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記憶。想い出
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「いくらなんでも、時期が重なり過ぎていると思いませんか?」
話しをそらされたことには気付いていたが、アルオはため息をつきながら、椅子の背もたれにドカッと背中を預けた。
「……バーバラ王女が来国した次の日から、わたしの記憶が失われはじめたようだからな」
「これがバーバラ王女の仕業だとして、目的がわからないのです。だからこそ、余計に不気味で」
「確かにな。だが、それとこれとは話しが別だ。お前一人で魔王に会いに行くことは許可しない。絶対だ」
「ですが、手遅れになるかもしれません」
「とりあえず、バーバラ王女に話しをしてみる。それまで待て」
モンタギューは渋々と言った風に「──わかりました」と頭を下げた。
どんな手を使ってでもわからせてやる。アルオが意気込み、離宮へと向かう。お前はここで待っていろと言われたモンタギューは、アルオの自室で待つことにした。
(……魔王様のときのように、口付けでもするのでしょうか。それで納得してもらえれば安いものですが)
そんなことを考えていると、リオンが目を覚ました。アリを抱えながらきょろきょろとあたりを見回すリオンに近付き、モンタギューは「おはようございます」と声をかけた。
リオンが挨拶の代わりのように、ぺこっと頭をさげる。そして、眠気眼のまま口パクで『とうさまは?』と聞いてきた。
(開口一番がこれとは……リオン様は本当に、アルオ様が大好きですね)
今さらながらのことをしみじみと思い、モンタギューは「仕事で、少し出てくるそうです。すぐに戻られますよ」と笑った。説得に手間取ったとして、そこまで長居することはないだろう。そう思っていたが、三時課の鐘が鳴ってしばらく経っても、アルオは戻って来なかった。
「──リオン様は、ここでお待ちください」
胸騒ぎがしたモンタギューは、バーバラ王女のいる離宮へと駆ける勢いで向かった。
「──アルオ様?!」
アルオは、離宮の池の近くにある東屋にいた。あろうことか、バーバラ王女の膝に頭をのせ、眠っていたのだ。
そんな馬鹿な。モンタギューが目を疑う。アルオが人前で眠ることなどありえない。ましてバーバラ王女の前でなど。
(……これも、何らかの魔法なのか?)
何の証拠もなしに、大国の王女を犯人呼ばわりなど出来るわけもない。けれど、こうなれば疑いはますます深まるばかりだ。
「静かになされませ。アルオ様が起きてしまいます」
バーバラ王女がうっとりと、アルオの髪を撫でる。とても幸せそうに。モンタギューは、ぐっとこぶしを握った。にっこりと作り笑いを浮かべる。
「これは、申し訳ありません。しかし、おかしいですね。アルオ様は、バーバラ王女にとても大事なお話しがあると言っておられたのですが……」
「大事な話し?」
「ええ。来国して下さったバーバラ王女に、感謝のしるしに口付けを──」
バーバラ王女が「何ですって?!」と勢いよく立ち上がった拍子に、アルオは地面に落ちた。その衝撃で、アルオがようやく目を覚ました。
「……っ。何だ、ここは何処だ?」
「あ、ああ! 申し訳ございません、アルオ様!」
地面に膝をつき、アルオの顔を覗き込むバーバラ王女。アルオが、ぎょっと身体を硬直させた。
「なっ……どうしてバーバラ王女がここに……っ」
モンタギューの顔から、血の気が引いていく。まただ。また記憶がなくなっている。
「おい、モンタギュー。どうしてここにバーバラ王女がいる。いつ来国した」
「……え? アルオ様? いったい何をおっしゃっているのですか?」
バーバラ王女が目を丸くする。それが演技なのかどうかも、モンタギューにはわからなかった。
「アルオ様。あなたは、バーバラ王女に口付けをしにきたのでは?」
アルオが「はあ?」と、おもいっきり眉をひそめる。バーバラ王女が、まあ、と両手で顔を覆う。
「バーバラ王女。額と頰。どちらがよろしいですか?」
モンタギューが問うと、バーバラ王女は「く、口がよいです!」と興奮しながら答えた。
「バーバラ王女。それは、アルオ様にはまだハードルが高過ぎます」
「どうしてですか?!」
「それは、あなたが魅力的過ぎるからです」
一刻も早くこの場を去りたいモンタギューは、必死だった。アルオは状況が呑み込めず、二人のやり取りをぽかんと見ている。
「まあ、そんな……っ」
「ですからどうか。口以外でお願いします」
バーバラ王女が「そ、そういうことなら」と、ぽっと頰を染める。
「頰でお願いします」
バーバラ王女が、アルオに右頰を向け、目を閉じる。アルオが、するわけないだろうと背を向けようとしたとき、目を血走らせたモンタギューにがしっと肩を掴まれた。
「──いいから、とっととしてください」
それからアルオの自室へと戻ってきたモンタギューは、背後でずっと文句をたれていたアルオに向かって、声を荒げた。
「──寝ないでくださいとあれほど言ったではないですか!!」
あまりに鬼気迫る勢いに、アルオの怒りが静まっていく。ただ事ではないと感じたからだ。
「……知らんぞ。そんなこと言われたか?」
「何か変わったことはなかったか陰の者に聞いてください! 早く!」
いつになく感情をむき出しにするモンタギューに驚きつつ「わ、わかった──おい、陰の者」と、アルオは陰の者との対話を、脳内ではじめた。
「……離宮の東屋でバーバラ王女と話している途中で、わたしは眠ってしまったらしいのだが──まるで記憶にないな」
「おかしな動きをした者は?」
「特にはいなかったそうだが……」
呟いたあと、アルオはちらっと視線を下に向けた。
「……ところで、先ほどから気になっていたんだが」
アルオは居間にある椅子に座るリオンをじっと見つめ、
「──どうしてわたしの部屋に、見知らぬ子どもがいるんだ?」
と、首をひねった。
後から確認したことで分かったことだが、この時のアルオが失った記憶は、およそ三年分だった。
話しをそらされたことには気付いていたが、アルオはため息をつきながら、椅子の背もたれにドカッと背中を預けた。
「……バーバラ王女が来国した次の日から、わたしの記憶が失われはじめたようだからな」
「これがバーバラ王女の仕業だとして、目的がわからないのです。だからこそ、余計に不気味で」
「確かにな。だが、それとこれとは話しが別だ。お前一人で魔王に会いに行くことは許可しない。絶対だ」
「ですが、手遅れになるかもしれません」
「とりあえず、バーバラ王女に話しをしてみる。それまで待て」
モンタギューは渋々と言った風に「──わかりました」と頭を下げた。
どんな手を使ってでもわからせてやる。アルオが意気込み、離宮へと向かう。お前はここで待っていろと言われたモンタギューは、アルオの自室で待つことにした。
(……魔王様のときのように、口付けでもするのでしょうか。それで納得してもらえれば安いものですが)
そんなことを考えていると、リオンが目を覚ました。アリを抱えながらきょろきょろとあたりを見回すリオンに近付き、モンタギューは「おはようございます」と声をかけた。
リオンが挨拶の代わりのように、ぺこっと頭をさげる。そして、眠気眼のまま口パクで『とうさまは?』と聞いてきた。
(開口一番がこれとは……リオン様は本当に、アルオ様が大好きですね)
今さらながらのことをしみじみと思い、モンタギューは「仕事で、少し出てくるそうです。すぐに戻られますよ」と笑った。説得に手間取ったとして、そこまで長居することはないだろう。そう思っていたが、三時課の鐘が鳴ってしばらく経っても、アルオは戻って来なかった。
「──リオン様は、ここでお待ちください」
胸騒ぎがしたモンタギューは、バーバラ王女のいる離宮へと駆ける勢いで向かった。
「──アルオ様?!」
アルオは、離宮の池の近くにある東屋にいた。あろうことか、バーバラ王女の膝に頭をのせ、眠っていたのだ。
そんな馬鹿な。モンタギューが目を疑う。アルオが人前で眠ることなどありえない。ましてバーバラ王女の前でなど。
(……これも、何らかの魔法なのか?)
何の証拠もなしに、大国の王女を犯人呼ばわりなど出来るわけもない。けれど、こうなれば疑いはますます深まるばかりだ。
「静かになされませ。アルオ様が起きてしまいます」
バーバラ王女がうっとりと、アルオの髪を撫でる。とても幸せそうに。モンタギューは、ぐっとこぶしを握った。にっこりと作り笑いを浮かべる。
「これは、申し訳ありません。しかし、おかしいですね。アルオ様は、バーバラ王女にとても大事なお話しがあると言っておられたのですが……」
「大事な話し?」
「ええ。来国して下さったバーバラ王女に、感謝のしるしに口付けを──」
バーバラ王女が「何ですって?!」と勢いよく立ち上がった拍子に、アルオは地面に落ちた。その衝撃で、アルオがようやく目を覚ました。
「……っ。何だ、ここは何処だ?」
「あ、ああ! 申し訳ございません、アルオ様!」
地面に膝をつき、アルオの顔を覗き込むバーバラ王女。アルオが、ぎょっと身体を硬直させた。
「なっ……どうしてバーバラ王女がここに……っ」
モンタギューの顔から、血の気が引いていく。まただ。また記憶がなくなっている。
「おい、モンタギュー。どうしてここにバーバラ王女がいる。いつ来国した」
「……え? アルオ様? いったい何をおっしゃっているのですか?」
バーバラ王女が目を丸くする。それが演技なのかどうかも、モンタギューにはわからなかった。
「アルオ様。あなたは、バーバラ王女に口付けをしにきたのでは?」
アルオが「はあ?」と、おもいっきり眉をひそめる。バーバラ王女が、まあ、と両手で顔を覆う。
「バーバラ王女。額と頰。どちらがよろしいですか?」
モンタギューが問うと、バーバラ王女は「く、口がよいです!」と興奮しながら答えた。
「バーバラ王女。それは、アルオ様にはまだハードルが高過ぎます」
「どうしてですか?!」
「それは、あなたが魅力的過ぎるからです」
一刻も早くこの場を去りたいモンタギューは、必死だった。アルオは状況が呑み込めず、二人のやり取りをぽかんと見ている。
「まあ、そんな……っ」
「ですからどうか。口以外でお願いします」
バーバラ王女が「そ、そういうことなら」と、ぽっと頰を染める。
「頰でお願いします」
バーバラ王女が、アルオに右頰を向け、目を閉じる。アルオが、するわけないだろうと背を向けようとしたとき、目を血走らせたモンタギューにがしっと肩を掴まれた。
「──いいから、とっととしてください」
それからアルオの自室へと戻ってきたモンタギューは、背後でずっと文句をたれていたアルオに向かって、声を荒げた。
「──寝ないでくださいとあれほど言ったではないですか!!」
あまりに鬼気迫る勢いに、アルオの怒りが静まっていく。ただ事ではないと感じたからだ。
「……知らんぞ。そんなこと言われたか?」
「何か変わったことはなかったか陰の者に聞いてください! 早く!」
いつになく感情をむき出しにするモンタギューに驚きつつ「わ、わかった──おい、陰の者」と、アルオは陰の者との対話を、脳内ではじめた。
「……離宮の東屋でバーバラ王女と話している途中で、わたしは眠ってしまったらしいのだが──まるで記憶にないな」
「おかしな動きをした者は?」
「特にはいなかったそうだが……」
呟いたあと、アルオはちらっと視線を下に向けた。
「……ところで、先ほどから気になっていたんだが」
アルオは居間にある椅子に座るリオンをじっと見つめ、
「──どうしてわたしの部屋に、見知らぬ子どもがいるんだ?」
と、首をひねった。
後から確認したことで分かったことだが、この時のアルオが失った記憶は、およそ三年分だった。
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