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第一章
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彰太は部活には入っていないが、図書委員会に所属している。というより、部活に入っていないために、クラスのみんなから推薦されてしまったのだ。
週に一度のカウンター業務が終わった放課後。一人教室に向かっていると、二人の女子がきゃあきゃあ言いながら彰太の横を走り去っていった。手にはスマホを持っている。彰太は首を傾げながら、開きっぱなしの教室のドアをくぐり──ぴたりと足を止めた。
窓際の、一番後ろの席。うつむき、腕を組みながら眠る白沢の姿が目に飛び込んできた。窓から微かに流れこんでくる風に、柔らかそうな髪がふわっと浮き上がる。オレンジ色の夕陽に照らされるその姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
──綺麗だな。とても。
見惚れてから、何故か涙が込み上げてくるのを感じた。先ほどすれ違った女子たちは、白沢のこの姿を写真におさめていたのだろうか。羨ましい。おれも、自分だけの白沢が欲しい。でも誰かに見られたら。本人にばれたら。言い訳なんて出来ない。必死に隠してきたものが、全て駄目になる。
『誰にも言うなよ』
兄の言葉が脳裏に浮かぶ。
大丈夫。言わないよ。
ちゃんと分かってるから。
「……ん」
小さな声に、肩が震えた。白沢はぼんやり瞼を開け、教室のドア近くに佇む彰太の姿を見つけると「うっかり寝ちゃった」と少し恥ずかしそうに口元を緩めた。
「──みたいだね」
彰太は冷静さを装いながら教室中央にある自分の席に向かい、カバンを手に取った。「あの、おれ帰るから」と視線を逸らしながら言うと「うん」という返答がきた。
──会話出来た。
心の中でじーんとしていると、白沢が「あ、そうだ」と席を立った。近付いてくる気配を感じ、何事かと振り向いた。
「あーん」
白沢が口を開けるのにつられ、彰太も口を開けた。目を丸くしながら咀嚼する。口の中に、じんわりと甘い味が広がっていく。
──あれ? 今、何された?
現実を受け止めきれないまま、彰太はごくんと喉をならした。
「美味しい? 何かね、高級なチョコらしいよ。クラスの女の子からもらったんだけど、甘いものは駄目だって言ったら、葉山か多比良にならあげてもいいよって」
(女子ぃぃ……!)
何でだ。ありがたいやら余計なお世話やら。彰太は胸中の動揺を必死に隠し「……どうも」とわざと素っ気なく返した。とてもじゃないが、目を合わせられない。距離が近すぎる。
「食べたね? じゃあ、ハグしていい?」
「……ん?」
「だって、そういう決まりなんでしょ?」
んん?
彰太は真顔でパニックになった。
「あ、あれは、冗談だから」
「そうなの? ……困ったな。どうしても駄目?」
うつ向いたまま「だ、駄目」と返答する。しまった。声が上擦った。
「そっか……残念。前からね、いいなって思ってたんだ。多比良って、よくみんなからハグされてるから、よっぽど抱き心地いいんだろうなって」
彰太は何より、存在を認識されてたことに内心舞い上がっていたが、平静を保つことに全神経を集中させていた。
「モテない男子が、おれを女子の代わりにしているだけだよ」
「そうかな……それであんな幸せそうな顔するのかな」
「──幸せそう?」
「うん。すごく」
ふうん。
彰太の心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。オレンジに染まる教室。今なら、顔が赤くなってもわからないのではないか。それに、きっかけがどうであれ、白沢がこんなことを思ってくれる奇跡はもう二度と起こらないかもしれない。
そう。これは、最初で最後のチャンスかもしれないのだ。キスなんて高望みはしない。でも、一度でいいから、触れてみたい。一度でいいから、好きな人に抱き締めてもらいたい。そんな願望は、常にあった。
「い、一回だけなら、いいよ」
冗談に決まってるじゃない。そう言って笑われる覚悟もしてから、呟いてみた。けれど白沢は「ほんと?」と、嬉しそうに笑った。
「お菓子、食べちゃったから」
「ああ……でもあれは、強引だったし」
ここまできて引き下がろうとする白沢に「い、いいの!」と、叫んでしまった。彰太はしまったとばかりに口を両手でおさえた。白沢が「はは」と口元を緩める。
「義理堅いなあ」
そう言って、白沢が近付いてきた。背中にそっと両腕が回される。彰太は突っ立ったまま──というより固まっている。彰太より、頭一つ分背の高い白沢の胸に、額が少し引っ付いた。
「──多比良って、柔らかいね。それに何だかいい匂い……これってお日さまの匂い、かな」
すん。
匂いを嗅がれている。自覚し、彰太はもう、限界だった。身体中の体温がどんどん上がっていくのが嫌でもわかる。両腕で白沢の胸を押し「もう、か、帰る、から」と、カバンを手に教室を駆け出た。
校門から出たとたん彰太はしゃがみこみ、頭を抱えた。
(──ああああ。絶対変に思われたぁぁ……っ)
道ですれ違う人が、何事かと首を捻っていく。そんなことに構っている余裕のない彰太は、しばらくその体勢のまま心で叫びまくった。
バイト先から帰宅した琉太は、自室のドアを開けるなり、兄の部屋で膝を抱えて俯く弟に絶句した。彰太は顔を上げ「……琉兄ぃぃ」と泣き出した。
「──それは相手もおかしくないか?」
話しを聴き終えた琉太は、開口一番に言った。兄のベッドの上でクッションを抱えた彰太が「白沢はおかしくない!」と涙声で叫ぶ。
「おい、恋は盲目やめろ」
彰太が抱えたクッションは涙と鼻水でグショグショになっていた。気に入ってたのに。口には出さず、琉太はやれやれと、慣れたように彰太の涙と鼻水をティッシュで拭った。
「いやおかしいって。モデルまでやってるモテ男が、わざわざ男とハグしたいなんて」
わざわざ。
繰り返し、彰太がまた泣き出した。失言に気付き、慌てて琉太が謝罪する。
「……でも、もう一人のモデル男が言ってた。女だと、その子が苛められるとか何とか」
「まあ、わからんでもないけど。それでもなあ──つーかお前、友達とそんな取り引きしてたのか。初耳なんだけど。あぶねーな」
彰太が「……男のおれを襲う物好きなんかいるわけないし。ちっとも危なくないし」と、鼻をすする。
「……そういう趣味の奴もいるんだよ」
「──変な趣味で悪かったな! 琉兄の馬鹿! アホ!」
彰太は泣きべそをかきながら、クッションを琉太の顔目掛けて投げた。琉太はそれを何なく受け止め「そんなこと言ってねーだろ?!」と投げ返した。
二人の言い合いは、騒ぎを聞きつけた母親が止めるまで続いた。
週に一度のカウンター業務が終わった放課後。一人教室に向かっていると、二人の女子がきゃあきゃあ言いながら彰太の横を走り去っていった。手にはスマホを持っている。彰太は首を傾げながら、開きっぱなしの教室のドアをくぐり──ぴたりと足を止めた。
窓際の、一番後ろの席。うつむき、腕を組みながら眠る白沢の姿が目に飛び込んできた。窓から微かに流れこんでくる風に、柔らかそうな髪がふわっと浮き上がる。オレンジ色の夕陽に照らされるその姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
──綺麗だな。とても。
見惚れてから、何故か涙が込み上げてくるのを感じた。先ほどすれ違った女子たちは、白沢のこの姿を写真におさめていたのだろうか。羨ましい。おれも、自分だけの白沢が欲しい。でも誰かに見られたら。本人にばれたら。言い訳なんて出来ない。必死に隠してきたものが、全て駄目になる。
『誰にも言うなよ』
兄の言葉が脳裏に浮かぶ。
大丈夫。言わないよ。
ちゃんと分かってるから。
「……ん」
小さな声に、肩が震えた。白沢はぼんやり瞼を開け、教室のドア近くに佇む彰太の姿を見つけると「うっかり寝ちゃった」と少し恥ずかしそうに口元を緩めた。
「──みたいだね」
彰太は冷静さを装いながら教室中央にある自分の席に向かい、カバンを手に取った。「あの、おれ帰るから」と視線を逸らしながら言うと「うん」という返答がきた。
──会話出来た。
心の中でじーんとしていると、白沢が「あ、そうだ」と席を立った。近付いてくる気配を感じ、何事かと振り向いた。
「あーん」
白沢が口を開けるのにつられ、彰太も口を開けた。目を丸くしながら咀嚼する。口の中に、じんわりと甘い味が広がっていく。
──あれ? 今、何された?
現実を受け止めきれないまま、彰太はごくんと喉をならした。
「美味しい? 何かね、高級なチョコらしいよ。クラスの女の子からもらったんだけど、甘いものは駄目だって言ったら、葉山か多比良にならあげてもいいよって」
(女子ぃぃ……!)
何でだ。ありがたいやら余計なお世話やら。彰太は胸中の動揺を必死に隠し「……どうも」とわざと素っ気なく返した。とてもじゃないが、目を合わせられない。距離が近すぎる。
「食べたね? じゃあ、ハグしていい?」
「……ん?」
「だって、そういう決まりなんでしょ?」
んん?
彰太は真顔でパニックになった。
「あ、あれは、冗談だから」
「そうなの? ……困ったな。どうしても駄目?」
うつ向いたまま「だ、駄目」と返答する。しまった。声が上擦った。
「そっか……残念。前からね、いいなって思ってたんだ。多比良って、よくみんなからハグされてるから、よっぽど抱き心地いいんだろうなって」
彰太は何より、存在を認識されてたことに内心舞い上がっていたが、平静を保つことに全神経を集中させていた。
「モテない男子が、おれを女子の代わりにしているだけだよ」
「そうかな……それであんな幸せそうな顔するのかな」
「──幸せそう?」
「うん。すごく」
ふうん。
彰太の心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。オレンジに染まる教室。今なら、顔が赤くなってもわからないのではないか。それに、きっかけがどうであれ、白沢がこんなことを思ってくれる奇跡はもう二度と起こらないかもしれない。
そう。これは、最初で最後のチャンスかもしれないのだ。キスなんて高望みはしない。でも、一度でいいから、触れてみたい。一度でいいから、好きな人に抱き締めてもらいたい。そんな願望は、常にあった。
「い、一回だけなら、いいよ」
冗談に決まってるじゃない。そう言って笑われる覚悟もしてから、呟いてみた。けれど白沢は「ほんと?」と、嬉しそうに笑った。
「お菓子、食べちゃったから」
「ああ……でもあれは、強引だったし」
ここまできて引き下がろうとする白沢に「い、いいの!」と、叫んでしまった。彰太はしまったとばかりに口を両手でおさえた。白沢が「はは」と口元を緩める。
「義理堅いなあ」
そう言って、白沢が近付いてきた。背中にそっと両腕が回される。彰太は突っ立ったまま──というより固まっている。彰太より、頭一つ分背の高い白沢の胸に、額が少し引っ付いた。
「──多比良って、柔らかいね。それに何だかいい匂い……これってお日さまの匂い、かな」
すん。
匂いを嗅がれている。自覚し、彰太はもう、限界だった。身体中の体温がどんどん上がっていくのが嫌でもわかる。両腕で白沢の胸を押し「もう、か、帰る、から」と、カバンを手に教室を駆け出た。
校門から出たとたん彰太はしゃがみこみ、頭を抱えた。
(──ああああ。絶対変に思われたぁぁ……っ)
道ですれ違う人が、何事かと首を捻っていく。そんなことに構っている余裕のない彰太は、しばらくその体勢のまま心で叫びまくった。
バイト先から帰宅した琉太は、自室のドアを開けるなり、兄の部屋で膝を抱えて俯く弟に絶句した。彰太は顔を上げ「……琉兄ぃぃ」と泣き出した。
「──それは相手もおかしくないか?」
話しを聴き終えた琉太は、開口一番に言った。兄のベッドの上でクッションを抱えた彰太が「白沢はおかしくない!」と涙声で叫ぶ。
「おい、恋は盲目やめろ」
彰太が抱えたクッションは涙と鼻水でグショグショになっていた。気に入ってたのに。口には出さず、琉太はやれやれと、慣れたように彰太の涙と鼻水をティッシュで拭った。
「いやおかしいって。モデルまでやってるモテ男が、わざわざ男とハグしたいなんて」
わざわざ。
繰り返し、彰太がまた泣き出した。失言に気付き、慌てて琉太が謝罪する。
「……でも、もう一人のモデル男が言ってた。女だと、その子が苛められるとか何とか」
「まあ、わからんでもないけど。それでもなあ──つーかお前、友達とそんな取り引きしてたのか。初耳なんだけど。あぶねーな」
彰太が「……男のおれを襲う物好きなんかいるわけないし。ちっとも危なくないし」と、鼻をすする。
「……そういう趣味の奴もいるんだよ」
「──変な趣味で悪かったな! 琉兄の馬鹿! アホ!」
彰太は泣きべそをかきながら、クッションを琉太の顔目掛けて投げた。琉太はそれを何なく受け止め「そんなこと言ってねーだろ?!」と投げ返した。
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