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1章 出会い編
5話 婚姻の申し出
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「……」
本来、戦争における国への報告はなによりも優先して行わなければならない。けどウェズは待てなかった。和平を結ぶ為にあらかじめ報告はあげていたし、最後は王子自ら直接和平の場に出向いていた。
誰よりもなによりもウツィアに最初に会いたい。
その気持ちだけで城の奥にある静かな庭へ走った。普段そんなことをしないウェズの姿に周囲は目を丸くしている。その時ばかりは周囲の視線なんてかまわなかった。
「……」
直近の二年は戦争を終わらせる為、ウツィアのいる王城には一度も戻らず、いつのまにか庭には春が訪れている。
肩で息をして辿り着いた穏やかな庭には誰もいなかった。
「…………いない」
周囲を見ても誰もいない。焦燥が落胆に変わる。
「ウェズ」
名を呼ばれた声は知ってはいるけれど、ほしい音ではなかった。
「王子」
「ちょっと顔貸しなさい」
「王女」
ふらつきながら二人の後を追う。王子が普段使う応接室だ。ソファに座り向かい合う。
「まあ単刀直入に言うわ」
「……」
「ウツィアは帰った」
「実家の領地にね」
「何故」
そこからはよくある話だった。
長引く戦争に商売が下降線を描く。特にウツィアの実家は搬入ルートに南側が含まれていた。南は隣国セモツがある。戦いが過激化する場所だった。
「私が考えなしに戦っていたばかりに……」
「戦争なんてどうなるか分からないでしょ」
「二年も商売ができないとなると損失が大きい……」
「もしもーし?」
「あ、ネガティブで目の前見えてないやつ」
久しぶりだ~と王子が笑う。頭固いんだからと王女が悪態をつくも、何かを閃いたのかにたりと顔色を変えた。
「あ~これはウツィアの家が経営破綻になっちゃうかも~」
「姉様、なに言ってるんですか。そんなことな」
「経営破綻」
ウェズの顔色が青く変わる。王女は嫌な笑顔で続けた。
「私のせいで……経営破綻……」
「そういえば~ちょっとした筋から聞いたんだけど~」
「姉様、ウェズで遊ぶのやめてください」
「ウツィアの実家が経営破綻しそうだっていうのに付け入る嫌な輩がいるらしいわよ~?」
「……付け入る?」
ウツィアの実家の東隣の小さな領地に子爵家がある。そこの令息と彼女はいわゆる幼馴染という関係だ。その幼馴染が経営難のウツィアの家に資金援助をする代わりに、彼女との婚姻を望んでいるという。
「年も同い年だし丁度いい的な~」
「姉様、それ誇張しすぎ」
「あら婚姻の申し出は事実だったじゃない」
「婚姻……そんな援助を盾にして脅迫まがいのことを?」
「いい感じで釣れたわね」
「姉様……」
けどウツィアはこの婚姻を望んでいないと言う。王女の情報ではウツィアにとって幼馴染は幼馴染以上でもなく以下でもない。
「彼女はこの婚姻を望んでいないのに無理矢理?」
「そうそう。ほら、ここは誰かの助けが必要じゃない?」
王女が目で王子にこの話に乗れと暗に言ってくる。あまりに強引で嘘も含まれているけれど仕方ない。
「ウェズはこの戦いで伯爵から公爵になったし、褒賞金もたくさん得たよね」
「それなら金に物言わせりゃいいのよ~! いっそ援助金倍出せばあっちはぐうの音も出ないわ」
「成程」
「姉様、それって件の幼馴染がやってることと変わりないんじゃ」
「いいのよ。そうでもしないと動かないでしょ、こいつ」
損失分を補填できれば経営破綻は免れる。今すぐ南側の道の整備や流通関係の取引制度を従前に戻すかすれば、セモツとの戦争がない以上、以前の搬入ルートで稼げるはずだ。
それまでの補填金を用意すればいい。
「王子殿下、南側の被害回復・原状復帰と輸出入の制限についての案を纏めますので許可を。できるだけ早くに」
「あー……分かったよ」
「では手紙を今すぐ」
「と思って用意してるわ」
「ありがとうございます」
さらっと書いた手紙を王女と王子が覗く。
「ちょっと! 援助の話だけで婚姻のことが書いてないわよ!」
「え? 件の幼馴染と婚姻しない為に倍の援助金を出すだけでよいのでは?」
「こいつ……」
ウツィアのこと好きなくせになんなのと王女が怒り狂う。
確かにウツィアが好きだ。
それは今日、ウツィアが約束した庭にいなかったことで知り得た感情だった。
けれど自分が婚姻の申し出をするような立場ではない。十も年が離れていて、顔に大きな傷跡もあり、貴族界隈での評価がよくない男からの申し出があっても迷惑だろう。しかも公爵になった手前、ウェズが婚姻の申し出をしたら伯爵家のウツィアは貴族位の立場上断れない。
「だからいいんじゃない」
「姉様!」
「え、声に?」
「出てたわよ」
「……手紙はこれで出します。王子殿下、先程の原状復帰に関する許可を」
「あー……はいはい」
ウツィアの両親から返事はすぐに来た。王城へ返事を贈るようお願いしていてよかった。これが領地経由だと時間がかかってしまっただろう。
「なんて?」
「……一度家に来てほしいと書いてある」
「そうだろうね」
関わりのない相手からの急な援助金なんてどこもびっくりだよと王子は苦笑する。しかも手紙には城で行われる公爵位の正式授与式や諸々の書類手続き等が終わってからでいいとも言う。ウェズは急いで日取りを決める為の返事を書いた。
* * *
そして二週間後、緊張の面持ちでウェズはウツィアの実家、オトファルテ伯爵家領地シュペンテへ足を踏み入れた。
「初めまして、でよいのかな? ポインフォモルヴァチ公爵閣下。私はスツ・クロニチ・オトファルテと申します。こちらが妻のチェスタオツェ、後継で長男のチェプオです。長女のウツィアと次女のマゼーニャは席を外しておりますが、何卒ご容赦を」
「いえ、こちらこそ貴公の貴重な時間を頂き感謝します」
ウツィアは母親似だなと思いながらウツィアの実家の屋敷に足を進める。調度は少なく、無駄のないすっきりした屋敷だった。
「単刀直入にいってもよろしいかな?」
「はい」
「何故オトファルテ家に多額の援助金を頂けるのだろう?」
ウェズはそのまま話した。オトファルテ伯爵の持つ商売搬入ルートを潰してしまったこと、それが事業に影響を及ぼしていること。これは戦争で陣頭指揮をとっていた自身の責任を果たす為にすぎないと。
「んん?」
「いかがしました?」
「いや……」
ウツィアの父、オトファルテ伯爵が首を傾げる。さも伯爵家が傾くような言い方をしているけれど、事業は早くて一年で元通りになる算段だ。間違った情報でも入っていたのだろうかと聞こうとした時、ウツィアの母である伯爵夫人が彼の膝に触れて止めた。私に任せてと言わんばかりににこりと伯爵に笑い掛け伯爵は頷いた。
「理由はそれだけですか?」
「え?」
「戦争で影響を受けた家なんていくらでもあるでしょう? 閣下は全ての家門に援助をされたのですか?」
言葉に詰まらせたのを伯爵夫人は見落とさなかった。
「何故オトファルテ伯爵家だけなのでしょう? お聞かせいただけますか」
優しい語調なのに有無を言わせない。ウェズは悩んだ末、本音を曖昧にした上で話すことにした。
「ウツィア嬢に世話になったことがあります」
「ウツィア?」
「……私にとって彼女は恩人です。彼女は私のことを知らないでしょう。けれど私は彼女に救われた。それに報いたいのです」
本来、戦争における国への報告はなによりも優先して行わなければならない。けどウェズは待てなかった。和平を結ぶ為にあらかじめ報告はあげていたし、最後は王子自ら直接和平の場に出向いていた。
誰よりもなによりもウツィアに最初に会いたい。
その気持ちだけで城の奥にある静かな庭へ走った。普段そんなことをしないウェズの姿に周囲は目を丸くしている。その時ばかりは周囲の視線なんてかまわなかった。
「……」
直近の二年は戦争を終わらせる為、ウツィアのいる王城には一度も戻らず、いつのまにか庭には春が訪れている。
肩で息をして辿り着いた穏やかな庭には誰もいなかった。
「…………いない」
周囲を見ても誰もいない。焦燥が落胆に変わる。
「ウェズ」
名を呼ばれた声は知ってはいるけれど、ほしい音ではなかった。
「王子」
「ちょっと顔貸しなさい」
「王女」
ふらつきながら二人の後を追う。王子が普段使う応接室だ。ソファに座り向かい合う。
「まあ単刀直入に言うわ」
「……」
「ウツィアは帰った」
「実家の領地にね」
「何故」
そこからはよくある話だった。
長引く戦争に商売が下降線を描く。特にウツィアの実家は搬入ルートに南側が含まれていた。南は隣国セモツがある。戦いが過激化する場所だった。
「私が考えなしに戦っていたばかりに……」
「戦争なんてどうなるか分からないでしょ」
「二年も商売ができないとなると損失が大きい……」
「もしもーし?」
「あ、ネガティブで目の前見えてないやつ」
久しぶりだ~と王子が笑う。頭固いんだからと王女が悪態をつくも、何かを閃いたのかにたりと顔色を変えた。
「あ~これはウツィアの家が経営破綻になっちゃうかも~」
「姉様、なに言ってるんですか。そんなことな」
「経営破綻」
ウェズの顔色が青く変わる。王女は嫌な笑顔で続けた。
「私のせいで……経営破綻……」
「そういえば~ちょっとした筋から聞いたんだけど~」
「姉様、ウェズで遊ぶのやめてください」
「ウツィアの実家が経営破綻しそうだっていうのに付け入る嫌な輩がいるらしいわよ~?」
「……付け入る?」
ウツィアの実家の東隣の小さな領地に子爵家がある。そこの令息と彼女はいわゆる幼馴染という関係だ。その幼馴染が経営難のウツィアの家に資金援助をする代わりに、彼女との婚姻を望んでいるという。
「年も同い年だし丁度いい的な~」
「姉様、それ誇張しすぎ」
「あら婚姻の申し出は事実だったじゃない」
「婚姻……そんな援助を盾にして脅迫まがいのことを?」
「いい感じで釣れたわね」
「姉様……」
けどウツィアはこの婚姻を望んでいないと言う。王女の情報ではウツィアにとって幼馴染は幼馴染以上でもなく以下でもない。
「彼女はこの婚姻を望んでいないのに無理矢理?」
「そうそう。ほら、ここは誰かの助けが必要じゃない?」
王女が目で王子にこの話に乗れと暗に言ってくる。あまりに強引で嘘も含まれているけれど仕方ない。
「ウェズはこの戦いで伯爵から公爵になったし、褒賞金もたくさん得たよね」
「それなら金に物言わせりゃいいのよ~! いっそ援助金倍出せばあっちはぐうの音も出ないわ」
「成程」
「姉様、それって件の幼馴染がやってることと変わりないんじゃ」
「いいのよ。そうでもしないと動かないでしょ、こいつ」
損失分を補填できれば経営破綻は免れる。今すぐ南側の道の整備や流通関係の取引制度を従前に戻すかすれば、セモツとの戦争がない以上、以前の搬入ルートで稼げるはずだ。
それまでの補填金を用意すればいい。
「王子殿下、南側の被害回復・原状復帰と輸出入の制限についての案を纏めますので許可を。できるだけ早くに」
「あー……分かったよ」
「では手紙を今すぐ」
「と思って用意してるわ」
「ありがとうございます」
さらっと書いた手紙を王女と王子が覗く。
「ちょっと! 援助の話だけで婚姻のことが書いてないわよ!」
「え? 件の幼馴染と婚姻しない為に倍の援助金を出すだけでよいのでは?」
「こいつ……」
ウツィアのこと好きなくせになんなのと王女が怒り狂う。
確かにウツィアが好きだ。
それは今日、ウツィアが約束した庭にいなかったことで知り得た感情だった。
けれど自分が婚姻の申し出をするような立場ではない。十も年が離れていて、顔に大きな傷跡もあり、貴族界隈での評価がよくない男からの申し出があっても迷惑だろう。しかも公爵になった手前、ウェズが婚姻の申し出をしたら伯爵家のウツィアは貴族位の立場上断れない。
「だからいいんじゃない」
「姉様!」
「え、声に?」
「出てたわよ」
「……手紙はこれで出します。王子殿下、先程の原状復帰に関する許可を」
「あー……はいはい」
ウツィアの両親から返事はすぐに来た。王城へ返事を贈るようお願いしていてよかった。これが領地経由だと時間がかかってしまっただろう。
「なんて?」
「……一度家に来てほしいと書いてある」
「そうだろうね」
関わりのない相手からの急な援助金なんてどこもびっくりだよと王子は苦笑する。しかも手紙には城で行われる公爵位の正式授与式や諸々の書類手続き等が終わってからでいいとも言う。ウェズは急いで日取りを決める為の返事を書いた。
* * *
そして二週間後、緊張の面持ちでウェズはウツィアの実家、オトファルテ伯爵家領地シュペンテへ足を踏み入れた。
「初めまして、でよいのかな? ポインフォモルヴァチ公爵閣下。私はスツ・クロニチ・オトファルテと申します。こちらが妻のチェスタオツェ、後継で長男のチェプオです。長女のウツィアと次女のマゼーニャは席を外しておりますが、何卒ご容赦を」
「いえ、こちらこそ貴公の貴重な時間を頂き感謝します」
ウツィアは母親似だなと思いながらウツィアの実家の屋敷に足を進める。調度は少なく、無駄のないすっきりした屋敷だった。
「単刀直入にいってもよろしいかな?」
「はい」
「何故オトファルテ家に多額の援助金を頂けるのだろう?」
ウェズはそのまま話した。オトファルテ伯爵の持つ商売搬入ルートを潰してしまったこと、それが事業に影響を及ぼしていること。これは戦争で陣頭指揮をとっていた自身の責任を果たす為にすぎないと。
「んん?」
「いかがしました?」
「いや……」
ウツィアの父、オトファルテ伯爵が首を傾げる。さも伯爵家が傾くような言い方をしているけれど、事業は早くて一年で元通りになる算段だ。間違った情報でも入っていたのだろうかと聞こうとした時、ウツィアの母である伯爵夫人が彼の膝に触れて止めた。私に任せてと言わんばかりににこりと伯爵に笑い掛け伯爵は頷いた。
「理由はそれだけですか?」
「え?」
「戦争で影響を受けた家なんていくらでもあるでしょう? 閣下は全ての家門に援助をされたのですか?」
言葉に詰まらせたのを伯爵夫人は見落とさなかった。
「何故オトファルテ伯爵家だけなのでしょう? お聞かせいただけますか」
優しい語調なのに有無を言わせない。ウェズは悩んだ末、本音を曖昧にした上で話すことにした。
「ウツィア嬢に世話になったことがあります」
「ウツィア?」
「……私にとって彼女は恩人です。彼女は私のことを知らないでしょう。けれど私は彼女に救われた。それに報いたいのです」
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