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第1章 黒猫の友人
涙哨石
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優、そう声がした。
自分を呼ぶのは誰なのか、そして自分は誰なのか。
闇に飲まれて消えたその声と共に答えは分からなくなってしまった。
木と紅い実と自分自身。
あの白い影は何処へいったのか。
優は一つ首を傾げた。
砂煙が立ち込める部屋、燈は地下へと到達した。
薄かった気配はより濃くなり、そして刻の声は靄がかかったように聞こえない。
子供の足音がする事に燈はとうに気づいていた。
運良く降りた地点は気絶した優のすぐ側だ。
「優も刻も返事をしろ!」
二人を呼ぶ声は虚しく地下に響くだけだった。
床の上で乱れた黒髪が横目に入る。
地面に足を擦るようにして、そろりと燈は優へ近づいた。
優に接触すると刻の能力による通信は切れてしまう。
それを知っているからこそ燈は優に触れてはいなかった。
だが依然刻の声は聞こえないままなのだ。
「涙哨石」
複数の気配が固まった場所。
目の前から誰かがそう言った。
男とも女とも言いにくい、判別のつかない声だ。
「涙哨石?」
不意に壁が崩れた。
まるで燈の疑問に答えるように。
脆く崩れた煉瓦の中に、燈は怪しげに光る石を見た。
壁からは宝石の原石にも近い、ごつごつとした歪な結晶が顔を覗かせた。
妖美な赤褐色の光が薄暗く地下を照らす。
「知らないの?能力を使えなくする石のこと。この部屋の壁にはそこら中にこの石が埋め込まれてる」
血の気の無い複数の顔が、赤い影を落として浮かびあがる。
おそらく能力者だと思われる子供たちは、見上げるようにして燈を見た。
「ならお前らも能力は使えないんだな?」
「違うよ」
燈の問いに一斉に彼らは口を開く。
自信と優越感に満ちた否定の言葉は、燈に異様な不気味さを抱かせた。
「僕らは特別だから。この石があっても能力が使えるんだ」
頭の中で呼び続けた刻からは、一向に応える気配を見せなかった。
涙哨石が能力を相殺するという効果はどうやら本当らしい。
優自身の他に能力を打ち消すことを可能とする物質を燈は今ここで初めて知った。
「僕らは罪の子なんだ。お姉さんはきっと知らないだろうけど」
子供が俯き気味に言った言葉。
隙を見て全員攻撃する考えを、燈は即座に捨てなければならなかった。
なるべく優を側に引き寄せ、担ぎ上げようと屈み込む。
子供達は微動だにすることなく一連の動作を凝視し続けた。
いや、優を目で追っていたというほうが正しいだろう。
「そのお兄ちゃんは触れた物と自分しか能力を打ち消すことができないみたいだね」
能力者は自身の能力が何らかの形で侵食や妨害を受けた場合、その根源を知ることができる。
そう燈は他の能力者から聞いたことがあった。
優に向けて対人用の能力を誰かが使用したのであれば優自身が能力を拒むことを知っているだろう。
もしも優の能力が自身だけでなく広範囲に影響を及ぼす領域型だったならば。
今この場に優が倒れていることはなかったはずだ。
「どうして罪の子はここで能力が使えるんだ」
燈の問いに間をおいて子供たちは口を開いた。
「能力の性質だよ。同じ能力同士では力の弱い方が負ける。それと同じように打ち消す力と能力も力の対抗になるんだ。そのお兄ちゃんと涙哨石の打ち消す力を足したよりも罪の子の能力が強いから能力は使えるってこと」
優の能力が押し負けた。
そう明言できる事実に燈は手を強く握りしめる。
子供ながらに議会では目立った存在であった事を理解していないわけではなかった。
大人に負けない強さを誇る自分達が負ける事など予想だにしていなかったのだ。
「つまりはお前達は強いんだな」
「化け物って呼ばれてたくらいだからね」
刻の記憶の中の日記と同じ、罪の子は自身らを化け物と呼ぶ。
圧倒的な力の前に燈は納得せざるを得なかった。
自分を呼ぶのは誰なのか、そして自分は誰なのか。
闇に飲まれて消えたその声と共に答えは分からなくなってしまった。
木と紅い実と自分自身。
あの白い影は何処へいったのか。
優は一つ首を傾げた。
砂煙が立ち込める部屋、燈は地下へと到達した。
薄かった気配はより濃くなり、そして刻の声は靄がかかったように聞こえない。
子供の足音がする事に燈はとうに気づいていた。
運良く降りた地点は気絶した優のすぐ側だ。
「優も刻も返事をしろ!」
二人を呼ぶ声は虚しく地下に響くだけだった。
床の上で乱れた黒髪が横目に入る。
地面に足を擦るようにして、そろりと燈は優へ近づいた。
優に接触すると刻の能力による通信は切れてしまう。
それを知っているからこそ燈は優に触れてはいなかった。
だが依然刻の声は聞こえないままなのだ。
「涙哨石」
複数の気配が固まった場所。
目の前から誰かがそう言った。
男とも女とも言いにくい、判別のつかない声だ。
「涙哨石?」
不意に壁が崩れた。
まるで燈の疑問に答えるように。
脆く崩れた煉瓦の中に、燈は怪しげに光る石を見た。
壁からは宝石の原石にも近い、ごつごつとした歪な結晶が顔を覗かせた。
妖美な赤褐色の光が薄暗く地下を照らす。
「知らないの?能力を使えなくする石のこと。この部屋の壁にはそこら中にこの石が埋め込まれてる」
血の気の無い複数の顔が、赤い影を落として浮かびあがる。
おそらく能力者だと思われる子供たちは、見上げるようにして燈を見た。
「ならお前らも能力は使えないんだな?」
「違うよ」
燈の問いに一斉に彼らは口を開く。
自信と優越感に満ちた否定の言葉は、燈に異様な不気味さを抱かせた。
「僕らは特別だから。この石があっても能力が使えるんだ」
頭の中で呼び続けた刻からは、一向に応える気配を見せなかった。
涙哨石が能力を相殺するという効果はどうやら本当らしい。
優自身の他に能力を打ち消すことを可能とする物質を燈は今ここで初めて知った。
「僕らは罪の子なんだ。お姉さんはきっと知らないだろうけど」
子供が俯き気味に言った言葉。
隙を見て全員攻撃する考えを、燈は即座に捨てなければならなかった。
なるべく優を側に引き寄せ、担ぎ上げようと屈み込む。
子供達は微動だにすることなく一連の動作を凝視し続けた。
いや、優を目で追っていたというほうが正しいだろう。
「そのお兄ちゃんは触れた物と自分しか能力を打ち消すことができないみたいだね」
能力者は自身の能力が何らかの形で侵食や妨害を受けた場合、その根源を知ることができる。
そう燈は他の能力者から聞いたことがあった。
優に向けて対人用の能力を誰かが使用したのであれば優自身が能力を拒むことを知っているだろう。
もしも優の能力が自身だけでなく広範囲に影響を及ぼす領域型だったならば。
今この場に優が倒れていることはなかったはずだ。
「どうして罪の子はここで能力が使えるんだ」
燈の問いに間をおいて子供たちは口を開いた。
「能力の性質だよ。同じ能力同士では力の弱い方が負ける。それと同じように打ち消す力と能力も力の対抗になるんだ。そのお兄ちゃんと涙哨石の打ち消す力を足したよりも罪の子の能力が強いから能力は使えるってこと」
優の能力が押し負けた。
そう明言できる事実に燈は手を強く握りしめる。
子供ながらに議会では目立った存在であった事を理解していないわけではなかった。
大人に負けない強さを誇る自分達が負ける事など予想だにしていなかったのだ。
「つまりはお前達は強いんだな」
「化け物って呼ばれてたくらいだからね」
刻の記憶の中の日記と同じ、罪の子は自身らを化け物と呼ぶ。
圧倒的な力の前に燈は納得せざるを得なかった。
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