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2章 本編

16話 ラッキーアイテムで勘違い

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 ウツィアが女装ウェズを占った翌日、変わらない習慣で執務室へ向かう。
 いつもと違い、ウェズは領地内の騎士団へ向かう準備をしていて、部屋を出ようとする時だった。

「旦那様、お仕事ですか?」
「ああ、騎士舎へ行く」
「子作りは」
「遠慮する」
「そうです、か?!」

 語尾が変な声になり、ウェズが不思議そうに視線を寄越した。いけないと思い両手で口元を隠す。自身の夫を見つつ、執務机の上に置かれたある物を見つつで視線が彷徨う。

(推しにあげたハンカチ!)

 昨日の占い結果を思い出すに、秘かな恋をしていると出ていた。
 まさか既婚者への恋? 相手がまさか自分の夫?

(ど、どうしよう……推しの恋を応援したいけど、旦那様とは少しずつでもいいから仲良くなりたいって思ってる。あ、距離置かれてるのってそこ? もしかして旦那様も推しが好きなの? 身を引くべきは私? いやでもここで不審な動きをして旦那様との仲が気まずくなっても困るし、追及して推しと旦那様の仲が気まずくなっても困るし……でもこれはさすがにどうしたらいいの?!)

 思えば自信がないと出たのは既婚者と結ばれる未来が無理だという諦めからきていたのかもしれない。推しが健気すぎて泣きそうになった。

(私、旦那様のこと、気になってきてるのに)

 そもそもウツィアがウェズを気になり始めたのは、誕生日の温室の件で嫌われてはいないと思えたからだ。もっと知っていけばという思いが巡っていたタイミングで恐ろしい事実が突き付けられる。

「どうした?」
「い、いえ! なにも! わ、私はこれで失礼します! また伺いますね!」
(またはもうないかもしれない……)
「ああ」
(何に慌てているのだろう……慌てても可愛いが)

 ウツィアは肩を落としながら店に行こうと重い足取りを進める。


* * *


 当然今日も女装したウェズは来店した。
 常連の令嬢たちは気づいていないようだったけれど、彼女の持つ微妙な緊張感にすぐに気づく。

「何かあった?」
「え! えっと……」

 言い淀む男装ウツィアにウェズは正体がバレたのだろうかと不安になった。するとウツィアはウェズの耳元で二人きりになったら話しますと短く応える。内緒話をしている姿にテーブルの常連たちは喜び、急な接近にウェズは耳を赤くした。
 そうして時間が経ち、二人きりになってウェズは意を決して話しかける。

「私が何かしただろうか」
「いえ! なにもしていなんです。その……占い師が気にしていたんですけど」

 どきりとする。自分の正体が女装しているだけの夫であるとバレたのだろうか。

「すみません。本来はお客様の占い内容を聞いちゃいけないんですけど、あまりに占い師が心配してて、その……昨日言ってた好きな人って、ここの領主様ですか?」
「……は?」

 予想外のウツィアの言葉に肩透かしを食った。けれど真剣な様子なので何も返せない。

「占い結果から気になって……ラッキーアイテムで渡したハンカチって意中の人にプレゼントできたんですか?」

 ウェズは首を傾げた。何故こんなに必死に訴えてくるのか。

(なんだろうこの違和感……ハンカチ…………あ!)

 朝のことを思い出す。いつものウツィアとは反応が違った。視線も自分とどこかをしきりに移動していて、その視線の先は恐らく執務机の上だ。昨日貰ったハンカチを彼女に見られたのだと察する。

「違う!」
「え?」

 誤魔化さないと正体がバレてしまうと今度は女装したウェズが焦る番だった。

「私が好きなのは、別の人で、あのハンカチは……ハンカチは、その、申し訳ないが早々に落としてしまって拾ってくれた方から返してもらう予定で……」
「あ、そうなんですか」
(よかったあ。それなら推しの恋も応援できるし、離縁の危機も薄くなるわ)
「ああ」
(よし、誤魔化せた)

 お互い安心してほっとする。和やかな雰囲気が二人の間を包んだ。

(あれ、でも私ったら思ってた以上に嬉しいって思ってる? 推しが旦那様を好きじゃなくて? ううん、今はまあいっか)

「えへへ、なんか僕、早とちりしてたみたいですね」
「いや、私も早々に失くしてしまうなんて失礼だった」

 そこからはいつも通り、女装したウェズと男装したウツィアの当たり障りない会話が続いた。

(旦那様が拾うってことは推しは女性騎士とかしてるのかな? 背も高いし、きりっとした感じはそのへんの令嬢にないもの。騎士なら旦那様が拾ってもおかしくないし)
(帰って早くハンカチを隠さないと。あれは使わずに大事に保管しよう)


* * *


 その日の夜、食堂で食事をとるウツィアの元にウェズが現れた。

「私も共に食事をとってもよいだろうか」
「ええ! もちろんです」

 というか、主がいつどこで食事をとっても問題ないのにと思いつつ、ウツィアはウェズを受け入れた。
 静かに食事をとり、最後のお茶が出てきたタイミングでウツィアは思い切って聞いてみる。

「旦那様」
「ああ、どうした?」
「領地内騎士団には女性もいらっしゃるんですか?」
「少ないがいる。騎士になるのに性別は問わない」
「そうですか」
(やっぱり推しは女性騎士の可能性が高いわね……銀髪は珍しいからすぐ見つかりそう)
「?」

 その様子を壁際で聞いていた側近のカツペルは気づかれないよう浅く溜息を吐いていた。
 さっさとバレてしまえばいいのに、と。こんがらがるだけじゃん、とも。

(……よし、どうやら正体はバレていないようだ)
(騎士舎に見学に行けば推しに会えるかしら?)

 カツペルの希望とは裏腹に勘違いだけは進んでいく夫婦だった。
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