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第2章 金色の殲滅者
1.二度目の春
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春が終わって夏が来て。秋を通り過ぎて冬が訪れる。
そして――グランロゼ王国に再び春が到来した。
ノース大陸にあるグランロゼ王国。その中心である王都の南側には大きな市場が広がっていた。
王都の市場は4つの区画に分割されている。
城門がある最南には、行商人が他国から持ち込んだ商品を広げている『貿易エリア』。
そのすぐ北側には、外からやって来た旅人や商人が利用するための酒場や宿屋が密集しており、彼らを顧客として保存食や酒類、土産物などを売っている『宿場エリア』。
市民権を持った住民が暮らしている東側には、食料品や日用品など人々が暮らすうえで必要になるものを販売している『居住エリア』。
そして、市民権を持たない貧困層が暮らすスラム街に近い西側には、どこから仕入れたのかもわからない怪しげな置物や美術品、用途のわからない雑貨類を販売している『骨董エリア』が存在していた。
他の3つの区画が人波にあふれて賑わいを見せているのに対して、骨董エリアは閑散としている。
この場所を訪れるのは、珍種の芸術品を目的にした変わり者の好事家か、あるいはブラックマーケットに流れた盗品を目的にしている無法者くらいであった。
そんな寂しげな市場のさらに片隅。
客なんてとても来ないだろうという薄暗い場所に、異世界からやって来た勇者の1人――銭形一鉄は座っていた。
「ふー……今日はしけてるなあ」
一鉄は地面の上に広げたゴザの上に胡坐《あぐら》をかいて、のんびりとした口調でつぶやいた。
ゴザの上には光る石やら粘土で作った人形やら、珍妙なものばかりが寄せ集めのように並べられている。
ただでさえ立地が悪い場所に、並んでいる商品が商品である。朝からその場所を陣取っている一鉄であったが、まるで客が寄りつく気配はなかった。
骨董エリアは他の区画と比べて店の数が少なく場所が空いているため、一鉄のように自由に露店を開くことができる。
他のエリアでは露店を開くには一定額の場所代を払う義務があったが、この場所はそれすらも無料であった。
一鉄がこの世界に召喚され追放によって王宮から追い出されてから、すでに1年が経過している。
グランロゼ王国には再び春が訪れていて、ポカポカとした陽気に照らされながら、一鉄は大きく欠伸《あくび》をした。
城から追い出されることと引き換えに勇者の義務から解放された一鉄であったが、思案の末に選んだ職業がまさかの売れない露天商である。
「ああ、退屈だ…………はむっ」
一鉄は懐から取り出した植物の葉を口に含む。
奥歯でもごもごと噛んでいると、やがて葉から甘い汁がにじみ出てくる。
これはキャラメル草と呼ばれる植物の葉であった。葉や茎を噛むことで甘い汁を出すこの植物は、子供に与えるちょっとしたおやつとして重宝されている。
飲み込むと腹を下すこともあるのだが、退屈な露天商である一鉄はガムの代わりとして時間潰しによく噛んでいた。
そうこうしているうちに通行人が一鉄の露店の前を通りかかる。
何を売っているのかと一鉄の露店を一瞥して、すぐに退屈そうな顔で通り過ぎていく。
立ち止まることさえしない客の姿に、一鉄は不満そうに唇を尖らせた。
「……世知辛いな。不景気の波がこんなところまでやって来たか」
「……お前の店に景気は関係ねえよ。誰がそんなガラクタを買うんだよ」
「んー?」
呆れたような声をかけてきたのは隣で別の露店を開いている男である。
20代後半ほどの年齢で頭にバンダナを巻いた男の名はザイル。一鉄とはよく露店で一緒になる顔見知りの知人であった。
「ガラクタって……ひでえこと言うなよ。俺の渾身の傑作だぞ?」
一鉄は商品の1つ――手の平サイズのハニワを突きつけて宣言する。
円筒形のボディに3つの穴という顔を持つハニワを眼前に持ってこられて、ザイルは胡散臭そうに顔を引きつらせる。
「やめろっての! その人形、見てると口の中に吸い込まれそうで怖えんだよ!」
「芸術のわからん奴だな。こんなに愛らしい顔をしているのに」
「お前に芸術家の才能がないってことはわかったよ! ったく、隣でおかしなモノを売りやがって。こっちの客まで遠退くぜ!」
そんなザイルが露店に並べているのは、裸の女が描かれた春画である。
ザイルは絵描きをしており、食っていくための副業として野郎どもに需要がある春画を書いて売っているのだ。
風俗の取り締まりが厳しい他のエリアでは売ることが許されていない春画は意外と人気があるらしく、日に10枚ほどは売れているようだった。
対する一鉄の露店は鳴かず飛ばず。朝から1つも商品が売れていない。
「うーん……客も来ないし、少し外を回ってくるか」
このまま無収入で帰るわけにはいかない。
一鉄は立ち上がり、露店をそのままにして歩き出した。
「ちょっとその辺をブラついてくる。うちの品物が盗まれないように見張っていてくれ」
「誰が盗むんだよ。こんなガラクタ…………衛兵に捕まらないようにうまくやれよ」
「人を犯罪者みたいに言うなって。別に悪さをしに行くわけじゃない!」
何を勘違いしているのか見当違いなエールを送ってくるザイルに、一鉄は憮然と言い返した。
「俺はまっとうな方法でしか金は稼いじゃいないぞ! 盗んだ金で買った物をアイツらに食わせるわけにはいかないから!」
「へいへい、そうゆうことにしておいてやるよ」
「ったく……」
全く信じていない調子でヒラヒラと手を振ってくるザイルに、一鉄は舌打ちをしながらその場を後にした。
――――――――――
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・悪逆覇道のブレイブソウル
・悪役令嬢ですって? いいえ、死神令嬢ですわ!
そして――グランロゼ王国に再び春が到来した。
ノース大陸にあるグランロゼ王国。その中心である王都の南側には大きな市場が広がっていた。
王都の市場は4つの区画に分割されている。
城門がある最南には、行商人が他国から持ち込んだ商品を広げている『貿易エリア』。
そのすぐ北側には、外からやって来た旅人や商人が利用するための酒場や宿屋が密集しており、彼らを顧客として保存食や酒類、土産物などを売っている『宿場エリア』。
市民権を持った住民が暮らしている東側には、食料品や日用品など人々が暮らすうえで必要になるものを販売している『居住エリア』。
そして、市民権を持たない貧困層が暮らすスラム街に近い西側には、どこから仕入れたのかもわからない怪しげな置物や美術品、用途のわからない雑貨類を販売している『骨董エリア』が存在していた。
他の3つの区画が人波にあふれて賑わいを見せているのに対して、骨董エリアは閑散としている。
この場所を訪れるのは、珍種の芸術品を目的にした変わり者の好事家か、あるいはブラックマーケットに流れた盗品を目的にしている無法者くらいであった。
そんな寂しげな市場のさらに片隅。
客なんてとても来ないだろうという薄暗い場所に、異世界からやって来た勇者の1人――銭形一鉄は座っていた。
「ふー……今日はしけてるなあ」
一鉄は地面の上に広げたゴザの上に胡坐《あぐら》をかいて、のんびりとした口調でつぶやいた。
ゴザの上には光る石やら粘土で作った人形やら、珍妙なものばかりが寄せ集めのように並べられている。
ただでさえ立地が悪い場所に、並んでいる商品が商品である。朝からその場所を陣取っている一鉄であったが、まるで客が寄りつく気配はなかった。
骨董エリアは他の区画と比べて店の数が少なく場所が空いているため、一鉄のように自由に露店を開くことができる。
他のエリアでは露店を開くには一定額の場所代を払う義務があったが、この場所はそれすらも無料であった。
一鉄がこの世界に召喚され追放によって王宮から追い出されてから、すでに1年が経過している。
グランロゼ王国には再び春が訪れていて、ポカポカとした陽気に照らされながら、一鉄は大きく欠伸《あくび》をした。
城から追い出されることと引き換えに勇者の義務から解放された一鉄であったが、思案の末に選んだ職業がまさかの売れない露天商である。
「ああ、退屈だ…………はむっ」
一鉄は懐から取り出した植物の葉を口に含む。
奥歯でもごもごと噛んでいると、やがて葉から甘い汁がにじみ出てくる。
これはキャラメル草と呼ばれる植物の葉であった。葉や茎を噛むことで甘い汁を出すこの植物は、子供に与えるちょっとしたおやつとして重宝されている。
飲み込むと腹を下すこともあるのだが、退屈な露天商である一鉄はガムの代わりとして時間潰しによく噛んでいた。
そうこうしているうちに通行人が一鉄の露店の前を通りかかる。
何を売っているのかと一鉄の露店を一瞥して、すぐに退屈そうな顔で通り過ぎていく。
立ち止まることさえしない客の姿に、一鉄は不満そうに唇を尖らせた。
「……世知辛いな。不景気の波がこんなところまでやって来たか」
「……お前の店に景気は関係ねえよ。誰がそんなガラクタを買うんだよ」
「んー?」
呆れたような声をかけてきたのは隣で別の露店を開いている男である。
20代後半ほどの年齢で頭にバンダナを巻いた男の名はザイル。一鉄とはよく露店で一緒になる顔見知りの知人であった。
「ガラクタって……ひでえこと言うなよ。俺の渾身の傑作だぞ?」
一鉄は商品の1つ――手の平サイズのハニワを突きつけて宣言する。
円筒形のボディに3つの穴という顔を持つハニワを眼前に持ってこられて、ザイルは胡散臭そうに顔を引きつらせる。
「やめろっての! その人形、見てると口の中に吸い込まれそうで怖えんだよ!」
「芸術のわからん奴だな。こんなに愛らしい顔をしているのに」
「お前に芸術家の才能がないってことはわかったよ! ったく、隣でおかしなモノを売りやがって。こっちの客まで遠退くぜ!」
そんなザイルが露店に並べているのは、裸の女が描かれた春画である。
ザイルは絵描きをしており、食っていくための副業として野郎どもに需要がある春画を書いて売っているのだ。
風俗の取り締まりが厳しい他のエリアでは売ることが許されていない春画は意外と人気があるらしく、日に10枚ほどは売れているようだった。
対する一鉄の露店は鳴かず飛ばず。朝から1つも商品が売れていない。
「うーん……客も来ないし、少し外を回ってくるか」
このまま無収入で帰るわけにはいかない。
一鉄は立ち上がり、露店をそのままにして歩き出した。
「ちょっとその辺をブラついてくる。うちの品物が盗まれないように見張っていてくれ」
「誰が盗むんだよ。こんなガラクタ…………衛兵に捕まらないようにうまくやれよ」
「人を犯罪者みたいに言うなって。別に悪さをしに行くわけじゃない!」
何を勘違いしているのか見当違いなエールを送ってくるザイルに、一鉄は憮然と言い返した。
「俺はまっとうな方法でしか金は稼いじゃいないぞ! 盗んだ金で買った物をアイツらに食わせるわけにはいかないから!」
「へいへい、そうゆうことにしておいてやるよ」
「ったく……」
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