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第2章 金色の殲滅者
10.殲滅美学
しおりを挟む「あぴいっ!?」
散弾となったコインに撃ち抜かれて、『影法師』の身体が後方へと吹き飛ばされる。
5つの分身も空気に溶けるようにして消失した。残っているのは地面に転がる本体のみである。
「な、なにが……?」
地面にあおむけに倒れながら、『影法師』は茫然とした声を漏らす。その身体は数発の弾丸を喰らっていて、あちこちから血が流れている。
一鉄は遠距離攻撃を得意とする狙撃手である。距離をとって戦えば不利だが、近接戦に持ち込めば『影法師』の方が有利になる。
『影法師』もまたそう考えたからこそ、逃げることもできたはずなのにあえて戦いを挑んだのだ。
にもかかわらず、倒れているのは『影法師』のほうだった。どうして自分が地面に転がっているのかわからず、混乱に目を白黒とさせている。
「まだ生きているか。やはり散弾は貫通力が弱いな」
「ヒイッ!?」
一鉄がゆっくりとした足取りで近づいてくる。
『影法師』は悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、怪我のせいでうまく立ち上がることができなかった。
ジタバタともがいている『影法師』を冷めた目つきで見やり、一鉄は独り言のように淡々とした口調で続ける。
「銀貨ではなく金貨を使っていれば殺すことも容易かったが、お前ごときに1万Gの出費は痛いからな。一思いに殺してやれず、嬲るようなことをして悪かったよ」
まるで地を這う虫けらを見るような無感情な目で『影法師』の負傷を観察して、一鉄は自分が繰り出した技の威力を確認する。
一鉄が放った『散弾』は複数の相手と近接戦をしなければいけない時のために開発した技である。その正体は、【銭投げ】と【両替え】という2つのスキルの複合技だった。
【両替え】とはその名の通り、硬貨を違う種類のものに両替えするスキルである。10枚の100G銅貨を使って1千G銀貨を生み出したり、逆に1枚の銀貨を10枚の銅貨と取り換えることもできるのだ。
一鉄は【銭投げ】によって銀貨を撃ち放ち、それと同時に【両替え】を発動させて10枚の銅貨に分裂させた。これにより左右2枚の銀貨は20発の銅貨の弾丸へと姿を変え、分身もろとも『影法師』を撃ち抜いたのである。
弾丸1発あたりの威力は10分の1になってしまうのだが、効果は見ての通り。複数の敵を同時に相手取らなければいけない状況に有効な手段である。
「ひ、ヒヒヒッ……馬鹿な、こんなことがあっていいはずがない……俺が、この俺がどうしてこんな目に……」
「誰だって死ぬときは死ぬ。年貢の納め時だ。諦めろ」
「こんなことがあって言い訳がねえだろお!? 俺は殺す側、奪う側だ! どうして俺が殺されなきゃいけねえんだ! 奪われなきゃいけない!? 俺が何をしたっていうんだよお!」
「はっ!」
一鉄は思わず笑ってしまった。本当に、気持ちがいいほどのクズである。
『立つ鳥、跡を濁さず』というのだから、最後くらいは綺麗に散ることができないのだろうか。
「まあ、どうでもいいがな。敗者の戯言など銅貨1枚の価値もない」
今のうちに好きなように吠えておけばいい。どうせ二度と喋ることはできなくなるのだから。
「ヒッ……俺を殺す気なのか!?」
銀貨を構える一鉄に『影法師』が焦りの声を上げた。
負傷のせいでうまく力が入らない手足をバタつかせて、這ってその場から逃げようとする。
「お、俺はそこらのザコとは違うんだ。こんなところで死んでいい人間じゃない! まだ殺したりない。まだ犯したりない……! そうだ、俺はお前の手下になったっていい! お前のために女を攫ってくるから、それで……」
「うるせえ」
「ひぎっ……!」
一鉄は聞くに堪えない未練を吐いている『影法師』へと銀貨を投げつけた。銀の閃光が男の頭部を貫き、首から上を粉々に粉砕する。
「お前のような子供の教育に良くない有害な存在を、この俺が生かしておくものかよ。子供の未来を守るための妨げになるクズは1人残らず叩き潰す。それが俺の『殲滅美学《カタストロフィ・ルール》』だ」
物言わぬ骸となった『影法師』に吐き捨てて、一鉄は無残な首なし死体に背中を向けた。
胸糞悪い仕事だったが、それでも価値がなかったとは思わない。『影法師』のようなクズをまた1人潰すことができたのだから。
これでまた孤児院の子供達をはじめとして、この世界で生きている少年少女の未来を脅かす障害を消し去ることができたのだ。
「っ……!」
そのまま立ち去ろうとしたところで、一鉄は気配を感じて振り返る。
銀貨を握り締めて背後を向くと、いつの間にかすぐ傍の木に寄りかかっている男の姿があった。
「お前はたしか……」
「お疲れさまでした。ゼニガタ様」
いつの間にか一鉄の背後をとっていたのは、ルーナの屋敷で働いていた執事の男である。山の中だというのに今日も執事服をビシリと着込んでおり、ロマンスグレーの髪と髭も丁寧に整えられている。
「……監視役か。俺がきちんと仕事をやり遂げるのかを見届けていたのか?」
「まさか。お嬢様はゼニガタ様を心配していて、いざとなれば助太刀するようにと私を送り込んだのですよ」
「……どうだかな。それで俺の仕事ぶりは合格かよ」
「最後はヒヤヒヤさせられましたが、さすがでございます。助力は必要ありませんでしたね。見事なお手前でございます」
「ふん……」
一鉄は目元の険を深めて、男を観察する。
男の口ぶりからして最初からずっと見ていたようだが、まるで気配を感じなかった。もしもこの男が暗殺者として自分の命を狙ってきたら、自分に回避することができるのだろうか?
「……いいさ。仕事はこれで終わりだ。ルーナにも報告しておいてくれ」
「それはもちろんでございます。しかし、もう少しだけお付き合い願いませんか?」
「ん?」
「砦の探索ですよ。盗賊どもが貯め込んだ財物もあるでしょう。お嬢様からも好きなように処分してもよいと許可をいただいています」
「……そうだな。そういうことなら付き合おうか」
一鉄は少しだけ考えて頷いた。
仕事の報酬に不満があるわけではなかったが、一鉄の能力は文字通りに金がかかるのだ。臨時収入があるに越したことはない。
一鉄は執事服の男と連れ立って、主を無くした砦の中へと入って行った。
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