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第38話
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雷鳴が響いた。まどろむ千奈美の意識が叩き起こされる。素早く硬いベッドから起き上がり、窓に駆け寄る。
暗い空に浮かぶ半月。星は瞬いていないが、雷が鳴るような天候でもない。
宿舎が騒々しい空気に苛まれる。所々から荒々しい音が聞こえる。
何が起きているのかわからない。フリーフロムは混乱に陥っていた。
稲光が三度連続で煌く。目撃した千奈美は、それが空から落ちる自然現象ではないと知った。
発生源はアジトの入口。そこから敷地内めがけ、光が伸びていた。
ありえない位置から轟く異質な青紫色の雷光。
千奈美がAMYサービスの邸宅で見たモノと同じだ。明朝の襲撃を画策していたフリーフロムだが、先手を打たれたのだと把握した。
意識は完全な覚醒状態にある。眠気は、その概念を身体が忘れてしまったかのよう。
敵の正体を知った彼女は、真っ先に〝彼〟の姿を探す。
「あいつ……!」
雷を展開する女性の後方に、慧にべったりとくっついていた鏡花の姿があった。
鏡花は片手に薙刀を握り、もう片方で宝典を顕現させる。まさにこれから魔術を発動しようとしているところだ。
今夜は彼女の近くに慧がいない。どこかの木陰に身を潜めているのかもしれないが、他にも可能性はある。
――もしかして、襲撃に参加してない……?
そんな期待がよぎった直後、闇に紛れて事態を傍観する人物を見つけた。
距離があり肉眼では明瞭に確認できない。身体の輪郭を知るだけで精一杯だ。
けれども、千奈美にはそれで充分だった。
三度ノックされて部屋の扉が開く。宿舎に絶えず響く喧騒が大きくなった。
険しい顔の藤沢が照明のついた廊下に立っていた。初めて見る顔の男女を引き連れている。
彼らは千奈美の部屋に入ろうとはしなかった。
「状況はだいたいわかるか?」
「AMYサービスが攻めて来たんでしょ。そのふたりは誰?」
「例の増強戦力だ。準備ができたら、千奈美には俺の護衛を頼みたい」
おとなしそうな眼鏡の男性と、薄化粧の女性。
平凡な外見であればあるほど傭兵という肩書きには不釣合なわけだが、一般的にはそういう見た目が平凡な連中ほど危険性の高い人物だと評される。
藤沢の連れてきたふたりは無口を貫き、ただならぬ気配を放つ。
「そのふたりじゃ足りないの?」
「ふたりは敵の宝典魔術師の殲滅のために雇ったのでな。護衛は別に必要だ」
敵を迎え撃つフリーフロムの戦力は過剰だ。
それだけ藤沢はAMYサービスを警戒している。複数人もの異能力者のいる組織に狙われるのは初めての経験だから、加減がわからないという要素もあった。
護衛の依頼に、千奈美はどう答えるか考えた。
ある案を思いつき、彼女は首肯した。
「いいよ。敵が来たら私が食い止める」
「助かる。では、隣の一階で待っていよう」
千奈美の了承を聞き、藤沢は傭兵を連れて視界から消えた。
与えられた役目を果たすため、彼女は準備に取り掛かる。
寝間着のタンクトップのまま、ショルダーホルスターを装着した。少し寒いが、動きやすさを優先する。
机に置かれたリボルバーをホルスターに差し、転がっている数十発の薬莢を作業ズボンのポケットに詰める。仕上げにナイフのホルダーをベルトに括りつけ、暗いままの自室から喧噪に包まれる廊下に出た。
慧がフリーフロムを潰そうとしているなら、藤沢の逃亡は必ず彼自身の手で防ごうとする。無関係のAMYサービスの者に役目を譲るとは思えない。
つまり、藤沢のいるところに彼は現れる。護衛になれば、必然的に彼と対峙することになる。
その場で、今度こそ殺す。
千奈美は誓った。
自分がどうしたいかではなく、そうしなければいけないから。
千奈美は選んだ。
選ばなければ、どちらも失ってしまうから。
二年前に慧がフリーフロムを潰すべきだと言い出したとき、千奈美は反対するだけで彼を始末しなかった。そのせいで大勢の同僚が殺され、藤沢を窮地に立たせる事態を招いた。 同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
せめてこの手で。
それが千奈美の願いであり、責任でもある。
迷いはない。両親と一緒に死んでいたはずの千奈美を救うだけでなく、十七歳まで育ててくれたのだ。藤沢に感謝を伝えられる手段があるならば、何でもやりたい。
たとえそれが、大切な恋人のように感じてきた人物を手にかける方法であっても。
「これで終わりにしよう、上倉慧」
これまでの人生で最も好きになり、最も嫌いになった異性。
その名前を声にするのも、今日で最後だ。
千奈美の脳裏にはもう、彼と過ごした日々の思い出は蘇ってこなかった。
暗い空に浮かぶ半月。星は瞬いていないが、雷が鳴るような天候でもない。
宿舎が騒々しい空気に苛まれる。所々から荒々しい音が聞こえる。
何が起きているのかわからない。フリーフロムは混乱に陥っていた。
稲光が三度連続で煌く。目撃した千奈美は、それが空から落ちる自然現象ではないと知った。
発生源はアジトの入口。そこから敷地内めがけ、光が伸びていた。
ありえない位置から轟く異質な青紫色の雷光。
千奈美がAMYサービスの邸宅で見たモノと同じだ。明朝の襲撃を画策していたフリーフロムだが、先手を打たれたのだと把握した。
意識は完全な覚醒状態にある。眠気は、その概念を身体が忘れてしまったかのよう。
敵の正体を知った彼女は、真っ先に〝彼〟の姿を探す。
「あいつ……!」
雷を展開する女性の後方に、慧にべったりとくっついていた鏡花の姿があった。
鏡花は片手に薙刀を握り、もう片方で宝典を顕現させる。まさにこれから魔術を発動しようとしているところだ。
今夜は彼女の近くに慧がいない。どこかの木陰に身を潜めているのかもしれないが、他にも可能性はある。
――もしかして、襲撃に参加してない……?
そんな期待がよぎった直後、闇に紛れて事態を傍観する人物を見つけた。
距離があり肉眼では明瞭に確認できない。身体の輪郭を知るだけで精一杯だ。
けれども、千奈美にはそれで充分だった。
三度ノックされて部屋の扉が開く。宿舎に絶えず響く喧騒が大きくなった。
険しい顔の藤沢が照明のついた廊下に立っていた。初めて見る顔の男女を引き連れている。
彼らは千奈美の部屋に入ろうとはしなかった。
「状況はだいたいわかるか?」
「AMYサービスが攻めて来たんでしょ。そのふたりは誰?」
「例の増強戦力だ。準備ができたら、千奈美には俺の護衛を頼みたい」
おとなしそうな眼鏡の男性と、薄化粧の女性。
平凡な外見であればあるほど傭兵という肩書きには不釣合なわけだが、一般的にはそういう見た目が平凡な連中ほど危険性の高い人物だと評される。
藤沢の連れてきたふたりは無口を貫き、ただならぬ気配を放つ。
「そのふたりじゃ足りないの?」
「ふたりは敵の宝典魔術師の殲滅のために雇ったのでな。護衛は別に必要だ」
敵を迎え撃つフリーフロムの戦力は過剰だ。
それだけ藤沢はAMYサービスを警戒している。複数人もの異能力者のいる組織に狙われるのは初めての経験だから、加減がわからないという要素もあった。
護衛の依頼に、千奈美はどう答えるか考えた。
ある案を思いつき、彼女は首肯した。
「いいよ。敵が来たら私が食い止める」
「助かる。では、隣の一階で待っていよう」
千奈美の了承を聞き、藤沢は傭兵を連れて視界から消えた。
与えられた役目を果たすため、彼女は準備に取り掛かる。
寝間着のタンクトップのまま、ショルダーホルスターを装着した。少し寒いが、動きやすさを優先する。
机に置かれたリボルバーをホルスターに差し、転がっている数十発の薬莢を作業ズボンのポケットに詰める。仕上げにナイフのホルダーをベルトに括りつけ、暗いままの自室から喧噪に包まれる廊下に出た。
慧がフリーフロムを潰そうとしているなら、藤沢の逃亡は必ず彼自身の手で防ごうとする。無関係のAMYサービスの者に役目を譲るとは思えない。
つまり、藤沢のいるところに彼は現れる。護衛になれば、必然的に彼と対峙することになる。
その場で、今度こそ殺す。
千奈美は誓った。
自分がどうしたいかではなく、そうしなければいけないから。
千奈美は選んだ。
選ばなければ、どちらも失ってしまうから。
二年前に慧がフリーフロムを潰すべきだと言い出したとき、千奈美は反対するだけで彼を始末しなかった。そのせいで大勢の同僚が殺され、藤沢を窮地に立たせる事態を招いた。 同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
せめてこの手で。
それが千奈美の願いであり、責任でもある。
迷いはない。両親と一緒に死んでいたはずの千奈美を救うだけでなく、十七歳まで育ててくれたのだ。藤沢に感謝を伝えられる手段があるならば、何でもやりたい。
たとえそれが、大切な恋人のように感じてきた人物を手にかける方法であっても。
「これで終わりにしよう、上倉慧」
これまでの人生で最も好きになり、最も嫌いになった異性。
その名前を声にするのも、今日で最後だ。
千奈美の脳裏にはもう、彼と過ごした日々の思い出は蘇ってこなかった。
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