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第13話
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千奈美がこの場所を訪れた理由など、慧に察する必要はなかった。
もとより確信していたのだ。フリーフロムに反旗を翻すと決めた二年前から、敵として対峙する未来を。
《慧、アンタ聞いてんの? 敵の魔術師の女、アンタを出せとかいってるんだけど。アレ、アンタの知り合い? いまどこにいんのよッ!》
「お前の後ろだが」
玄関前の整地された道に立つ琴乃が、背後の慧に気づき睨みを飛ばす。
彼は構わず、正門の方角に佇む千奈美に目をやった。闇に溶ける色の服を着た彼女の手の先で、変わらず宝典が緑色の燐光を放つ。
千奈美は感情の薄い瞳をしていた。異能を展開していたが、腰に括りつけたホルダーには刃渡り十五センチのナイフ、左肩のショルダーホルスターからはリボルバーの銃杷がのぞく。
彼女は異能にだけ頼っていない。長い付き合いの慧は当然理解していた。
それが、千奈美の強さだと。
宝典の異質な光に照らされ、慧と千奈美の視線が交錯する。
途端、固く結ばれていた千奈美の唇が、静かに開かれる。
「慧……よかった。無事だったんだ。すごく心配したんだよ? 死んじゃったかもって」
「すまないな」
千奈美とは今朝に別れたばかり。まだ一日も経っていない。
だというのに、慧は彼女の幼さの残る顔を随分と懐かしく感じた。
「なんで謝るの? 無事だったならよかったじゃん」
「俺を捜しに来たのなら、手間をかけさせてしまったからな」
慧の胸の底から、千奈美に対する感情が湧きあがる。
ともに濁った空気を吸って生きてきた幼馴染。ごく当たり前のように、彼女は慧にとって特別な存在となっていた。
千奈美は口では再会を喜びながら、寂しげな瞳をしていた。泣きそうだけど、泣くまでは至らない。そんな顔。
慧が語らずとも、全てを承知している様子だった。
「いいよ、別に。私がそうしたかったから捜しただけだし」
「そうか」
短い会話が続く。
千奈美が本当にしたい質問をためらっていることに、慧は気づいていた。
訊くだけ無駄だと、そう悟っていることも。
「フリーフロムに手を出さないなら、私は何もしない」
確認すべき過程を省略した問いかけ。
慧は目を見開く。
「裏切ったか確かめるほうが先じゃないか?」
「着てる服を見ればわかる。捕まってるなら同じ服は着ないし、そもそも自由に出歩けるわけもない」
「それもそうか」
「で、どうするの?」
千奈美も慧も互いの距離を詰めようとしない。互いの姿を凝視する。
慧は答えに迷っているのではなく、どう伝えるべきかを考えていた。
下手に刺激すれば、AMYサービスとしては千奈美を始末するより他になくなってしまう。
「もしも俺がフリーフロムには今後関わらないと言ったら、ボスをどうにかできるのか?」
「できるよ。だって私がフリーフロムで一番強いんだから。断れば私も裏切るって言えば、ボスは慧を諦めるしかなくなる」
「本当にそうか? ボスはこれまで一度も裏切り者を見逃さなかった。今回も同じだろ。いくらでも金を積んで強い傭兵を雇い、お前を黙らせて俺を殺そうとするんじゃないか」
「そうなったら、私が死んでも慧を守るよ」
即答され、慧は怯む。
まだ話すべきではないことを、彼女に伝えてしまいたい欲が生まれた。
それは、抑えられる感情ではなかった。
「千奈美、お前もこっちにこい」
慧は己の心に従った。自分の最も強い願望を、千奈美に伝えたのだ。
闇に佇む千奈美は動じない。いや、ほとんど反応がなかったために、慧には動じていないように見えた。
彼女の唇は、堪え切れない感情に震えていた。
「……だから、抜けるのは慧の勝手」
「お前と一緒でなければ意味がない」
「無理。ボスに助けてもらわなかったら、私は八年前に死んでた。その恩があるから、裏切るなんてできない」
「それは俺も同じだ。助けってもらったことは感謝している。だからずっと協力してきた」
「もう充分働いたと思ったんでしょ? 私はまだ足りないと感じるから、ついていけない」
「ただ抜けるだけじゃない」
口を半開きにさせたまま、千奈美が慧を見据える。
疑念に満ちた顔を、彼は決然と見つめ返す。
「前にフリーフロムに悪事をやめさせようと提案したら、千奈美は反対したよな。ボスには恩があるから逆らえないと。その場では俺も考えを改めたと言ったが、本当は違う。ずっと、どうすべきか考えていた」
「それは、ボスを殺すって言ったから」
「他にどんな方法がある?」
武器を手にしていない慧だが、放つ眼光は鋭利だ。視線で千奈美に斬りかかる。
苦虫を噛んだような苦悩を浮かべる千奈美。
揺れる瞳に、八年を共に過ごしてきた男を映す。
「どうして殺さないといけないの? 抜けるだけなら私が守るって言ってるのに」
「俺は千奈美より二年早くフリーフロムに入った。だから今年で十年になる。十年だぞ? 生きてきた時間の半分以上を悪事に染めてきた。罪を償うには他にない。責任をもって、俺が奴を殺す以外には」
「それだけで全部の罪が消えると思う? 手にかけた人たちが赦してくれると思う?」
「消えないし、思わない。だから、せめて死ぬまで尽くす。一人でも多くの悪人を討つことにな。既に手が汚れている俺だからこそ担える役割もあるはずだ」
「じゃあ、私も殺す?」
「殺したくはない」
慧はなんとか説得しようとするが、千奈美は了承しない。
以前、もう悪事に加担したくないと言った彼女に話を持ちかけたときも似たような反応だった。
あのときは準備不足だったが、いまは違う。
代わりに、もう後には引けない。
「――いつまで続けてんのよ。アンタたち」
静観していた琴乃が、問答していたふたりに割り込んだ。彼女の周囲には、依然として侵入者を撃退した宝石がまわっていた。
険しい顔をする慧。琴乃は呆れたように鼻を鳴らす。
「説得したい気持ちはわかるけど、アンタだってわかってんでしょ? そいつはアンタのようにはなれない。別にどっちが悪いってわけでもないわ。でもね、こっちに来ないなら、そいつはあたしの敵よ。アンタだけの問題じゃない」
慧よりも前に出て、琴乃は仕留め損ねた敵を睨んだ。
「続きをしてもいいかしら? あたしは強いわよ?」
もとより確信していたのだ。フリーフロムに反旗を翻すと決めた二年前から、敵として対峙する未来を。
《慧、アンタ聞いてんの? 敵の魔術師の女、アンタを出せとかいってるんだけど。アレ、アンタの知り合い? いまどこにいんのよッ!》
「お前の後ろだが」
玄関前の整地された道に立つ琴乃が、背後の慧に気づき睨みを飛ばす。
彼は構わず、正門の方角に佇む千奈美に目をやった。闇に溶ける色の服を着た彼女の手の先で、変わらず宝典が緑色の燐光を放つ。
千奈美は感情の薄い瞳をしていた。異能を展開していたが、腰に括りつけたホルダーには刃渡り十五センチのナイフ、左肩のショルダーホルスターからはリボルバーの銃杷がのぞく。
彼女は異能にだけ頼っていない。長い付き合いの慧は当然理解していた。
それが、千奈美の強さだと。
宝典の異質な光に照らされ、慧と千奈美の視線が交錯する。
途端、固く結ばれていた千奈美の唇が、静かに開かれる。
「慧……よかった。無事だったんだ。すごく心配したんだよ? 死んじゃったかもって」
「すまないな」
千奈美とは今朝に別れたばかり。まだ一日も経っていない。
だというのに、慧は彼女の幼さの残る顔を随分と懐かしく感じた。
「なんで謝るの? 無事だったならよかったじゃん」
「俺を捜しに来たのなら、手間をかけさせてしまったからな」
慧の胸の底から、千奈美に対する感情が湧きあがる。
ともに濁った空気を吸って生きてきた幼馴染。ごく当たり前のように、彼女は慧にとって特別な存在となっていた。
千奈美は口では再会を喜びながら、寂しげな瞳をしていた。泣きそうだけど、泣くまでは至らない。そんな顔。
慧が語らずとも、全てを承知している様子だった。
「いいよ、別に。私がそうしたかったから捜しただけだし」
「そうか」
短い会話が続く。
千奈美が本当にしたい質問をためらっていることに、慧は気づいていた。
訊くだけ無駄だと、そう悟っていることも。
「フリーフロムに手を出さないなら、私は何もしない」
確認すべき過程を省略した問いかけ。
慧は目を見開く。
「裏切ったか確かめるほうが先じゃないか?」
「着てる服を見ればわかる。捕まってるなら同じ服は着ないし、そもそも自由に出歩けるわけもない」
「それもそうか」
「で、どうするの?」
千奈美も慧も互いの距離を詰めようとしない。互いの姿を凝視する。
慧は答えに迷っているのではなく、どう伝えるべきかを考えていた。
下手に刺激すれば、AMYサービスとしては千奈美を始末するより他になくなってしまう。
「もしも俺がフリーフロムには今後関わらないと言ったら、ボスをどうにかできるのか?」
「できるよ。だって私がフリーフロムで一番強いんだから。断れば私も裏切るって言えば、ボスは慧を諦めるしかなくなる」
「本当にそうか? ボスはこれまで一度も裏切り者を見逃さなかった。今回も同じだろ。いくらでも金を積んで強い傭兵を雇い、お前を黙らせて俺を殺そうとするんじゃないか」
「そうなったら、私が死んでも慧を守るよ」
即答され、慧は怯む。
まだ話すべきではないことを、彼女に伝えてしまいたい欲が生まれた。
それは、抑えられる感情ではなかった。
「千奈美、お前もこっちにこい」
慧は己の心に従った。自分の最も強い願望を、千奈美に伝えたのだ。
闇に佇む千奈美は動じない。いや、ほとんど反応がなかったために、慧には動じていないように見えた。
彼女の唇は、堪え切れない感情に震えていた。
「……だから、抜けるのは慧の勝手」
「お前と一緒でなければ意味がない」
「無理。ボスに助けてもらわなかったら、私は八年前に死んでた。その恩があるから、裏切るなんてできない」
「それは俺も同じだ。助けってもらったことは感謝している。だからずっと協力してきた」
「もう充分働いたと思ったんでしょ? 私はまだ足りないと感じるから、ついていけない」
「ただ抜けるだけじゃない」
口を半開きにさせたまま、千奈美が慧を見据える。
疑念に満ちた顔を、彼は決然と見つめ返す。
「前にフリーフロムに悪事をやめさせようと提案したら、千奈美は反対したよな。ボスには恩があるから逆らえないと。その場では俺も考えを改めたと言ったが、本当は違う。ずっと、どうすべきか考えていた」
「それは、ボスを殺すって言ったから」
「他にどんな方法がある?」
武器を手にしていない慧だが、放つ眼光は鋭利だ。視線で千奈美に斬りかかる。
苦虫を噛んだような苦悩を浮かべる千奈美。
揺れる瞳に、八年を共に過ごしてきた男を映す。
「どうして殺さないといけないの? 抜けるだけなら私が守るって言ってるのに」
「俺は千奈美より二年早くフリーフロムに入った。だから今年で十年になる。十年だぞ? 生きてきた時間の半分以上を悪事に染めてきた。罪を償うには他にない。責任をもって、俺が奴を殺す以外には」
「それだけで全部の罪が消えると思う? 手にかけた人たちが赦してくれると思う?」
「消えないし、思わない。だから、せめて死ぬまで尽くす。一人でも多くの悪人を討つことにな。既に手が汚れている俺だからこそ担える役割もあるはずだ」
「じゃあ、私も殺す?」
「殺したくはない」
慧はなんとか説得しようとするが、千奈美は了承しない。
以前、もう悪事に加担したくないと言った彼女に話を持ちかけたときも似たような反応だった。
あのときは準備不足だったが、いまは違う。
代わりに、もう後には引けない。
「――いつまで続けてんのよ。アンタたち」
静観していた琴乃が、問答していたふたりに割り込んだ。彼女の周囲には、依然として侵入者を撃退した宝石がまわっていた。
険しい顔をする慧。琴乃は呆れたように鼻を鳴らす。
「説得したい気持ちはわかるけど、アンタだってわかってんでしょ? そいつはアンタのようにはなれない。別にどっちが悪いってわけでもないわ。でもね、こっちに来ないなら、そいつはあたしの敵よ。アンタだけの問題じゃない」
慧よりも前に出て、琴乃は仕留め損ねた敵を睨んだ。
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