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第3章 愚者の選択
3.スラムの猫
しおりを挟む「おい! 何で『ヒトモドキ』がこの王都にいるんだよー」
「出てけ! 魔物の仲間め!」
「ふにゃあ、わたしは魔物じゃないよう……」
「ん……?」
ある日、一鉄がいつものようにスラムを歩いていると、路地裏から子供の騒ぐ声が聞こえた。
また悪ガキどもが年下の子供をいじめているのだろうか。路地裏を覗いてみると、2人の少年が1人の少女を地面に倒して踏みつけていた。
スラムというのは治安が悪い。住んでいるのは何らかの事情で明るい場所を歩けなくなった者達か、あるいは犯罪者と無法者である。
そんな大人達の背中を見て育ったため、子供もまた粗野で乱暴な者が多く、弱い者いじめなど日常茶飯事だった。
しかし、今回は少し事情が異なる。踏みつけられている少女の頭に、動物の耳が生えていたのだ。
「獣人……? 何でこんな場所に?」
ファンタジーなこの世界には、エルフやドワーフをはじめとした『亜人』と呼ばれる人間以外の種族が存在していた。獣人もまたそんな亜人種の1つであり、人間の肉体に動物の耳や尾を持つ種族である。
子供達にいじめられているのは、青っぽい髪色にピンと尖った獣の耳。お尻からはロープのように長い尾が生えた獣人。特徴からして、おそらく『猫人族』だろう。
人間というのは排他的な生き物だ。自分とは異なる特徴や個性を持った者に対して、ひどく攻撃的になれるものである。
それはこの世界でも例外ではない。亜人種は人間種族からは差別と迫害の対象になっており、人間の住む町や都に亜人が現れることは滅多になかった。
「どこからか迷い込んだのか? まあ、とりあえず……」
一鉄はスルリと路地裏へと滑り込み、猫の少女を踏みつけている悪ガキ2人の首根っこを掴んで持ち上げる。
「わあっ!?」
「コラッ! 弱い者いじめはやめろって言ってるだろうが!」
「うげっ! こいつ孤児院の……!」
悪ガキはジタバタと暴れて俺の手から逃れようとする。
「フンッ!」
「いてっ!」
俺はひょいと悪ガキを地面に投げつける。尻を強かに打ちつけて、悪ガキどもが涙目になった。
「痛いじゃないか! 何するんだよ!」
「そうだな。暴力を振るわれたら痛い。誰だってそうだ。自分が痛いのが嫌だったら、何で人に暴力を振るうんだよ」
「そいつは人間じゃない! ヒトモドキじゃないか!」
ヒトモドキというのは、亜人種に対する差別用語の1つである。
文字通り、亜人は人ではない。他人の成りそこないのモドキだと言っているのだ。
「くだらないな! お前らスラムのガキだって、外の連中にはノライヌ呼ばわりされてるじゃねえか! 偉そうなことを言える立場かよ!」
「グッ……うるせえ、このロリコン野郎!」
「ロリ……誰がロリコンだ⁉」
「みんな言ってるぞ! アンタが孤児院に貢いでるのは、子供の身体が目当てだって! ロリコンのエロ親父!」
「テメッ……!」
一鉄は悪ガキの思わぬ反撃に顔を引きつらせる。まさか自分が周囲の人間からそんなふうに言われているとは思わなかった。生意気な子供に拳骨の1発でも落としてやろうかという衝動に駆られてしまう。
「お前ら……そもそも亜人の何が悪いんだよ。言ってみやがれ」
「えー、そいつら見た目がおかしいじゃん」
「変だよな。頭の上に耳があるし」
「しっぽだって生えてるじゃないか」
「こんなの人間じゃないよなー」
「変だよ、変!」
「にゃううっ……」
悪ガキどもの容赦ない暴言の数々に、地べたに座り込んでいる猫少女が涙目になる。
子供というのは時に大人以上に残酷なことをするものだ。アリを平気で踏みつぶしたり、蜘蛛の巣に捕まえた蝶を放り込んだり。
「……ダメなことはダメって、大人が教えてやらなきゃいけないんだよな。これは教育的指導だ」
「あ、何言ってんだよ。ロリコン親父」
「俺は親父とか言われる年じゃねえよ。それに……亜人のことが変だって言ったけど、お前らの格好のほうが変じゃないか」
「え…………わあっ!?」
「な、なんだこれっ!?」
自分の身体を見下ろして、悪ガキどもが動転した声を上げた。
スラムの子供らしくあちこち擦り切れた格好の少年らであったが、その下半身が丸出しになっていたのである。
ズボンもパンツも何もない。成人男性だったら通報案件になっている状態だ。
「な、ななっ、なんだよこれっ⁉」
「あーあ、こんな路上で下半身丸出しで……お前らのほうが変態じゃねーか」
悪ガキどもから奪った服をヒラヒラと振りながら、一鉄は小馬鹿にするような口調で煽ってやる。
一鉄は1年前の塔破壊による謎のレベルアップ。そして、闇ギルドの活動の中でレベル60まで成長している。
相変わらず筋力と知力の数値に変化はないものの、敏捷に至っては500を超えているのだ。
目にも止まらぬ速さで動いて、ズボンとパンツを脱がしてやることなど朝飯前だった。
「うわーん、この変態親父―!」
「ロリコンにおかされるうううううっ!」
悪ガキどもは下半身を押さえて、泣きながら走って行ってしまった。
一鉄はやれやれと頭を掻いて、座り込んでいる少女に声をかける。
「大丈夫か。ケガはないか?」
「ふにゃ……お兄さんは、ミャルのこといじめないの?」
「いじめない、いじめない」
どうやら少女はミャルというらしい。
孤児院の子供らと同じ年代らしく、おそらく10歳前後だろう。ピコピコと頭の上で三角の耳が動いており、なかなかに愛らしい。
「ケガはないようだな……それで、どうして都に獣人がいるんだ? 親はどうした?」
一鉄が尋ねると、ミャルはクシャリと顔を歪ませた。
「マーとパーは死んだ。殺されちゃった」
「あ?」
「だから……ミャアは仇討ちにきた。闇ギルドの人達に、マーとパーを殺した人を殺してもらうの……」
「はあ!?」
闇ギルド――その言葉に一鉄は思わず声を裏返らせた。
どうやら、またトラブルに巻き込まれてしまったようである。一鉄は困り果てて天を仰いだ。
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