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小話①
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──よし。寝たな。
アルオは読み聞かせていた絵本を閉じ、寝台で眠るリオンに目を向けた。燭台を持ち、居間にあるテーブルの上にのせ、椅子に腰かけた。最近のアルオの日課は、リオンを寝かしつけたあとに小説を読むことだ。昨夜は気になるところで眠気がきてしまったので、続きを読むのを密かに楽しみにしていたアルオだったが。
本を開く。それを見計らったかのように、陰の者からの声かけが脳内に響いた。
『──陛下。一応のご報告が』
アルオが「……一応とは何だ」と不機嫌に答える。続けられた報告に、アルオは舌打ちしながら本を閉じ、重い腰をあげた。
しくしく。しくしく。
中庭から、子どもの泣き声が小さく響く。アルオは中庭に足を踏み入れると、うずくまって泣く子どもの背後に立った。
「──おい」
びくっ。
飛び上がるように身体を跳ねさせ、恐る恐る銀の瞳でアルオを見上げてきたのは、アルオの二番目の息子──第二王子のフィルだった。
「こんなところで何をしている」
腕を組み、ぶっきらぼうに訊ねるアルオ。フィルは「……かあさまがぁ」と、顔を大きく歪めた。かと思うと、大声で泣きはじめた。アルオが腰を落とし、フィルの目線に合わせた。
「何だ。また勉強しろとでも言われたか」
「ちがうもん……っ」
アルオは「では何だ。さっさとしろ。冬ではないとはいえ、さすがに夜風は冷える」とため息をついた。
「ぼくもしんだいでねたいのに、かあさまがだめだっていうからぁ……っ」
「──何だと?」
アルオは片眉をぴくりと動かした。後宮も陰の者に見張らせてはいるが、そんな報告は受けてはいない。
(報告するまでもないと判断したのか──?)
「リオンが、おっきいしんだいでとうさまとねてるっていってたから、ぼくもとうさまのところでねようとおもったけど……まっくらでこわくなってぇ……っ」
「ああ、もう。わかった。わたしの部屋で寝ていいから、いちいち泣くな。詳しい話しは明日聞く」
アルオが立ち上がり、先を歩く。フィルは動こうとしない。アルオは足を止め、振り返った。
「──おい。何をしている」
「……あし、いたい。もうあるけないぃ……っ」
月光に照らされたフィルは、靴を履いていなかった。フィルが泣きながら「おんぶぅ」と両手をアルオに向かって伸ばす。
──このガキ。
ぴし。
こめかみに血管を浮かせながらも、アルオは渋々とフィルの前に背を向け、屈んだ。
(そういえば、おぶるのは初めてかもしれんな)
リオンはいつも抱っこなので、こうして誰かをおぶるのは初だった。背中のフィルはと言えば。「たかーい」と、まわりをご機嫌で見渡していた。この様子ではそう深刻ではなさそうだな。アルオは少し、安堵していた。
「ほら、着いたぞ。リオンはもう寝ているから、静かにしろよ」
居間でフィルをおろし、小声で注意する。フィルがじっとアルオを見てきた。「何だ」と問いかけると「えほん、よんで」と返してきた。
「……はあ?」
「リオンがいってたもん。ねるまえにいつも、とうさまにえほんよんでもらってるって」
アルオは、あいつ結構何でも話しているなと思いながら「いつもじゃない。リオンが眠れないときだけだ」と、椅子に座った。
「ぼくはいちどもよんでもらったことないよ?」
「そうだな。いいからもう寝ろ」
相手にせず、読みかけの小説を開いた。フィルはテーブルに置いてあった絵本を見つけると、アルオの膝を「よーんーで」と、それでぺしぺし叩いた。
ここまで遠慮なしに突っ掛かってこられたのは何年ぶりだろうか。アルオは目を吊り上げながらも、怖いもの知らずの息子から絵本を取り上げた。このままの状態で騒がれたら、リオンが起きてしまう。
「わかった。読んでやる。そこの椅子に座れ」
どう考えてもこの方が早い。アルオは隣の椅子を指差したが、フィルはアルオの膝の上にのぼってきた。
ふう。フィルが満足そうに背中を預けてきた。
「…………」
怒るのにも疲れたアルオは、そのまま絵本を音読しはじめたのだった。
アルオは読み聞かせていた絵本を閉じ、寝台で眠るリオンに目を向けた。燭台を持ち、居間にあるテーブルの上にのせ、椅子に腰かけた。最近のアルオの日課は、リオンを寝かしつけたあとに小説を読むことだ。昨夜は気になるところで眠気がきてしまったので、続きを読むのを密かに楽しみにしていたアルオだったが。
本を開く。それを見計らったかのように、陰の者からの声かけが脳内に響いた。
『──陛下。一応のご報告が』
アルオが「……一応とは何だ」と不機嫌に答える。続けられた報告に、アルオは舌打ちしながら本を閉じ、重い腰をあげた。
しくしく。しくしく。
中庭から、子どもの泣き声が小さく響く。アルオは中庭に足を踏み入れると、うずくまって泣く子どもの背後に立った。
「──おい」
びくっ。
飛び上がるように身体を跳ねさせ、恐る恐る銀の瞳でアルオを見上げてきたのは、アルオの二番目の息子──第二王子のフィルだった。
「こんなところで何をしている」
腕を組み、ぶっきらぼうに訊ねるアルオ。フィルは「……かあさまがぁ」と、顔を大きく歪めた。かと思うと、大声で泣きはじめた。アルオが腰を落とし、フィルの目線に合わせた。
「何だ。また勉強しろとでも言われたか」
「ちがうもん……っ」
アルオは「では何だ。さっさとしろ。冬ではないとはいえ、さすがに夜風は冷える」とため息をついた。
「ぼくもしんだいでねたいのに、かあさまがだめだっていうからぁ……っ」
「──何だと?」
アルオは片眉をぴくりと動かした。後宮も陰の者に見張らせてはいるが、そんな報告は受けてはいない。
(報告するまでもないと判断したのか──?)
「リオンが、おっきいしんだいでとうさまとねてるっていってたから、ぼくもとうさまのところでねようとおもったけど……まっくらでこわくなってぇ……っ」
「ああ、もう。わかった。わたしの部屋で寝ていいから、いちいち泣くな。詳しい話しは明日聞く」
アルオが立ち上がり、先を歩く。フィルは動こうとしない。アルオは足を止め、振り返った。
「──おい。何をしている」
「……あし、いたい。もうあるけないぃ……っ」
月光に照らされたフィルは、靴を履いていなかった。フィルが泣きながら「おんぶぅ」と両手をアルオに向かって伸ばす。
──このガキ。
ぴし。
こめかみに血管を浮かせながらも、アルオは渋々とフィルの前に背を向け、屈んだ。
(そういえば、おぶるのは初めてかもしれんな)
リオンはいつも抱っこなので、こうして誰かをおぶるのは初だった。背中のフィルはと言えば。「たかーい」と、まわりをご機嫌で見渡していた。この様子ではそう深刻ではなさそうだな。アルオは少し、安堵していた。
「ほら、着いたぞ。リオンはもう寝ているから、静かにしろよ」
居間でフィルをおろし、小声で注意する。フィルがじっとアルオを見てきた。「何だ」と問いかけると「えほん、よんで」と返してきた。
「……はあ?」
「リオンがいってたもん。ねるまえにいつも、とうさまにえほんよんでもらってるって」
アルオは、あいつ結構何でも話しているなと思いながら「いつもじゃない。リオンが眠れないときだけだ」と、椅子に座った。
「ぼくはいちどもよんでもらったことないよ?」
「そうだな。いいからもう寝ろ」
相手にせず、読みかけの小説を開いた。フィルはテーブルに置いてあった絵本を見つけると、アルオの膝を「よーんーで」と、それでぺしぺし叩いた。
ここまで遠慮なしに突っ掛かってこられたのは何年ぶりだろうか。アルオは目を吊り上げながらも、怖いもの知らずの息子から絵本を取り上げた。このままの状態で騒がれたら、リオンが起きてしまう。
「わかった。読んでやる。そこの椅子に座れ」
どう考えてもこの方が早い。アルオは隣の椅子を指差したが、フィルはアルオの膝の上にのぼってきた。
ふう。フィルが満足そうに背中を預けてきた。
「…………」
怒るのにも疲れたアルオは、そのまま絵本を音読しはじめたのだった。
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