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第3章 『雪解け』
14.ともだち
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バシッ!
強くその手を打たれた妖魔は、痛みこそ覚えはしなかったものの、その襲撃者の姿を目にするや、ソラを離し、向けていた拳もおさめた。
『おいおいこりゃあ……どういうこったぁ?』
心底不服そうに、強く睨む妖憑。
しかしそれに臆することなく、
「ソラ! むかえにきたよ!」
振り返り、ごくごく自然に笑顔を向ける、ミツキの姿があった。
「お、お前、なんで……」
茫然として、ただミツキの姿を見上げる。
「ソラ、ようまはきらいなのわかった。でも、カンナのともだちで、ユウのともだち。わたし、ソラにわるいことしたけど、たすけたい!」
「そ――そ、そんなこと、頼んでない…! いいからどっか行け、にげろよ…!」
「ダメ! たすけるの!」
大きく強く言うと、ミツキは妖憑に向かって拳を振った。
「な、なんで……」
「空……あの子、妖魔よね……一体、どういうこと?」
「お、オレも知らない……ユウ兄ちゃんと雪姉ちゃんが連れてたんだけど……」
そんなことよりも。
自分を護り、妖憑に立ち向かうその背を見ていると、
「なんで……なんでだよ……」
どうしても、あの日のことを思い出してしまった。
空は過去、妖魔との戦いで父親を失っている。というのが、ユウがトコから聞かされた内容で、委細は知らない。
当時、その戦いの場には空の姿もあって、父が殺されるその瞬間を、妖魔の大群の恐ろしさを、その目で見てしまっていた。肉が引き裂かれ、声も上げられないまま死んでゆくその姿を、逸らすことも出来ずに、ただ見ていることしか出来なかったのだ。
紗雪と同じような出来事を経験していて、片やそれから数百年も経っているが、片やそれほど時間の立っていない子ども。
乗り越えろ、慣れろ、という方が、土台無理な話。
空とミツキの相性は、最悪だったのだ。
いくら仲良くしたいとミツキが願ったところで難しいものは難しい。もう何年、或いは何十年と経って精神的に成熟し、それでもまだ過去のトラウマというものを乗り越えられる者は少ない。
それなのに――
「お、オレ、お前を突き飛ばしたのに……」
「そんなのぜんぜんいたくない!」
「お前のこと、まだ一回も名前で……」
「これからでいい!」
「い、いやなこともいっぱい言ったし…!」
「いやじゃない!」
「で、でも…!」
「わたし、なんにもいたくないもん!」
「……っ……!」
どうしてそこまで。
どうしてそんなに必死になって、妖である自分の為に、あの怖い奴に立ち向かえるのか。
空にはそれが分からなくて、ただ妖憑と戦う小さな背中を、見ていることしか出来ない。
ただ、ミツキからしてみれば、それはとても単純な動機だった。
――仲良くなりたい――
初めて出会った、自分と同じくらいの見た目の相手。
記憶も何もないミツキにとって、初めて見るそんな相手。
妖、妖魔、という問題ではない。
何も知らない、何も覚えていない自分には、ユウや紗雪はおとな過ぎる。
ユウはいつでも自分でない何かを優先するし、紗雪は大好きだがとてもおとなだ。
本能的に、自分と同じくらいの相手を、心が求めていたのだ。
いくら嫌われようとも、いくら突き放されようとも、そんなの関係ない。
今この瞬間、仲良くなりたいと思った――嫌われるなら好かれるように、突き放されるならそうされないように。
それだけが、ミツキがここに来た理由だった。
「おまえ……」
「まっててね、ソラ! わたしがたすけてあげるから! おかあさんも、いっしょにかえるんだから!」
「あ、あなた……」
両者共に攻撃は当たっていないが、ミツキは全力で、妖憑はただ避けているだけ。
それも、攻撃が出来ないのではなく、ただしていないだけの。
妖魔の大群を漢那へとけしかける前、空を奪還しようと立ち向かってきた漢那に見せた力――避けてくれているだけ良い話、攻撃に転じられれば勝ち目も逃げ道も無い。
それほどまでに圧倒的な力の差がある。
隙を見て奇襲すれば何とかなるという話でもない。
空は、実際にそれを目の当たりにした。
「あうっ…!」
「あっ……」
ミツキが軽く飛ばされるのを見て、思わず声が漏れてしまう。
音を立てて転がった後、横たわるその身体に、大丈夫かと近寄りたい気持ちを僅かに抱いたが、あのおぞましい妖気を前に、身体は動いてくれない。
どうして、自分より遥かに幼く見えるその身体で、会話すら拙いような頭で、恐怖もなく挑めるのか。
怖くないのか。
痛いのは嫌じゃないのか。
あれこれ考えるが、それに答えるかのように、ミツキは次、更に次と、何度吹き飛ばされようとも立ち向かう。
「やめろって……やめろよ、もうやめ――」
「やめない…!」
空の心配なんて、吹き飛ばすくらいに。
「わたしがたすけるの! たすけて、ソラとともだちになるんだから!」
強く、堂々と言い放つと、ミツキは渾身の力を籠めた拳を振るった。
それを、避けるでもなく身体で受け止めると、妖憑はこれまでより少し強い力でミツキを殴りつけた。
それだけで、軽いミツキは何倍も遠くの方へと弾き飛ばされてしまう。
それを、言い知れない気持ちで、声もなく見送る空だった――が、それを受け止める影にも気が付いた。
強くその手を打たれた妖魔は、痛みこそ覚えはしなかったものの、その襲撃者の姿を目にするや、ソラを離し、向けていた拳もおさめた。
『おいおいこりゃあ……どういうこったぁ?』
心底不服そうに、強く睨む妖憑。
しかしそれに臆することなく、
「ソラ! むかえにきたよ!」
振り返り、ごくごく自然に笑顔を向ける、ミツキの姿があった。
「お、お前、なんで……」
茫然として、ただミツキの姿を見上げる。
「ソラ、ようまはきらいなのわかった。でも、カンナのともだちで、ユウのともだち。わたし、ソラにわるいことしたけど、たすけたい!」
「そ――そ、そんなこと、頼んでない…! いいからどっか行け、にげろよ…!」
「ダメ! たすけるの!」
大きく強く言うと、ミツキは妖憑に向かって拳を振った。
「な、なんで……」
「空……あの子、妖魔よね……一体、どういうこと?」
「お、オレも知らない……ユウ兄ちゃんと雪姉ちゃんが連れてたんだけど……」
そんなことよりも。
自分を護り、妖憑に立ち向かうその背を見ていると、
「なんで……なんでだよ……」
どうしても、あの日のことを思い出してしまった。
空は過去、妖魔との戦いで父親を失っている。というのが、ユウがトコから聞かされた内容で、委細は知らない。
当時、その戦いの場には空の姿もあって、父が殺されるその瞬間を、妖魔の大群の恐ろしさを、その目で見てしまっていた。肉が引き裂かれ、声も上げられないまま死んでゆくその姿を、逸らすことも出来ずに、ただ見ていることしか出来なかったのだ。
紗雪と同じような出来事を経験していて、片やそれから数百年も経っているが、片やそれほど時間の立っていない子ども。
乗り越えろ、慣れろ、という方が、土台無理な話。
空とミツキの相性は、最悪だったのだ。
いくら仲良くしたいとミツキが願ったところで難しいものは難しい。もう何年、或いは何十年と経って精神的に成熟し、それでもまだ過去のトラウマというものを乗り越えられる者は少ない。
それなのに――
「お、オレ、お前を突き飛ばしたのに……」
「そんなのぜんぜんいたくない!」
「お前のこと、まだ一回も名前で……」
「これからでいい!」
「い、いやなこともいっぱい言ったし…!」
「いやじゃない!」
「で、でも…!」
「わたし、なんにもいたくないもん!」
「……っ……!」
どうしてそこまで。
どうしてそんなに必死になって、妖である自分の為に、あの怖い奴に立ち向かえるのか。
空にはそれが分からなくて、ただ妖憑と戦う小さな背中を、見ていることしか出来ない。
ただ、ミツキからしてみれば、それはとても単純な動機だった。
――仲良くなりたい――
初めて出会った、自分と同じくらいの見た目の相手。
記憶も何もないミツキにとって、初めて見るそんな相手。
妖、妖魔、という問題ではない。
何も知らない、何も覚えていない自分には、ユウや紗雪はおとな過ぎる。
ユウはいつでも自分でない何かを優先するし、紗雪は大好きだがとてもおとなだ。
本能的に、自分と同じくらいの相手を、心が求めていたのだ。
いくら嫌われようとも、いくら突き放されようとも、そんなの関係ない。
今この瞬間、仲良くなりたいと思った――嫌われるなら好かれるように、突き放されるならそうされないように。
それだけが、ミツキがここに来た理由だった。
「おまえ……」
「まっててね、ソラ! わたしがたすけてあげるから! おかあさんも、いっしょにかえるんだから!」
「あ、あなた……」
両者共に攻撃は当たっていないが、ミツキは全力で、妖憑はただ避けているだけ。
それも、攻撃が出来ないのではなく、ただしていないだけの。
妖魔の大群を漢那へとけしかける前、空を奪還しようと立ち向かってきた漢那に見せた力――避けてくれているだけ良い話、攻撃に転じられれば勝ち目も逃げ道も無い。
それほどまでに圧倒的な力の差がある。
隙を見て奇襲すれば何とかなるという話でもない。
空は、実際にそれを目の当たりにした。
「あうっ…!」
「あっ……」
ミツキが軽く飛ばされるのを見て、思わず声が漏れてしまう。
音を立てて転がった後、横たわるその身体に、大丈夫かと近寄りたい気持ちを僅かに抱いたが、あのおぞましい妖気を前に、身体は動いてくれない。
どうして、自分より遥かに幼く見えるその身体で、会話すら拙いような頭で、恐怖もなく挑めるのか。
怖くないのか。
痛いのは嫌じゃないのか。
あれこれ考えるが、それに答えるかのように、ミツキは次、更に次と、何度吹き飛ばされようとも立ち向かう。
「やめろって……やめろよ、もうやめ――」
「やめない…!」
空の心配なんて、吹き飛ばすくらいに。
「わたしがたすけるの! たすけて、ソラとともだちになるんだから!」
強く、堂々と言い放つと、ミツキは渾身の力を籠めた拳を振るった。
それを、避けるでもなく身体で受け止めると、妖憑はこれまでより少し強い力でミツキを殴りつけた。
それだけで、軽いミツキは何倍も遠くの方へと弾き飛ばされてしまう。
それを、言い知れない気持ちで、声もなく見送る空だった――が、それを受け止める影にも気が付いた。
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