うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

文字の大きさ
25 / 45
第二章

8

しおりを挟む
「……六年前のあのとき、泣いた?」

 もう一度、今度ははっきりと一翔が問う。
 彰太は驚いたように目を丸くしたが、やがて口元を緩めた。

 ずっと気にしてくれていたんだ。
 六年間も。忘れずに。

 申し訳ない気持ちも大きかったが、やっぱり嬉しくもあった。

「泣いたよ。めちゃくちゃ泣いた。でも──やっぱ、言うの止めた」

「え?」

「白沢、絶対ドン引きするから」

 何のことかわからないまま、一翔は「しないよ。だから教えて?」と慌てた。彰太は悩みながらも、もう会うことはないだろうからいいかと口を開いた。

「……葉山から電話があって。白沢が結婚すること聞いて。そのときに、式場とか、日時とか、知ってしまって──こっそり、見に行ったんだ」

 一翔の双眸に、動揺が見てとれた。絶対引かれたと思いつつ、彰太はもうどうにでもなれと、自分の目尻の下を指差した。

「白沢の奥さんて、目尻の下にさ、横に並んで二つホクロのある人だよね? 実は、白沢にフラれてから一度だけ、同じ人と街で歩いているの、見かけたことがあって。六年もずっと、たった一人だけを愛してきたんだなって思って──哀しかったけど、嬉しくもあったんだ」

「……嬉しい?」

「おれの勝手な考えかもしれないけど。白沢はさ、ずっと好きになれる人を探していたんじゃないかなって。それでやっと、本当に好きになれる人を見つけられたんだと思ったから」

 一翔が固まるのがわかった。図星かな。そんな風に彰太は解釈した。

「──もう忘れていいよ」

「……え?」

「おれとの三年間は、なかったことにしていいんだよ。もう充分だから、そんな顔しないで」

 穏やかに微笑む彰太に、一翔が声を失くす。

「白沢にフラれて泣いたのは本当。でも思い返すと、ちゃんと白沢は言ってくれてたんだよね。人肌が恋しいけど、事務所的に女の子じゃまずいから、おれを代わりにしたいって」

 一翔は「──そんなこと言ってない!」と目を剥いた。声を荒げる一翔が珍しく、彰太はびくっと肩を揺らした。一翔は慌てて口を右手で覆い、目線を逸らせた。

「あ、いや……言ったけど、それは付き合う前の話しだよね?」

「そう、だったかな。でも、おれはそれを思い出して自分なりに納得したんだ。おれは仮の恋人だったのに、いつの間にかそれを忘れて、勝手に傷付いた。それだけの話しだって」

「……なに、それ」

 一翔が驚愕に目を見開く。もしかしたら、思うよりずっと、一翔は自分を好きでいてくれていたんだろうか。そんな想いに背中を押されるように彰太は立ち上がり「……白沢。ずっと聞いてみたいことがあったんだ」と拳に力を込めた。弾みでブランコが、ギイッと音をたてた。

「おれのこと、気持ち悪くなかった? ほんとはおれと会うたび、我慢してたんじゃない?」

 彰太の双眸は真剣そのもので、一翔は絶句した。一体、何を言っているのだろうと。

「何か、当時のこと思い出すたびに思うんだ。ノーマルな白沢に甘えて、媚びて。恥ずかしさよりも、白沢に気持ち悪い思いをさせてたことが怖くて、申し訳なくて」

 うつ向く彰太の握られた拳が、僅かに震えはじめた。一翔の顔面から血の気が引いていく。

 一翔は「ちょ、ちょっと待って」と彰太の両肩を掴んだ。

「どうしてそんな……気持ち悪いとか、我慢とか、そんなこと思うはずないよ。それに、本当に好きな人ってなに? 俺は何度も伝えたよね。彰太のことが好きだって。彰太はずっと、嘘だと思ってたの?」

「……ずっとじゃ、ないけど。モデルをやめると同時にフラれて、女の子と付き合い出したのを知って……ああ、やっぱりって」

 顔を伏せながら、先ほどまでとは違い、静かに力なく紡がれる言葉。「……そんな風に、思って」と一翔は愕然とした。彰太の肩を掴んだ両手から、力が抜けていく。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

君に二度、恋をした。

春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。 あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。 ――もう二度と会うこともないと思っていたのに。 大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。 変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。 「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」 初恋、すれ違い、再会、そして執着。 “好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか―― すれ違い×再会×俺様攻め 十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。

処理中です...