Liebe

花月小鞠

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第三十四話「白い花」

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「エリー」

朝食を食べ終え、食器をエリーが片付けていた時。ウィリアムがエリーの名を呼んだ。

「はい」

自分から言ったことだが、エリーはまだウィリアムに名を呼ばれることに慣れていない。少しドキドキしながら、エリーはウィリアムの言葉を待つ。

「準備してくれ」

「……準備?」

「これから、エリカの墓参りに行く」

「えっ」

その言葉に、エリーは驚いた顔をする。何も聞いていなかった。

「わ、わかりました」

そう言って、エリー片付けた後準備をするため部屋へと戻って行った。リヒトはまだエリーの枕の上で寝ていた。


準備を終え、リヒトもポケットの中に突っ込んだ。ウィリアムと共に玄関を出る。すると、そこにはアンナとダニエルの姿があった。アンナの手には花がある。水色の花と、薄い桜色の花。アンナはエリーと目を合わせようとしない。黙って俯いている。

「エリーちゃんも何か花買ってく?」

「あ、はい……お願いします」

ダニエルは優しく微笑む。花屋に寄り、エリーは花を買った。白い花だ。何色にするか迷ったが、彼女の好きな色や彼女らしい色はアンナの用意したもので間違いはないだろう。エリーはエリカのイメージを抱いていた白色の花を選んだ。


「……行くか」

ウィリアムの言葉に、三人は頷く。アンナは何も喋らない。いつもと雰囲気の違う皆の姿に、エリーは胸の奥がぎゅっと苦しくなった。



大きな草原のような爽やかな場所に、エリカの墓はあった。墓石にエリカ・フローライトと書いてある。花を供え、四人は墓に向き合った。ウィリアムは表情が読めず、ダニエルは悲しげに微笑んでいる。アンナは静かに涙を流している。エリーは、エリカに話しかけることにした。



――はじめまして、エリカさん。私はエリーといいます。今、ウィリアムさんのお家でお世話になっています。このエリーという名は、あなたの名前からアンナさんが付けてくれました。私には記憶がないんです。でもこのエリーという名をいただいたおかげで、心細さはなくなりました。本当に感謝しています。これからもお名前、借りさせてください。お願いします。



しばらく話をしていると、胸の奥に温かい光が灯ったような感覚がした。顔を上げると、墓石の傍に一人の少女がしゃがんでいる姿があった。桜色の髪をした、目の大きな可愛い少女。どこか見覚えのあるような、水色のワンピースを着ている。エリーは驚いたように少女を見る。少女は楽しそうに笑って、そしてエリーの供えた白い花を手に取り、髪に付ける。その嬉しそうな笑みにつられ、エリーも嬉しそうに笑った。少女は立ち上がり、そしてワンピースの裾を持ってお辞儀をした。瞬きをすると、少女はいなくなっていた。

墓参りを終え、四人は帰り道を歩いていた。


「……ねぇ」

アンナが今日初めて声を発する。まだ俯いていた。見たことのないアンナの様子に、エリーはまた胸が苦しくなる。悲しそうなアンナの顔は、あまり見たくない。

「エリーと話がしたいの。先に帰ってくれる?」

そう言ってエリーを真っ直ぐに見つめる。エリーは眉を下げて、そして頷いた。

「ああ」

「……わかったよ」

ウィリアムとダニエルは二人で帰っていく。アンナは悲しそうな表情のまま、エリーに笑いかけた。

「近くに大きな木があるの。そこの木陰でちょっと話さない?」

「……はい」

アンナに案内され、エリーは大きな木の下に座る。アンナも隣に座り、そしてしばらく無言が続いた。

「……ごめんね」

「はい?」

「あの日、聞いてたんでしょ。私とウィルの話」

「……はい」

「私はね、エリーが……エリカが、大好きだったのよ。いつも私の後ろについてきて、一緒にお買い物したり、お菓子を作ったり……本当の妹みたいに思ってた」

アンナの言葉に、エリーは無言で頷く。

「二年前、エリカが海で溺れてしまった時。その時からずっと、胸に大きな穴が開いたみたいだった。何をしても楽しくなくて、いつも街を歩くとエリカの姿を探してた」

アンナは辛そうに顔を歪めている。

「だから、あなたが海で倒れているのをウィルが見つけて、連絡をくれた時。本気で思ったの。エリカが帰ってきてくれたんだって」

「私……」

「わかってるわよ。あなたはエリカじゃない。エリーって名前を付けたのは、完全に私の自己満足。本当にごめんなさい」

「……アンナさん」

「何?」

「私、アンナさんには感謝してるんです。名前をつけてくださったおかげで、記憶がなくても心細さを感じることはなくなりました。ここに存在してもいいんだなって思いました。だから、エリカさんの代わりだと思われていたとしても、私はとても感謝してるんです」

そう言って微笑む。


「……あなたのそういうところ、エリカに似てるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。でも、似てない」

「……?」

アンナの言葉に、エリーは不思議そうに首を傾げる。


「一緒に過ごせば過ごすほど、エリーはエリカじゃなくて、エリーという人間なんだって思い知らされる。当たり前だけどね。そんな時、私はいつも思ってたの。違う。あなたはこうあるべきなのよって」

アンナはそう言って笑う。

「でもそんなこと思ったって無駄なのよ。あなたはエリカじゃないんだもの」

「はい……」

「だから今日、エリカに謝ってきた。勝手にエリーをエリカの代わりにしてごめんなさいって。それで、エリーにもちゃんと謝りたいの」

アンナはエリーを真っ直ぐに見つめる。

「エリカの代わりにしてごめんなさい」

「……はい」

「これからも、私と仲良くしてくれる……?」

悲しそうな瞳で言われ、エリーもまた瞳を潤ませた。

「そんな、もちろんです。私、もっとアンナさんと仲良くしたいです」

「ありがとう。……ありがとう、エリー」

そう言ってアンナはぎゅっとエリーを抱きしめる。そしてアンナは優しく微笑む。


「ねぇ、エリーは何色が好き?」

「……私は」

エリーはアンナを真っ直ぐに見つめ、そしてふわりと笑った。

「海の色が好きです」
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