しっかり者で、泣き虫で、甘えん坊のユメ。

西友

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番外編①

6

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 優斗の部屋の前。
 璃空が一旦、足を止める。

 ドクン、ドクン。
 心臓が、徐々に鼓動を早めていく。

 よし。
 覚悟を決めたところで、玄関のドアが内側から開いた。

「やっぱり、璃空だ。お帰り」

 いつもと変わらない笑顔の優斗が、そこにはいた。

 璃空はそれまで考えていた科白やら何やらが全てぶっ飛び「……ただいま」と俯き、フラフラしながら部屋に入り、キッチンに向かった。

 明らかに様子のおかしい璃空に首を傾げながら、優斗がドアを閉める。

 見守る視線の先で、璃空が手に取ったのは。

 優斗の顔から血の気が引いていく。

「璃空?! 何して──っ」

 璃空は、手にした包丁を自身に向けた。

 ──嫌だ。自業自得だろうが、何だろうが。

「優斗に嫌われるぐらいなら、死ぬ」

 突然過ぎる行動。
 優斗は訳が分からない。

「え? 何? どういうこと?」と困惑しながらも必死に問いかける。

 璃空の目は、本気だ。

 答えがないまま、包丁の刃が璃空の首筋に近付いていく。

 そこで。
 優斗の顔から、すっと表情が消えた。

「──璃空。自分を傷付けたら、怒るよ」

 おそらくは、はじめて感じる本気の怒気。

 びくり。
 怯えたように、璃空の手が止まった。

「ほら。危ないから、それを渡して」

 優斗が表情を緩め、手を伸ばす。璃空はしばらくその手を見つめていたが、やがてボロボロと泣き出した。

 包丁を握った手が、下がる。優斗はそれを静かに奪うと、流し台に置いた。

 ふう。
 安堵の息を吐く。

「昨日は前原くんの家にいたんじゃないの?」

 璃空は俯いたまま、答えない。
 否定、ということだろうか。

 優斗は眉を寄せた。

(おかしいな……何度か位置情報を確認したけど、前原くんの家にいたはず)

 優斗はズボンのポケットに突っ込んであるスマホを手に取り、璃空のスマホが今どこにあるのか確認した。

「…………」

 位置情報によると、璃空はまだ前原の家にいることになっていた。

 優斗は「ちょっとごめんね」と言いながら、璃空が背負ったままのリュックからスマホを取り出した。それは、見覚えのないものだった。

「……それ、前原のだ」

 鼻をすすりつつ、璃空が呟く。

 優斗は思わず項垂れた。
 まさかこんなことになるとは。

 前原とずっと一緒にいるものだと思い、邪魔をしては何だからと一度も連絡せずにいたのに。完全に油断した。

 ──いや、まさか。

「……前原くんと、何かあったの?」

 この問いに、無言のまま強くかぶりを振る璃空。

 ほっとしたが、ますます訳が分からない。

 うーん。
 優斗が唸る。

「前原くんと二人で飲んでいたんだよね?」

 これに璃空は、迷いながらも小さく首を左右にふった。否定、ということは。

「他に誰かいたの?」

 しん。
 璃空の動きが止まる。

 ──いたらしい。

「その誰かと、何かあったの?」

「…………っう」

 一旦は止まっていた璃空の涙が、またとめどなく溢れ始めた。

 嫌な考えが脳裏に浮かぶ。だが、断言はできない。やはり話しを聞かなければ。

 優斗はタオルで璃空の涙を拭いながら、優しく語りかけた。

「あのね、俺が璃空を嫌うことはあり得ないよ。それに、何があったかは分からないけど、それは璃空が望んだことじゃないんでしょ?」

 こくん。
 璃空が頷く。

「なら尚更、大丈夫だから。ほら、話てみて?」

 優しく頭を撫でる。

「す、捨て、ない……?」

 震える手で、優斗の服を掴む璃空。

「そんなことしないよ。むしろ俺から離れるなんて、絶対に許さないからね」

 人によってはぞっとする言葉ではあったが、璃空はようやく少し安心できたようで。

 ぽつりぽつりと。
 起こった出来事を話しはじめた。

 全てを聞き終えた優斗の心中は、穏やかではなかった。嫌な予感ほど、どうして当たってしまうのか。

 璃空にも迂闊なところはあったかもしれない。お酒が弱いと事前に知りながら、誘惑に勝てず、キャパ以上に飲んでしまった。

 でも。

「……例えばその男の言うことが真実だとしても。会って間もない、しかも明らかに酔っている相手の言うことを真に受けるなんて、そいつがどうかしているよ」

 相手への怒りを何とか抑え、璃空を宥めることに神経を注ぐ。

 璃空は悪くない。璃空は被害者だよ。

 何度も繰り返す。
 けれど璃空は、優斗の服をぎゅっと握りしめたままそれを否定した。

「……違う……酔って覚えてないは、言い訳にならない……」

 璃空は真面目だった。

 そんなことないよ。
 必死に言葉を重ねるが、届かない。

「やっぱ、おれが悪いんだ。全部、おれのせいなんだ。──優斗に、捨てられる」

 一旦は浮上したと思われた璃空が、またボロボロと泣き出した。

 優斗はどうしていいか分からない。

 こうなってしまった璃空は、話を聞いてくれないことを知っているから。

 結局。

 泣いては止み、泣いては止みを二時間ほど繰り返した璃空は、突然電池が切れたように眠った。
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