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第4章 闇ギルド抹殺指令

11.燃える森

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「む……あそこが奴らの根城か」

 兵士達が森を進んでいくと、前方に木製の小さな家が現れた。
 簡素なデザインのウッドハウスは飾り気こそないものの、造りはしっかりしている。

「人の気配はないな……息をひそめているのか、それともすでに逃げ出した後なのか」

「包囲を開始します!」

 兵士が迷いのない動きでウッドハウスの四方を包囲する。

「中を探って来い」

「はっ! 承知いたしました!」

 ウッドハウスの入口は正面に1つだけ。そこから兵士が5人ほど入っていく。

「…………」

 桃花をはじめとした勇者らは不安そうな眼差しで、兵士達の行動を見守っている。
 何か手伝わなければという思いはあるが……それ以上に、このまま自分達が何もせずに問題が終わって欲しいという願いのほうが強かった。

「建物の中には誰もいないようです。しかし、おかしなものがありました」

「ふむ? 私が確認しよう」

 部隊の指揮官がウッドハウスの中に入っていく。
 最低限の家具しか置かれていない建物には、兵士以外に人影はない。どうやら、ここにはいないようだ。
 テーブルの上には大きな木箱が置かれていた。大人が一抱えするほどの大きさがある箱である。

「こちらはタンスの中に隠されていました」

「中身は確認したのか?」

「いえ……ひょっとしたら罠かもしれないと思い、先に報告させていただきました」

「うむ……」

 報告に指揮官は頷き、チラリと後から入ってきた部下に目配せする。
 上官から合図を受けた兵士は頷いて、箱の前まで進み出た。

「では調べてみましょう……こちらの箱からは特に怪しい魔力は感じられませんね。少なくとも、魔法によるトラップは仕掛けられていないでしょう」

「ならば開けて問題ないだろう。トラップだったとしても大した被害はでまい」

 この世界において、罠というのはもっぱら魔法によるものを指す。
 箱を開けて刃が飛び出してくるような仕掛けくらいは作れるが、それで出る被害など軽微なものである。

「……わかりました。私が開けます」

 若い兵士が渋々といった風に口を開く。
 この場にいる兵士の中でもっとも下っ端な男であり、危険な役目を率先してやらされるのは仕方がなかった。
 若い兵士は箱に手をかけて、ゆっくりと蓋を上に持ち上げる。

「っ……!」

 瞬間、真っ赤な爆炎が箱の中から噴き出した。
 兵士達を飲み込んだ炎はウッドハウスを吹き飛ばし、残骸が周囲を取り囲んでいた兵士達に降り注ぐ。

「うわあああああああああっ!?」

「何だ!? 魔法攻撃か!?」

 突如として巻き起こった爆発に兵士達から同様の声が上がった。
 この世界においてトラップとは、主に魔法やマジックアイテムを使って生み出された仕掛けを指している。
 狩人が獣を捕まえるために魔力を使わず、簡易的な罠を仕掛けることはある。だが、人間を相手にした『ブービートラップ』など概念として存在しなかった。

 ウッドハウスに置かれていた箱には、一鉄が闇ギルドを通して作らせていた『黒色火薬』が詰め込まれていた。炭と硫黄、家畜小屋の土を材料にしたごく簡単な火薬である。
 蓋を開けると内部に仕掛けられたマッチが着火して火薬に燃え移り、爆発するという非常に簡単な仕掛けだった。
 魔法が主流の世界において『火薬』は使われることなく、製法も確立されていない。
 魔力が感知されなければ大した罠ではない――そんな思い込みを利用して、兵士達を罠にかけたのである。

 建物に侵入していた兵士は、爆発によりことごとく倒された。
 箱の内部には黒色火薬だけではなく、割った陶器の破片も入れられている。
 爆発によって勢いよく飛び出してきた破片が兵士に突き刺さり、凶悪に威力を増強させていた。

「クソッ……闇ギルドめ! よくもやりやが……」

 辛くも命を拾った兵士が起き上がって悪態をつくが……次の瞬間、その頭部を銀色の弾丸が貫いた。

「なっ……ふぎッ!?」

「て、てきしゅっ……」

 森の木々の間を縫って、次々と銀の弾丸が飛んできて兵士の身体に突き刺さる。兵士が1人、また1人と頭を撃ち抜かれて倒れていく。

「きゃああああああああああああっ!」

「なんだ!? どこから撃ってきている!?」

 先ほどまで一緒に行動していた兵士の死に、桃花が悲鳴を上げた。
 他の勇者達も動揺して周囲を見回すが……森の中に隠れた襲撃者の姿は見えない。

「く、クソ! やりやがって…………ぐうううううううっ!?」

「井伊君っ!?」

 勇者の1人が怒りの形相で剣を抜くが、その肩に銀の弾丸が突き刺さって雪の上に倒れた。致命傷ではないものの、鮮血を雪の上に撒き散らしてうずくまってしまう。

「い、委員長! 何とかしてよ!」

「っ……!」

 クラスメイトの声に、呆然と立ちすくんでいた桃花がハッと目を見開いた。
 自分が何とかしなくては――委員長としての責任感から、恐怖を振り払ってすぐさま行動する。

「エクスプロージョン!」

 桃花の身体から魔力が迸り、森の中に爆炎を放つ。
『爆炎使いの勇者』の手から放たれた炎によって黒い煙が周囲にたちこめられ、視界が遮られた。

「みんな、今のうちに体勢を立て直して! 魔法が撃てる人は3時の方向にどんどん撃って!」

「あ、ああ!」

 勇者達が次々と魔法を放ち、襲撃者がいるであろう方向に魔法を放つ。
 黒炎のカーテンが立ち込める中での魔法は狙いも何もあったものではないが、弾幕による牽制としての効果はあった。
 銀の弾丸が鳴りを潜め、襲撃が止んだ。

「今のうちに怪我人に手当てを! 被害状況を確認して!」

 ウッドハウスに仕掛けられたトラップにより、部隊を率いている隊長は命を落としていた。おまけにこちらの最強戦力である『聖剣使いの勇者』――藤原光哉は混乱してギャアギャアと喚くばかり。
 仕方がなしに、桃花が代わりに指示を飛ばす。

 被害状況を確認すると、100人いたはずの兵士の半数がトラップと狙撃によって戦闘不能に陥っている。
 おまけに同行していた10人の勇者のうち、3人が肩や足を撃たれて身動きが取れなくなっていた。
 勇者達から死人が出なかったのは不幸中の幸いだが……これ以上、戦闘を続けられる状況ではなかった。

「仕方がないわ。怪我人を連れて森から脱出しましょう。このまま戦い続けたら全滅しちゃうわ……」

 桃花はそう判断して撤退を命じようとするが、それに兵士の1人が待ったをかけた。

「お待ちください。我々に撤退は許されておりません」

「え……? でも、こんなに負傷者が出たら、とても戦える状況じゃ……」

「これはエカテリーナ王女からの命令です。闇ギルドを撃ち滅ぼすまで、森から出ることは許可できません」

 兵士は穏やかながらも、有無を言わせぬ口調で断言する。

「そんな! みんな、もう戦える状況じゃないわ!? 私達を殺すつもりなの!?」

「そうは言っておりません。ただ……エカテリーナ王女は勇者様方をこれまで優遇しておりました。その恩に報いるため、ここは踏みとどまっていただきたいと申し上げているだけです」

「勝手なことを……!」

 そもそも、一方的に桃花達を召喚したのはエカテリーナである。
 勝手に召喚しておいて恩を返せなど、身勝手極まりない主張だった。

「よろしいのですか? エカテリーナ様に逆らえば、二度と元の世界に帰れなくなりますよ?」

「なっ……!」

「それに……城に残っている生産職の勇者様方の安全も保障しかねます。この意味がご理解いただけますね?」

「そんな……まさか、人質のつもり……!?」

 桃花が息を呑んで、目の前の兵士を睨みつける。
 若い男の兵士は、悔しそうに表情を歪める桃花を愉快そうに見下ろし、三日月型に唇を吊り上げた。

「私はいざとなったら、代わりに部隊の指揮を執るようにエカテリーナ様より命じられています。戦場において上官の命令は絶対。逆らえば死罪もあるでしょう」

「…………」

「さあさあ、わかったら進軍の準備をしてください。敵を追い詰めますよ?」

「……追い詰められているのは私達でしょう? この状況から、どうやって逆転するつもりなのよ?」

 意趣返しのように桃花が反論すると、新たな指揮官となった兵士がクツクツと愉快そうに喉を鳴らす。

「ご心配なく。罠にかかったのはあち・・・・・・・・・・らの方です・・・・・。我々は猟犬となり、奴らを後ろから追いたてればいいだけですよ」

「…………?」

 指揮官の言葉に、桃花は訝しげに眉をひそめる。
 そんな彼らの下に……遠くから戦いの剣戟の音が鳴り響いてきた。
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