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海とマシュマロ
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白い砂浜青い海。海は遠くでいつの間にか空の青と混ざっていて。その青に映る虹は海のものか、空のものか。
彼女はこの景色が大好きだった。でも、いつもは人のいない砂浜に、今日は先客がいる。
それならば、やることはひとつ。
***
「えっと…聞いてもいい?」
「なんでしょう?」
海に向かって並んで座った二人は、しばしの沈黙の後、口を開いた。
「本当に、何も覚えていないの?」
「ええ。何も。」
--ザザーン…--
あの後。ソラ自身も迷子になっている訳で、断る理由もなく。二人は波の音を頼りに、並んで海を目指した。
…あんな、白馬の王子様のような笑顔でお願いされたら、断れる訳ないじゃない!
と、ソラはやきもきしながら歩いていたのだが、彼はそんなことは知る由もない。
「ま、そのうち思い出せたらいいかなと気長に思っています。
それより、これ、美味しいですね。なんていう食べ物ですか?」
アーサーは白くてふわふわした丸い実のようなものをぱくり、と口へ運ぶ。
「気長に…って。」
「あなたも帰る道がわからないのだから、慌ててもしかたがないでしょう?」
ぱく。もぐもぐ。
彼はソラが持っていたそれをまたひとつ食べる。その様子を見て彼女もぱくり。
「…マシュマロ。」
「ほう。」
アーサーの言う通り、今騒いだところで問題は何も解決しない。ソラは半ば諦めて白いものの名前を答えた。
「あたしの好きなお菓子。甘くてふわふわで、なんだか、幸せな気分にならない?」
「少しだけなります。」
困ったような笑顔を浮かべた彼女につられてアーサーも笑顔になる。
ソラとアーサーは残り少なくなったマシュマロを食べようと手を伸ばす。
ぺた。
「……」
しかし、その手に触れたのは、明らかにマシュマロではなかった。少し暖かい、人の手のような…
「……!」
ソラは思わず手を引っ込めようとするが、できなかった。
アーサーの手がソラの左手に乗っていたからだ。
彼女は驚いて顔を逸らし、やっとのことで小さく声を絞り出す。
「…あの、ちょっと…手を…離し…」
「…そのままでいてください。」
心臓がとくん、と小さく跳ねる。
恐る恐る彼女は手の方を見る。すると、腕は何故か三本あった。ソラとアーサー、そしてもうひとつ。
ソラのよりも細くて白い腕の主を確かめようと彼は後ろを振り向いて鋭い視線を送った。
「え?」
しかし、間の抜けた声を上げたのはアーサーの方だった。
***
そこにいたのは小柄な女の子。赤みがかかったような金色の髪を伸ばし、高級そうなドレスを身に纏っている。それはまるでお姫様のようである。
口の横にマシュマロのかけらをつけている以外は。
彼女はアーサーに睨まれて視線を逸らす。すかさずアーサーは声をかけた。
「何をしているのです?」
「………」
今度はソラも声をかける。
「あたしのマシュマロに何か用?」
「……」
彼女は口を閉ざしたまま、ソラの手の下敷きになった、自分の右手を引っ張っている。しかし、アーサーは手を離さない。
「あたしの最後の一つを食べたのはあなたでしょ?」
ソラは彼女の口元を指差し、目を細めて言う。
「…おいしそうなものはとりあえず食べてみたい病でして…」
「聞いたことないわね。」
蚊の鳴くような声で囁いた戯言に冷静なソラ。
すると、目にも見えぬ速さで口元についたマシュマロを取り去り、その左手を頬に添えて笑顔で言った。
「大変美味しくいただきました♡」
「それで許されると思ってる?食べ物の恨みは怖いのよ…」
開き直った少女とソラの間には何やら不穏な空気。
「まあまあ。」
ぐいっ。
『きゃあ!?』
アーサーは二人をなだめるように言うと同時に、そのまま立ち上がった。そして、くるりと半回転して少女とソラ、それぞれの手を自分の右手に、左手に繋ぐ。
すると、三人はアーサーを真ん中にして手を繋いだ形になった。
「まあ、座ってゆっくり話しましょう。」
彼はそう言うと、ストンとその場に再びあぐらをかいた。つられて二人も輪になるように座る。
「……」
「……あの、アーサー?その…手を離してくれない…?」
ソラは耐えきれなくなって彼に声をかけた。
「おや。失礼。」
アーサーは、ぱっと両手を離す。
ささっと素早く手を引っ込めた少女はゴクリと息を飲んで体を硬くする。
改めて少女を見ると、つぶらな瞳の青が綺麗な可愛い女の子だった。そして、彼は真剣な顔をして少女に尋ねた。
「美味しそうなものはとりあえず食べてみたい病というのは、どんな病気なのですか?」
「え??」
少女は予想外の質問に驚いて、コロンと横に倒れた。
「アーサー…」
「はい?」
「そんな奇妙な病気、ないわよ。」
「ええ!?そうなんですか!」
砂浜に倒れた少女は、ぼーっと夫婦漫才のように続く二人の会話を聞いている。
…し、心臓に悪いわ。
「…じゃなくて、あたしが言いたいのは!あなたはどこの誰?ここはどこ?というか、マシュマロ返して!」
突然話を振られて彼女はビクッと起き上がり、
「質問が多すぎますわ!」
おもむろに立ち上がる。
「わたくしは、サニィ。出身は企業秘密ですわ。以後、お見知り置きを。」
ドレスの裾を少し上げて、貴族よろしく笑顔で挨拶をする。
「で?マシュマロは?」
男なら一目惚れしそうなサニィの笑顔をさらりとかわし、ソラは冷静に言う。
「うっ。」
「まあまあ。それではこんな案は如何です?ソラ。」
「なに?」
見兼ねたアーサーが割り込んだ。彼は人差し指を一本立て、サニィに負けないくらいの笑顔で言い放った。
「マシュマロを弁償する代わりに食事をご馳走してもらう。」
「いいアイディアだけど、あたしのマシュマロは…?」
「あら、そんなことでよろしいのですか?」
サニィはキョトンとしている。
「ええ。」
「では、ひとまず、我が家にいらしてください。」
「そうしましょう。ちょうど空腹ですし。ね、ソラ?」
「いや、まあ、でも、あたしのマシュマロ…」
そそくさと立ち、歩き始める二人に、ソラは納得のいかない様子でついて行くのであった。
彼女はこの景色が大好きだった。でも、いつもは人のいない砂浜に、今日は先客がいる。
それならば、やることはひとつ。
***
「えっと…聞いてもいい?」
「なんでしょう?」
海に向かって並んで座った二人は、しばしの沈黙の後、口を開いた。
「本当に、何も覚えていないの?」
「ええ。何も。」
--ザザーン…--
あの後。ソラ自身も迷子になっている訳で、断る理由もなく。二人は波の音を頼りに、並んで海を目指した。
…あんな、白馬の王子様のような笑顔でお願いされたら、断れる訳ないじゃない!
と、ソラはやきもきしながら歩いていたのだが、彼はそんなことは知る由もない。
「ま、そのうち思い出せたらいいかなと気長に思っています。
それより、これ、美味しいですね。なんていう食べ物ですか?」
アーサーは白くてふわふわした丸い実のようなものをぱくり、と口へ運ぶ。
「気長に…って。」
「あなたも帰る道がわからないのだから、慌ててもしかたがないでしょう?」
ぱく。もぐもぐ。
彼はソラが持っていたそれをまたひとつ食べる。その様子を見て彼女もぱくり。
「…マシュマロ。」
「ほう。」
アーサーの言う通り、今騒いだところで問題は何も解決しない。ソラは半ば諦めて白いものの名前を答えた。
「あたしの好きなお菓子。甘くてふわふわで、なんだか、幸せな気分にならない?」
「少しだけなります。」
困ったような笑顔を浮かべた彼女につられてアーサーも笑顔になる。
ソラとアーサーは残り少なくなったマシュマロを食べようと手を伸ばす。
ぺた。
「……」
しかし、その手に触れたのは、明らかにマシュマロではなかった。少し暖かい、人の手のような…
「……!」
ソラは思わず手を引っ込めようとするが、できなかった。
アーサーの手がソラの左手に乗っていたからだ。
彼女は驚いて顔を逸らし、やっとのことで小さく声を絞り出す。
「…あの、ちょっと…手を…離し…」
「…そのままでいてください。」
心臓がとくん、と小さく跳ねる。
恐る恐る彼女は手の方を見る。すると、腕は何故か三本あった。ソラとアーサー、そしてもうひとつ。
ソラのよりも細くて白い腕の主を確かめようと彼は後ろを振り向いて鋭い視線を送った。
「え?」
しかし、間の抜けた声を上げたのはアーサーの方だった。
***
そこにいたのは小柄な女の子。赤みがかかったような金色の髪を伸ばし、高級そうなドレスを身に纏っている。それはまるでお姫様のようである。
口の横にマシュマロのかけらをつけている以外は。
彼女はアーサーに睨まれて視線を逸らす。すかさずアーサーは声をかけた。
「何をしているのです?」
「………」
今度はソラも声をかける。
「あたしのマシュマロに何か用?」
「……」
彼女は口を閉ざしたまま、ソラの手の下敷きになった、自分の右手を引っ張っている。しかし、アーサーは手を離さない。
「あたしの最後の一つを食べたのはあなたでしょ?」
ソラは彼女の口元を指差し、目を細めて言う。
「…おいしそうなものはとりあえず食べてみたい病でして…」
「聞いたことないわね。」
蚊の鳴くような声で囁いた戯言に冷静なソラ。
すると、目にも見えぬ速さで口元についたマシュマロを取り去り、その左手を頬に添えて笑顔で言った。
「大変美味しくいただきました♡」
「それで許されると思ってる?食べ物の恨みは怖いのよ…」
開き直った少女とソラの間には何やら不穏な空気。
「まあまあ。」
ぐいっ。
『きゃあ!?』
アーサーは二人をなだめるように言うと同時に、そのまま立ち上がった。そして、くるりと半回転して少女とソラ、それぞれの手を自分の右手に、左手に繋ぐ。
すると、三人はアーサーを真ん中にして手を繋いだ形になった。
「まあ、座ってゆっくり話しましょう。」
彼はそう言うと、ストンとその場に再びあぐらをかいた。つられて二人も輪になるように座る。
「……」
「……あの、アーサー?その…手を離してくれない…?」
ソラは耐えきれなくなって彼に声をかけた。
「おや。失礼。」
アーサーは、ぱっと両手を離す。
ささっと素早く手を引っ込めた少女はゴクリと息を飲んで体を硬くする。
改めて少女を見ると、つぶらな瞳の青が綺麗な可愛い女の子だった。そして、彼は真剣な顔をして少女に尋ねた。
「美味しそうなものはとりあえず食べてみたい病というのは、どんな病気なのですか?」
「え??」
少女は予想外の質問に驚いて、コロンと横に倒れた。
「アーサー…」
「はい?」
「そんな奇妙な病気、ないわよ。」
「ええ!?そうなんですか!」
砂浜に倒れた少女は、ぼーっと夫婦漫才のように続く二人の会話を聞いている。
…し、心臓に悪いわ。
「…じゃなくて、あたしが言いたいのは!あなたはどこの誰?ここはどこ?というか、マシュマロ返して!」
突然話を振られて彼女はビクッと起き上がり、
「質問が多すぎますわ!」
おもむろに立ち上がる。
「わたくしは、サニィ。出身は企業秘密ですわ。以後、お見知り置きを。」
ドレスの裾を少し上げて、貴族よろしく笑顔で挨拶をする。
「で?マシュマロは?」
男なら一目惚れしそうなサニィの笑顔をさらりとかわし、ソラは冷静に言う。
「うっ。」
「まあまあ。それではこんな案は如何です?ソラ。」
「なに?」
見兼ねたアーサーが割り込んだ。彼は人差し指を一本立て、サニィに負けないくらいの笑顔で言い放った。
「マシュマロを弁償する代わりに食事をご馳走してもらう。」
「いいアイディアだけど、あたしのマシュマロは…?」
「あら、そんなことでよろしいのですか?」
サニィはキョトンとしている。
「ええ。」
「では、ひとまず、我が家にいらしてください。」
「そうしましょう。ちょうど空腹ですし。ね、ソラ?」
「いや、まあ、でも、あたしのマシュマロ…」
そそくさと立ち、歩き始める二人に、ソラは納得のいかない様子でついて行くのであった。
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