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2章 本編
9話 男装妻、開業する
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(今日のカードは、準備しておくとよし、か。始まりとしては悪くないけど、夫婦の会話に準備っていうのも……他のことかしら?)
ウツィアは再びウェズの執務室の扉を叩いた。なんなく入れる。昨日の今日だから拒否されるかと思ったら拍子抜けだ。
「旦那様、子供を作る気になりました?」
「いや」
翌日、渋面がきちんと戻っていた。態度も固い。
(あるべき距離感を保たねば)
(……機嫌悪い? 今日はお茶に誘うのやめとこうかしら)
ウェズは昨日ウツィアと話して舞い上がった自分を嗜め自制しようとしていた。眉間の皺がより深くなるのをウツィアは見逃さない。
「また来ます」
その言葉にぎょっとする。
「まさか毎日来る気か?」
「はい。明日になったら気持ちが変わるかもしれませんし」
夫が救われる未来があるなら叶えたい。その思いも当然あるけれど、夫婦となったからには仲を深めたい気持ちもあった。
(毎日顔を合わせる……それはとても嬉しいが……耐えられない。顔が緩む)
「……」
「旦那様?」
「……」
(今日も可愛い)
「……では失礼します」
絶句したままの夫をしり目にウツィアは自室に戻った。
女主人をやらなくてもいいと言われつつも、執事長に聞けば少しずつ勉強することになった。けど時間が余ってしまう。実家では家業の手伝いをしていたし、城にいた時も客は尽きなく王女の付き添いとしての時間も多かった。話し相手のあの人も毎日来てくれていて今更ながら充実していたと思う。
「暇ね……」
「奥様?」
のんびりすごすのも悪くはないけれど、夫が救われる未来を叶えられなかったら? あの態度……離縁もありえる。
実家に戻るのもしのびない。継ぐのは弟なわけだし、ここは自分で自分を養うぐらいの力が必要だ。
「マヤ」
専属侍女のマヤはウツィアが王城に入ってからの仲だ。実家に戻った時も一緒に来て、今回の婚姻でも連れてきた。実はマヤはこの領地シュテインシテ出身で屋敷を出てすぐの街に家族が店をいくらか開いていると言う。
「今後離縁されてもおかしくない雰囲気なのよ」
「離縁、ですか?」
「ええ、だから予防線を張るわ」
確かにウツィアの夫はいつもしかめっ面だ。愛想はなく口数も少ない。けれど屋敷の使用人はウツィアにもマヤにも優しいし態度も言動も良く、主人であるウツィアの夫が彼女を大事にしているということが分かる。使用人も領民も主である夫のことを慕っているようだから悪い人には思えない。
「マヤの実家で空き家があるって言ってなかった?」
「はい。ここから一番近い角の物件と、領地端にも一つございます」
選択肢があるなら折角だし占おうとカードを取り出す。マヤは王女直轄の侍女だったからウツィアが王女のお抱え占い師であったことを知っている。黙って結果を待った。
「……近い角の家を貸してくれない?」
「どうされるおつもりですか?」
「働くのよ」
「働く?」
「ええ、お店を開くの」
にっこり笑うウツィアにマヤは戸惑う。
「ですが、商売の許可は領主様に頂かないと」
「その家を所有しているマヤの親戚の名前を使ってもいい?」
「え?」
「で、業務委託で私が雇われ店主をやるの。そういう形態をとってる事業者も多いでしょ?」
「はい。それなら問題ないと思います」
本気で起業する気なのだと驚く。予防線だとウツィアはまだ言っていた。
「今の内からお金稼いで、旦那様に捨てられても食べていけるようにしないと」
「何をされるのですか?」
「城にいた時と一緒よ。占い、薬・化粧品売り」
それなら納得だ。占いは王女からの紹介があり、薬と化粧品は固定客もついている。
「ついでにカフェも開こうかしら」
薬の中に薬草茶を取り扱っているからか、茶といくらかのお菓子を提供する小さなカフェを開きたいと言う。
「では建物を所有している親戚に話をつけます」
「直接お会いして話したいわ。手紙を書くからお願いできる?」
「はい」
けれど店に領主の妻がいるというのはどうなのか。マヤはウツィアにそうきいてみると、にっこり得意げに応えた。
「変装しようと思って」
「町娘にですか?」
平民の格好をしても見た目の気品は隠せない。けれどウツィアはまだ得意げだった。
「私、男性の格好をしようと思ってるの」
「男性?」
「私が領主の妻だとばれないようにするには全然違う方向に変装しないとだめよ。ここは男性になるのが丁度いいと思わない?」
「なんで?!」
ウツィアは再びウェズの執務室の扉を叩いた。なんなく入れる。昨日の今日だから拒否されるかと思ったら拍子抜けだ。
「旦那様、子供を作る気になりました?」
「いや」
翌日、渋面がきちんと戻っていた。態度も固い。
(あるべき距離感を保たねば)
(……機嫌悪い? 今日はお茶に誘うのやめとこうかしら)
ウェズは昨日ウツィアと話して舞い上がった自分を嗜め自制しようとしていた。眉間の皺がより深くなるのをウツィアは見逃さない。
「また来ます」
その言葉にぎょっとする。
「まさか毎日来る気か?」
「はい。明日になったら気持ちが変わるかもしれませんし」
夫が救われる未来があるなら叶えたい。その思いも当然あるけれど、夫婦となったからには仲を深めたい気持ちもあった。
(毎日顔を合わせる……それはとても嬉しいが……耐えられない。顔が緩む)
「……」
「旦那様?」
「……」
(今日も可愛い)
「……では失礼します」
絶句したままの夫をしり目にウツィアは自室に戻った。
女主人をやらなくてもいいと言われつつも、執事長に聞けば少しずつ勉強することになった。けど時間が余ってしまう。実家では家業の手伝いをしていたし、城にいた時も客は尽きなく王女の付き添いとしての時間も多かった。話し相手のあの人も毎日来てくれていて今更ながら充実していたと思う。
「暇ね……」
「奥様?」
のんびりすごすのも悪くはないけれど、夫が救われる未来を叶えられなかったら? あの態度……離縁もありえる。
実家に戻るのもしのびない。継ぐのは弟なわけだし、ここは自分で自分を養うぐらいの力が必要だ。
「マヤ」
専属侍女のマヤはウツィアが王城に入ってからの仲だ。実家に戻った時も一緒に来て、今回の婚姻でも連れてきた。実はマヤはこの領地シュテインシテ出身で屋敷を出てすぐの街に家族が店をいくらか開いていると言う。
「今後離縁されてもおかしくない雰囲気なのよ」
「離縁、ですか?」
「ええ、だから予防線を張るわ」
確かにウツィアの夫はいつもしかめっ面だ。愛想はなく口数も少ない。けれど屋敷の使用人はウツィアにもマヤにも優しいし態度も言動も良く、主人であるウツィアの夫が彼女を大事にしているということが分かる。使用人も領民も主である夫のことを慕っているようだから悪い人には思えない。
「マヤの実家で空き家があるって言ってなかった?」
「はい。ここから一番近い角の物件と、領地端にも一つございます」
選択肢があるなら折角だし占おうとカードを取り出す。マヤは王女直轄の侍女だったからウツィアが王女のお抱え占い師であったことを知っている。黙って結果を待った。
「……近い角の家を貸してくれない?」
「どうされるおつもりですか?」
「働くのよ」
「働く?」
「ええ、お店を開くの」
にっこり笑うウツィアにマヤは戸惑う。
「ですが、商売の許可は領主様に頂かないと」
「その家を所有しているマヤの親戚の名前を使ってもいい?」
「え?」
「で、業務委託で私が雇われ店主をやるの。そういう形態をとってる事業者も多いでしょ?」
「はい。それなら問題ないと思います」
本気で起業する気なのだと驚く。予防線だとウツィアはまだ言っていた。
「今の内からお金稼いで、旦那様に捨てられても食べていけるようにしないと」
「何をされるのですか?」
「城にいた時と一緒よ。占い、薬・化粧品売り」
それなら納得だ。占いは王女からの紹介があり、薬と化粧品は固定客もついている。
「ついでにカフェも開こうかしら」
薬の中に薬草茶を取り扱っているからか、茶といくらかのお菓子を提供する小さなカフェを開きたいと言う。
「では建物を所有している親戚に話をつけます」
「直接お会いして話したいわ。手紙を書くからお願いできる?」
「はい」
けれど店に領主の妻がいるというのはどうなのか。マヤはウツィアにそうきいてみると、にっこり得意げに応えた。
「変装しようと思って」
「町娘にですか?」
平民の格好をしても見た目の気品は隠せない。けれどウツィアはまだ得意げだった。
「私、男性の格好をしようと思ってるの」
「男性?」
「私が領主の妻だとばれないようにするには全然違う方向に変装しないとだめよ。ここは男性になるのが丁度いいと思わない?」
「なんで?!」
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