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はじまりの赤

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 リオンを母の元に返してしまった後悔。贖罪からなのか、アルオはリオンに対してとにかく甘くなり、過保護になった。

 今まで侍従任せだったリオンの世話も全てアルオがするようになった。というより、せざるを得なくなったという方が正しいのかもしれない。リオンは、アルオとモンタギュー以外の大人が近付くだけで、発作のように痙攣するようになってしまったから。

 今も、朝の会議の最中だというのに、アルオの膝の上には、絵本を読むリオンの姿がある。だが、流石にはじめからこうだったわけではない。


 日が経ち、リオンが少し落ち着いてきたころ。地方を全て統治すると決断した張本人である以上、流石に今後の国の在り方を議論する朝の会議にいつまでも欠席するわけにもいかず、アルオは朝も早くから説得を試みていた。

 すぐに戻ってくるから、部屋で待っていろと。だが、リオンは断固として拒否した。少し前ならそれでも強引に言うことを聞かせていたかもしれないが、今のアルオには不可能だった。仕方がないとばかりに、会議室の隣の部屋に連れて行った。そこなら声が聞こえる分、まだ安心出来るだろうと考えた結果だった。

 寒さが本格化してきた季節。毛布をかけ、暖かい飲み物を用意させ、暖炉には多くの薪をくべさせた。退屈しないようにと、絵本も大量に用意した。「いいか。ここで大人しく待っていろ」と言い聞かせ、アルオは部屋を出ていった。しばらく大人しくしていたリオンだったが、我慢が出来なくなり、部屋の扉をそっと開け、外の様子を伺った。

「リオン様? どうなされたのですか?」

 そこに、たまたま通り掛かった将軍が声をかけてきた。全くもって、悪気などない。こんなところでどうしたのだろうという純粋な心配ゆえだった。けれど。

 覆い被さる、屈強な男の影。手が伸ばされる。脳裏に浮かんだのは、無理やり飲食を強要し、物のように扱う男たちの姿。

 リオンは将軍を見開いたままの双眸で見上げ、小動物のようにぷるぷると震え出した。そして。

『陛下。リオン様が吐きました』

 陰の者の報告に、アルオは「は?」と思わず会議室の天井を見上げた。同時に廊下からは「リ、リオン様?!」という、ひっくり返ったような野太い声が響いた。

 何だ、何だ。
 会議室がざわつく。

 アルオは椅子を蹴飛ばし、部屋を出た。目に飛び込んできたのは、吐瀉物にまみれたリオンを、青ざめながら見下ろす将軍。瞬時に目を吊り上げたアルオに、将軍は慌てふためいた。

「ち、違います! 私は何もしておりません!!」

「──陰の者」

『本当です。将軍は声をかけただけです』

 陰の者の応えに「そうか。驚かせてすまなかったな」と怒りを収め、将軍に謝罪しながら、リオンを抱き上げた。慌てたのは臣下たちだ。

「陛下! お召し物が汚れてしまいます!」

「構うな。これぐらい何でもない。モンタギュー、後で会議の内容をまとめて報告してくれ。あと、悪いがここの掃除を頼む」

「かしこまりました」

 冷静な対応のモンタギューとは対照的に、まだ騒いでいる臣下たちを無視し、アルオは風呂場へと向かう。

「──まだ、大人が怖いか」

 首にしがみつきながら、リオンが頷く。アルオは「そうか」とだけ返した。

 この日から、リオンも一緒に会議に出席するようになったのである。
 
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