Liebe

花月小鞠

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第四十八話「真実と記憶」

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暖かい日差しがテーブルに映り、カフェオレの湯気がほのかに光って見える。ソファに腰を下ろしながら、エリーはぼんやりとその景色を見ていた。

「本日は、その、お越しいただいて……」

ティーナが震える声で言葉を伝える。エリーの方を向かず、不安そうに目を泳がせている。それもそうだろう。エリーはティーナのことを覚えていない。小さい頃から知っていたと言う彼女が不安になるのも理解できることだ。隣にウィリアムの気配を感じながら、エリーはぎゅっと膝の上で拳を握る。そして真っ直ぐに、ティーナを見つめた。

「大丈夫です」

エリーははっきりと口にする。そして申し訳なさそうに眉を下げた。

「……私のこと、教えてください」

「……わかりました」

ティーナがそんなエリーの目を見て、そしてゆっくりと深呼吸をする。

「レイラ様は、小さい頃から明るく前向きな方でした」

目を潤ませながら話しはじめるティーナ。エリーは拍子抜けしたような顔をして、そして苦笑した。

「あの、できれば、私の小さい頃ではなく、海辺に倒れていた前後をお話しいただけると」

「あ、そ、そうですよね。失礼いたしました」

ティーナが焦ったようにカフェオレを一口飲む。


「あの日は、カミラ様――貴方のお母様の提案で、旅行に出かけることになっていました」

ティーナが話し始め、エリーの頭の中にその情景が浮かんでくる。きっとこんな感じ、というような、想像でしかないが。

「旅行に出掛けられたのはレイラ様と、レイラ様のご両親、そして婚約者のロイ様。私もカミラ様にお誘いいただいたのですが、留守を預からせていただきました」

クリーム色のワンピースを着る自分。その隣に、榛色の瞳をした男性の姿。後ろには優しく微笑む夫婦。空も海も真っ青で、まるで妖精がいるかのようにキラキラと輝いていた。澄んだ空気に包まれた、素敵な船旅。ティーナは言いにくそうに唇を噛む。

「その旅行に私はいなかったので、詳しくは存じませんが……」

楽しそうに笑う男性に、甲板に出て遠くを眺める自分。初めての船旅に瞳を輝かせ、一時も見逃すまいと眺め続ける。髪を撫でる手が、温かい。

「事故に遭われたそうです。船が沈み、皆様は海に投げ出された」

手を伸ばした自分の手には、最近見たばかりの指輪。その向こうには必死な顔で同様に手を伸ばす男性。暗い曇り空に響くたくさんの叫び声。呼吸が苦しい。そうだった。皆でプールへ行った時のことを思い出す。――私、泳ぐの苦手なんです。

「ご両親も、ロイ様も、その……見つかったのですが、レイラ様だけが見つからなくて」

言葉を濁すように言うティーナ。目を伏せて、その続きを聞く。

「一生懸命探したんです。そうしたら、レイラ様の背格好と同じ人を都の祭りで見たことがあると言っている方がいて……行ってみたんです。空の散歩に」

そこまで言って、ティーナは嗚咽を漏らす。

頭の中に、風が吹く。ティーナの言葉を聞きながら想像していた情景。それらは全て、現実だった。どうして忘れていたのだろう。母の優しい瞳、父の頼りになる背中、そして。首元の指輪を取り出す。ウィリアムにもらった指輪の隣に、婚約者のロイにもらった指輪が並んでいる。照れたような頬に、困ったような目。少し癖のある声に、落ち着く柔らかい香り。優しく頭を撫でる大きな手が、レイラは好きだった。

「エリー」

その低い声に、ワンピースに染みが出来ていることに気が付いた。ぽたぽたと丸く濡らすその染みは、自分の目から出ている涙だ。

顔を上げて、ティーナを見る。ティーナは同じように目を濡らしていた。

「……ティーナ」

ティーナの目が大きく開かれる。気付いたのだろう。

「ごめんね。私、忘れて、しまって」

困ったように眉を下げると、ティーナは大きな声で泣き出した。

「レイラ様……っ」

テーブルを避けて、ティーナはレイラに抱き着く。強く抱きしめ返しながら、もう一度謝った。

ウィリアムがゆっくりと外に出ていくのが見える。ティーナを抱きしめながら、懐かしい香りに目を細めた。
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