UBER -ユベル-

石田ノドカ

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第1章 『吸血鬼』

1-4 噂話

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「なにそれ、変なの」

 皐月の話を聞くなりそう零すのは、幼馴染の新子佳乃あたらしよしの
 肩程までの茶色の天然パーマと同じくらい、明るく元気な少女だ。
 佳乃は、皐月がバイトを始める前からここ『ILK』で働いている。
 中学から通う学校が違い始めることで話さなくなっていて、互いにバイトの身で再会したというわけだ。
 最初の内は、月日が立ち見た目や声も変わっていたことから、記憶の中にある印象とかけ離れて互いに戸惑っていたが、話してみればすぐに昔を思い出して、当時の空気感というやつもすぐに取り戻していた。

 そんな佳乃に語って聞かせたのは、勿論昨夜の出来事。
 バイト帰りに公園で不思議な人を見かけた、と。

「昨日の上がりって何時?」

「九時。で、そっからコンビニに寄ってからだから、九時半から十時ぐらいかな」

「そんな夜更けに一人でジャングルジムっていうのは不思議だね。酔っ払いか立ちんぼだったのかな」

「やっぱそんなところだよな」

 自分でも思ったのと同じことを口にされたことで、だよな、と飲み込む皐月。
 特に変わったことじゃない。
 ただタイミング悪く、変な人を見てしまっただけのことだったのだろう。

「あ、でもさ」

 ふと佳乃が言う。

「目が紅かったのって、もしかしたら『吸血鬼』だったのかもしれないね、なんて」

 佳乃は、悪戯っぽく言う。
 なんだそれは、と皐月は軽く流した。

「あれ、知らない? あそっか、中学は隣だったもんね」

「いや、家はこっちだから知ってるけど――え、お前それ信じてんの?」

「んーや、全然。大方、酔っ払ってるせいで目が爛々としてたとか、そんなんだろうしさ。それに、吸血鬼なんているはずないし。御伽噺、創作、フィクション、でしょ?」

「信じてないなら言うなって、馬鹿馬鹿しい」

 吸血鬼。
 馬鹿馬鹿しい。
 本当に馬鹿馬鹿しい。

 そんなやつ、いる筈がない。

 この町には、吸血鬼伝説なんて噂話がある。昔から、老若男女問わず口にしていた。
 この町の人間なら誰もが知る、都市伝説的な話だ。

 あるいはそれは、子どもを躾ける為に大人が創り出した戒めの言葉だったのかもしれない。
 悪いことをしてると吸血鬼が来るぞ、といった具合に。
 エスカレーターでふざけていると吸い込まれるぞ。
 深夜に出歩くと幽霊に攫われるぞ。神隠しに遭うぞ。

 それらと同様のもの。

 ただ――もしそうであるなら、本当に吸血鬼がいた、或いは吸血鬼の成す被害であるところの『歯形』や『漏血』といった事故事件があったことの裏付けにもなってしまう。
 エスカレーターの例では、上着や靴紐なんかが巻き込まれ怪我をするという事故が、世界中である。
 夜中に歩くと、の例では、地域や治安、時代により、人攫いは実際にあったこと。
 そういうことから考えるなら、吸血鬼が来るぞ、つまり血を吸われる・攫われるぞ、という文言は、そういった被害が過去あったことを示唆していることになる。

 しかしそこで不思議なのは、この町で暮らしていて、その噂話は耳にしても、誰か何か変わった事件や事故、殺人事件があった等というものは、一切聞いたことがない。警察救急が大がかりな作業をしている様子も目にしたことがない。
 窃盗や、殴り合いの喧嘩から拡大した事件なら幾つか知っているが、それだけ変わった事故事件がもしあれば、テレビや新聞のニュースにはなるはずだ。

 見たことはない。
 聞いたこともない。
 読んだこともない。

 とどのつまり、考える必要も恐れる必要もない、本当にただの噂話。

 故に、馬鹿馬鹿しい。
 子どもを躾ける為でも、まして過去の事件から戒めるものですらないのだ。

「でもさ、もしいたらって考えることくらいない?」

「ない。有り得ない。あってもそういう病気の人か、海外なら薬物ハイだろ」

 佳乃の言葉に、皐月は否定で以って即答した。

「うわ、夢ないなー」

「現実的って言ってくれ」

 有り得ないものは有り得ない。
 それこそ、考えるだけ無駄なものだ。

「――っと、私そろそろ戻らないと。また後でね、さっちゃん」

 そう言いながら、佳乃は席を立つ。

「ん、頑張って」

「おうとも! じゃんっじゃん稼いでやるんだから!」

「気合い入れたって時給は変わんないけどな」

「お店に稼がせてあげるんですーだ!」

 べー、と舌を出して悪い顔。
 それでもすぐに笑って手を振ると、佳乃はそのまま休憩室を後にした。

 カチ、コチ、カチ、コチ。

 針の音ばかりが虚しく響く。
 話し声さえなくなってしまえた極端に物音が少ない一室で、皐月は背もたれに身体を預け、天井を見上げた。

「吸血鬼、ねぇ……」

 小さく呟き、時計を見る。
 休憩時間は、あと十五分。

「……寝よ」

 大きく息を吐いて、目を閉じる。
 瞼の裏に蘇るのは、やはり昨夜の光景だったけれど。
 そんなこともいつしか忘れて、意識は存外早くに、夢の中へと落ちていった。
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