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2章 本編
11話 女装夫、常連になる
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「毎日来てくれますね」
「ああ」
にっこにこの爽やかな笑顔、少し首を傾げ見つめる短い金髪の男性。少年さと青年さが入り混じって、華奢な様子は儚さがあり、且つほんわかした雰囲気を持っている。
「今日淹れたハーブティー、新作なんですよ! どうですか?」
紫が滲む青い瞳が細められる。両手を頬に当て肘を机について目の前の女性と目線を合わせた。
飲食店の接客としては良くないのかもしれないが、こうした所作が昨今の女性に人気だと言う。
「ああ、美味しい」
(可愛い……他の客もそう思っているのだろうか)
アイスブルーに近い銀色の長い髪に前髪で顔右半分を隠しているこの女性は口数が少なく持ち前の雰囲気から冷たい印象を受ける。けれど毎日この店シュピャートに足を運んでいるあたり気に入ったのだとウツィアは解釈していた。
(クールだけどシャイな感じ? もう少し様子みよっと)
金髪の華奢な男性と銀髪の背の高い女性が対面している。
これが実際、妻であるウツィアが男装し、夫であるウェズが女装をして対面しているのだからおかしな状況だ。
* * *
ウェズは女装した姿で二週間、店が開いている時は毎回通った。
「毎日来てくれて嬉しいです」
「ああ」
(今日も可愛い)
うまいこと本心を隠している女装したウェズの様子を慎重に見極める。
(お店気に入ってくれたのかしら? ミステリアスな女性だわ)
店は日によってだが、若い令嬢が数名で来ることが多い。男装したウツィアが接客すると令嬢たちはきゃっきゃ盛り上がる。ウェズはいつもカウンター席から、テーブル席の様子を眺めていた。今日もお茶を出した時に何か言ったのか黄色い声が上がっている。
「あの」
カウンターに戻ってきたウツィアが女装したウェズに話しかける。
「これ、どう思います?」
親指をカーブを描いたまま伸ばし、他の指は重ねて曲げる。両手を横から合わせてくっつけると形を作った。その指の間から青紫の瞳がのぞく。
「ハートです」
にっこり笑って見せる。ウェズは首を傾げた。
「んー……ちょっと見ててください」
と言ってテーブル席の令嬢たちの元へ行き、同じように指でハート形を作る。すると令嬢たちから黄色い声があがった。すぐにカウンターに戻って「見ました?」ときいてくるので黙って頷くと再び笑みを深めた。
「さっきの御令嬢たちみたく反応が欲しいなって」
「私の?」
「はいっ!」
再び指でハート形を作って今度は外側から覗いてくる。
「こんなに沢山来てくれる方はいなくて……もっと仲良くなりたいなって」
「分かった」
(可愛い……男性の姿をしていても愛らしさは変わらないものだな)
黄色い声を上げた令嬢たちと心情は変わらない女装ウェズだったけれど、了承の言葉は男装ウツィアを喜ばせた。
「やった!」
「……それで、どのような反応をすればいい?」
正直に真正面から訊いてくる。
(んー、そこからかあ)
困った顔になりそうな顔を笑顔で隠した。ウェズが悪いわけじゃないし、ウツィア自身が反応を求めてお願いしているのだから困るのはお門違いだ。
「笑って下さい」
「笑う?」
「はい! ファンサしたら笑顔で応えて下さい。あと他の御令嬢の反応を参考にしてもらえれば」
「ふぁんさ?」
いけない、古文書用語だったと口元を手で隠す。ウェズは首を傾げながらも特段気にせず返した。
「努力する。そういったことはやったことがないというか、苦手で……」
「大丈夫です! 楽しみにしていますね。ゆっくりでいいので」
そしてウェズはこの時、魔が差した。女装して正体が知られてないからと。
「……私からもお願いしてもいいだろうか」
「はい! なんでしょう?」
「名前で、呼んでほしい」
(欲張りだろうか……せめて一緒にいる間だけでも呼ばれたい)
ぱちりと瞬き一つ。男装しててもやはり可愛いなと心の中で思いながら返事を待った。
「喜んで! 御嬢様、御名前は?」
「ウェズヴァチ・ブラスク……ウェズと呼んでほしい」
「はいっ、ウェズ嬢ですね」
「嬢はいらない」
少し顔つきがゆるんだのをウツィアは見逃さなかった。
(おや、結構心開いてもらってる? 嬉しい限りね)
可愛いお願いにほっこり癒される。
「分かりました。二人きりの時はそのまま呼びます」
「ああ……君は?」
「え?」
「君の名前は?」
「あ、えっとジビセルツァです。皆さんはルカと呼んでくれます」
ミドルネームを使ったのかと女装ウェズは納得した。男装している自分の妻の名は、ウツィア・ジビセルツァ・ポインフォモルヴァチ公爵夫人。夫として名前を呼んでもらえないだろうと考えていたウェズは普段潜入捜査で使う名前をウツィアに伝え、ここにいる時だけでもとお願いした。
「ジビセルツァ……ルカ、か」
「はい! よろしくお願いします……ウェズ」
「ああ」
(可愛い)
名前を呼ばれウェズは浮かれて帰った。それを側近カツペルに白い目で見られる。数刻後のことであった。
「ああ」
にっこにこの爽やかな笑顔、少し首を傾げ見つめる短い金髪の男性。少年さと青年さが入り混じって、華奢な様子は儚さがあり、且つほんわかした雰囲気を持っている。
「今日淹れたハーブティー、新作なんですよ! どうですか?」
紫が滲む青い瞳が細められる。両手を頬に当て肘を机について目の前の女性と目線を合わせた。
飲食店の接客としては良くないのかもしれないが、こうした所作が昨今の女性に人気だと言う。
「ああ、美味しい」
(可愛い……他の客もそう思っているのだろうか)
アイスブルーに近い銀色の長い髪に前髪で顔右半分を隠しているこの女性は口数が少なく持ち前の雰囲気から冷たい印象を受ける。けれど毎日この店シュピャートに足を運んでいるあたり気に入ったのだとウツィアは解釈していた。
(クールだけどシャイな感じ? もう少し様子みよっと)
金髪の華奢な男性と銀髪の背の高い女性が対面している。
これが実際、妻であるウツィアが男装し、夫であるウェズが女装をして対面しているのだからおかしな状況だ。
* * *
ウェズは女装した姿で二週間、店が開いている時は毎回通った。
「毎日来てくれて嬉しいです」
「ああ」
(今日も可愛い)
うまいこと本心を隠している女装したウェズの様子を慎重に見極める。
(お店気に入ってくれたのかしら? ミステリアスな女性だわ)
店は日によってだが、若い令嬢が数名で来ることが多い。男装したウツィアが接客すると令嬢たちはきゃっきゃ盛り上がる。ウェズはいつもカウンター席から、テーブル席の様子を眺めていた。今日もお茶を出した時に何か言ったのか黄色い声が上がっている。
「あの」
カウンターに戻ってきたウツィアが女装したウェズに話しかける。
「これ、どう思います?」
親指をカーブを描いたまま伸ばし、他の指は重ねて曲げる。両手を横から合わせてくっつけると形を作った。その指の間から青紫の瞳がのぞく。
「ハートです」
にっこり笑って見せる。ウェズは首を傾げた。
「んー……ちょっと見ててください」
と言ってテーブル席の令嬢たちの元へ行き、同じように指でハート形を作る。すると令嬢たちから黄色い声があがった。すぐにカウンターに戻って「見ました?」ときいてくるので黙って頷くと再び笑みを深めた。
「さっきの御令嬢たちみたく反応が欲しいなって」
「私の?」
「はいっ!」
再び指でハート形を作って今度は外側から覗いてくる。
「こんなに沢山来てくれる方はいなくて……もっと仲良くなりたいなって」
「分かった」
(可愛い……男性の姿をしていても愛らしさは変わらないものだな)
黄色い声を上げた令嬢たちと心情は変わらない女装ウェズだったけれど、了承の言葉は男装ウツィアを喜ばせた。
「やった!」
「……それで、どのような反応をすればいい?」
正直に真正面から訊いてくる。
(んー、そこからかあ)
困った顔になりそうな顔を笑顔で隠した。ウェズが悪いわけじゃないし、ウツィア自身が反応を求めてお願いしているのだから困るのはお門違いだ。
「笑って下さい」
「笑う?」
「はい! ファンサしたら笑顔で応えて下さい。あと他の御令嬢の反応を参考にしてもらえれば」
「ふぁんさ?」
いけない、古文書用語だったと口元を手で隠す。ウェズは首を傾げながらも特段気にせず返した。
「努力する。そういったことはやったことがないというか、苦手で……」
「大丈夫です! 楽しみにしていますね。ゆっくりでいいので」
そしてウェズはこの時、魔が差した。女装して正体が知られてないからと。
「……私からもお願いしてもいいだろうか」
「はい! なんでしょう?」
「名前で、呼んでほしい」
(欲張りだろうか……せめて一緒にいる間だけでも呼ばれたい)
ぱちりと瞬き一つ。男装しててもやはり可愛いなと心の中で思いながら返事を待った。
「喜んで! 御嬢様、御名前は?」
「ウェズヴァチ・ブラスク……ウェズと呼んでほしい」
「はいっ、ウェズ嬢ですね」
「嬢はいらない」
少し顔つきがゆるんだのをウツィアは見逃さなかった。
(おや、結構心開いてもらってる? 嬉しい限りね)
可愛いお願いにほっこり癒される。
「分かりました。二人きりの時はそのまま呼びます」
「ああ……君は?」
「え?」
「君の名前は?」
「あ、えっとジビセルツァです。皆さんはルカと呼んでくれます」
ミドルネームを使ったのかと女装ウェズは納得した。男装している自分の妻の名は、ウツィア・ジビセルツァ・ポインフォモルヴァチ公爵夫人。夫として名前を呼んでもらえないだろうと考えていたウェズは普段潜入捜査で使う名前をウツィアに伝え、ここにいる時だけでもとお願いした。
「ジビセルツァ……ルカ、か」
「はい! よろしくお願いします……ウェズ」
「ああ」
(可愛い)
名前を呼ばれウェズは浮かれて帰った。それを側近カツペルに白い目で見られる。数刻後のことであった。
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