黒猫は闇に泣く

ギイル

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第1章 黒猫の友人

十字軍

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街を駆け抜ける足取りは軽く。
音も砂埃も立てることなくグラスは閉まりきった市場を走り抜けた。
議会から反乱の報告を受けて丸三日。
ここまで国が早く崩れる物とは誰が予測していただろう。
「そこにいるのは誰ですか?」
全ての道が一様に集まる集結地点。
濁った水が不規則に排出され続ける噴水を中心とした広場。
もはや栄えた時代の面影は残してはいなかった。
グラスは瓦礫と同様に転がった死体を踏み越えた。
先ほどから聞こえ続けた断末魔は彼らの物だったのだろう。
受信した心はもう未来永劫話し出すことはない。
「議会の子かな?」
赤髪の男がそう問いかけた。
グラスは首を縦にも横にも振らずただ彼に一点の視線を向けた。
気まずい沈黙が辺りを支配する。
ユー君のお友達?」
「それは違います」
間髪入れない否定の言葉にトゥクルは思わず微笑を浮かべる。
「俺は聖教会の人間なんだけど・・・君どこかで会ったことある?」
「・・・人違いではないでしょうか。私は十字軍の者です」
十字軍は議会お抱えの救護機関でありながら、能力者から人間まで分け隔てなく治療を施す福祉的組織。
トゥクルら聖教会とも繋がりは無きにしも非ず、議会に偏らない限りは協定を結んでいた。
ここでは味方と判断するには十分だった。
「では、貴方はこの国の住人を殺して回るということですか」
トゥクルは自身の持ち得る任務の情報を語った。
その間、無残にも引き裂かれた死体をグラスは顔色を変えることなくただ見下ろしていた。
「俺らの仕事は大々的に数名殺して、反乱の意欲を削ぐこと。無差別に殺してるわけじゃない」
「さすが国の騎士団殺し屋ですね」
嫌味でも、褒め言葉でも無い、意味のこもらない一言。
トゥクルは一瞬眉を寄せたものの、足元に転がった死体の服を漁り始めた。
「こいつらが反乱軍のトップのはずだから。バッチくらい持ってるだろうし反乱軍の連中に返してあげようかなって」
「聞いてもいない事をよく喋れますね」
「聞きたそうな顔してた」
指し示された方向には血と土で濁った水たまり。
それが何を意味するのかグラスには見当もつかなかった。
「残りの反乱軍の捜索、協力しましょうか」
死体を弄る手が止まる。
また一瞬顔を顰めたトゥクルに、よく表情が変わるものだとグラスは心中とても関心を抱いた。
「十字軍の子がそんな事言っていいんだ」
「私の任務が十字軍だけだと思っておられるようですね」
含みのある物言いにトゥクルはふと笑みを浮かべる。
「お互いに秘密が多いみたいだね」
手の中で弄ばれたバッチが鈍く光った。
「私達十字軍、貴方達聖教会の修道院と騎士団、そして議会。もともと干渉し得ない機関ですから。秘密や謎が多いのは当然でしょう」
石畳の隙間に溜まる水が、鈍く光る鏡のようだ。
それを歪めるようにしてトゥクルは水音を立てて歩いた。
「その機関がこんなにもこの時期に集結してる。何か変だと思わない?」
グラスとトゥクルの距離はわずか。
声量を落とした上での会話にグラスは僅かに耳をすます。
「こちらでは既に変死体があがっています。その時点でもうおかしな事です」
ギルマス間で組織された議会の半数、十字軍の幹部数名。
グラスが知るだけでもこれだけの死亡が確認されていた。
「こっちでも変死体があがった」
トゥクルが静かに、そして酷く低い声でそう言った。
「偶然では?」
「二人も同時期に同じ死因で。おかしいと思うのが普通だろ。議会との連携が取れない以上こちら側が一方的に不利だ。十字軍も議会とは上手くやれていないんだろ?」
細められた目がグラスの反応を探っていた。
耳元に寄せられた顔をグラスは手で押しもどす。
「共同戦線を張ろうということですか」
問いではない、確信を持って告げられた言葉にトゥクルは笑顔を返す。
「それは私が決める事ではありません。組織間での協定は上に言ってください」
突き放すような姿勢を見せるグラス。
しかしトゥクルは首を横に振った。
「組織間じゃない。十字軍である君と聖教会である俺達、議会である黒猫団。ここで結ぶ個人的な協定だ。」
「情報を横に流せと?」
「あくまで個人間だよ。回した情報は内密に、自分達の中だけで共有する」
悪い話では無い。
グラス自身そう思うのは確かだ。
しかし、情報漏洩が発覚した場合。
考えあぐねるグラスをトゥクルはじっと待っている。
グラスが口を開こうとしたその時、爆発音に近い音がこだました。
城の方角、白い硝煙が空高く上がるわけでもない。
ならば何が起こっているのか。
考えられるのは地下しかなかった。
言葉を交わす間もなく、グラスは城へ向けて駆け出した。
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