純白少女と転生者

おすねこ

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第1章『聖霊樹の巫女』

06

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「いい加減にしやがれ!いつまで待たせてんだコラァ!」

 ガラスの割れる音の次に、そんなだみ声が響き渡る。
 そちらを見ると、大柄な冒険者風の一人の男が立ち上がっていた。彼の足元には砕け散ったガラスの破片。
 おそらく彼が飲んでいたエールのジョッキのものだろう。

 ああ、この世界は普通にガラスとか普及してるんだなぁ。
 思わずそんな場違いな感想が頭をよぎっていた。自分の手元に運ばれてきたときには元の世界の感覚のせいかジョッキがガラスであるという事に疑問を持たなかったのだ。

「ご、ごめんなさい。今日はちょっと厨房の従業員が一人体調を崩して休んでいまして、大変お待たせして申し訳ありませんがもう少し……」

「うるせぇ!酒ばっかりちびちび飲んでられるかよ!ここは酒場か!あぁん!」

 そういえば俺たちのテーブルにもまだ料理は運ばれてきていない。
 エミリオ達との会話で気にしていなかったが、確かに料理が来るのは少し遅いかもしれないがあの態度はさすがにいただけない。
 完全に酔っ払いのごろつきじゃないか。

「なぁ、お姉ちゃんよぅ。こんなに客を待たせてるんだ。ちっとは申し訳ねえと思うなら、そのお客様を退屈させないように接客努力ってもんが必要なんじゃねぇかな。なぁ?」

 男は舌なめずりしながら、ウエイトレスのお姉さんに近寄っていく。
 あいつ……絶対彼女に性的なよからぬことをする気だぞ!

「くそっ……」

 ほかの客も店員も彼女を助けようと動き出すものがいない。
 仕方ない、チートも何もないかもしれないがせめて俺が……

「まぁまぁ兄弟。そんなに怖い顔をしてはレディも気持ちよく接客ができなくなってしまうのではないかな?」

「なんだ、てめぇ?」

 エミリオ!
 いつの間にかテーブル席から移動していたエミリオが、男の肩をつかんでなだめるように話しかける。

「まだまだ時間は宵の口。酒が入って陽気になっているのなら、飲んで歌って楽しくやろうではないか。なんなら我らのテーブルに来るがいい。ともに語らい杯を交わそ……」

「うるせぇ!」

 説得にあたるエミリオの頬に、男が思い切りよく振り上げたこぶしが叩き込まれた。
 その一撃をまともに受けたエミリオはほんのわずか宙に浮き、床にどさりと倒れて動かなくなった。

「エミリオ!」

 もう、うだうだ言ってるような状況じゃない。
 チートもない、元の世界では喧嘩だってほとんどしたような事のない日本人らしい事なかれ主義の俺だが、こんな状況でしり込みして見ているだけなんてのは我慢ができなかった。
 俺は椅子を蹴倒すように立ち上がると、威勢よく男の正面に立ちはだかる。

「あぁ、なんだガキ。今度はてめぇか?」

 燃えるような赤い髪、傷だらけの顔、威圧感のある巨躯。
 男のそれらの要素全てが目の前に立つ俺をひるませる。
 だが、ここまで来てしまった以上俺だって引くわけにはいかない。

「今度はてめぇかじゃねえよ。お店に迷惑だし、周りのお客にも迷惑だし、何より俺の友達を殴り飛ばしておいてただで済むと思うなよ!表に出ろ!」

「何が表に出ろだ、粋がってんじゃねえぞクソガキが!」

 男は俺の言葉に耳を貸すことなく、その場で殴り掛かってくる。
 俺は何とかその拳をよけて、男の鼻っ柱に向かって拳を突き出し……

「ぐふっ!」

 その拳が男に届くより前に、強烈な痛みが俺の腹部を襲った。
 そしてそのままくの字に折れた俺の後頭部に、男の拳が叩き落される。

 膝蹴り……か?
 腹部の痛みの原因を理解しながら、俺もまた結局エミリオと同じく何もできないままに意識を手放しそのまま床へと体を横たえるのだった。



「うえぇぇぇぇぇん!」

「お前ら、何やってるんだ!」

 たまたま買い物帰りに公園の横を通り過ぎようとした際に、公園から響いてきた泣き声に聞き覚えのあった俺は買い物かごを放り出し公園の中へと駆け付ける。
 そこで円陣の中心にいながらしゃがみ込んで泣き声をあげているのは、俺の五歳年下の弟優斗だった。

「なんだてめぇは!引っ込んでろよ!」

「そうはいくか、その子は俺の弟だ!」

 優斗を囲っていたのは、近所でも評判の悪ガキ集団だった。
 優斗よりは年齢が上だろうが、俺よりは下だ。
 そんな年代の彼らはこの公園をたまり場にしていて、たまたまここで遊んでいた優斗に目をつけていじめていたのだ。

 注意して引き下がってくれればそれに越したことはなかったが、彼らは俺に向かってきた。
 数と喧嘩慣れもあっただろうが、さすがに五歳という年齢はかなりのハンデだった。
 俺は彼らを退け弟を助け出すことに成功した。

 ああ、そうだった。これが俺にとっての初めてで、そして唯一の喧嘩だったな。
 俺は別に暴力をふるうのは好きじゃない。けれど、大事な誰かを守るためになら力に頼ることも悪い事じゃないと思える。

 あの時勝てたのは年齢による体格差があったからという、たったそれだけの理由だった。
 でももしあの時、今のように勝てなかったのなら……大事なものを守り切れなかったのなら……どうなっていただろうか?

 俺はこの世界に来て安易にチートだなんだと口にしているが、そんなものがなくたって誰かを守れる強さが欲しい。
 理不尽から大切な人を守れる強さが。
 そんな強い願いを胸に秘めながら、俺の意識はゆっくりと『現実』に向かって浮上し始めた。
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