったの?」
「…………っう」
一旦は止まっていた璃空の涙が、またとめどなく溢れ始めた。
嫌な考えが脳裏に浮かぶ。だが、断言はできない。やはり話しを聞かなければ。
優斗はタオルで璃空の涙を拭いながら、優しく語りかけた。
「あのね、俺が璃空を嫌うことはあり得ないよ。それに、何があったかは分からないけど、それは璃空が望んだことじゃないんでしょ?」
こくん。
璃空が頷く。
「なら尚更、大丈夫だから。ほら、話てみて?」
優しく頭を撫でる。
「す、捨て、ない……?」
震える手で、優斗の服を掴む璃空。
「そんなことしないよ。むしろ俺から離れるなんて、絶対に許さないからね」
人によってはぞっとする言葉ではあったが、璃空はようやく少し安心できたようで。
ぽつりぽつりと。
起こった出来事を話しはじめた。
全てを聞き終えた優斗の心中は、穏やかではなかった。嫌な予感ほど、どうして当たってしまうのか。
璃空にも迂闊なところはあったかもしれない。お酒が弱いと事前に知りながら、誘惑に勝てず、キャパ以上に飲んでしまった。
でも。
「……例えばその男の言うことが真実だとしても。会って間もない、しかも明らかに酔っている相手の言うことを真に受けるなんて、そいつがどうかしているよ」
相手への怒りを何とか抑え、璃空を宥めることに神経を注ぐ。
璃空は悪くない。璃空は被害者だよ。
何度も繰り返す。
けれど璃空は、優斗の服をぎゅっと握りしめたままそれを否定した。
「……違う……酔って覚えてないは、言い訳にならない……」
璃空は真面目だった。
そんなことないよ。
必死に言葉を重ねるが、届かない。
「やっぱ、おれが悪いんだ。全部、おれのせいなんだ。──優斗に、捨てられる」
一旦は浮上したと思われた璃空が、またボロボロと泣き出した。
優斗はどうしていいか分からない。
こうなってしまった璃空は、話を聞いてくれないことを知っているから。
結局。
泣いては止み、泣いては止みを二時間ほど繰り返した璃空は、突然電池が切れたように眠った。
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