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2章 本編

13話 ウツィアの誕生日 ~王城と同じ温室~

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「今日、時間はあるか?」
「はい」

 いつもの執務室へ突撃し子作りの確認をし断られたら珍しく話しかけられる。
 ウェズがウツィアを連れて行ったのは屋敷の広い庭の一角、温室だった。

「今日が誕生日だろう?」
「え、は、はい」
(知ってたんだ)

 驚きつつも自身の誕生日を知っていてくれたことにウツィアは純粋に喜んだ。

「この温室を君に」
「え?」

 中に入ると多くの植物が並んでいる。この温室ごと全部?

「花が好きではないのか?」
「好きですけど、こんな大きな温室を私に?」
「好きに使っていい。管理は庭師とうまくやってくれれば」

 そこにきてウツィアはピンときた。これは女主人としての試練に違いない。まずはこの温室程度の規模をうまく管理できるか試している。そうだとしたら俄然やる気が出た。

「お任せください!」
「ああ」
(お任せ?)

 拳を握りやる気を見せるウツィアを見て、気に入ったようならいいかとウェズは深く考えなかった。庭師を紹介して立ち去ろうとした時、ウツィアが「旦那様」と声をかける。

「どうした?」
「あの、お茶はいかがでしょう? この温室で!」

 試されていようとも誕生日にプレゼントを贈ってくれたのなら嫌われてはいない。毎日ランチもお茶も断られているけど今この時はいけそうな気がした。

「……ああ、構わない」
「! 嬉しいです!」
(成功した!)

 喜びに頬を染めて両手を合わせ口元に持ってくる所作にウェズは男装時のウツィアを思いだし目を細めた。

(可愛い)

 一方思っていた以上に夫であるウェズの纏う雰囲気が柔らかくなったのでウツィアは少し動揺した。どぎまぎしながら温室に置いてあるガーデンテーブルまでウェズを連れる。
 二人向かい合わせに座り、侍女のマヤにお茶を淹れてもらった後は二人きりにしてもらった。

「……」
「……」
(冬はよく温室で話したな)
「……」
「……」
(こんな形で叶うとは思わなかった)

 ウツィアの中でいけると思っていたのに無言の時間が続く。苦ではないけれど、これでは関係が深まらない。なんでもいいから話を振ってみようと試みた。

「今日はお天気いいですね」
「ああ」
「晴れてよかったです。お茶日和ですね」
「そうだな」
「旦那様の好きな食べ物は?」
「特には」
「嫌いな食べ物は?」
「特には」
「……旦那様、趣味はありますか?」
「……ないな」
「んー……旦那様はお花お好きなんですか?」
「いや」
「この温室、管理が行き届いてるみたいですけど、旦那様は何かされていたんでしょうか?」
「庭師に任せていた」
「あの、仮面をとって頂くことは」
「できない」

 ウツィアは笑顔のまま内心叫んだ。

(思っていた以上に会話が弾まない!)

 ウェズはウェズで緊張していて、まともにウツィアのことを見れない。お茶を飲む形で視線をカップへ向けたままだった。

(向かい合ってお茶を飲める日がくるなんて思わなかった。嬉しいが、緊張する)

 ずっとウツィアの後ろ姿を見ているだけだったウェズには刺激が強い。このテーブルと椅子が王城のものと同じというのも意識する要因だった。そんなウェズの内心の葛藤がウツィアに知られるわけでないけれど。

(こ、これもきっと試練! そうだわ! 初期の推しもシャイだった! あの時と同じように会話すればいいのよ!)

 すっかり女装時のウェズが推しになってしまったウツィアは目の前の夫を推しに見立てた。くしくも同一人物である。

「そういえば」
「?」
「私、旦那様のこと、新聞記事の内容程度でしか知りません」
「?」
「戦争で英雄になって爵位を得たとか……この領地も褒賞ですよね」
「ああ」

 嫌そうな雰囲気はない。ウツィアはさらに踏み込んだ。

「子供の頃はどんなだったんですか? 勉強は? 見た所領地経営はつつがないから何か勉強されてましたよね?」

 ウェズは少し考えて応えた。
 十五で家を出たこと、勉強は家庭教師、領地経営は家庭教師と父親から学んだけれど、騎士として王城入りしてから、王子の勧めで経営に関する勉強と騎士としての鍛練を平行して今に至ること。当たり障りない程度に話す。
 それでもウツィアはウェズが話してくれたことが嬉しかった。

「そうなんですね!」

 満面の笑顔を見せるウツィアにウェズは首を傾げる。

「楽しいか?」
「はいっ! 旦那様を知ることが出来たので」

 一瞬、王城の庭でウツィアが言ってくれた「教えてください」と「知りたいんです」の言葉がウェズの中に甦る。
 占いをしてくれたこと、悩みを聞いてくれたことを思い出し、全てを話しそうになるのをぐっと抑えた。

(あ、今何か話そうとしてやめちゃった。でも焦らずゆっくりいこうかな。推しも時間かかったし)

 くしくも同一人物である目の前の夫とお店にくる女装したウェズと同じ対応になる。

「私の話も聞いてくれます?」
「ああ」

 家族のこと、占いのことを伏せて王城にいたことがあると話した。

(知ってる)

 そう思いつつもウェズは黙って妻ウツィアの話に耳を傾けた。王城での時間はウェズにとって切っても切れない。同じように過ごせることに充足感を得た。
 最後には微笑んで話を聞いてくれるウェズの姿にウツィアはどきりとする。

(格好よ可愛い! ギャップ萌えだわ)

 推しと同じでギャップに弱いのかしらとウツィアは熱くなる両頬を両手で押さえる。その様子にウェズは可愛いと思いつつも小首を傾げるだけだった。

「そろそろ私は戻る」
「はい。そこまで見送ります」

 庭師と話を詰めたかったウツィアは残ることにして、温室の扉までウェズを見送ることにした。

「あ」

 なにかに蹴躓いてしまったウツィアをなんなくウェズが支える。

「あ、ありがとうございます」
(察しがいいわ……いえ、反射がいいだけとか?)

 すぐに気づいて助けてくれたことに感謝しつつも分かっていたかのような動きに驚いた。

「大丈夫か? 足は」
「大丈夫です! 痛くないです!」
(……あれ、この香り)

 懐かしさを覚える柑橘の香りがした。夫に抱き止められたことと、この香りで何故かウツィアの恥ずかしさが増した。

「よく転ぶんだな」
(男装しててもしてなくても転ぶのか。注意してよく見てないと)

 と、赤面するウツィアを見てウェズはいつまでも支え触れていることに気づいた。立たせてすぐに離れる。

「あ、えっと、次は気を付けます」
「ああ」
(華奢で柔らかい……いけない、赤面は免れないと)

 ウェズは唇に力をいれて赤面を乗りきった。

「では」
「はい、お気をつけて」

 夫であるウェズが完全に見えなくなった後、ウツィアの中に疑問が生まれた。

「……あれ?」

 そんなに夫の前で転んでなかった気がするけど?
 不思議に思いつつも首を傾げながら温室の中に戻った。
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