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第4章 闇ギルド抹殺指令

18.潰えた野望

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「そんなまさか……『蠅の王』が返り討ちに遭うなんて……」

 グランロゼ王国、王城にて。
 王女エカテリーナ・グランロゼは震える声でつぶやき、崩れ落ちるようにして椅子に座る。

 エカテリーナの白い肌は限界まで蒼褪めており、もはや紙のように血の気が消えていた。
 それというのも、エカテリーナが配下の暗部組織であった『蠅の王』に命じていた闇ギルドの殲滅が失敗してしまったのである。
 闇ギルドを討つべく放たれた刺客、それと配下の兵士と召喚勇者達は返り討ちに遭い、戻ってきたのは十数名。
『蠅の王』の実働部隊は壊滅。さらに勇者の代表格だった藤原光哉までもが戦死するという最悪の結果がもたらされた。

 そして、エカテリーナを追い詰める刃はなおも止まらない。
『蠅の王』が根城にしていたとある貴族の屋敷に突如として騎士団の強制捜査が入り、残っていた幹部らが捕縛されてしまった。
 これにより『蠅の王』は完全壊滅。グランロゼ王国の闇夜を舞っていた邪悪な蟲は駆除されてしまったことになる。

『蠅の王』の捕縛を指揮したのはミーティア・グランロゼ。エカテリーナがこの世でもっとも疎ましく思っている腹違いの姉だった。
 いったい、どこでミーティアが『蠅の王』の情報を掴んだのはわからないが、闇ギルド討滅の作戦中の大捕物である。どこかで情報が漏れていたに違いない。

『蠅の王』を失い。有力な勇者を失い。これでエカテリーナの切り札は残らず消え失せてしまった。
 完全に野望は燃え尽き、もはや女王になることなど望めない。
 それどころか……これまで『蠅の王』に影でやらせていた悪事が露見すれば、王女であるエカテリーナでさえ囚われて処刑される恐れがある。

「ああ、なんてことなの……! 私は悪くない。何も悪いことなんてしてない……!」

 高貴なる血を色濃く引き、大勢の貴族から信任を集めている。
 そんな自分こそがもっとも王になるべき人間だと、エカテリーナは疑っていなかった。
 ゆえに、玉座を手にするためにどんな悪事を働いたとしても責められる理由はない。本気でそう信じていたのである。

「このままでは、兄や姉に不当に拘束されてしま・・・・・・・・・・うわ・・。ほとぼりが冷めるまで何処かに隠れないと……!」

「高飛びだったら地獄とかどうだい? もう帰ってこなくていいからよ」

「っ……!」

 1人きりだったはずの部屋に、突如として男性の声が響いてきた。
 エカテリーナが弾かれたように振りかえると、そこには扉の前に立つ見慣れぬ男の姿があった。

「あ、貴方は誰なの……!」

「誰とはご挨拶だな。お前は俺のことを知っているはずだろ?」

「痛っ……!?」

 背後に立っていた男性――銭形一鉄は冷たくつぶやき、手にしていたコインを投げつけた。
 投げられた銅貨は狙い通りにエカテリーナの額に命中する。

「投げたのが銅貨でよかったな。銀貨や金貨だったら死んでるぜ?」

「貨幣を投げて…………まさか、貴方はっ!?」

 コインを投げるという謎の行動により、エカテリーナの脳裏に1人の人物が浮き上がってきた。
 1年前に追放された無能な勇者が【銭投げ】という役に立たないおかしなスキルを持っていたはず。
 名前は確か……

「イッテツ…………イッテツ・ゼニガタ!?」

「思い出してくれたようで何よりだ。いくらクズの悪党とはいえ、見知らぬ誰かに殺られるのは哀れだからな」

 一鉄はクツクツと喉を鳴らして笑うが、その瞳はゾッとするほど冷めていた。
 黒い瞳に宿る明確な殺意に気がつき、エカテリーナは肩を震わせた。

「わ、私を殺すというのかしら。王女である私を……そんなことをしてタダで済むと思っているの!?」

『王族殺し』は『反乱』と並んで最大の禁忌とされている。
 その罪状は一族郎党にまでおよび、関わったもの全てが罰されるような罪である。

「生憎と俺は天涯孤独の身だ。召喚したお前だったらわかっているだろ?」

「警備の者はどうしたのよ! 護衛の騎士は!? 兵士は何処にいるの!?」

「全員寝ている。もっとも、寝かしつけたのは俺じゃないけどな」

 王城に忍び込むにあたり、何人もの騎士や兵士を目撃した。
 だが……エカテリーナの部屋に来るまでの途上にいた兵士は残らず床に倒れ、寝息を立てていた。
 決死の覚悟を決めて忍び込んだ一鉄も、これには拍子抜けしてしまったものである。

「どうやら、俺以外にもお前の死を願っている人間がいるようだ。随分と嫌われてるんだな?」

「そんな馬鹿な……! いったい、誰がそんなことを……!」

「誰でもいい。悪いが……そろそろ、諦めてくれ。俺の前に立ったからには、お前の死は絶対だ。これまで虐げていた人々に懺悔し、そして死ね」

「っ……!」

 エカテリーナが息を呑む。
 一鉄は本気で自分を殺そうとしている――それを明確に感じ取り、それでもみっともなく足掻こうとする。

(どうする、どうすればいいの!? どうしたら、助かるの!?)

 自分は死ぬわけにはいかない。
 自分こそが女王になるべき人間。人々の上に立つべく選ばれた存在なのだ。
 それがこんなところで、たかが『無能勇者』如きに殺されていいわけがない。
 何とか生き残るべく、命乞いの言葉を絞り出す。

「違うのよっ! 私は貴方を……」

「【銭投げ】」

 エカテリーナが何を言おうとしたのか、もはやそれは誰にもわからない。
 一鉄はエカテリーナの命乞いに耳を貸すことなく、銀貨を指で弾き飛ばした。

「はえっ……」

 一鉄の放ったコインは先ほどと同じようにエカテリーナの額に命中し、今度は脳天を貫いて後頭部まで貫通する。
 エカテリーナの身体がクルリと回転して床に倒れ、高級そうな絨毯の上に赤い血のシミを広げていく。

「生憎と……俺は悪党の戯言に付き合うほど暇じゃない。行かなくちゃいけない場所があるんだ」

 一鉄はエカテリーナの骸を見下ろし、冷たい口調でつぶやいた。
 窓の外へと目を向け、暗い闇に覆われた空を見ながら、溜息でも吐くように小さな声を漏らす。

「家に帰るんだ。みんなが待っている孤児院に」
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