エスメラルドの宝典

のーが

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第37話

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 車輪の踏む地面が、硬いコンクリートから柔らかな土に変わった。車は幾筋も轍が走る荒地を上下に揺れながら、ナビに表示されていない道を進む。
 坂道をくだり、目的地に続く曲がり角の手前で俊平はエンジンを止めた。フロントライトは荒地に入る手前から消灯していた。

「僕の役目はひとまず終わりだ。みんなの帰りを待っているよ」
「逃げてきた奴の相手はしなさいよッ!」
「ああ。行き場を失った子羊に道を与えるのも、僕の使命さ」

 奇妙な台詞を吐いて俊平は瞼を閉じた。満足そうに、口元が薄っすらと笑う。

「あたしの前で意味不明なこといわないでくれる? こんな奴ほっといて、さっさと仕事を終わらせるわよっ!」

 琴乃が助手席のドアを開けた。慧と鏡花も暗闇に降り立つ。
 車の後方にまわった慧がトランクを開く。二本の直刀と、二メートル程度もある布袋が紐で固定してあった。
 慧は刀を取って腰に差す。鏡花も布袋の紐を解き、納められている得物を取り出した。
 薙刀の刃が、木々の隙間から差し込む月明かりに冷たく煌く。邸宅で掃除を担当する繊細な性格だけあって、武器の整備は怠っていない。
 準備を整えた慧たちは闇に身を潜め、敵陣の入口に接近した。

   ◆
 
 アジトの見える地点まで、気づかれた様子もなく無事に辿り着く。
 網目の粗いフェンスで造られた門扉は閉ざされ、敷地内の三箇所で明かりが蠢いていた。
 小型電灯を持った哨兵だ。広大な敷地をカバーするために、複数人で警戒しているのだ。
 敵の持つライトの光量は強い。アジトを囲む森の深淵にまで白い光が及ぶ。
 けれどもその明かりで、前回は見えなかった敵アジトの全貌を視認することができた。
 二棟並んだ高層建造物は手前が三階建て、奥が四階建てだ。面積はそれぞれが慧の以前住んでいたアジトと同程度。俊平の読み通り、四階建ての屋上に巨大な漆黒のヘリコプターが鎮座していた。
 二棟の間隔は目測で約三〇メートル。並ぶ建物を、三階部分にある連絡通路が繋いでいる。
 奥の高層建造物の隣に、二階建ての仮説住居のような建物があった。慧は宿舎だろうと推察した。等間隔で区切られたいくつかの部屋から、微かな室内灯の光が漏れている。

「行くわよ鏡花。馬鹿な悪党を、後悔させてやりましょう」
「はい。お願いします、吉永さん」

 車輪の轍からはずれた樹林。自然の生んだ暗闇に溶けていた琴乃が、闇から出て施設の入口に進む。
 鏡花も彼女と一歩分の間を空け、似たような足取りで続く。

「ふたりとも、頼むぞ」
《見てなさい。敵に恐怖を植えつけてやるわ》
《派手なのをお願いしますね》
《もちろんよ。全員を釘付けにしてやるんだからっ!》

 慧も樹林から抜け、先行する彼女たちの後方に立つ。肉声は届かない距離だが、ふたりの声はイヤホンマイクを介して彼の耳に届いていた。
 先頭の琴乃は、すでに照明を向けられれば発見される位置にいた。幸い、哨兵たちは入口を注視していない。
 琴乃は閉ざされた門扉に手を広げた。

《第四宝典魔術――》

 暗闇に沈む森林の草木をざわめかせ、魔力の風が渦巻く。術者たる琴乃のわれた長髪が舞う。
 彼女が選んだのは、高貴を内包する者にのみ許された魔術。邸宅を襲撃された際、千奈美に放った魔術だ。
 次々と生まれた青紫色の眷属が、琴乃を守護する衛星となる。
 煌々とした光球の出現に、哨兵が小型電灯の明かりを向ける。
 敵の電灯はライフルの銃身に固定されていた。彼女は三方向から白光と銃口を集める。
 無論、彼女はその程度では動じない。

《――ノーブル・タンザナイト・ガーディアンッ!》

 高揚する声音。白光の奥から銃口が一斉に火花を散らす。
 フェンスの網目を抜け飛来する銃弾。琴乃の魔術は悉く撃ち落とす。
 落雷にも似た轟音。幾筋もの稲光が瞬く。
 聴覚と視覚に警鐘を鳴らされれば、大抵の者は恐怖して足が竦むもの。例に漏れず、敵は魔術により生じた雷光に怯む。
 瞬間、銃声の雨が止んだ。

《とっておきよッ!》

 琴乃は敵の隙を見逃さず、彼女らしく朗々と宣言する。
 盾の陣形に展開していた衛星が、次々と閉ざされた門扉に等間隔で接着する。瞬く間に全ての輝石が門に取り付き、一層眩く発光した。
 琴乃の手のひらが門扉の中央を示す。それが、拳に変わる。

《吹き飛びなさいッ!》

 大気を揺るがす音と鮮烈な稲光。命じると同時、四方に炸裂する。
 太陽の直視にも勝る眩さ。慧は反射的に瞼を閉じる。
 彼が次に目を開いたとき、輝石はすべて琴乃の周りに戻っていた。
 門扉があった周辺のフェンスが無惨に焦げていた。門扉自体に至っては、跡形もなく消滅していた。
 何故か上を向いている琴乃の視線を追い、慧も夜空を仰ぐ。
 彼の探していた物は、そこにあった。
 青紫の雷光を帯電した門扉が、闇夜高くまで吹き飛んでいた。
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